☆★ その080 危険な誤解 ★☆


 「って・・・ここがそうなの?」
公爵だというのだから、普通の屋敷ではなく、やはりそれなりの城なんだろうとは予想していた。が、ミルフィーの目の前にあったその城は、彼女の故郷の王城より大きいと感じるほどだった。
「広いだけだ。中は・・・」
ふぅ〜っと大きくため息をつき、カルロスは寂しげな光の宿る瞳でミルフィーを見つめる。
「カルロス・・・」
「ミルフィー・・」
思わずそんなカルロスを見つめていたミルフィーは、彼の手が頬に伸びてきていることに気づき、慌てて後ろに下がる。
「あっぶな・・・・」
「カルロス様?!」
カルロスを軽く睨んで呟きかけたミルフィーも、もう少しだったのに、と残念な表情を浮かべるカルロスも、不意に耳に飛び込んできたその声にびくっとして声のした方向を見る。
「カルロス様・・・・」
「ジル・・・」
そこには使用人らしい格好をした女性が立っていた。
「カルロス様、お帰りなさいませ。よくご無事で。」
「ああ・・・」

「ひょっとして・・恋人?」
「そ、そんなことあるわけないだろ?」
ツンツン!とその女性と見つめ合っているカルロスの横腹をつついて、小声で聞いたミルフィーに、カルロスは焦ったように答えた。
「じゃー、手を付けた使用人の一人・・とか?」
「ミルフィー・・・お前な〜・・・・」
「カルロス様・・・そちらは?」
面白がって小声でからかうミルフィーにため息をついて説明しようとしていたカルロスは、その一瞬どう説明しようか迷う。果たして単なる冒険の仲間という呼称がどこまで信用されるかどうか。
「こんにちは。私、ミルフィーといいます。カルロスとは冒険を一緒にしてた冒険仲間で、それ以外の関係は一切ありません。」
「え?」
腰に剣を携え、男のような格好をしているが、雰囲気から明らかに少女だと察したその女性ジルは、カルロスが答えるより早くそう言って軽く会釈したミルフィーに面食らう。
「そこまで言うか?」
「だってホントの事でしょ?カルロスに任せておくと誤解するような事になりかねないから。」
「ミルフィー・・・」
呆れ返ったような、そして、残念だと言うような表情でミルフィーを見つめるカルロスに、ジルは怪訝そうな顔を向けた。
「はは・・・まー、そんなとこだ。そうだな、付け加えるなら・・・オレの片思いってとこだ。」
「カ、カルロス様の・・・片思い・・・ですか?」
「ああ、そうだ。手も足もでん。」
「手も足も・・・?・・・カルロス様が・・・ですか?」
ははは!と今一度大きく笑ってから、カルロスは門に手をかけ、それを開ける。
−ギギギギギー・・・・−
そして、しばらく開いた門の間から中をじっと見つめていたあと、カルロスはその中へと足を踏み入れた。


「カルロス様のお帰りでございます。カルロス様がご無事でお戻りに・・・」
辺りに聞こえるように何度もその言葉を口にしながらジルは奥へと入っていくと、バタバタバタと数人の使用人が奥から走り出てくる。
「カ、カルロス様。よくご無事で!」
「あ、ああ・・・・心配かけたな。」
「カルロス様!」
「ああ、お前も元気だったか?」
そこはしばしなつかしの同窓会。(違うっ!)

「カルロス。」
「父上。」
正面にある階段をゆっくりと下りてきた初老の紳士、彼の父であるアシューバル公爵とカルロスは数秒間じっと見つめていた。

「で、横の剣士は?・・・まさか、お前の恋人とか申すのではないであろうな?」
ふとミルフィーに目がいった公爵は、見下した視線を彼女に投げかける。
「ミルフィー・・」
「ミルフィーと申します。ご心配には及びません。そのようなことは一切ありません。どうぞご安心を。」
カルロスが口を開くのと同時に、ミルフィーが微笑んで答えていた。
「女性・・であったのか?」
少年だと思っていた公爵は、ミルフィーの声でようやく彼女が少女だということに気づいて驚く。
「父上。ミルフィーは生死を共にしてきた仲間であり、彼女がいなければ、今こうしてお会いすることもなかっただろうと・・・」
「ああ、よいよい。相手が男では困るが・・。」
「父上!」
ミルフィーに対する礼を失した態度をたしなめようとするカルロスなど、公爵はまったく気にとめていなかった。
「ミルフィー嬢と申されるか。それはそれは。」
「あ、あの・・公爵様?」
一目でミルフィーを気に入ったとでもいうように、にこやかに手を差し伸べる公爵に、さすがのミルフィーも狼狽えていた。どうも気の進まない方向へ向いているような気がして焦りを感じる。
「ポセイシオ!」
「はい、公爵様。」
「はるばる来られたのだ。さぞお疲れであろう。貴賓室にご案内申せ。ミルフィー嬢をとくともてなすように。」
「かしこまりました。」
恭しく公爵に礼をとると、執事だと自己紹介したゲネレイはミルフィーにも深々と頭を下げる。
「どうぞ、こちらへ。お部屋へご案内致します。」
「あ、あの・・・・」
ちらっと見たカルロスの目に、悪いようにはしないから今はついていけ、という言葉を読みとり、肩をすくめて苦笑いをしたあと、ミルフィーはポセイシオの後についていった。


そしてそれから1時間半後、入浴し旅の疲れと汚れを落とし、そして、着替えはあるからという彼女の言葉に耳を貸そうとしない女官たちの手によりドレスを身に纏ったミルフィーは、中庭を一人ため息をつきながら散歩していた。
「やっぱり普通そう取ってしまうわよね・・・・。カルロス、きちんと訂正してくれてるのかな?」
長期間留守にし、旅に出ていたその家の息子が女を伴って帰ってくる。それは、そう取らない方が不思議というものだった。
「まーいいか・・・いざとなったら力にものを言わせて門を壊して脱出すればいいだけのことだしね。」

−ザッ!−
あれこれ考えながら中庭を進んでいたミルフィーの前に数人の騎士が不意に並び立ち、ミルフィーは驚いて彼らを見つめた。
「失礼をお許し下さい、ミルフィー嬢。この先は裏口へと続いております。もし、城外へ出かけられるのでしたら、私どもがお供いたしますが。」
「え?」
「ご懸念には及びませぬ。我らはいずれも騎士として代々アシューバル家に遣えてきた家の者でござります。」
「つまり、私を護衛する?」
「はっ。」
膝を付いて説明するその騎士を見ていたミルフィーに悪戯心がわき上がる。
「私はアシューバル家の者じゃないわ。」
「いえ、こうしてカルロス様があなた様を伴ってお帰り遊ばされたということは・・・。」
ふ〜っ・・・もうすでに城内の者には話が行き渡っているようだ、とミルフィーは大きくため息をつく。
「残念ながら私は騎士に守られるような貴婦人でもないし、それに、私は護衛など必要ないわ。」
「しかし、我ら一同、公爵様からあなた様の護衛を命令じられておりますれば・・。」
「じゃ、護衛が必要かどうかみてくれる?」
「は?」
「護衛すると言う限り、私より強くなきゃね?」
「は?」
訳が分からないといった表情のその騎士の目の前にミルフィーは剣を向けた。
「ミ、ミルフィー嬢?」
「ついでにその呼び方もやめてくれる?私はミルフィー。ただの冒険者よ。呼び捨てで結構よ。」
「し、しかし・・・」
ただの冒険者とも、そして、その辺りの町娘とも思えない物がある、とそこにいた騎士たちも、そして、その前にミルフィーを世話をした女官たち屋敷の使用人も感じていた。それは衣装を整えたことにより、一層感じられる。
「しかしもかかしもないのよ。いいこと?さっきから誰も彼も一方的に決めつけてくれちゃって・・・私は機嫌が悪いのよ。ここにカルロスがいたら、思いっきりひっぱたいてやるところよ!」
「ひ、ひっぱたいて?」
「そうよ!まったく・・・ぐずなんだからカルロスも!さっさと誤解を解けばいいものを・・・まさか都合がいいからってこのままにしておくわけじゃないでしょうね?」
「誤解?」
「そうよ。私とカルロスはね、冒険の仲間。ただそれだけよ。」
「ただ・・・それだけ・・・なのですか?」
「そうよ。冒険に男も女もないのよ。腕の立つ仲間。これが一番!」
「は、はー・・・・・」
「で、あなたが護衛の隊長さん?そんなところに隠れているのは、どこの馬の骨とも分からない女を次期公爵夫人として認める気がないから?」
目の前の騎士に剣をむけたまま、ミルフィーは庭の片隅に積み上げてある空樽の影にいる男に視線を移す。詳しい事情までは聞いてはいなかったが、女官たちからカルロスの兄弟はすでに亡く、公爵家の只一人の後継者となったカルロスの帰りを父である公爵だけでなく、一族、そして領民も待っていたらしいということをミルフィーは聞いていた。
「なるほど・・・剣士の格好は伊達でも旅のためのカムフラージュでもなかったということか。なかなかの腕とみえる。」
その男は苦笑いと共に空樽の影から出てくる。
「心配はいらないわ。私は恋人でも何でもないから。」
「しかし、カルロス様はそうは思われておられないのではないですか?」
(う・・・・なかなか鋭い・・・)
ミルフィーは一瞬ぎくっとする。
「カルロスがどう思おうと、私は流される気はないわ。私は私の進みたい道を行くわ、誰が何と言おうと。」
「なるほど・・・・カルロスの気持ちも分かるような気がするな。」
じっと観察するようにミルフィーを見てからその男は言った。
「『カルロス』って・・・」
(カルロスを呼びすて?)
単なる主従関係だけではないとミルフィーはその言葉から感じる。
「私の名は、フェルナンド。カルロスが家督を継げば主従関係になるのだが、現状では幼少の頃から勉学を共にした友人というやつだ。彼の性格も好みも知っている。」
「なるほど。・・で、それはいいけど、1本やらない、隊長さん?」
目の前の騎士から剣をひくとミルフィーはにっこりと笑った。
「馬車の旅が続いてたから腕がうずうずしてるのよ。」
ははは、と笑ってからフェルナンドは腰の剣に手をかける。
「いいだろう。気晴らしになるというなら。だが、その格好で?」
フェルナンドは目でミルフィーのドレスを指す。
「私はこだわらないけど。結構あるのよ、ドレスで剣を振るうときも。」
「そうなのか?」
「そう。たとえば、魔物への生け贄の娘の身代わりになるとか、怪しげな魔族が出入りする城へ仲間の顔をして潜入する時とか。」
「なるほど。では・・・」
「よろしく。」
サッとミルフィーの目の前に立ち並んでいた騎士たちは場所を空け、彼らの見つめる中、フェルナンドとミルフィーは向かい合う。


「う・・・・」
フェルナンドは静かに立つ目の前のミルフィーに圧倒されていた。そこには闘気や戦意の類とは違う静かな威圧感があった。
−ザッ!−
思わず躊躇ってしまった自分に対する憤り、騎士としての誇りがフェルナンドを突き進めた。
−シュッ!・・ガキン!−
とらえることができると思ったその瞬間、ミルフィーの剣とその姿はフェルナンドの視界から消え、次の瞬間には彼の剣は高く飛ばされていた。
「あ・・・・・」
あまりにも一瞬のことで何が起こったのかはっきりと把握していなかった。
「もう少し気を入れてくれないと気分転換にもならないでしょ?」
「あ、い、いや・・・・」
確かに最初は女だから適当に合わせておけばいいだろうとフェルナンドは思った。が、対峙したときのその静かな威圧感は、普通の剣士ではないと感じたのだが・・・その静かさに圧倒されてしまった結果なのかどうかは、彼自身も判断できなかった。
「気を抜いていたというわけでもないはずだ。」
不意にカルロスの声がミルフィーの背後で聞こえ、全員声の主を見る。
「お前が相手じゃ結果は同じだ。」
「でも、騎士団の隊長さんよ?」
「強さのバロメーターが違いすぎるんだ。」
「じゃー、カルロス、相手して。・・・」
身体を動かさないとむしゃくしゃしたのが抜けない、と続けようとしてミルフィーははっと思い出す。
「・・・じゃーないわよ、誤解は解いてくれたの、カルロス?」
「誤解?」
「だから〜!」
「ああ、その事か。・・・無理だった。」
「無理だったって・・・・カルロス?!」
軽く苦笑いするカルロスをミルフィーはきっと睨む。
「仕方ないだろ?言えば言うほどって奴だ。親父はさっそく今晩舞踏会を開くとか言ってたしな。」
「カルロス?・・・約束はどうなったのよ?そういうつもりで一緒に来るんじゃないって言ったでしょ?」
「悪い。今は親父だけでなく全員浮き足だってるようだし・・・まー、そのうちにな。」
「そのうちに、って・・カルロス!」
「それよりも・・・」
ミルフィーの全身を眺め見てからカルロスは笑った。
「そのドレスで剣を携帯してるのか?」
「悪い?」
「悪くはないが・・・・」
華麗な姫君のようなその姿にミルフィー愛用の大剣は似合わない、とカルロスは苦笑いしていた。
「まーそれはいいとして、親父がミルフィーとゆっくり話してみたいと言ってるんだが?」
「公爵様が?」
「ああ。そうだ、オレが言うよりお前が言った方が信憑性があるんじゃないか?誤解を解くいいチャンスだぞ。親父の言うことは絶対だからな。」
「そうね・・・・誤解されたまま舞踏会に引きずり出されたんじゃたまらないしね。・・じゃ、私、公爵様にお会いしてくるわ。」
「そうか、それじゃ・・」
エスコートしようと手を差し伸べたカルロスをミルフィーは軽く睨む。
「一人で大丈夫よ。カルロスが来るとつく話もつかなくなるかもしれないし。」
「そ、そうか?」
「そう。」
「部屋は分かるのか?」
「聞けば分かるでしょ?」
身を翻り、さっさと歩いていくミルフィーをため息と共に見送ると、カルロスは旧友のフェルナンドと目を合わせて苦笑いを交わした。

 


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**青空#139**