銀の守護聖
別世界・もう一つの物語(12)
 

**ジュリアスの策略(?)**

 いつの間にかオスカーは、毎週土の曜日の夕方はセクァヌを誘って遠乗りに出かけるようになっていた。翌日が日の曜日のため多少ゆっくりしていてもなんら差し支えないし、夜の方がセクァヌの目にとっては都合がいい。が、その日はジュリアスを通して女王からさる惑星付近の宇宙空間の調査を命じられていた。よりによって土の曜日に、とも思ったが、公務は公務。オスカーは今回だけだ、楽しみが1週間延びたと思えばいいさ、と自分に言い聞かせながら、聖地を離れた。

「今日、オスカー様調査でいないんだったよな?」
公務が終わり、お子様守護聖3人組はあれこれ話しながら帰ろうとしていた。「確かそうだよ。帰りが明日の昼過ぎになるから、剣の稽古は休みって言われたからさ。」
「じゃー、さ・・・今日、・・どうするのかな、セクァヌ?」
「あ!そうか!」
マルセルのその言葉で後の2人ははっとする。
「だけど、彼女、別にオスカー様とだから遠乗り行くわけじゃないんだろ?」
「うん、確かにそんな感じだよな。どっちかっていうと・・・・」
ゼフェルはここで言葉をきり、ランディー、マルセルと顔を合わせる。そして、3人は同時に言った。
「オスカー様の方がお熱だよなーーーー!!」
『ぎゃはははは!』
「や、やっぱ、おめーらもそう思ってた?」
「セクァヌはぜんぜん気にしてないっていうか・・・勝手についてきたければどうぞ、って感じだよな。」
「うん!うん!」
「意地になってるのかな?」
「プレイボーイの面子か?」
「だってそうなんじゃない?オスカー様にぼ〜っとならなかったのってセクァヌだけじゃない?」
「お?マルセルにしちゃよく気づいたじゃねーか?」
「それぐらいぼくでもわかるよ!」
ぷくっとふくれたマルセルを笑いながらゼフェルは続けた。
「ははは・・まー、そうだよな、陛下やロザリアたちだって例外じゃなかったんだし・・・。そっから発展するかどうかは別として。」
「うん。」
「それだけ好きなのかな・・・今でも・・・」
ぼそっと言ったランディーの言葉に、ゼフェルもマルセルもぎくっとする。
「当たり前だろ?あと少しすれば結婚するんだったんぜ・・・・」
ゼフェルが遠くを見て付け足した。
「来月あたり・・・か?彼女の18歳の誕生日?」
「確かそうだよ。」
「祝って・・・やりてーけど・・・・やっぱ・・・」
うつむいてゼフェルは小さな声で言う。
「う・・ん・・・・・やっぱり複雑だよね。」
「うん。」
「あ!だけどさ、オスカー様って面子だけじゃないと思わないか?」
沈んでしまった雰囲気を元に戻そうと、ランディーが急に大声で言う。
「そうそう!オレさ、女の子が近くにいるのに、声をかけずにぼ〜っと立ってたオスカー様、最近見たぜ?」
「ゼフェルも?ぼくもこの前公園でそんなようなオスカー様見たよ。」
再び3人は顔を見合わせる。
「うーーん・・・やっぱあの剣の試合の時・・・かな?」
「ゼフェルもそう思う?あの時オスカー様、本気になっちゃったんじゃないかって思ったんだ。」
「きれいだったよね。」
その時のセクァヌを思い浮かべ、マルセルが言った。射るような金色の瞳と黄金色に反射して踊る金と銀の髪。そしてあの気迫、俊敏な動き。あんな女の子は見たことがなかった。そして、何か手が届かないような気もした。
「うん・・・。」
そしてまたし〜〜ん、となる。

「どしたの、あんたたち?いつもの元気がないじゃないのさ?」
「な、なんでもないよ、オリビエ様。」
あはははは・・と照れ笑いして3人はごまかす。
「ねー、今日オスカーいないんだったよね?」
オリビエのその質問に3人は、オリビエもセクァヌねらい?とぎくっとする。

「あら?皆様おそろいで?」
ちょうどそんなとき、セクァヌと顔を合わせる。
「あ、うん、そうだよ。キミも今から帰るのかい?」
さわやか少年ランディーが代表(ぬけがけ?)して答える。
「ええ。」
「じゃーさ、一緒に帰らないかい?・・・あの、迷惑でなかったら・・・」と、頭をかきながら言おうとしたランディーより先にセクァヌに声をかけた人物がいた。
「セクァヌ。」
「はい?」
背後からしたその声は、守護聖の首座である光の守護聖ジュリアス。彼の威厳の前では誰しも圧倒され無力となる。
「そなた、今日も遠乗りに出かけるのか?」
「はい、そのつもりです。」
「そうか。どうだ、今日は私と行かぬか?そなたに是非見せたいところがあるのだが。」
「あ、はい、ジュリアス様。」
−グアーーーーーーーーン!−
その途端、そこにいた全員の頭に100tハンマーが落ちてきた。
「あ、あの女の子にさえ、いつも苦虫を噛み潰したような顔をしているジュリアス様が・・・女の子なんかに見向きもしなかった・・あ、あのお堅い、ジ、ジュリアス様が・・・・?」
しかもセクァヌのその答えに、ジュリアスはそれまで彼らが一度として見たことのないような笑顔を彼女に向け、言った。
「それでは、私の馬車で屋敷まで送っていこう。」
差し出されるジュリアスの手にそっと自分の手を重ね、セクァヌは立ち去ってしまった。
「ま、・・まさか・・・ジ、ジュリアス様までも・・・・・」
4人は呆然として立ち去っていく2人の後姿を見つめていた。

そして・・・・
−カカッカカッカカッ−
「ここだ。」
ジュリアスがセクァヌを案内した場所は、聖地のほぼ全体が見渡せる見晴らしのいい峠。
セクァヌはそっと瞳を開けてみる。
「きれい・・・・」
遠くに陽が沈みかけていた。その赤い光が空と下に広がる木々や家並みを照らしていた。
「どうだ?」
「はい、とてもきれいです。」
にこっと笑うセクァヌに、ジュリアスも微笑み返す。
「ここは、私が時々一人で来るところなのだ。ここから見る景色は心を落ち着かせてくれる。」
「はい。」
「夕日もよいが、明るいときも壮大な気持ちになる。」
「そうでしょうね。私もよくこのような小高い丘から景色を眺めました。」
「そうか?」
「はい。戦の合間・・・こうして・・・」
セクァヌは何か思い出しているかのように、目をそっと閉じ、再び開けて小さく付け加えた。
「2人で・・どこまでも続く地平線を眺めている時が・・・幸せでした、とても。」
「セクァヌ・・・」
思わずジュリアスはここへ連れてきたことを後悔した。つらいことを思い出させてしまったと。
「あ・・・申し訳ございません、つまらないことを。」
ジュリアスの表情に陰りを見つけ、セクァヌは謝る。
「あ、いや・・・私が・・・・」
その先続ける言葉がジュリアスには見つからなかった。
「今度は陽の高いときに連れてきてくださいますか?」
ジュリアスの心を察し、セクァヌの方が言葉をかける。
「陽の温かさの中でゆっくりするのも気持ちがいいかと。」
「あ、ああ、勿論だ。なんなら私は明日でもよいぞ。だが・・」
本当にいいのか?目は?という言葉をジュリアスは飲み込んだ。
「温かい日差しの中、よくあの人の膝で寝たものです。」
「・・・膝で・・寝た?」
少し驚いたようなジュリアスにセクァヌはくすっと笑って答えた。
「さすがにここ数年はそのようなこともありませんが・・・」
「あ、ああ・・・。」
思わずほっとするジュリアス。
「幼い時、その時が私にとってそれ以上ないくらい気が休まる憩いの場所でした。」
「・・・セクァヌ・・・」
ジュリアスはセクァヌをじっと見つめていた。すでに目は閉じられてしまって、彼女の表情はよく読み取れない。
「そろそろ参りましょうか、ジュリアス様。」
「そうだな。」
−カカッカカッカカッ−
そして、ジュリアスもまた圧倒される。
陽が落ち、目が自由になってからのセクァヌに。
月光の中、月の女神と見まごうばかりの銀の少女。何かを求めるかのように熱くたぎった視線を真っ直ぐ前に向け、ただひたすら無心に馬を駆る銀の飛翔に。
それまでに何度となく一緒に出かけると話し掛けても、オスカーがなんだかんだとはぐらかせていい返事をしてくれなかった理由が、ジュリアスはその時よくわかった気がした。
そして、生い立ちを知った時点で感じていた共鳴感、族長として皆を導く立場にあったセクァヌに感じたそれを、ジュリアスは以前にも増して強く感じ、彼女を身近に感じていた。
ジュリアスは、守護聖の首座として、常に沈着冷静な判断を求められる。誇りを司る光の守護聖としてそれに対しては何ら苦痛も疑問ももったことはない。が、時には迷うことも、そして、沈むこともある。そんなときこの峠に来て、自分の心を癒していた。その同じ心をジュリアスはセクァヌに感じていた。


そして、翌日の正午すぎ。聖地へ戻ってきたオスカーは、屋敷へ戻るまでの道すがら耳にしたうわさ話に思わず動揺を覚える。
それはジュリアスと共だってセクァヌが馬を走らせていたうわさ話。

「ね、あなたも見た?」
「ええ、見たわ。まるで夢の中から出てきたようなお二人よね。」
「思い出しただけでもうっとりするわ。光の守護聖であられるジュリアス様の黄金の髪と、闇の守護聖であられるセクァヌ様の銀の髪。お二人並んで走らせているところなんか・・・もう感動〜〜〜!」
「それとセクァヌ様を見つめるジュリアス様のあのお優しい笑顔。」
「そうそう!今まで見たことなかったわよね。」
「ああ〜〜・・・オスカー様もいいけど・・・ジュリアス様も素敵だわ〜〜。あんな風に微笑まれてしまったら・・あたし死んでもいい!」
「わたしだって〜〜!」
きゃー、きゃー、と話している少女達。

「な・・なんだ、これは・・・・・」
1日いなかっただけでこの変貌ぶり。オスカーは悪い胸騒ぎを覚えていた。

そして、うわさ話が気になってなかなか寝付かれなかった翌日の月の曜日。オスカーは調査の報告に、ジュリアスの執務室を訪ねていた。しかも1時間も早く。

「ん?まだ来てないのか?」
いつもなら遅くても執務開始1時間前には部屋にいるはずのジュリアスがいない。オスカーはちょうど廊下を通った女官に近づき聞いてみる。
「失礼、すみれ色の瞳の素敵なお嬢さん。」
「は、はい?」
オスカーに声をかけられその女官は頬を染めて答える。
「ジュリアス様の姿がみえないようなんだが、今日はまだ出仕されてないのか?」
「あ、は、はい。」
彼女はオスカーと直に話すことに喜びと緊張を感じながら答えた。
「先ほどセクァヌ様のお部屋でおみかけいたしました。」
「は?」
いつもの女殺しの笑顔だったオスカーの頭にショックの雷が走る。が、一応表情は変えていない。
「そ、そうか。」
短く答え、くるっと向きを変えたオスカーの顔からはつい今し方までの笑みは消え去っていた。そして、まだ夢見心地で自分を見つめている女官を残し、オスカーは急ぎ足でセクァヌの執務室へと向かっていた。

そして、開けたままになっているドアの間から見えた光景、和やかに談笑しているジュリアスとセクァヌの光景に、再び、そして、より一層痛烈なショックを受ける。
その光景は、まるで宗教画から抜け出してきたようなもの。太陽神さながらの光の守護聖ジュリアスと、月神を思い起こさせる闇の守護聖セクァヌ。それは仲むつまじい夫婦神の絵画のようにも見えた。

声をかけることも忘れ、呆然と突っ立っていたオスカーに気付いたジュリアスは、にっこりと笑った。
「ああ、オスカーか。貴公もどうだ?セクァヌの入れてくれたエスプレッソはまた一段と良い香りがし、美味だぞ。」
そのジュリアスの表情の中に勝ち誇ったような笑みがあったと感じたのは、オスカーの思い過ごしだっただろうか・・・・。

ともかく、それからごく稀にある調査の為の出張、それはどういうわけか土の曜日にオスカーに命が下った。勿論女王からのものなのだが、直接の指示は、首座であるジュリアスが出している。
「ま、まさか・・ジュリアス様・・・・故意にそうなさってるのでは?」
出張のない土の曜日は、『すでに二人で(誇張して言う)出かけると約束がしてありますので・・』という言葉で、遠回りにセクァヌを直接誘わないように仕向けていたオスカーへのジュリアスの策略?が、そんなことをジュリアスに聞くこともためらわれた。
断ることのできない立場にあるオスカーは、その都度、心を聖地に残しながらの出張だった。

ただ一つ、オスカーにとって救いだったことは、セクァヌがジュリアスに心を動かしてはいないということ。が、それはオスカーに対しても同じだった。彼女はいつ誰に対しても静かな微笑みをもって応じる。そういう事には全く気がない様子だった。
微笑みの中の瞳は、遙か遠くを見つめているような感じがし、オスカーの気がかりはまだまだ当分続きそうだった。


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