−バサッバサッ−
空から何か大きな物が羽ばたく音がしていた。
「何だ?」
その羽音に気づき中庭へと出たカルロスの目に、その背に一人の剣士を乗せた1頭の巨大な飛龍が映った。
「ま・・・さか・・・・・」
黄金の甲冑に身を固めた小柄な剣士、そして、その飛龍は、その地に伝わる救世の勇者と神龍とも言える飛龍・・・ではなく、ミルフィーとおそらく火龍のミリアの化身なのだろうとカルロスは瞬時にして判断して見上げていた。
勿論、その場に居合わせた他の人々は、まぎれもなくそれが救世の勇者と飛龍だと思い恐れおののく。ある者は腰を抜かし、そしてある者は慌てて地に伏した。
−ズズン!・・・タッ!−
中庭に舞い降りた飛龍の背から勢い良く飛び降りた黄金の剣士は、少しのためらいもなくカルロスの目前へと進む。
−ザッ!−
慌ててカルロスの周囲を固めようとした騎士らを制して、カルロスはその剣士に微笑みを投げかける。
「無事任務終了か、ミルフィー?」
「は?」
カルロスの言葉に騎士らも使用人らも驚いて2人を見つめる。
「なんとかね。5年もかかってしまったけど。」
すっと兜を取ったその顔は、多少大人びてはいるが、確かに以前カルロスが同伴してきた少女だと全員確信する。
「5年?・・・こっちではあれからまだ1年半しか経ってないぞ?」
「そう?・・・・どうも異世界間移動は、タイムラグがあって調子狂うわね。」
「これくらいの差ならどうってことないだろ?」
「まーね。」
ふふっと笑ってから、ミルフィーは改めてカルロスと視線を合わせた。
「元気だった?」
「ああ、オレはいつだって元気だ。ミルフィーはどうだったんだ?病気はしなかったか?」
「うーん・・・一度死にかけたことはあるけど・・あ、二度だったかしら?」
「は?」
「・・・ふふっ・・・私って死神に見放されてるのよ、きっと。死にかけたことはあるけど、結局死ななかったし、これといった病気はしなかったし。」
「死にかけたって・・・ミルフィー、大丈夫だったのか?」
「あら、大丈夫だから、こうして無事報告に来たんでしょ?」
「ははは、そうだな。そう言われればそうだ。」
頭をかいて明るく笑うカルロスを見て、ミルフィーはほっとし、そして、嬉しかった。無事解決したら会いに来るとは約束したが、どうすべきか迷っていた事は確かだった。カルロスの気持ちの整理がついていればいいが、でなければ気まずい思いをするだけだと心配だった。が、勇気を出して会いに来てよかった、とミルフィーは心の底から思っていた。今のカルロスの笑顔は本心からのものだと感じた。
「じゃー、私、行くわ。」
「『行くわ』って、しばらくゆっくりできるんじゃないのか?」
驚いたように言ったカルロスに、ミルフィーは悪戯っぽく笑う。
「情報を手に入れたのよ。この機会を逃したら今度はいつになるか分からないのよ。」
「情報って・・・・なんだ、早くも次の冒険か?」
半ば呆れたような表情でカルロスは言う。
「そう。火馬って、カルロスは聞いたことある?全身に炎を纏った巨大な馬らしいんだけど。」
「火馬・・・ああ・・・ある。魔王でさえその足で蹴り殺すとか炎で焼き尽くすとか。その火馬か?」
考えるようにしながら答えたカルロスに、ミルフィーはにっこりと微笑みながら頷く。
「そう、その火馬よ。その話を聞いたとき、これだ!と思ったの。私が求めていたものはそこにあるって。彼となら心の中の熱い想いを共有できると感じたの。私ね、その馬の背に乗って、いろんな世界へ行きたいの。山も谷も飛び越え、どこまでも駈けていきたい。」
「相変わらずだな、ミルフィー。向こうでは5年経ったんだろ?・・ホントに、いくつになっても・・。」
呆れたようにため息をついたカルロスに、ミルフィーは照れ笑いをする。
「そうね。そろそろ落ち着いてもいい歳なんだけど、私はいつまでたっても変わらないらしいわ。」
「追いかけなくて正解だったか?」
「たぶんね。」
はははっ、ふふふっ、と2人は笑い合っていた。
「その火馬と出会うことができれば、満足感が得られると思うの。彼と共に思いっきり早く駈けてみたい。野も山も一気に飛び越え、世界の果てまで、そして、世界から世界へ。」
「まるで恋人でも捜しにいくみたいだな。」
目を輝かせて話すミルフィーを見て、ふとカルロスの口からそんな言葉が出た。
「恋人・・・そうね、そうかもしれない。・・・・ううん、」
首を振ってからミルフィーは考えるようにしばらく黙っていた。
「・・・そうじゃないわ、おそらく彼は私自身・・・私の分身のようなもの・・そう、きっと同じ心を持った魂の片割れ・・・そんな感じがするの・・。」
「そうか。」
やさしく頷いたカルロスにミルフィーは笑って答える。
近づくものが何であれ、その憎悪とも怒りとも言われている炎で焼き殺してしまうという猛々しくそして雄々しい火馬。腕に覚えのある者がその馬を求めて旅立つという話も聞いた事があった。が、それまでその馬が誰かに心を許し、その背に乗ることを許したという話は聞いたことがなかった。それほどの馬なのだが、不思議とミルフィーなら手なずけられる、いや、心を通わせる事ができるのではないか、とふとカルロスは思った。
「それはいいが、もう飛ぶのは十分じゃないのか?」
そして、ふと飛龍を目に留めたカルロスはそれを聞く。
「ミリア・・なんだろ?」
「そうよ。でも、ずっとって訳にもいかないのよ。ミリアはミリアでいろいろあるし。でも、異世界への移動の時は協力してくれるって言ってくれたの。」
「知らない世界へ転移できるのか?」
「そう、それが問題だったのよ。風の頼りに情報を手に入れても、本当かどうかはわからない。それに詳しくその居場所がわかるわけじゃないわ。だから考えたの。世界が違うんじゃ行く方法なんかないけど、ミリアと私ならなんとかなるって。つまり、適当な場所と炎を私がイメージしてミリアに伝え、もしそれがどこかに存在するのならそこへ転移できるっていう寸法よ。」
「無茶苦茶だな。宝くじを引くようなもんじゃないのか?」
「でも、他に方法がないし。何度もイメージしていれば、そのうち一つくらい本当に存在してる場所に当たるでしょ?」
ふ〜っ・・・と再びカルロスは大きくため息をつき、そして、笑った。
「大変だな、ミリアも。」
「いいのよ、私も楽しんでるから。」
飛龍姿のミリアがテレパシーでカルロスに答えた。
「ここへ来る前にね、火馬がよく立ち寄るって言う火山の情報を手に入れたの。勿論世界は違うわ。でも、周囲の景色を描いた巻物も手に入れたし。」
ごそごそとミルフィーは荷袋の中から巻物をとりだしてカルロスに見せた。
「ほー・・・いかにもそれらしいところだな。」
「ホントかどうかは分からないけど。とにかく行ってみるわ。違ってたらその世界でまたしばらく情報の聞き込みをしながら旅をするつもり。」
「で、情報を手に入れたらまたミリアと共同して転移するというわけか。」
「そう。」
「なるほどな。それじゃ引き留めるわけにもいかないな。」
「ごめんなさい、慌ただしくて。」
「いや、報告だけでも来てくれて嬉しいが・・・だけどなんだな、その派手な格好はどうしたんだ?」
最初見たときから気になっていた黄金の甲冑を見ながらカルロスは指摘する。煌びやかなのはミルフィーの趣味ではないはずだった。
「ああ、これ?これは黄金龍からもらったの。闇龍との最終戦に役に立つからって。」
「なるほど。」
「でね、火馬を探して異世界へいきなり転移した時、そこがどんな危険な場所であってもいいように装備してるのよ。」
「ほう。」
ただ煌びやかなだけではないとは感じていたカルロスは、やはりな、と頷く。
「それに見た目と違って軽いのよ。まるで何もつけてないみたいで。自由もきくし。」
「さすが神龍から授かったものだけあるということか?」
「そうね。最高の防御力と攻撃力よ♪」
「そうか。」
カルロスは目を細めて嬉しそうに話すミルフィーを見つめていた。
「で、そうすると、今度会えるのは、その火馬を手にした時か?」
「そうね。もし彼と出会え、そして心を通わせることができたら、彼に乗って会いに来るわ。いつになるのか分からないけど。」
「そうか。では、オレもそれまでにはお前に自慢できるような妻を探し出しておくことにしよう。」
「期待してるわね。」
「オレも幻の火馬をこの目で見られることを楽しみにしてるぞ。」
「任せておいて!」
「任せるが・・・、あまり根をつめるんじゃないぞ。」
どん!と胸を叩いて言ったミルフィーにカルロスは優しく微笑む。
「ええ、ありがと、カルロス。そうね、のんびりと行くことにするわ。」
−バサッ−
再びミルフィーを背に乗せて飛龍がゆっくりと飛び上がり、その上空から遠ざかると、人々はようやく立ち上がって青空の中小さくなっていくその姿を見つめる。
「伝説の黄金の剣士だったのか、ミルフィー嬢は?」
「父上。」
振り向いたカルロスに、父親である公爵は納得がいったとでも言うように軽く笑う。
「どうりで、いくらお前でも手も足もでないわけだ。」
「父上・・・」
一応気持ちに整理はつけたつもりだった。が、やはり小さな痛みを感じていた。
その心の痛みを感じつつ、カルロスはため息と苦笑いを父親に返していた。
そして、ミルフィーは行く、冒険を求め、共に世界を駆けことができる魂の半身を求め、・・自分を、そして熱く滾った心を分かち合える相手を求め、どこまでも、いつまでも。
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