銀の守護聖 
別世界・もう一つの物語(13)
 

**再会と決別・戦士アレクシード**

 その日はセクァヌが聖地へ来ての初めて迎える誕生日、18歳の誕生日だった。
守護聖らは全員、できるものなら祝福したいと思っていた。が、そうはできない理由があった。それは、もしセクァヌに闇のサクリアがなかったら、18歳のその日は愛しい人と結婚するはずの日だったのである。

その日、守護聖らは謁見の間で、女王に定例の報告をしていた。
そして、それも終わり、各々の執務室へ帰ろうとしていたとき・・・・

入口から入ってくる陽の光を遮る大きな影に気づき、アンジェリークとロザリアは目線を移し、守護聖らは入口の方を全員振り向いた。
そこには、屈強な戦士が一人立っていた。
ゆっくりと入ってくるその男は、銀の甲冑で身を固め、背に腰まである大剣を背負い、腰には長剣と銀製の鞘の中剣を刺していた。
肩まであるウェーブのかかった茶色の髪と茶色の瞳の整った顔。長身のジュリアスより頭一つ悠に高く、そして体格もぐっとがっしりしている。そして、衣服で覆われていない腕などのあちこちには無数の傷があった。いかにも歴戦の勇者、その名がぴったりのその男は身体とは相反したやさしい微笑みで立たずんだ。

「ア・・レク・・・・・」
全員、セクァヌの声に驚いて彼女を見る。
「アレク・・・・・・」
セクァヌはゆっくりとその男に歩み寄って行く。
歩み寄りながら、セクァヌの瞳は大きく見開かれ、その大粒の瞳から涙が次々とこぼれ落ちる。
「アレク・・」
男の目の前でセクァヌは止まり、2人はしばらくじっと見つめ合う。

「あ、あれが・・・セクァヌの恋人?まさか、迎えに・・・?」
そこにいた全員がそう思っていた。そんなことが起きるはずがないと分かっていても。
そして、そこにいた全員は納得する。確かにその男なら彼女を心の底から支えきっただろうという事。そして、ジュリアスやオスカーにでさえ心を動かさなかったことも。
『幼い時、よくあの人の膝で寝たものです。その時が私にとってこの上なく幸せな時でした・・とても・・。』そう言ったセクァヌの言葉を、ジュリアスは思い出していた。

全員の見守る中、男は今一度微笑んで膝をつくと、ゆっくりと銀の中剣を腰から外してセクァヌに差し出す。
セクァヌはそっとそれを受け取る。それは婚儀の時まで、18歳の誕生日まで、と彼女が男に預けた剣。が、それはセクァヌが聖地へ来る前、確かに男の遺体とともに埋葬した剣。そして目の前の男は確かにセクァヌの腕にその頭を乗せ、眠るように息を引き取った愛しい人。
幻なのかそれとも奇蹟なのか、セクァヌは、ただ男の瞳をじっと見つめていた。
「約束は守ったぞ。」
男らしい低く、そしてやさしい声音が響いた。
「アレク・・」
「後は・・・お嬢ちゃんの心の指し示すまま・・自由に飛んでいくがいい・・オレのお嬢・・、いや、セクァヌ=リー=セシオノーラ、我らが女王。」
−カシャン−
その言葉の持つ意味にセクァヌはびくっと肩を震わせると同時に、握っていた剣をその手から落とす。そして、一度は止まった涙が再び溢れ始める。
それは、決別の言葉。これ以上彼女の心を縛らないように、自由になるように、と男が示した最後の愛。
男は、その日一つに結び、前に回していたセクァヌの髪の毛の房にそっと口づけをする。そして、優しい笑みを今一度セクァヌに投げかけ、ゆっくりと薄らいでいき・・・そして、消えた。

「ア・・レク・・・・」
ぐっと両手で自分自身を抱きしめ、肩を震わせて声も出さずに泣くセクァヌに、守護聖らは、出来ることなら、許されることなら、今すぐ飛んでいって抱きしめたい衝動にかられた。が、今の光景を見たあとでは、そうするのは自分たちではないということを痛切に感じ、只、痛々しい彼女を見つめるのみで、誰一人として動けなかった。

−カカッカカッカカッ−
し〜んと静まり返った謁見の間に馬の蹄の音が遠くから近づいて来るのが聞こえた。それはセクァヌの愛馬イタカの駈ける蹄の音。セクァヌの心の底での呼び声を聞いたイタカは、厩を壊して駈けてきていた。
「へ・・いか・・・」
「ええ。」
涙声で短く退室の許可を乞うセクァヌにアンジェリークも短く答える。
そろそろと震える手で剣を拾い、しばらくじっとその中剣を見つめる。
まさか自殺・・・でもないだろう?と守護聖らが見守る中、セクァヌはすっと剣を抜くと、一瞬の迷いもなくザクッと束ねた根本からその髪を切る。
「!」
声もだせないほどそこにいた全員は驚いた。その驚きの視線の中、セクァヌは剣を鞘に納め、剣と切り離したその髪の束を小刻みに震える手でぎゅっと掴むと、すぐそこまで来ていたイタカに向かってゆっくりと歩き始め・・そして走り寄っていった。

−カッ・・−
「ヒヒヒヒヒーーン!」
−ドカカッ、カカッ、カカッ・・カカッカカッ−
その 蹄の音が小さくなり、聞こえなくなっても、全員しばらく身動きもせずたたずんでいた。


セクァヌは絶え間なくあふれ出る涙を拭こうともせず、ひたすらイタカを駆って走り続けた。
「風よ、私の心を切り刻むがいい!・・その鋭い切っ先であの人への心を私から切り取っていけ!」
二度と会えない恋しい人、アレクシードを思いながら、そしてその心に決別する為、ただひたすら森の中を疾走していた。


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