◆第三十二話・どっちが貧乏くじ?◆
  

 「待っていたぞ。」

その奥で見つけた階段を上がった先にカールがいた。
アレスが無事そこに辿り着くのがさも当然とでもいうような表情で、カールは言葉を続けた。

「研究所を見たのなら、もう、大方の見当はついただろう。この国の気候が変ったのも、化物が徘徊するようになったのも。全ては国王バドラーが始めた、『邪悪なる実験』の影響だ。」

自分の言葉に相づちをうつわけでもないアレスに、相変わらずだとも思いながらカールは軽く心の中でため息をつく。目の前にあるのは己が生涯のライバルだと認め、いつか決着を付けたいと思っている人物。が、こうも無表情のまま無視され続けると、それは単に自分の独りよがりであり、まるっきり相手にされていないのか、という考えが心の片隅を過ぎる。が、それはカール自身の自尊心が即座にうち消していた。

「2年前・・・・。ベネディクトという預言者が、この国に剣士が訪れることを預言した。その者が大いなる力の一部を持ってやってくるとな。」
(そうだ・・・それを聞き、オレは、その剣士とは誰あろう、アレスしかいないだろうと直感した。・・そして、オレは時を待った。ライバルに会えるその時を。)
「ようやく巡り逢えたのに、こちらは雇われの身。危うく勝負を逃すところだった。だが今、好都合な命令が下った。俺たちの決着をつけるときだ。ついて来い。」
矢継ぎ早に言うとカールは、アレスの返事を待たずに身を翻して奥へと向かう。

(オレは決着などつけるつもりはないんだが・・・というか、どうでもいいことなんだがな?)
そうは思ったものの、先へ進む為にはカギが必要となっていた。おそらくそのカギはカールが持っているだろうと思え、アレスは黙って従うことにした。

「愚かな王は何処にでもいる・・・・。天界に蔓延する力を得ることで人獣兵を作り、バドラーは巨大な軍事国家を築くつもりなのだ。」
奥に広がっていた広い空洞で、カールはどこからそこまで引き入れたのか、愛馬にまたがっていた。
(ふ〜〜・・・またか・・・相変わらず理屈っぽいんだな。この説明好きは変わらなかったとみえる。)
カールが説明しようとしていたことは、アレスにはすでに容易に想像できていた。が、うるさいと言って止めるのも面倒というもの。アレスは馬の耳に念仏よろしく、ただカールを見つめていた。

「そして自らも、世界の全てを制するが為に『ガド』と化したのだ。むろん私にも、その行為が神に叛くものであることは、十分にわかっている。だが、ここで決着をつけねば俺たちに明日はない!勝った方がバドラーを倒す。・・・・それでいいな。」
(まー、オレはそれでも一向にかまわんが・・しかし、普通の考えでいくなら、神に代わるほどの力を持った敵だ。共に協力して倒してから、雌雄決着というのが、ベストな策だと判断するんじゃないのか?・・・・そういえば、こいつもオレほどじゃないにしても、他人と一致協力してやる方じゃなかったな。どちらかというと一匹狼だった。)
アレスがそんなことを考えているとは、その態度、表情からまるっきり判断できない。
(・・・こいつは・・・どこまでオレを無視しやがるんだ?オレを・・そこまで愚弄するつもりか?・・み、みているがいい!ここはなんとしてもグーの音も言えないくらいたたき付けて、その鼻っつらをへし折ってやる!)
「アレス、いくぞ!」
怒りの感情を露わに、カールはアレスに斬りかかってきた。


−ギン!−
が、その太刀は簡単に跳ね返される。
「くそっ!」
−カカッカカッカカッ!−
方向を転じ、カールは馬を駆って走り回る。
(雌雄を決するという意気込みはいいが・・・そっちから言ってきながら、これはなんだ?・・自分だけ馬に乗って、逃げ回っているだけだろ?これが勝負といえるのか?)
は〜〜〜・・・・心の中でアレスはため息をついていた。
もっとも相手が馬に乗っているからといって、好条件だとは限らないこともあるのは事実だが・・・。

−シュッ!・・カカッカカッカカッ!−
馬に乗って逃げ回り?ながら、アレスの背後から斬りかかる。カールの戦法は、口にした立派な言葉とは裏腹のような気もした。

−グイッ!−
何度目かの背後からの攻撃のその瞬間を見計らい、アレスは馬の手綱を握り、そのまま満身の力でカールが乗ったまま、馬を転倒させた。
−ドスンッ!−
「一層腕を上げたなアレス・・・。だが、私の剣をうち破れるかな!」
転倒する馬からひらりと上手く飛び降り、カールはそれまでのアレスの攻防を褒める。と同時に、火炎の術をその手から放ってきた。

(剣の腕を競うんじゃなかったのか?・・・馬上からの一方的な(しかも背後からの)攻撃の次は、至近距離からの火炎か?・・・オレも生き残るためなら何でもする方だが、剣士として勝負と挑みかかってきたのなら、剣と剣との純粋な勝敗が目的じゃないのか?)
今更ながら、多少呆れ返りながらもアレスは確実にカールの実力を把握し、受け止めていく。


「さすがだ・・・・アレス・・・・。見事な剣さばきだ・・・・。」
数分後、そこに傷つき息絶え絶えのカールの姿があった。
「お前なら、奴を倒せるかも、知れん・・・・。」
そのカールの横で、アレスは静かに立っていた。
「バドラーの犬として、お前と戦ったのが敗因だったようだな・・・・。」
(いや、それは関係ないと思うぞ。)
心の中でアレスは思わず返答していた。
(あくまで、これがお前の実力だ。)
「アレス・・・・プラネット・バスターと言えども、自らの肉体を異形の種と結合させた今のバドラーは、もはや倒せん・・・・。」
(嘘だろ?用意周到なお前のことだ。オレを倒したらお前がバドラーを倒すと断言したのだ。何か方法があるはずだろ?・・・・このもったいぶるのも相変わらずだな。)
死の床にあるというのに、あくまでも無視されて落胆・・というより、失望を感じながら最後の力を振り絞って、カールはそれでもアレスに話しかけていた。
「だが・・・・方法は、まだある。エレーヌに全てを話してある・・・・。封印石を身につけるのだ。プラネット・バスターと封印石がそろえば『全てを制する力』を手にいれた存在でさえ抹消できる。バドラーはそれを恐れていたのだ。」
「エレーヌ・・・」
カールの言葉に誘導されたように小さくアレスの口から彼女の名前が出ていた。
(エレーヌ・・・城であったあの女か・・そういえば、少し前オレの後をつけていたようだが。)
そんなアレスの様子に、カールは弱々しい笑みをみせる。
「・・・・気にするな。大丈夫だ・・・・。エレーヌなら、独りで・・・・生きて、行ける・・・・。あいつは、ずっと・・・・。そうして、きたんだ・・・・。」
(・・・オレはそんなことは気にしてないんだが・・。)
アレスには、カールが一種滑稽のようにもみえてきていた。
「エ・・レー・・・ヌ・・・・」
アレスの背後にあった人の気配に向かってカールは手を伸ばし・・・そしてその手が落ちると同時に息絶えた。


「あなたとカールのおかげで、わずかですが猶予が生まれました。」
カールの痛々しい遺体にゆっくりと駆け寄ると、エレーヌは涙もみせず、気丈な態度でアレスを見つめて話し始める。
「今なら、まだ、全てを正常に戻せる可能性もあります。カールが国王の目を盗んで、密かに迷宮から探し出した封印石を使うのです。ビトールと交易があった、古代ブンデビア時代のものです。その石には大いなる力を制御する作用があると言われています。」

その張りつめたような瞳の奥に、アレスは以前何処かで見かけた悲しい燈を感じた。そして、思い出す、それは、その燈は、花園のホコラに眠るアドニスの瞳だということを。


「人には、大いなる力の源を利用して神に近づくことも、魔に近づくこともできません。できるのは、ただ、自分の欲望を曝け出すことだけ。」
(おまえは・・・・)
アドニスを思い出すと同時に、エレーヌの顔に覆い被さるように彼の顔が浮かび上がっていた。

「全ては、僕の放った嘆きの想念が、この地に災いを引き寄せてしまったのかも知れない・・・・。永遠の嘆き、世界への失望・・・・僕は何千年という間、過った思いを抱いていたようだ・・・・。僕は島から出られなかった。嘆くだけの思いが、僕を島に縛りつけていたのです。バドラーのような力の亡者を生み出してしまったのも、きっと僕のせいなのでしょう。」

アレスの頭に、アドニスの悲しい余韻を含んだ言葉が響き渡っていた。
「エレーヌは千年に一度だけ神から許された肉体の器です。僕の魂はエレーヌがいる時代だけ人間として生きることが出来るのです。 全ては僕のせいだったのです。それを、僕に気が付かせてくれたのは、アレス、貴方だ・・・・。」
アドニスの表情に、気のせいかうっすらと笑みが浮かんだようにアレスには感じられた。

「嘆きは何も生み出しません。」
その全てを悟ったような笑みを残しアドニスの顔がそこから消えると、再びエレーヌの声がアレスの耳に入る。
「それに気がついたとき、私の中に受け継がれたアドニスの魂は、呪縛から解き放たれました。アドニスが言っています。自分の罪を許して欲しいと・・・・。カールが言っています。バドラーを倒して欲しいと。」
(おいおい・・・結局この展開か?)

「バドラーの部屋はすぐそこです。玉座の扉は開かれるでしょう。アドニスの罪を拭い、カールの願いをかなえて下さい。流浪の剣士アレスよ。それが貴方の闘神としての贖罪でもあるのですから・・・・。」
(全てをオレになすりつけってわけか?・・もっとも、ここから出る為には、そうせざるをえない状況であることは確かだが。)

「アドニスが呪縛から解き放たれた今、私の存在も必要でなくなりました。私は自分の住む、本当の世界に戻ります。カールの魂と共に・・・・。」

話し終わると同時にそっと目を閉じたエレーヌの身体は、ゆっくりと淡い光に変化していった。

イメージ図です。エレーヌとはぜんぜん似てないです。/^^;


そして、その光りが消えたとき、そこにあるはずのカールの姿もそして、エレーヌ本人の姿もなかった。
(説明好きなところは似たもの同士か?立て板に水のごとくしゃべって消えてったな。)
2人がいたそこに、ぽつんと残っていた1つの八角形の石をアレスは手に取る。
(これが封印石か。)
−キーーーン!−
それは、腰のプラネット・バスターと小さくだが、共鳴音を発しているようだった。
(・・・・で、これがバドラーがいる部屋へ続くドアのカギなのだな?)
石の下に、カールが持っていたと思われるカギがあった。

(バドラーと会う前に、あのドーラが待ちかまえているような気がするんだが・・・・)
先へ進もうと思った瞬間、アレスの脳裏に浮かんだのは仁王立ちのドーラの姿だった事に、アレスは自分ながら呆れていた。
世界を制する力を手に入れたバドラーより、なぜかドーラに気を取られている自分に気づいたアレスは、ふっと自嘲の笑みを浮かべてからそこを後にした。

(・・・考えようによっては、全責任をオレ一人になすりつけて、自分たちは手に手を取ってあの世へ逃避行・・とも言えなくもないな?・・・勝負に勝った方が良かったのか悪かったのか?・・イヤ、オレは負けたとしても、手に手を取ってあの世へ連れ立ってくれる相手もいないが・・・・なにしろ死神にでさえ嫌われてるからな。・・・もっとも同伴者など欲しいとも思わんが。)

ドーラなら、あの世まで追いかけてくるのだろうか?自分の手で倒したのでなかったとしたら・・ふとそんな思いがアレスの心の奥に浮かびそうになり、無意識のうちにアレスの心はそれを抹消していた。


※ワンポイントドーラその13へ続きます


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