-アレス・8歳の大冒険-
  
 
第一話:落ちたところは?!(2)
 

 「あ!宝箱だっ!」
木の下の草の間からちらっと見えた箱のようなもの。アレスくんは、それが宝箱だと直感して駆け寄ります。
「何が入っているんだろう?」
草を分けてみると、やっぱり宝箱のようだ、とアレスくんは思いました。そして、そっと手を伸ばして、またしても女官の言葉を思い出しました。
「そうだ。これ、ぼくのものじゃないから、人のものを勝手に開けたりしちゃいけないんだ。」
でも、とっても気になります。だって、女官から聞いたおとぎ話や勇者の話によると、そこにはみたこともないような宝が入っているはずなのですから。
「えっと・・・・ど、どうしよう?」
しばらく宝箱を目の前にして考えていたアレスくん。ジュースとクッキーの時のように、とにかく断ることにしました。
「宝箱さん、ぼくが開けてもいいですか?」
持ち物には全て名前を書いておくのですよ、と教えれらていたアレスくん、持ち主の名前がなかったのと、そこがさっきみたいに部屋の中でなかったということで、宝箱自身に聞いてみたアレスくんです。

「宝箱を開けていいのは、勇者って決まってるのよ♪」
「え?」
一瞬、宝箱が返事をしたのかな?と思ったアレスくんですが、声は木の上から聞こえてきました。
「ネコ?」
見上げると枝の上に紫色のネコがいました。
にゃ〜お♪と色っぽく(?)一声なくと、そのネコはぴょん!とアレスくんの目の前に飛び降りました。
「勇者でなければ、せめて冒険家よ♪」
「ふ〜〜ん・・・そうなの?」
なぜネコが言葉を話すことができるのか・・・一瞬そう思ったアレスくんですが、紫うさぎのこともあります。それに今アレスくんの興味をひいているのは、そんな事ではなく宝箱なのです。ということで、そんな疑問はすぐ頭から消えてしまいました。そして、そう言えば話の中の勇者や冒険者は、当たり前のように見つけた宝箱の中身を調べていた、とアレスくんは思い出して、納得します。
「あなた、冒険者?」
「あ・・ぼ、ぼく・・・・・・」
別に冒険者といったわけでもないアレスくんは返事に困ってしまいます。でも、アレスくんの頭にキラン♪とひらめいた考えがありました。
「冒険者って知らない場所を探検する人のことだよね?」
「うにゃお。」
ネコはこくんと首を縦に振ってそうだと答えました。その答えにアレスくんはほっとしてにっこりと笑います。
「じゃー、ぼくも冒険者だよ。さっきここへ来たばかりだけど。」
ジュースとクッキーのときといい、案外ちゃっかり屋のアレスくんでした。
「それならいいわよ♪冒険者なら開くはずよ♪」
ネコは開けてみて、と言わんばかりに、箱の上に飛び乗って、ちょいちょいとふたを指します。
「う、うん・・・・・」
ネコが飛び降りると、アレスくんはそおっと蓋の止め鍵に手を伸ばしました。
−カチャリー
どうやら鍵はかかってないらしく、それはすっと動いてくれました。アレスくんは、期待に目を輝かせて箱を開けます。
「きゃ〜♪やったわっ!あたしのビスチェっよ!」
「え?」
箱の蓋が開くと同時に、ネコがそう叫んで中へと飛び込みました。
−ぼん!−
「え?」
そして、次の瞬間煙が立ちあがり、その煙が消えた時、アレスくんの目の前に、女の人が立っていました。
「ネ、ネコさんって・・・女の人だったの?」
紫うさぎと同じようにアレスくんと同じくらいの背でした。でも、やっぱり体型は、女の子というより大人の女の人のようでした。ただ、紫うさぎと違うのは、当たり前のようですが、うさぎでなくネコなので、短いネコ耳、そして長いしっぽ、それから、紫うさぎよりは温かいみたいだな、とアレスくんが思ってしまったように、身体を覆う部分は、多少広かったのです。両腕と両足は付け根から出てましたけど。
「あたしが着られる服がぜったいこの宝箱にあるって睨んでたのよ。でも、ネコの姿じゃ開けられないし困ってたの。」
「呪いでもかかってたの?」
アレスくんは例によって女官から聞いた話を思い出して、彼女に聞きます。
「呪いとはちょっと違うんだけど・・・似たようなものね。・・・そうよ!にっくきはあの白ネコ!」
「白ネコ?」
「そう!おとなしそうな顔して・・・あたしの火炎を跳ね返してくれちゃって・・・・おかげで服が燃えてしまって・・・裸ではいられないからリアルバージョンに変身してたのよ。」
「リアルバージョン?」
「そう。今のこの格好でなく、一般的にネコと呼ばれている姿の事よ。わかるかしら?」
「あ・・う、うん。」
「リアルバージョンなら、ビロードの毛皮を身につけてることになるのよ。」
「そ、そうだね。」
アレスは毛並みのよかったツヤツヤの身体を思い出していた。
「で、白ネコさんと喧嘩でもしたの?」
「あ・・・う〜〜ん・・・そんなものかしら?」
あごに手を添え、少し考えたあと、紫ネコはそう答えた。
「ともかく・・助かったわ、坊や。お返しは何がいい?」
「お返しなんてぼく・・・」
純真なアレスくんは、人助けは当然だと思ってるのです。
「あたしは借りを作るのは嫌いなのよ。たとえ坊やみたいな子供にでも。」
「で、でも・・・・」
「何かないの?」
「え、えっと〜・・・・」
それ以上遠慮しても悪いような気がしてアレスくんは、答えました。
「それじゃ、紫うさぎさん知らない?」
「紫うさぎ?」
「うん、そう。お姉さんの紫色の毛よりも少し濃い紫で、もっと・・その毛皮の部分が少なくて・・・。」
「は、は〜〜ん・・・うさぎのデラね?」
「デラっていうの、あのうさぎさん?」
「そう。自分がヒロインですって顔したあの・・・・ああ!思い出しただけで頭に来ちゃうわ!ヒロインはあたしなのにっ!世界はあたしのものなのよっ!」
ぶるぶると両の拳を震わせて、紫ネコは怒りを燃え立たせました。
「・・・仲・・・よくないの?」
その怒りに押され、アレスくんはそっと訊ねます。
「いいわけないじゃない?!・・・デラうさぎといい、クラレネコといい・・・なんだって、こうあたしの邪魔ばかりするのかしらっ?!」
「ク、クラレネコ?」
「そう!さっき言った白ネコよ!」
「それで、そのデラうさぎさんは、どこへ行ったら会えるの?」
「坊や!」
「な、なに?ネコさん?」
ぐいっと顔を近づけて睨んだ紫ネコに、アレスくんはもうすっかり飲み込まれておどおどしてしまいました。
「坊や、何歳?」
「何歳って・・・ぼ、ぼく8つになったとこ・・だけど・・」
なぜ歳を聞かれるのだろう、と不思議に思いながら答えたアレスくんの頭を、紫ネコはぽんぽん!と軽く叩くとため息をつきました。
「坊や・・・その歳で女を追いかけるとは見上げたものね・・・。」
「え?・・・あ、あの・・ぼく?」
「しかも、あのデラうさぎですって?」
「あ、あの・・・お姉さん?」
明らかに紫ネコの怒りが燃え上がってきているのを感じ、アレスくんは焦ります。
「どうせ追いかけるなら、やっぱりこのあたしでしょ?」
怒りを帯びた声で言った紫ネコは、アレスくんの目には、とても巨大に見えました。
「あ、あの・・・で、でも、ぼく・・・・・謝ってあげなくちゃいけないから・・・ぼく・・・」
「え?」
どうやら追いかけている理由が違うようだと思った紫ネコから怒りがきえました。

「きゃははははっ!な〜〜んだ・・そういうことだったのぉ〜・・」
そしてアレスくんからその理由を聞くと、紫ネコは楽しそうに大笑いします。
「いいのよ、そんなのほかっておいて!」
「でも・・・」
「あんなのにかかわるとろくな事ないわよ?」
「でも・・・」
「怒られればいいのよ、デラうさぎなんて!」
「でも・・・」
悲しそうにうつむくアレスくんに、さすがの紫ネコもかわいそうになりました。
「わかったわ。」
大きなため息をついて、紫ネコはアレスくんの両肩を抱いて、顔をのぞき込みました。
「借りを返すと言ったんだものね。教えないわけにはいかないわね。」
「お姉さん!」
「ここを真っ直ぐ行くと道に出るわ。そしたら道に沿っていくとお屋敷があるの。そのお屋敷の庭で開かれるお茶会にいるかもしれないわ。」
「お茶会?」
「今日がお茶会の日だったかどうかは、知らないけどね。もし、違ったら、そこで聞いてみなさい。何か教えてくれるでしょ?」
「あ、うん!ありがとう、お姉さん!」
「どういたしまして!」
目を輝かせてにっこりと笑って礼を言ったアレスくんの頭を、紫ネコはそっとなでました。
「ただし、庭に続いている塀にいる拳法卵には、気をつけなさい。」
「拳法卵?」
「そうよ。迷宮マップマニアでね、通りかかった人に迷路のような地図を見せるのよ。で、無事出口に出られればいいんだけど、出られなかったら・・・」
「なかったら?」
「ぎゅおん!とその太くてごっつい身体を大回転させて、できなかった人を遠くへ飛ばしちゃうの。」
「飛ばしちゃう・・・・。」
さ〜っとアレスくんの顔から血の気がひいてしまいました。
「でも、大丈夫。迷路を抜け出せればいいんだから。」
「でも、その迷路って・・難しくない?」
「それは・・・その時の運ね。簡単な時もあれば、難しい時もあるから。」
「そ、そうなんだ・・・。」
アレスくんは考え込んでしまいました。
「きゃはは!そんなに真剣に考え込まなくってもいいわよ〜。」
「でも・・・・」
「じゃー、おまけしてあげるわ。」
「おまけ?」
「そうよ。彼の後ろを指してこう叫んでそこから逃げちゃえばいいの。ちょっと脅しをかけるようにして、『う、後ろに、幽霊が〜〜〜!』って。」
「騙すの?」
単純に感じた疑問を口にした素直なアレスくんに、紫ネコはがくっとしながら付け加えました。
「飛ばされるよりいいでしょ?」
「う、うん・・・・。」
「じゃね、あたしは塔の上を目指さなきゃ。ずいぶん遅れを取っちゃったから。」
「塔?」
「そうよ。じゃね♪」
ひゅん!と紫ネコは一瞬にして姿を消しました。
「す、すごい・・・」
「あ!そうそう!」
消えたはずの紫ネコが、ぽん!と再び姿を現し、アレスくんは驚いて目を丸くします。
「くくくっ!その反応が楽しいわね。」
紫ネコはそんなアレスくんに満足そうに笑いました。
「あたしはメルメラって言うの。炎のメルメラ、覚えておいて損はないわよ。」
「メラメラ?」
「・・・・坊や・・・それってわざとじゃないでしょうね?」
紫ネコの笑顔がきつくなり、アレスくんはその険しい表情に焦りを覚えます。
「あ、ち、違っちゃった?ご、ごめんなさい。・・・ぼ、ぼくはアレスっていいます。」
「アレスね。忘れなかったら覚えておくわ。だから、いい?」
「は、はい・・。」
「あたしは、メ・ル・メ・ラ!炎のメルメラよ!分かった?」
ぐいっとアレスくんの耳を引っ張ると紫ネコは耳元でそう叫びました。
「わ、分かりました、メルメラさん。」
アレスくんは引っ張られた耳の痛みを我慢して丁寧に答えました。
「ふん!」
そして、ぽん!という音と共に、紫ネコは再び姿を消しました。

アレスくんは、また姿を現さないかと、しばらくそこに立っていました。でも、いつまでたっても姿を現しそうもなかったので、ようやく言われた方向へと歩き始めました。
     


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