☆★ その081 分かれ道 ★☆


 ミルフィーの丁寧だが断固とした言葉に嘘偽りはないと判断した公爵により、舞踏会も中止・・・というわけにもいかず、それは後日延期とし、その夜はミルフィーも久しぶりにベッドでゆったりとした気分で眠りについた。
が、その反対にカルロスは眠れぬ夜を過ごしていた。

「オレは・・・どうしたらいい?」
カルロスがかつて公爵家を飛び出る前にここで繰り広げられた血で血を洗う後継者争い。異母兄弟とそれぞれの母親や一族をも含んだ醜く残酷な争い。その結果、カルロスの留守中に兄弟は全員亡くなるという悲惨な結末を迎えていた。そのショックに以前は傲慢な権力者とも思えたカルロスの父も、別人のように温厚な人物となっていた。いや、そのショックで病気がちになり、気も弱くなっていたというのが本当だった。
そして、只一人、生死不明ではあるが、カルロスの帰りを待ちわびていた。
その状況の中、そんな事になっているとは思いもせず気軽に立ち寄ったカルロスを待っていたのは当然のごとく爵位の継承、侯爵家の当主の座。が、素直に了承できないということは当然だった。だが、どうあっても爵位を蹴って出ることはできそうもない。それは、再び一族の間で醜い争いが起こることも予想できたからである。正当なる嫡子であるカルロスが継ぐのなら、誰しも納得いくというもの。そして、カルロスが無事戻ってきたとの朗報に、周囲の者や領民たちはこぞって祝辞を述べに城に来ていた。彼らの期待を裏切るわけにもいかない状況に陥っていた。

ハコさんから以前いただいたイラストです。
ここにも掲載させていただきました。


「・・・だが・・・どうあってもミルフィーは旅立つのだろうな・・・・。」
ワイングラスを片手にバルコニーにもたれ、カルロスは夜空の星に呟いていた。
生涯その傍にいようと思った少女。が、ここにいるのならまだしも、彼女と連れだって旅立つなどということは周囲が許してくれそうもない。そして・・・その少女は・・仲間としての感情はあるものの、それ以上の気持ちは全く持ってはいない。それはこれ以上切なく悲しい事はないと思えるほど残酷な事実だ、と改めてカルロスは思った。

そして、翌日。
「どうしてもいくのか?」
「のんびりしてるとまたどこでどう転ぶか分からないから。」
ふふふっと軽く笑うミルフィーの笑顔はあくまで明るく、それを目にしカルロスは沈まずにはいられなかった。
(結局オレは、この少女の心を捕らえることができなかったのか・・。・・・いや、今少し行動を共にすれば・・・・)
本心はミルフィーと共に行きたかった。が、カルロスの立場がそうすることを否定していた。
(オレさえ自分の気持ちを押さえれば、領地は、・・一族も領民も、何事もなくうまくいく。)
断腸の思いで決心したことだった。あとできる事といえば、少しでもミルフィーの出発を延ばし、その間になんとか自分に向けさせる事。・・・が、鉄壁なまでにミルフィーは受け付けなかった。いや、全く気にとめなかった。それまでと同様に。
嫌っているわけではない、とカルロスも分かっている。そこに異性としてとらえる、いや、異性としてはとらえているが、カルロスを生涯の伴侶とか恋人として見つめる目(心)は影も形もなかった。彼女の瞳と心はあくまで冒険を求めていた。まだ見ぬ土地を思い描き、そこへ熱い想いを馳せている。それはカルロスとて理解できる感情ではあったが、ミルフィーのそれに対する思いは、常人以上だと思えた。

そして、しばらく滞在していけば、というカルロスにミルフィーはゴーガナスでゆっくりしていたこともあり、これ以上のんびりしているのは苦痛でしかない、と断っていた。馬車での旅の間に、夢の中で銀龍と会い、転移はすでに可能となっていた。そして、カルロスの家も何事もなく平穏である。ミルフィーにはそれ以上そこに留まる理由がなかった。


「ごめんなさい、カルロス。」
「ん?」
城から少し離れたところの草原。城から出てそこまでの途中、2人の間には会話がなかった。
ふと立ち止まったミルフィーがすぐ後にいるカルロスに言葉をかみしめるようにゆっくりと口を開いた。
「ダメなの、私。何よりも冒険が好きで、いつも何かに挑戦していたい。・・・平穏が悪いとは私も思わない。でも、物足りないのよ。・・・じっとしていられないの。」
「ミルフィー・・・」
申し訳なさそうに言うミルフィーをカルロスはじっと見つめていた。できるものなら抱きしめて離したくはなかった。が・・・おそらくミルフィーはそうはさせてくれない。
「こんな風に別れるとは思わなかったけど、でも、侯爵様も周りのみんなもあんなに喜んでいるし。」
「・・・・そうだな。」
「それにね、カルロス。」
「なんだ?」
「時が解決してくれると思うの。」
そこまで言うとミルフィーはすっと横を向く。そして、前の晩今一度自分に問いただした結果と、確かだと思えた事、ずっと感じ、考えていたことを話し始めた。
「私は・・・本当にカルロスが求めているのは・・・怒らないで聞いてね、・・私じゃないと思うの。」
「な、なぜだ?」
「あなたはやっぱりミルフィアなのよ。」
ミルフィーの背中を見つめていたカルロスは、その言葉に一瞬たじろぐ。
「あなたの視線は私を通り越してる。気がつかないんだろうけど、私には分かるの。・・あなたは、おそらく私の中に融合してしまったミルフィアを探し求め続けているのよ。無意識のうちに・・。」
「そんなことは・・・・」
せつなさにカルロスはミルフィーへ手をさしのべる。
「お前がミルフィアでもあるんだぞ?」
「・・でも、ミルフィアじゃないわ。」
そっとミルフィーの肩に触れ、その手をふりほどかなかったことに意外さを感じながらカルロスは彼女の向きを変えさせる。
「ミルフィー、分かってくれてなかったのか、オレは・・」
「分かっていないのはカルロスの方よ。あなたが求めているのはミルフィアなの。あなたの腕の中で微笑むかわいい少女。あなたを心の底から愛して頼ってくれるそんな女性。・・・私はどう逆立ちしてもそんな風にはなれそうもないわ。男の腕の中で守られじっとしてるより、私は外に出たい。この目で見、この手で触れ・・・そしていろんな事を直に経験してみたい。・・・私は、ひょっとしたら女じゃないのかもしれない。」
「ミルフィー?」
「心がね。」
ミルフィーはふふっと寂しそうな笑顔をみせた。
「男、というわけでもないみたいだけど。それとも、まだまだ子供ってことかな?」
「ミルフィー!」
押さえに押さえていたカルロスの心が弾けた。彼女の肩を抱いていた手に力を入れて抱き寄せ、ミルフィーを包み込むように抱きしめた。
「他の誰でもない。オレはミルフィー、お前を・・・・」
そこまで言いかけ、カルロスは目に映った少女の顔にはっとしてそのまま硬直した。それは、・・・ミルフィーの顔に重なるようにして見えた少女の幻は、確かにミルフィアだった。不安げにいつも揺れていたミルフィアの瞳。それでも必死になって戦い続けていたけなげな少女。同じ肉体であるにもかかわらず、確かに今のミルフィーとミルフィアは、同じであって当然の外見的にもどこそこ違いがある、とその幻影を見つつ、カルロスは感じていた。そんなことを考えている場合じゃない、という自分の声を聞きながら。

「ミルフィアであるはずはない。オレは・・ミルフィー、お前を・・・」
目に写った幻影と自分の考えを振り払うようにしてカルロスは動揺と焦りでうわずった声で言う。が、ミルフィーは、カルロスから視線を避け横を向く。
「ミルフィー!」
それでも珍しくミルフィーがカルロスの腕から逃げる様子がない。カルロスは切ない思いを抱えながら、そっとミルフィーの頬に手をそえ、自分の方を向けさせ彼女の唇に自分のそれを近づけていく。


「・・・・ミルフィー・・」
そうすることをためらうかのように唇を離したカルロスは、不思議な感情を覚えていた。あれほど欲しいと思っていた少女をその腕に抱きしめ口づけをしたというのに、感情がわき上がってこない。どこか違うような、他にその感情で満たしてくれる人がいるようだと、自分の中のどこかで感じている自分がいる、とカルロスは思う。
そして、それは、ミルフィーも同じだった。その狼狽えたカルロスの様子に、やはり、と確信する。そして、もしかしたらカルロスの事を心のどこかで思ってるのではないか、と時々脳裏を過ぎった疑問、その疑問がミルフィーの中から払拭された。見ず知らずの土地での冒険。それに対する心躍る期待と興奮そして喜び、彼女にとって、それに勝るものは何もない、とミルフィーは改めて感じていた。

「元気でね、カルロス。きっといつか見つかるわ、あなたのミルフィアが。」
力の抜けたカルロスの腕からそっと離れ、そのまま立ちつくしているカルロスに少しさみしげに微笑むと、ミルフィーは腰袋の中から銀龍の爪をとりだした。

「ミルフィー!」
銀龍の爪が光を放ち、ミルフィーを包み込もうとする頃、ようやく自分を取り戻したカルロスが叫ぶ。
「向こうの世界が落ち着いたら・・・事件が無事解決したら、また立ち寄ってくれ。」
「・・・分かったわ。」
逆光でミルフィーの顔は見えなかったが、カルロスには彼女が微笑んでいるのがわかった。
恋人としては見ていないにしても、大切なそして頼りになる仲間であり、友人であると思っていることは確かだった。その大切な友人を失ってしまうかもしれないと思いつつ、ずっと感じていた事をようやく口にしたミルフィーは、そのカルロスの言葉が嬉しかった。
「あまり無茶するんじゃないぞ?・・・お前は一人で突っ走ってしまうところがあるからな。健康には気を付けるんだぞ。」
「ありがとう、カルロス。カルロスも元気でね。」
「ああ。・・・無事に解決することを祈ってる。」
一際大きく輝いた光と共に、ミルフィーの姿はカルロスの目の前から消えた。

「ミルフィー・・・・」
例えミルフィアを見つめていたことが事実であっても、それでもミルフィーが好きだったことに間違いはないのだろう、と、カルロスは一人佇み、ミルフィーの消えた空間をいつまでも見つめていた。

 


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ミルフィーが一人旅立った世界

**青空#140**