銀の守護聖 
別世界・もう一つの物語(14)
 

**闇のサクリア喪失**

 (オスカー様・・・)
セクァヌがアレクシードへの思いと決別しようと森を駆っていた日の夜更け。
真夜中過ぎに屋敷に戻ったセクァヌは、塀の片隅からそっと見つめているオスカーの姿に気付いた。その心に感謝しつつ、セクァヌは黙って屋敷の中へ入っていった。

そして、しばらく止めていた土の曜日の夕方からのセクァヌの遠乗りもそのうち再開されるようになり、しばらく遠ざかっていたオスカーもいつしか再び同行するようになった。
何よりもオスカーは、セクァヌの月光を反射した銀色の瞳が気に入っていた。
およそ日中では想像もできない激しさを秘めた瞳、その鋭く、神秘的とも言える不思議な輝きを放つ目で前方を見つめ、森の中をともすれば危険を感じるほどの勢いで、馬で疾走させてる彼女にオスカーは魅入られていた。

月光と星が降り注ぐ森の中を、平行して走る馬上に赤と銀の髪が跳ねる。
鋭い光を放つ透き通ったアイスブルーの瞳と月光を反射し神秘的な輝きを放つ銀色の瞳が揺れる。

その繰り返しの中、2人の心は少しずつ歩み寄り、いつしか二人の心の結びつきは確かなものとなっていった。

そしてそんなある夜、泉の湖畔でどちらかともなく唇を合わせた2人は、そのままお互いを確認し合う。
「お嬢ちゃん。」
「オスカー様。」
純白ののつぼみだった少女は赤い炎に包まれ、大輪へと開花する。
赤く激しく燃え上がる炎と静かに揺らめく銀色の炎が融け合っていく。時が止まったかと思われる静けさの中、2人は守護聖だということも忘れて愛し合った。

−カポ、カポ・・・−
帰り道、2人は共にセクァヌの愛馬、イタカに乗っていた。
帰したくない、帰りたくない・・・離れたくない気持ちは2人とも同じだった。が、屋敷の者が心配する。オスカーは、このまま永遠に着かなければいいと思いながらその胸にセクァヌを抱きしめ、馬を駆っていた。
「いっそこのまま、宇宙の果てまでお嬢ちゃんを抱いて駈けていこうか・・・」
ふとそんな思いがオスカーの心を過ぎる。
が、そうするわけにもいかない。それにこれで会えなくなるわけでもない。同じ守護聖としてここにいるのだから。とオスカーは激情を押さえてセクァヌを屋敷まで送り届ける。

「明日、陛下のところへ行こう。」
「オスカー様。」
そのオスカーの言葉が何を意味しているのかセクァヌにはすぐわかった。
二人の事を陛下に認めていただく為に行くのだということを。
「お休み、オレのお嬢ちゃん。」
「お休みなさい、オスカー様。」
今一度口づけをしてから、セクァヌを屋敷の中へ入らせる。
−パタン−
彼女が中に入っていったのを見届けてから、オスカーは馬に乗りそこを後にした。
「・・・オスカー様・・・・」
−カチャ−
オスカーが立ち去った頃合いを見計らって、セクァヌはそっとドアを開けて外に出る。
そしてオスカーが駈けて行った方向をしばらく眺めてから、彼女は愛馬に乗り、その反対方向へと駈けていった。


そして、その翌日・・・・
「お嬢ちゃんはもうお目覚めかな?」
オスカーはセクァヌの屋敷に来ていた。
「どうしたんだ?」
が、使用人らはなぜか口を閉じている。気のせいか空気が沈んでいた。
(まさか・・・何かあったのか?もしやお嬢ちゃんの身になにかよからぬ事が?しかし、夜別れたときは別にどうってことはなかったはずだが?)
そう思いながら、それでも何か悪い予感がオスカーの中で騒いでいた。
−コンコン−
「お嬢ちゃん・・・起きてるか?」
慌ててセクァヌの部屋へ行きドアをノックする。が、返事はない。
まだ寝ているのかと思いつつ、ドアノブに手をかけ軽く力を入れると、ドアはカチャリと音を立てて明いた。
「・・・お嬢ちゃん?」
 カーテンが引かれたままのその部屋は薄暗く、人の気配は、そこにセクァヌはいない。
「どうしたんだ?お嬢ちゃんは屋敷内にはいないのか?どこへ行ったんだ?」
「セ、セクァヌ様は・・・」
「何だ?」
重い口をようやく開いた使用人は短く答えた。
「ここを・・聖地を去られました。」
「なんだって?」
思わずオスカーは使用人の腕をぐっと掴んだ。
「なぜ?」
彼は沈んだ顔を横に振り、知らないことを示した。

オスカーは厩へ駆け込む。もし使用人の言葉が本当だったとしたら、愛馬は連れていくはずだ。そう思ったからだった。
が、そこに彼女の愛馬、イタカはいた。
「そうだ、陛下にお会いすれば・・・」
オスカーはイタカに乗ると、宮殿へ急いだ。

「陛下!」
「オスカー・・・」
女官へ取り次ぎもそこそこに、オスカーは謁見室へと向かう。
そして、女王アンジェリークとロザリアの少し悲しみを帯びた表情に思わず動揺する。
「日の曜日に失礼いたします、陛下。実は・・・」
悪い予感に不安を覚えながらも2人に礼をとると、口早に用件に入ろうとするオスカーに、まるでその用件がわかっているとでも言うように、ロザリアがゆっくり前に進みながら声をかける。
「オスカー様・・3日だけお待ち願えますか?」
 「は?」
その言葉の意味が全く理解できなかった。
「私から話しましょう。」
アンジェリークがゆっくりと檀上から下りてオスカーに近づく。
「オスカー、落ち着いてきいてちょうだい。・・セクァヌが闇のサクリアを失くしました。」
「は?」
思ってもみなかったその言葉に、オスカーは愕然として聞き返した。今聞いた言葉が信じられなかった。
「今、何と・・・何とおっしゃったのですか、陛下?」
「セクァヌは闇のサクリアを失くし、今朝早くここを発ちました。」
「バ、バカな!昨日まで・・い、いや、昨夜までそのような様子は微塵もなかった・・・・」
オスカーは呆然としながら考えていた。
「オスカー様・・・・」
ふと目があったロザリアの視線から、オスカーはその原因を悟り、奈落の底へ落ちていくような自分を感じた。
サクリアの喪失・・・そんなことがあるとは思ってもみなかった。自分が抱いたからセクァヌから闇のサクリアが無くなった。そしてサクリアを失った守護聖は・・・もはや守護聖ではない。

「失礼します、陛下!」
 会釈をし、くるっと身体を反転させオスカーはそこを駆け出そうとする。
「落ち着いて、オスカー。」
「これが・・・これが落ち着いてなどいられるものか・・・オレは・・オレは彼女の所に行く。」
アンジェリークの言葉で一旦その足を止めたオスカーは、アンジェリークの方にむき直しもせず、拳を震わせ、声を震わせて答える。
「オスカー、今より3日後、新しい闇の守護聖の迎えをお願いします。」
その言葉に、オスカーはアンジェリークを悲痛な表情で振り返る。
「陛下・・・それは、できません。・・オレは・・・・」
「闇の守護聖を失った今、宇宙は早急に新しい守護聖を迎えなければなりません。」
「ですが、陛下・・」
オスカーはその場に膝を折ってアンジェリークに懇願した。
「守護聖失格でも構わない・・どうかその役目は他の方に。オレを・・いや、私をセクァヌの迎えに行かせてください!・・・それがダメなら・・・守護聖を降り、彼女の元へいきます!」
「サクリアを失くしたわけでもないのに、そのようなことは許可できません。」
「陛下!」
「ですから、3日ほど待ってくださいと言ってるのです。」
「私が会いたいのは新しい闇の守護聖などではなく・・」
「ええ、わかっています。」
「ではなぜ?」
「新しい闇の守護聖はまだとても幼く、そして、守護聖としてここへ迎える為に、ここではなく星での生活が、年月が必要なのです。ですから3日お待ちください、オスカー様。」
「どういうことなんだ?」
何か特別な理由でもあるのか、と、すぐにでもセクァヌのところへ飛んでいきたい激情を押さえ、オスカーはロザリアにきつい口調で問う。
「ここでの3日は、向こうでは5年ほどの歳月を意味します。それでもまだ幼い守護聖ですが、十分でしょう。」
「は?」
「くすっ」
アンジェリークは思わず笑いをもらす。
「ですから陛下・・・最初からきちんと申し上げるべきだと申しましたのに。」
ロザリアがアンジェリークをたしなめる。
「だってロザリア・・このくらいの仕返しはあってもいいと思うわ。」
「は?」
オスカーは全く事情が飲み込めていなかった。
「そうかもしれませんが・・・・」
ロザリアも苦笑いして、まだ真っ青な表情のオスカーをみる。
「だって男の方なんて女の苦労を少しもわかってくれないんですもの。このくらいのこと・・」
「陛下!」
「は?」
相変わらずオスカーの頭の中は真っ白だった。
「ほら、やっぱりぜんぜん気付きそうもないわ。」
「陛下!」
ロザリアがいたずらっぽく笑うアンジェリークをたしなめる。
「・・・陛下?・・ロザリア?」
ふふっと軽く笑ってアンジェリークはオスカーに言った。
「そうね、もう許してあげましょうか。私達の大切な友人だったセクァヌをとってしまったオスカー様でも。」
「は?」 
「ふ〜〜・・・・」
ロザリアはため息をつくと続けた。
「本当に思い当たりません?」
「あ・・い、いや・・・何の事なのか、さっぱり・・・」
ロザリアはアンジェリークと目を合わせてから言った。
「新しい闇の守護聖は、オスカー様のお子様です。」
「は?・・・・ロザリア・・今・・・・なんと?」

「でさー、その時のオスカー様の顔・・・・みものだったってさ!」
その日から3日後、いそいそと支度をし、セクァヌとまだ見ぬ自分の息子(連絡はすでに入っていた)、新しい闇の守護聖をオスカーが迎えに出たあと、宮殿の中庭で、セクァヌが聖地を離れた日の出来事に花が咲いていた。
「そりゃそうだろ?誰だってそんなこと考えつきもしないだろ?」
「そういや、その前日、ほんの一瞬だったけど宇宙を取り巻く闇の気が小さくなったような気がしたね。」
オリビエがくすっと笑いながら呟いた。
「オリビエ様も?ぼくもそんな気がしたんだけど・・ほんの一瞬だったから気のせいかなと思って気にもとめなかったんだけど。」
マルセルが驚いたように言った。
「分からなかったのはおそらくオスカーだけだろーね。ほんの少しだとしてもサクリアの変化なんだよ、わたしたちや陛下にはわかるはずなんだからね。」
そして、にまりと笑ってオリビエは小声で付け加える。
「んー・・・あの時に・・・・だったんだよねー・・・・」
「あの時って?それが何かしたんですか、オリビエ様?」
純粋に疑問を投げるマルセルに、オリビエは思わずぎょっとする。
そして、しばらくマルセルと見つめてから笑った。
「そっか・・・マルセル、あんたにはまだわかんなかったか・・・きゃははっ・・・」
「オリビエ様?」
「まー、あんたもそのうちわかるだろうよ。」
そう答えた以外誰も教えてくれなかった。マルセルがそのことを理解するのは、まだまだのようだった。

 

←Back..... _Index_ .....Next→

...Contents...