_/_/_/ その四・ひとときのやすらぎ _/_/_/
      


「クーン、クーン・・・」
二人は狼の親子に舐められてようやく我に返った。
「リリー、ゼノア・・・」
二人は二匹の首に巻きつくと声を出すのを忘れたかのように、そのまま静かに泣いた。何も悪いことはしてないのに、何故目の色だけのことでこんな目に合わなければならないのか、そう思うと、心が張り裂けそうな二人だった。
「クンクン・・」
リリーが白パンの入っているバスケットをくわえてきた。
そんなもの、と捨てようと思ったゼノーだったが、空腹には耐えかね、バスケットを持つと狼たちと一緒に食べた。そして空になったバスケットを扉の横に置くと、とぼとぼと歩き始めたのだった。
「兄様・・・何処へ?」
何も言わないゼノーを心配してリーが慌てて駆け寄ると聞いた。
「分からない・・・」
二人と二匹はあてもなく再び森の中へと入って行った。
森を出、行くあてもないまま二人は街道沿いに歩いていた。
「あんな所に立て札があるよ。」
ソマー城から一番近い町、チサーセの道しるべの横に、来た時には見なかった立て札があった。二人は道に誰もいないのを確認してから見に行った。
「え〜と・・『悪魔の双子』銀色の髪と一人は紫、もう一人は青い目をした四、五歳の少年。上記の者の居所の提供者には十ピルク、二人の首又は紫の目をした少年の首を持参せし者には五十ピルク支払うものとする。領主、ガルデニア侯爵・・・こ、これって!」
読んでいるうちに二人の顔色が変わってきた。
これは明らかに自分たちの事をさしているのだと判断できた。彼らはルチアの行き届いた教育で、字の読み書きだけでなく、同い年の子供たちよりはるかにいろいろな知識を得ていた。
「兄様・・・・」
「・・・・・」
二人は顔を見合わせた。何故、何故こんなことされなくてはならないのか、二人には全く理解できなかった。とにかく、ここにいては、いつ通りすがりの者に見つかるか分からない。
そしてもし見つかればただではすまない事は確かだった。二人はフードをより深くかぶると狼たちと共に森の奥へと入っていった。
そして、二人にとって本当の放浪生活が始まった。とにかく、見つからない所へと思った彼らは、それまでと同様、いやそれ以上注意を払いながら旅を続け、南へ南へと下って行った。
ガルデニア侯爵領南部ロースタン地方は、山岳地帯だった。二人はその山奥へと、誰も来ない所へ行こうと決めたのだった。が、二人の手配書が領地内には全て渡っているらしく、食料を手にする為に行った村で捕まえられそうになったり、見つかって追われたりと、散々な目に合いつづけた。何も手にする事ができず、森で待っていたリーたちのところに手ぶらで帰って来た事も頻繁にあった。それでも何とか生き長らえていたのは、狼親子のおかげだった。彼らは自分たちが捕らえてきた野兎や鳥を持ってきてくれ、そして、夜は寒さを防ぐ為に固まって寝たのだった。

彼らが南部ロースタン地方に入ってすぐのこと。それまで病気一つした事のないゼノーが高熱を出した。彼らは母狼が見つけてきた森の洞窟に身を寄せていた。
季節はすでに初冬、狼たちの獲物も冬眠に入り、食料の調達は、村で何とかするしか方法がなくなっていた。が、その役目はいつもゼノーであった為、リーは困った。それまで何度か試みたもののいつも失敗に終わっていたのだ。それどころか、リーが村に行くと必ずといっていいほど、追手が付いて来た。そのせいもあってゼノーはリーには行かせない事にしたのだ。
「兄様・・大丈夫?」
洞窟の中でリーは赤い顔をして横たわっているゼノーを心配そうに見つめていた。
その横では狼のリリーとゼノアがぴったりと寄り添っている。熱が随分高いのだろう、ゼノーは苦しそうな息をすると共に寒けがするのか全身がガタガタ震えている。
その頭に乗せた近くの川で濡らしてきた布は、すぐ乾いてしまう。食べ物ももうなく、リーは一人で困惑していた。

そんなある日の夕方、リーは意を決して、食料と、できたら薬を手に入れに一番近くのテヘロ村へと一人で向かった。勿論、ゼノーが寝ているうちに。

「だあれ?誰かそこにいるの?」
村はずれの一軒家の納屋。何かごそごそと音がするのを聞きつけたその家の子供、
シャンナは、飼い犬のジロと一緒に納屋に入った。
「ウウウウ・・・ワンワン!」
干し草の下にいるリーを見つけたジロが吠える。
「誰?誰なの?出てきなさい!」
まだ八歳にしかならないシャンナはそれでもしっかり者として村でも評判だった。
だから今日も今日とて一人で留守番をしていたのだ。それに彼女には頼もしい友人ジロがいた。ジロは彼女とほぼ同じくらいの大きさの猟犬だ。
がさがさと干し草の音をさせ、リーはびくつきながら顔を出す。
「あんた、誰?」
ジロがいるとはいえ、やはり緊張していたシャンナは出てきたのが自分より小さい子供だと分かるとほっとして聞いた。
「ぼ、僕・・・リー。あの・・あの・・・。」
「あたし、シャンナよ。どうしたの?」
リーのすぐ前にしゃがみこんでシャンナは話しだした。犬のジロも彼女のすぐ横に座った。
「あの・・・お腹がすいて・・・ご、ごめんなさいっ!」
リーは勢い良く枯れ草の中から出るとぺこりと謝った。
「ごめんなさいって・・・あんた何か悪いことをしたの?」
「あ・・あの・・・・・」
リーはばつが悪そうに、少し前失敬した軒下に干してあった大根を見せた。
「そっか・・それは、それは・・・」
彼女は少しいたずらっぽい目でリーを見た。
「でも食べてないところを見ると・・・他にも誰かいるの?」
「あ・・あの・・に、兄・・と、友達が・・森で・・」
言いかけてリーは、はっとして止めた。
「ふ〜ん・・・ここん所、戦を逃れて山越えしてくる難民をちらほら見るからね。
あんたもそうなんでしょ?」
どっちからかと言うとその反対から来たリーたちである。戦の事など知るはずもなかったが、何となくそうしておいた方がいいと思ったリーは黙って頷いた。
「知らない人は家に入れちゃいけないって言われてるから、そうはできないけど、・・でもあんた、いい子みたいね。」
「な、なんで?」
「だって、ジロがおとなしくしてるもん。悪い奴ならとっくの昔にかみ殺してるよ!」
「か・・かみ殺して・・・?」
「うん、そう!とっても頭がいいんだ、ジロは。半分狼の血が入ってるんだ。」
シャンナはジロの頭を撫でながら得意そうに言った。
「ぼ、僕にも狼の友達がいるよ。リリーとゼノアっていうんだ。」
「ほんと?」
すっかり気の合った二人は、その夜遅くシャンナの両親が帰ってくるまで納屋で話し込んでいた。リーにとって久しぶりに笑い、楽しい時間だった。
リーはいつもなら怖く思う真っ暗な森の中を嬉しそうに走っていた。帰る時にそっとシャンナが渡してくれたクッキーと薬草を持って。
それはシャンナが風邪をひいて頭が痛い時、いつも煎じて飲むかそのまま噛むという薬草だった。

「グルルルル・・・・」
「お、狼?」
突然、前方の茂みから狼の唸り声が聞こえ、リーは焦った。その唸り声は聞きなれたリリーのでもゼノアのでもない事は確かだ。
「ど・・どうしよう?」
その唸り声は、洞窟への方向からだった。
その道しか分からないリーは困っていた。回り道するわけにもいかないし、それに今にもその狼が襲ってきそうだった。
「ガルルル・・ガオッ!」
茂みから三匹の狼がリー目指して飛び出てきた。
駄目だっ!食べられるっ!
頭をかかえ、そこに座り込んだ時、リリーの声が聞こえた。
「ワンワンワン!・・・ガオッ!」
リリーは三匹の狼に突進すると攻撃を始めた。
「ギャワン・・ワン・・ガアッ!」
「ガオッ!・・ギャン・・・・」
「リ、リリー・・」
呆然とそこに座ったままリーはその様子を見ていた。そのすさまじさにリーの身体は震えていた。

数分後、リーは、酷い怪我をしながらも三匹共倒したリリーと共に洞窟へ向かっていた。
洞窟へ着くとリーはゼノーに薬草を噛むように渡した。まだ熱の下がらないゼノーは何も聞かず黙ってそれを受け取ると口にほおばった。
「兄様・・苦い?」
顔をしかめながら噛みつづけているゼノーにリーは聞いた。
「う・・・・ん・・・。」
ゼノーは汲んであった水を一口飲むと、再び横になった。
リーはゼノーの額に濡らした布を充てると、洞窟の外へ出た。そこには狼と戦い傷ついたリリーが苦しげに横たわっている。その横には心配したゼノアが。
「キュ〜ン・・・」
「リリー・・・僕の為に・・ごめんね。・・僕、風さんに頼んでみるよ。」
リーは荒野で死にそうだったルチアを回復させた事を思い出していた。もしかしたらまた風さんが力を貸してくれるかもしれない、と思ったリーは試してみようとリリーの横に座った。リリーの腹部に手を充て、目を瞑るとリーは必死に祈りだした。
「風さん・・・お願い・・リリーの傷を治して・・・風さん!・・・・」
どれほどたっただろう、実際には数分でさえ経ってないのかもしれなかったが、リーには何十分にも思えた。あのときのようにはならないのか、とリーが諦めかけた時、さあっとやさしい風が吹き、リリーを包み込んだ。そして、その痛々しい傷は徐々に消えてなくなっていった。
「ありがとう、風さんっ!」
リーは嬉しかった。何をするにもゼノー任せで自分が何も出来ないことを悔やんでいたリーは、これで一つ役に立つことができる、と嬉しかった。
「クーン、クーン。」
「こら、リリー、くすぐったいよ。リリーってば!」
リリーは傷を治してもらったその喜びをリーの顔中を舐める事で示した。
ゼノーの熱も少し下がったような感じがし、その夜は久しぶりにぐっすり眠れたリーだった。

翌日、川に水を汲みに行こうと洞窟を出たリーの前にシャンナとジロが現れた。
「シ、シャンナ・・・それにジロ!ど、どうしたの?何故分かったの?」
驚くリーにシャンナは得意気に言った。
「ジロはね、とっても鼻がいいの!それに昼間は山に入ってもいいって言われてるし。」
シャンナはバスケットに入った固パンと薬草をリーに見せて微笑んだ。
「いいの?」
「うん。いいの。あたしの取り分だから。」
「じゃ・・・じゃ、シャンナのが減っちゃうよ!」
「大丈夫だって!」
差し出されたバスケットを押し返そうとしたリーのお腹の虫が合唱した。
『グキュルルル・・・・』
「あははっ!無理しない、無理しない!じゃ、遅くなるとばれるから。」
そう言うとリーにそれを渡し、シャンナはジロと共に駆けて行ったのだった。

そうして、シャンナがそうやって洞窟を訪れ、しばらくその近くでリーと話してから帰って行くという穏やかな日々が続いた。リーは他の人に見つかったということがばれるとまた心配かけることになるのでは、と思ってゼノーには黙っていた。リーにとっては初恋かもしれなかったシャンナはこの地方には珍しい黒髪と黒い目の活発な女の子だった。
シャンナが来るようになってから一週間がすぎ、ゼノーも少しずつ熱が下がって、ようやく起きれるようになった。
その日は雨だった。あまり一か所にいても見つかるといけないということで、熱の下がったゼノーは翌日ここを発つ事を決め、リーはシャンナとの別れを思い、一人そわそわしていた。
「リー、どうしたんだ?」
「う・・ううん別に。」
「変な奴。」
ゼノーはリーが女の子の事を考えているとは思いもつかず、これからどうしたら、何処へ行ったらいいか、それを考えていた。

翌日、冷たいその雨も上がり、二人はもっと山奥へ向けて出発しようとしていた。
完全に冬にならなうちに何とか落ちつく場所を見つけたかった。
リーは多分雨のせいで昨日は来なかったであろうシャンナの事を思っていた。できたら昨日会ってお礼だけでも言いたいと思っていた。
が、まさか、その雨の日、シャンナが狼に襲われ喰い殺されていたとは、知るはずもない・・・・。
        

 

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