-アレス・8歳の大冒険-
  
 
第一話:落ちたところは?!
 

 「待ってよ〜、うさぎさ〜〜ん!」
あっと言う間に姿を消した紫うさぎを、アレスくんは必死になって追いかけ始めました。
「・・・確かこっちへ来たんだよね・・・。」
はー、はーと息を切らせ、立ち止まったアレスくんはしばし考えます。

辺りを見渡しても、もうそれらしき姿はどこにもないのです。
「どっちへ行ったんだろう?」
アレスくんはすでに奥庭から出てしまっていました。途中、塀があったことはあったのですが、うさぎが抜け出たらしい小さな穴を見つけ、少しきつかったけれど、アレスくんもそこから外へ出てしまったのです。森へと続いていたそこは、アレスくんは初めて来たところだったのです。道らしい道もありません。

「ど、どうしよう・・・帰り道も分からなくなっちゃった。」
一人焦るアレスくん。茂った大木が周りを囲んでいて、見えても良いはずの王宮の尖塔も見えません。でも、そこは持ち前の性格でつい気弱になってしまった自分を叱咤し、はげましました。
「そんな気弱な事じゃいけないんだ。そうだ!これは、神様がぼくにくださったプレゼントなんだ。ほんのときたましかお外に出られないから。・・・えっと、なんて言ったかな・・・・よくお話の中に出てくる・・・・」
腕を組み、木々の間から顔を出している空を見上げて考えることしばし。
「そうだ!試練だ!・・・これは、ぼくに神様がプレゼントしてくださった試練なんだ!男の子なら堂々と立ち向かわなくちゃ!」
ふんぬ!と下腹に力を入れ、ガッツポーズをとると、アレスくんは直感的にうさぎが行ったと思った方向へと走り始めました。

そして・・・・

「え?・・・・う、うわーーーー・・・・・・・・」
勢いよく茂みを飛び越えた向こうに、地面はなかったのです。
「ーーーーーーわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・」
真っ暗な穴の中に、アレスくんは勢いよく落ちていきました。


−ぼよょ〜〜〜〜〜ぉん・・・−
底はずいぶん深かったようです。アレスくんが失神しそうだったそのとき、底にあったクッションにぶつかったアレスくんは再び空中に投げ出されました。
「うわーっ!・・うわーっ!・・わー!」
そのジャンプを何回繰り返したのでしょう。ともかく徐々にその弾みも小さくなり、アレスくんはようやくクッションの上で動きを止めました。(といっても弾んでいたのは彼の意思ではなかったのですけどね。)

「えっとぉ〜〜・・・・」
きょろきょろと周囲を見渡すアレスくん。そこにはその大きなクッションが1つあるだけです。でも、ちょうどアレスくんが立って通ることができるくらいの横穴があります。さっそくアレスくんはその穴に入っていきました。

「ドアがある?」
少し歩くとその先にドアが見えました。勿論アレスくんはそのドアを開けて入ります。
−パタン−
「誰のお部屋なんだろう?」
6帖くらいのその部屋はガラ〜ンとしていました。アレスくんの知ってる部屋は、あれこれ装飾品や家具が並んでます。
「さっぱりしてていいかもしれない。」
そんなことを思いながら、アレスくんは、部屋の中央にあったテーブルへ近づきます。
テーブルが1つとイスが1脚、そして、テーブルの向こうにはまたドアがあります。
でも、そのドアが・・・・10cmほどの大きさです。遠近法を使ってるわけじゃありません。
アレスくんがそのドアに近づいて確認ずみです。絵に描いた餅・・もとい!絵に描いたドアではなく、本物のドアでしたが、小さすぎてアレスくんでは、とてもではないですが、通れそうもありません。
そして入ってきたドアがいつの間にか消えていた事に気付き、アレスくんは困ってしまいます。
「どうしよう?」
戻るにも戻れず。いえ、たとえドアがそこに存在していたとしても、アレスくんが落ちてきたその穴は、到底よじ登れる高さではありません。あってもなくても同じなのですが、でも、ついさっきまであったドアが消えるといった不思議な現象は・・・子どもでなくても不安を煽られるものです。
ということで、アレスくんも不安になってきてしまいました。
でも・・・・そこはアレスくんなのです。早くも他のものに興味を示します。
「これ・・・ジュースかな?」
テーブルの上にあったビンには、飲み物らしきものが入っていました。そして、その横には甘〜くおいしそうな匂いのするクッキーが。
「食べても・・・いいの・・・かな?」
キョロキョロと部屋の中を見渡すアレスくん。でも、誰もいません。
「ごくん!」
断りもなく食べ物に手をつけてはいけないと教えられていたアレスくん。うさぎを追いかけて一生懸命走ったのと、クッションでのトランポリン運動で、お腹はぺこぺこ、喉はカラカラなのですが・・・その教えを思い出して、一生懸命我慢我慢です。
・・・でも、すぐ目の前のそれに、お行儀のいいアレスくんも、思わず唾を飲み込んでしまったのです。
「えっと・・・・あの・・ジュースとクッキー、いただいていいですか?」
誰もいないのなら、お部屋に断ればいいんじゃないか、と思ったアレスくんは、誰もいない空間に向かって話しかけます。
「あの・・・ぼく、喉がかわいちゃって・・・。お腹もすいてるし・・。もし、いけなかったら『いけません』って叱ってくださいね?」
ずい分前のことなのですが、テーブルにあったケーキにそっと手を伸ばした時、女官に怒られた事を思い出したアレスくんは、一応、飲んでもいいかどうか聞いてみたわけです。
勿論、その部屋は無人であり、そして、部屋自体が生き物でもなかったので、返事はありません。でも、アレスくんは、『いけません』と言われなかったので、飲むことにしました。
そう、本当はそこには、『Drink me♪(飲んで)』と書いてあったのですが、アレスくんの国の言葉ではなかったため、残念ながらそれが読めませんでした。勿論クッキーには、『Eat me♪(食べて)』とありました。・・でも、ひょっとしたら読めた方が怖くなってしまったかもしれませんね。読めなくて良かったのかもしれません。

アレスくんはクッキーを手でつまんだものの、ジュースを先に飲むことにしました。
「ごくん!」
乾ききっていた喉にす〜っと流れていくその飲み物は、とても爽やかでおいしかったそうです。
「ごくっ!ごくっ!・・・あ、あれ?・・・あれれれれ?」
するとどうでしょう、飲んでいる間に、そのビンがぐんぐんと大きくなっていくではありませんか!重くて持っていられなくなり、慌てて床に置くアレスくん。
その間も大きくなっていくビンは、少ししか飲んでなかったものの、しばらくしてアレスくんの背を追い越し、はるか高くなっていきます。
「ど、どうなっちゃったの?」
アレスくんは焦ります。そして、ふと振り返って見たところに、ドアをありました。そう、小さくて通ることの出来なかったドアです。
「このドアって・・ぼくが入ってきた方じゃないよね?」
思わず確認するアレスくん。それもそのはず、小さくて入れそうもなかったそのドアは、ちょうどいい大きさになっているのです。
「ということは・・・ビンが大きくなったんじゃなくって、ぼくが小さくなったの?」
あまりにも突拍子もないことでした。気が付くと手にしていたクッキーもアレスくんの傍で巨大化しています。
「もしかしたら・・これを食べると元に戻るのかな?」
そう思い、大きすぎて食べれないため、手で掻いてそのかけらでも食べようと思ったアレスくんですが、部屋の外の事の方が気になっていました。
「そうだ!」
アレスくんは、崩したクッキーのかけらをいくつかズボンのポケットに入れると、ドアに向かいました。


−ピチュピチュピチュ・・・チチチチチ・・・キチキチキチ・・・−
「ま、まぶし〜〜・・・」
ドアを開けて出たところは、野原のようでした。小鳥の囀りと虫の鳴き声、そして、川でも近くを流れているのかせせらぎの音がします。
アレスくんは、それまで薄暗い洞窟と部屋の中にいたため、急に微笑んだお日様が眩しくて手を翳してそれを遮ります。
「ここ・・・どこなんだろう?」
勿論今まで来た覚えはありません。アレスくんは、紫うさぎがその辺にいないかと、きょろきょろしながら、歩き始めました。
     


◆■続き■◆



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