***チェイサー・ドーラの呟き***
        

●裏追跡簿[5] 焼きダコと焼き魚

 −ゴポポポポポポ・・・・・−
(アレスの薄情者ぉ〜〜〜〜〜!!!)
海底へ沈みながら、ドーラは助けに来なかったアレスを呪っていた。
それでも、なんとか海底へ着く前に、ドーラは水をかいて海面に出ようと試みた。
−スルスルスルッ・・−
(な、なによ、何なの?この足?!)
大きくカーブを描いて上へと向かおうとしていたドーラの足に、クラーケンの足が巻き付いてくる。
(ち、ちょっと・・・)
「離しなさいよっ!」
思わず叫び、大きく息がごぼっと海中にこぼれる。
(離さないつもりね・・・・)
それは当然だった。せっかく捕まえた獲物を、簡単に離すわけはなかった。
そのクラーケンのギョロリとした目と暫く視線を合わせていた彼女は、心の奥底からメラメラと怒りが沸き立ってくるのを感じていた。
(アレス・・・・・私がこんな目に会うのも、あいつのせいよ・・・・あいつが・・アレスが悪いのよっ!アレスがっ!!)
ゴゴゴゴゴ〜〜!とドーラの中で怒りの炎が燃え立ってくる。
(何よ、食べるってんなら食べてみなさい?!)
そして、その怒りに燃えた視線をクラーケンに放つ。
−タラー・・・−
その瞬間、獲物を捕らえて満足げだったクラーケンの瞳は、恐怖にそまり、冷や汗が流れ始める。ドーラのあまりにもの怒りに彼(?)は慌ててドーラを離すと海底深く逃げていった。
(ふん!世の男どもだけじゃなく、最近はモンスターも意気地がないんだから。・・・え?)
「な、なにこれ・・・・こんなのあり〜〜〜〜????)
勢いよく沈んでいくクラーケンの作った流れに引きずり込まれ、必死の抵抗もむなしく、ドーラは、底へ底へと沈んでいった。
(アレスの・・アレスのばかーーーーーー!!!)
あくまで悪者はアレスだった。


「ん?」
浜辺に打ち付ける波の音と、潮の匂いで、ドーラは目覚める。
「大丈夫かね、娘さん?」
ドーラの視野に入ったのは、にこにこ顔の温厚そうな初老の男。
「え?・・・わ、わたし・・・・・?」
がばっと上体を起こしてドーラは周りを見渡す。そこは、猟師小屋のような簡単な作りの部屋。
「東の浜辺で気を失ってたのを村の漁師が見つけてな。」
「あ、そ、そうなんですか。ありがとうございます。」
「いやいや、丸一日気づかなかったんで心配しておったが、よかったよかった。どうじゃね、何か食べるかね?」
「あ、ええ、ありがとうございます。」


親切な漁師村の村長のおかげでドーラはすぐ回復した。そこは監獄島へ行く前にドーラが立ち寄った漁師村ではなかった。ブンデビア本国ではなく、小さな島だったそこは、漁師村以外には、険しい崖の上にそびえ立っている怪しげな雰囲気を醸し出している王城と街があるとドーラは聞いた。
「ふ〜〜ん・・・、あそこに王さんがいるわけね。・・・何かをたくらんでアレスを捕まえさせた張本人が。そして、私のプラネットソードも。」
勝手に『私の』と修飾をつけ、ドーラは城を睨み上げる。
「ここは、行くしかないわよね。・・・・それはそうとアレスはまだあの島でちんたらしてるのかしら?・・・まったく、ぐずなんだからっ!」

城への道は、東の浜辺から続いている険しい山道を登っていく道しかないと村長から聞き出したドーラは、さっそく東の浜辺へと行ったのだが・・・・・。

「な、何よ、これ?」
切り立った絶壁が続く東の海岸。絶壁が続く入り江の対岸の上にそれらしき山道が見えた。
−ドドーーン!−
激しく岩壁に打ち付ける高波を睨みつつ、ドーラは考える。
「どうしたら向こう側に行けるっていうの?」
壁を伝って行けるような状態ではなかった。

しかたなくドーラは他の道でもないか、と村の中で聞き込みを始めた。

「え?あ、あら・・・あなた?」
「おおっ!あんたは、あの時の美人魔法使い!」
武器屋の看板が出ていた店へ入った途端、ドーラもそして、中にいた店主も驚いて叫ぶ。
美人と言われて悪い気はしないドーラはにっこり微笑む。
「確かガディとか言ったわね?あなたも無事に抜け出られたのね?」
「ああ、おかげさんでな。」
「どうしたんだ、ガディ、大声で?・・・あっ!あんたは・・・!」
奥から出てきた女も、ドーラの顔を見るなり叫んだ。
「あなた・・・確かビトールの塔の1階で武器屋してた・・・」
「あはは・・縁があるね。」
陽気に笑うゲイラの腕には、赤ん坊がいた。
「その赤ん坊・・・ひょっとして?」
「あ、ああ・・・あの塔を出て、こいつと一緒になっちまってね。」
あはは、とゲイラは照れ笑いする。
「あんたは、あいつと一緒になったんじゃなかったのか?」
「何よ、その『あいつ』って?」
嫌な予感がして、ドーラはにこやかに彼女に聞くガディを軽く睨む。
「あんた、追っかけてただろ、賞金首のアレス。」
「な、なんであたしが賞金首なんかと一緒にならなきゃならないのよっ?!」
どういうわけか焦りを覚えながら、ドーラはガディにくってかかった。
「賞金首を追いかけるってことは、奴を倒して賞金をもらうのが目的に決まってるじゃないっ?!」
「じゃー、そういうことにしておくか・・。」
「な、何よ、それ?だいたいねー、あたしがいつ・・・・」
怒りに任せて勢い良く弁解しようとしていたドーラに、ガディーは、ちょいちょいと耳をかせというジェスチャーを取る。ドーラの怒りなど全く気にしていないようである。
「な、何よ?」
「知ってるか?この村のどこかにある地下道が、『忘れられた島』の地下にあるという祠への道に繋がっているってこと?」
「え?あそこからどこかに繋がってる地下道があるって聞いたけど、それってこの村へ繋がってたの?」
ドーラは怒りも焦りも忘れ、ガディを見つめる。
「らしいな。」
「ふ〜〜ん・・・じゃー、ちょうどいいってわけね?」
「ちょうどいい?」
「そう。実はね・・・」
アレスをそこに置いてきたから、そのうち顔を出すんじゃないか、そう言いかけて、ドーラはその言葉をごくん!と飲み込む。
「実は?」
「あ・・な、なんでもないのよ。そ、そう・・・そうだったの。で、あの怪しげな城へはどうやって行ったらいいの?」
これ以上アレスとのことをからかわれたくなかったドーラは慌てて話題を変える。
が、その言葉の先がアレスの事だとピンときたガディーとゲイラは、お互いを見合ってにまっと笑う。
「な、何、二人で目配せしてんのよ?」
「あ、い、いや、別に。そうだな・・・東の海岸へは行ってみたか?」
それでもこれ以上刺激しない方がよさそうだと判断したガディは、ドーラの話に乗る。あまり意識させ過ぎて、意固地にさせても、なるようになるものもならなくなるからな、とガディは思う。
「ああ、実はな、秘密の通路があるんだ。現国王は酷い王さんで・・無実の者を罪人に仕立て上げては監獄島送りにするんだ。で、入り江の向こうとこっちを繋いでた吊り橋を村の者が落としてしまったんだ。罪人狩りの兵を来させない為だ。その代わりと言っちゃなんだが、逃亡用って言うべきなのかな・・・と言っても無事逃げおおせた者はいないが・・・時々城下町へ様子見に行く為に作った道があるんだ。」
「で、その道はどこにあるの?」
「ちょっと危険だが、引き潮の時、入り江を下に下りていくと、ちょうど岩伝いに向こう岸へ行けるのさ。で、その先に繋がってる洞窟から行けるんだが・・・・」
「だが?」
「ああ、その道が見つかってしまったとかで、出入口になってる扉の鍵を村長がどこかへ捨てたとかしまったとかいう噂だ。どのみち村人は城下町なんて行く気ないしな。」
「じゃー、その鍵がないと行けないのね?」
「そうだ。」
「ありがと、ガディ。私、村長さんに聞いてみるわ。」
「おいおい、城へ行くのか?よした方がいいぞ。なんか怪しいことになってるらしいからな。」
「そんなの十分承知の上よ。私を誰だと思ってんの?世界一の魔法使い、ドーラ・ドロンは私の事よ!」
バタン!と勢い良くドアを閉めて出ていったドーラに、ガディとゲイラは苦笑いをして見つめ合っていた。


−ゴアッ!−
そして、それから小一時間後、どうあっても鍵の行方など知らぬ存ぜぬの村長に業を煮やしたドーラの怒りの炎が、海岸で大きく燃えさかっていた。
「恩を仇で返すようで悪いんだけど、私、急いでるのよっ!何が何でも王の首根っこをとっ捕まえて、私のプラネットソードを取り替えさないと気が収まらないのよっ!」
「ひ・・ひぇ〜〜〜・・・・・・」
村長を始め村人は、ドーラの怒りと彼女の掲げる杖の先に勢い良く燃えさかる特大の炎に恐れをなして、腰を抜かしていた。その特大の炎は、村全体を数分で焼き尽くしてしまうだろうと思われた。
「わ、わかりました。鍵の在処はお教えします。じゃが・・一つ約束してくだされ。」
恐怖を堪え、村長はドーラに申し出る。
「なんなの?」
「ドアを開けて向こう側へ行ったら、鍵をこちら側に放って今一度ドアを閉めてくださらんか。海の中だろうとなんだろうとわしらは構わん。閉めれば自動的に鍵がかかるようになっておるから、向こうからは開かなくなってしまうが。」
村の安全は保たれる、と村長は主張した。
「いいわよ。戻ってくる必要もないし。」


そして、ドーラは村長に教えられた浜辺の倉の奥で鍵を見つけ、東の浜辺へと急いだ。
「ラッキー!ちょうど引き潮だわ!」

「な、なによ、これ〜〜〜〜?!」
入り江の下に下りたドーラを待っていたのは・・・・小さな真っ赤なタコ。
−ボッ!−
そして、彼らは侵入者であるドーラを見つけると、その突き出た口から墨ではなく、火炎を吐きだしてきた。
「なによ、チビのくせに生意気なっ!・・だいたいこれくらいの火炎でこのドーラ様を倒せられるとでも思ってんの?!」
−ゴアッ!−
チビタコがひしめき合っていた猫の額ほどの狭い砂地は、一瞬にしてドーラの放った火玉に包まれる。
「ふん!ざっとこんなものよ。」
後はプスプスと煙をたたせている焼けこげたタコが一面に。
「醤油かお塩でもあるといいかも。」
辺りにはぷ〜んとタコの丸焼きの香ばしい匂いが漂う。その匂いにつられてドーラは
その中から適度な焼き加減のタコを一つつまんで、口に入れ呟く。
「あ!そうだわ!」
チャプンと海水につけてから、口にほおばる。
「うん!ちょうどいい塩加減ね。」

適当な焼きダコを口にしながら、ドーラはその砂地から対岸へと続いている岩をピョンピョンと伝っていく。
「痛っ!」
順調に岩を伝っていたドーラの頬に痛みが走った。
そっと手を充てると血がにじんでいるのか、その手には血がついている。
「・・・・上等じゃない・・・・私の顔に傷つけるなんて・・・・」
怒りと共に、その岩に留まり、ドーラは周囲に注意を払う。
−ヒュン!サクッ!−
一瞬の出来事だった。海中から躍り出た魚がドーラの肉を狙って飛びついてくる。瞬間的に一口噛みついて再び海中へと潜る。
「いい度胸じゃない?」
腕を一噛みされたドーラの怒りが燃えあがる。
「虎穴に入らずんば、虎児を得ずよ!」
−ヒュン!・・パシッ!−
気を集中して、自分の腕を餌にして待つこと数分。ドーラは自分に噛みついたその瞬間に、にっくき肉食魚をその手に捕まえていた。
「ちょうどいいわ、タコばっかりだったから口直しがほしかったのよ。」
−ぼおぉ〜!−
そして、その場で焼くと、ドーラは焼き魚と化した肉食魚を口にほおばった。
「あっさりしてて、いけるじゃない?」
−ヒュン!−
と、そんな時、次の肉食魚が海中から身を踊り出す。あきらかにドーラを狙っていた。が・・・・・

−タラ〜〜〜・・・・・−
鋭いドーラの睨みと、無惨な姿になった仲間をその目の前に見せられ、思わず空中停止したその肉食魚は、冷や汗を流してドーラを見つめる。
視線が合ったドーラの瞳は、明らかに「あんたもこうなりたい?」と言っていた。
「し、・・・しっつれいしました〜〜〜〜あああああ!!!!」
−パッシャーーン!−
慌てて海の中へ姿を消したその肉食魚は、もしも口が利けたのならそう叫んでいたであろう。

「本当に最近は、みんな意気地がないっていうか、なんていうか・・・。」
いや、それ以上にドーラの怒りによるすごみが半端じゃなく強烈なのだが・・・本人はそうは思っていない。

そして、ようやく対岸の狭い砂地へと着き、これでごつごつした岩も終わりだとほっとしていたドーラの足下へ、何かがスルスルと巻き付いてきた。
「え?・・・な、なによ・・・・あんたこんなところにいたの?」
巻き付いてきたものを辿っていったその視線の先には、小舟を一瞬にして破壊し、ドーラ共々海へと引きずり込んだあの大タコ、クラーケンがいた。
−シュシュシュ!−
「ぶっ!」
ドーラと目が合うと同時に、クラーケンは真っ黒な墨を彼女に吐きかけた。
「う・・・こ、これってただの墨じゃない・・・・ど、毒性がある・・・・」
吐き気と目眩を覚え、足を引っ張られたこともあり、ドーラはそこへ座り込む。
「あの時のようにはいかないからね!あんたなんかにやられてたまるもんですか!」
−ボン!バボン!−
海中ではどうしようもなかった。が、今回は違う。続けざま火玉をクラーケンに放って、ドーラは反撃しながら、ドアのある洞窟へ急ぐ。
「毒消しって・・確かあったわよね?」
執拗に追ってくるタコの足を避けながら、ドーラは毒消しドリンクを飲みながら、そして、火玉を放ちながら、ひたすらドアを探して走っていた。


「あ!あったっ!」
洞窟の岩壁にいかにも人工だとわかる壁とドアを見つけ、急いで走り寄って鍵穴に鍵を差し込む。
「え?何?開かない?う、嘘でしょ?」
焦っている為かなかなか鍵は開かない。そうしているうちにもクラーケンの足は、そして本体は近寄ってきている。
「鍵が違うなんてことないでしょうねー?!」
村長の顔を思い出しながら叫んだと同時に、カチャリと音がした。
「やったわっ!」
ガコン!と思いっきり引っ張ってドアを開けると、その中へとドーラは身を躍らす。
が、その中へ入ったドーラの足のすぐ先にクラーケンの足が延びてきていた。
「しつっこいわねっ!」
思わず手にしていた鍵をクラーケン本体めがけて投げつける。
−ぱくっ!−
「あ、あら・・・食べちゃった・・・・・。」
まずかった?などと思いながらもクラーケンが鍵に気を取られている間に、ドーラはドアを勢い良く閉めた。

「あ・・でも、後で来るアレスが・・・・・」
あの鍵がないとこのドアを開けることができない。当然あとから城へと向かうだろうアレスもその鍵を必要とするはずだった。
「捜し物は城にあるって置き手紙おいてきたから、来るのは必至よね・・・・・。でも、・・・・アレスならなんとかするでしょ?あれしきのタコ、なんとかできないようなアレスなら、もうお見限りよね。」

またしても意味不明のような言葉を呟き、ドーラは城への山道への出口を目指して狭い洞窟内を急いだ。


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