***チェイサー・ドーラの呟き***
        

●裏追跡簿[4] どじはどっち?

 「ん?」
塀伝いに進んでいくと、一際頑丈な作りの大きめの建物があった。
「ここね?」

ざわざわ・・・
「騒がしいわね?まさか・・アレス・・・・」
壁に身を寄せて周囲を伺っていたドーラの耳に、なにやら騒がしい物音と声が聞こえた。
(そんなはずはない。アレスが倒れたんじゃなくて、きっとアレスが化け物を倒して、その後騒動を起こしてるに違いないわ。)
そう思ったドーラは、注意を払いつつ、その喧騒音のする方向へと近づく。

(いたっ!やっぱりアレス!)
その建物は二重に造られていたらしく建物と思っていた壁は建物ではなく、中の建物の周囲を囲む塀だった。
兵や看守らは、どうやらアレスにばかり気を取られ、外には人っ子一人いない。
扉の隙間から中を見たドーラはほっとする。

すぐ手前、ちょうど扉のすぐ向こうにごつい身体の男が一人、彼の目の前に建物のドアから出てきたばかりらしいアレスが立っている。そして、アレスを取り囲むように兵士が数十人。

「悪く思うなよ、生きて出すなとの命令でな。」
そのごつい身体の男が、アレスを鼻でせせ笑いながら、目で兵士らに攻撃の合図する。アレスの腕を恐れ、すぐに行動に移すことはためらっているものの、いずれは斬り合いが始まることは確実だった。
(ばっかじゃない、アレス?あんなにたくさん相手にするつもり?)
アレスがその程度の人数の兵士に負けるとは思ってはいなかった。が、数が多すぎる。時間がかかるだろうし、まだ他にも兵士や看守はいるかもしれない。
そう判断したドーラは、戸口から数歩下がると、火炎の術を唱える。

−ボン!−
「アレス!」
火球で扉を一瞬にして焼失させ中へ駆け込むと同時に、ドーラの方を振り向いたそのごつい男、獄長らしい偉そうな態度の男にも火球をお見舞いする。
−ボン!−
「アレス!何ぼさっとしてんのよ!」
倒れたその男、獄長ベネゼルを踏みつけドーラは目の前にいるアレスに叫ぶ。
「まったく、のろいんだから!こっちよ!そんな奴らと戦ってもキリがないわ!ついてらっしゃい!」
何事がおこったのか、と呆然とした兵士らの中、ドーラの罵声が飛ぶ。

返事はないが、脱出できるというのにアレスが付いてこないはずはない。ドーラはきびすを返すと後ろを振り返ることなく来た道を戻る。
もちろんアレスは、斬りかかってくる兵士を倒しつつ、ドーラの後を追った。

そして、ドーラが上がってきたところ。その塀に駆け寄りながら、ドーラはその壁に火球を放つ。

−バボン!・・・ガラガラガラ・・・・−
あっという間に直撃を受けた壁は崩れ落ち、そこから海が見える。

「勘違いしないでね、別にあんたを助けに来た訳じゃないんだからね。」
後に付いてきていることを確認すると、ドーラはアレスにそう言ってから目で合図をし、自ら海へと身体を踊らせる。
−ドッボーーン!−
−ドッボーーン!−
一瞬の迷いもなく、アレスはドーラの後に続いた。


そして・・・・・・・・・・
追ってきた小舟は全てドーラの火球の餌食にし、その追っ手もなくなり、二人はのんびりと舟に乗っていた。
なんとか2人が乗れるくらいの小さな帆船。それでもそのまま潮流に乗っていけば陸地に着くはずだった。

「アレス、この埋め合わせは高くつくわよ。」
ようやくほっとしたドーラが、アレスを睨んで口を開く。
「それにしても、本当に悪運の強い男ね。そろそろくたばっている頃だと思って期待してたのに・・・・」
死んでたりしたら許さないと言ったのはどこの誰だったのだろうか?ドーラは思っていた事とは反対のことを口にしていた。
「アレス、聞いてるの?」
アレスはドーラの事などまるっきり無視したように、海の向こうへ視線を飛ばしている。
「ちょっとアレス?助けてあげたのに、お礼の一つも言わない気?」
アレスの襟首を掴んで文句を言おうと、思わず立ち上がった途端、バランスを崩した舟の揺れにドーラはアレスに倒れ込む。
「きゃっ!」
−トスッ−
腕に抱きかかえられた格好となったドーラは、ちょうどアレスの顔を見上げる体勢だった。そのアレスの唇の端が少し笑っているかのように上に上げられているのに気づき、ドーラは慌ててアレスから離れる。
「な・・・なによ?・・なにがおかしいのよ?」
が、案の定、アレスは何も言わない。
「あんたねー・・・何とか言ったらどうなのよ?無口も程が・・・」
文句を言いかけていたドーラは、急に風向きが変わってはっとする。
「ん?風が変わった?・・・ううん・・風だけじゃない・・潮の流れまでさっきまでと違う・・・これじゃ陸地とは反対の方向だわ。」
何とか舵をとろうと思ったが、風と潮流の両方ではどうしようもなかった。
「やっぱりあんたって疫病神よ。・・・行きは順調に行けたんだからね。あんたが乗ってから・・・・・」
そこまで言って、その疫病神を助けるのが目的だったと思い出し、ドーラは口を閉じる。
「・・・・ったく・・・・・なんで私が・・・・・」
しなくてもいい苦労を・・・と思いつつ、ドーラは周囲を眺めていた。

「あ・・あの島は・・・?」
監獄島ではなかった。島の真ん中にぽつんと石造りの建物があるそこは、漁師が話してくれた『忘れられた島』だとドーラは判断する。
「仕方ないわね、海流が元通りに戻るまで、あの島で時間をつぶすしかなさそうね。」
そう言うまでもなく、潮の流れはその海岸へ舟を運んでいった。


監獄島とは異なり、なだらかな海岸に囲まれたその島には、難なく上がることが出来た。


トッと素早く舟から下り自分をじっと見ているアレスに、ドーラはほんの少し意地悪そうな、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「私がなぜあなたを助けたのか考えてるんでしょ?」
勿論、アレスの答えはない。そして、アレスからの答えを期待していないドーラは、独り言のように続ける。
「勿論、あんたを倒して師匠バルカンの仇を打つ為よ。だってそうでしょ?あんな所でくたばられたんじゃ、師匠が浮かばれないわ。」
そこで言葉を切りドーラはアレスの反応を待つ。
(・・・反応なしか・・・ホントにこいつはぁ!・・・)
怒りがメラメラとわき上がってくる中ドーラは続ける。
「それと、ちょっと気になる噂を聞いてね。あんたがバノウルドの地底で見つけたあの剣。とんでもないお宝だっていうじゃないの?その剣をいただくのが先よ。とりあえず仇討ちは保留にしてあげるつもりだから、安心なさい。」

アレスの腕は重々承知していた。それはもしかしたら自分では倒すことはできないかもしれないとも心の奥底では感じていたが、その反対に、それまでまともに対峙した事はなく、確定とも言えなかった。負けん気の強い彼女は、自分の方が弱いとは思ってはいない。勿論剣の腕ではとてもではない、アレスにはかなうはずはないが、その代わり、彼女には魔法がある。アレスも多少は術を使うが、本来剣士である彼と、術使いを生業としている彼女とではその力に雲泥の差がある。ドーラの自信はそこから来ていた。

「だから、奴らからあの剣を取り戻すのよ。勿論、助け料としてこちらに寄こして貰うわ。そのくらいは当然の報酬だわ。」
無言のアレスに、ドーラは了承したと受け取る。
「文句はないようね、じゃー、そういうことで・・・ちょうど海流も戻ったようだし、私は漁師村に戻るわ。そこから私は奴らの城へ向かう。あんたはここを少し調べたら?どうせあんたのことだから、奴らに落とし前だけはきっちりつけるつもりでいるんでしょ?国王があんたを捕らえてあの剣を取り上げた理由、それがここにあると私は睨んでいるのよ。まさかちょうど良く来れるとは思わなかったけど・・偶然が産んだ賜、何か情報が転がっているかもしれないわ。あんただって理由が知りたいでしょ?きっとこの『忘れられた島』にあるはずよ。それを調べてから彼らと対峙しても遅くはないはずだわ。」

ドーラのその言葉を受け、明らかににやっと笑ったアレスに、ドーラはその意味を悟る。

「気になるんならなぜ私も一緒に調べないかって?・・・冗談じゃないわよ?なぜ私があんたなんかと一緒に行動しなくちゃならないのよ?お荷物を背負うなんてまっぴらごめんだわっ!」
ツッと砂地を櫓でつき、ドーラは舟を浅瀬から沖へと出す。
「じゃーね、せいぜい頑張るのよ。噂ではどこかへの抜け道があるっていう事だから、そこから奴らの城を目指しなさい。そうね、どうしてもって言うんなら、日を決めて迎えに来てあげないこともないけど?」
が、くるっと向きを変え、早くも建物に向かって歩き始めていたアレスに、ドーラは頭に来る。
「な、なによ・・人がせっかく親切に・・・。・・・い、いいわよ、勝手にしなさいっ!でも、いい事?これだけは忘れないで!あの剣を取り戻したら私によこすのよ!助け料としてもらうんだから!女に助けられたままじゃ、あんたの名前が泣くでしょ?」
潮の流れに乗って、沖合に流されていく舟の上で、ドーラは大声を出していた。
「聞いてるの、アレ・・・・え?!」
立ち上がって大声でどなっていたドーラは、不意に大きく揺れた舟に驚く。
「な、なによ、これ?」
舟の真下に何かの気配があった。
−グラグラグラ!−
「きゃああああああああーーーーーー!」
一瞬の出来事だった。おそらく漁師の言っていた海坊主、つまり巨大タコの仕業だと、沈んでいく舟の中でドーラは思っていた。
(アレス!何ぼ〜っと見てんのよっ!助けなさいよーーーーー!!!)

だがそれは沖合での一瞬の出来事。ドーラのその悲鳴で彼女の方を振り返ったアレスだが、どうしようもなかった。

沈んでいく中、ドーラの目の前には、自分をぎろっと睨む巨大タコの大きな瞳があった。
「な、なによ・・・なんなのよ、こいつはぁ?」
(アレスのばかーーーー!!!)
全てはアレスが悪い!彼女は助けるんじゃなかったという後悔と共に、アレスへの怒りを新たにしつつ・・・・バラバラになった舟と共に海底に沈んでいった。

=参:おしゃべりアレス第四話=

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