『ニールとゆかいな仲間たち♪』
== ネクラ・・もとい!ネクロマンサー、ニールの徒然冒険記 ==

その28 「黄昏のエリー」(2)遠い記憶

 「ねえ、母さん、今日はたっくさん売れてよかったね。」
「そうね。エリーが手伝ってくれたおかげよ。」
「えへへ。」
エリー13歳。その日、エリーは母親について4,5時間ほどの道のりにある町の市場へ行った。夜明け前に家を出て、町につくとさっそく広場で店を広げ、母親がこの3月ほどの間、夜通し織った生地や、それに刺繍をほどこした絨毯や小物を売るのである。そうしてお昼少しすぎ、珍しくほとんど売れ尽くした母子は、軽い食事を取ると足取りも軽く帰路へと着いた。
そして、夜までには村へ帰り着けれる予定だった。が、途中で雨に降られ、雨宿りしていたことと、道で倒れていた老人をしばらく介抱していたことで、時間は大幅に狂ってしまった。
道中、何もない村までの道。ひたすら急ぐ2人は、それでも不安はなかった。まだ夕刻までには時間もある。

「そういえば、最近狼が多いって聞いたけど・・・大丈夫よね、母さん?」
遠くに狼の遠吠えを聞いたような気がして、エリーはふと母親に聞いてみた。
「大丈夫よ。人里近くまでは下りてこないはずだから。」
「そうよね?」

そんな会話をしながら、急ぐ2人を、そのまさかが襲った。
「母さんっ!」
「お逃げっ!エリー!母さんなら大丈夫だから!」
「でも・・・」
「いいから、早くっ!今ならそっちから逃げられるわっ!」
今でこそ引退したが、元は女戦士だったエリーの母親。彼女は万が一の時のため携えていた剣を抜き、狼の注意を自分の方へ引きつけながら、茂みに隠れさせたエリーに早く逃れるようにと促す。

「がおっ!・・ぎゃん!」
必至で走る背後で、母親と狼の群との戦いが始まったことを示す声と音が聞こえていた。自分だけ逃げるのは卑怯だとも思った。が、傍にいては足を引っ張ることも承知していた。だからこそ、母親は咄嗟に読みとった周囲の気配でエリーを茂みに隠し、そして逃がした。
「大丈夫よね、母さん?」
もう少し先までいけば、旅人が休憩に使っている小屋があるはずだった。エリーはそこを目指して走った。暗黙のうちに母親とそこでの再会を了承したからである。


そして数十分後・・・
「母さん?」
中で一人震えて待っていたエリーは、戸口をノックする音に、慌てて飛び出していった。狼がノックするわけはないからである。
が・・・・
「おじいさん・・・・?あ、あの、途中で母さんに会わなかった?」
それは、途中で介抱した老人だった。
「・・・・」
「おじいさん?!だって、ここまで来る道は他にないのよ?狼に襲われたところを通らなくっちゃ・・・ここ・・・まで・・・・来られ・・・・」
叫ぶように口にしたその自分の言葉に、エリーは愕然とした。
(それって・・つまり・・・母さんは狼に・・・?)
その考えに、エリーの全身から一気に血の気が引く。
「そんな・・そんな!母さんが狼なんかに負けるわけないのよ?腕ききの戦士だったんだから!腕はなまってないわ!」
すがる目で泣き叫ぶように言うエリーに、老人は悲しげに首を振った。
「あれは普通の狼ではない。」
「え?普通の狼ではないって?」
「あれは恐怖の魔王、ディアブロの血を舐めた狼だ。」
「え?」
「わしの追跡を絶つためにその血を舐めさせ意に添わせたんじゃよ。」
「おじいさんの追跡を絶つため?」
「そうじゃ。」
「それじゃ、おじいさんは、恐怖の魔王に恐れられるほどの力を持ってるの?」
「いや、恐怖の魔王はまだ眠っておる。それを復活させようとしている闇司祭のしわざぢゃ。」
「復活させる?」
「そうぢゃ。・・・なんとしても止めなくてはいかんのぢゃ。わしは、その為にこの命をかけておるのぢゃ。」
「おじいさん・・・・」
「助けたいか?」
「あ、当たり前でしょ?」
「そうか。では、近くに墓地はないか?」
「墓地?」
「餓えで死ぬところだったわしを助けてくれたお礼ぢゃ。母さんを取り戻したいと言うのなら、手助けしてやろう。」
「え?」
エリーには老人の言うことのわけがわからなかった。母親を助けるのになぜ墓地なのだろう?と。が、次の瞬間、道から少し入ったところにある墓地へと老人を案内していた。それは、もしまだ狼と戦っているとしたら、助け手は、少しでも早いほうがいいからである。気味の悪さも忘れてエリーは急いだ。


が・・・そこで、エリーは、この世のものとは思えないおぞましい光景を目にすることとなった。
空は、沈みゆく太陽で真っ赤に染まっていた。まるで血のようだと思えてしまったその真っ赤な夕焼けの下、人気のない墓場に老人の低く不気味とも聞こえる声が広がっていった。
−ガタタ・・ボコッ・・・・ボコ・・・ガタッ・・・−
「あ・・・・あ・・あ・・・・・・・?」
老人の傍に立っていたエリーは、その光景に腰を抜かし蒼白状態となった。
その焦点が定まらなくなった瞳には、墓石を持ち上げ、次々と土中から這い出てくる死体たち。
完全に白骨と化したもの、半分だけ白骨のもの、腐乱し、崩れかかった身体のもの・・・・さまざまではあるが・・・どれも正視できるようなものではない。
「行くぞ・・・・狼の臭いを追うんだ。」


誰もいなくなった墓場に、一人エリーは放心状態で座っていた。気絶しようにもあまりにも鮮烈な印象でできなかった。ただ一人その瞳に夕日を映して座っていた。



−チチチ・・・ピチュピチュピチュ・・・−
「朝・・?・・・母さんっ?!」
がばっと勢いよくエリーは飛び起きた。そこは自分の部屋。おかしなそして恐い夢を見たものだと思いながら、エリーは台所へ駆け込んだ。
「母さん?」
が、そこにいた母親は、エリーの知っている母親ではなかった。
振り返った母親を見て、悪夢だと思った夢がまぎれもなく現実だったことを思い知らされた。
「悪かったな、お嬢ちゃん。助けに行ったときは、もう母さんは狼に喰い殺されておってな。」
「お、おじいさん・・・・」
台所の隅に座っていた老人にエリーはようやく気づいた。
「ただ、まだ餌にはなってなかったのでな・・・そんなに損傷はない。」
その言葉でエリーは怖々母親に視線を移した。
それは、前日に見た死体とさほど変わりはなかった。血の気も生気も失せた顔。だらりとさがった両腕。その時の死体の行列が鮮明にエリーの脳裏に蘇った。
「いやああああ!!!!」
恐怖に駆られ、パニック状態に陥ったエリーはそのまま家を走り出ていた。

それから、どこをどう走ったのか記憶はなかった。ふと我に返ったエリーが、怖々ながらも家に帰ったとき、老人も、そして、あるはずの母親の死体もなかった。


「ああ、それなら・・・・」
村人が同情の慈愛を込めて、母親の行方を尋ねたエリーにしぶしぶ応えた。
『いらないらしいのでな・・・このままもらっておく。結構腕が立ちそうぢゃからきっと役に立つ。魔王は無理でも、その配下くらいは追い払ってくれるぢゃろう。』
そういって立ち去ったその老人が死体を蘇生させるネクロマンサーという術使いだということと共に。
ネクロマンサーに祟られたくはない、その思いで誰一人それを止める者がいなかったことを最後にすまさなそうに付け加えて。 

 

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