銀の守護聖 
別世界・もう一つの物語(11)
 

**開いた心の扉**

 「さあ、着いた。」
馬を止め、セクァヌを降ろすと、オスカーはそっと彼女に巻いた布をとる。
「目はもう大丈夫か?」
「はい。」
「ここは?」
「ああ、お嬢ちゃんが行くところとは反対の森だ。目は・・・開けれるか?」
「あ、はい。」
セクァヌは、そっと目を開けて周りを見る。
そこは森の中、2人の目の前に青く澄んだ水を静かに湛えた泉があった。
木々の間から時折差し込んでいる陽の光が黄金色に輝いている。
「きれい・・・・」
思わずセクァヌは感嘆の声をあげる。
「だろう?ここは月の泉と呼ばれている。夜になると月が水面に映り、一段ときれいなんだ。星空もきれいだがな。」
「そうですか。」
ふわっとオスカーは自分のマントを外して湖畔に敷き、そこへ座るようにセクァヌにすすめる。
セクァヌがそこへ座ると、オスカーもその隣に座る。

しばらく黙って座っていた。そして、オスカーはぼんやりと前方をみているセクァヌを見つめながらおもむろに口を開いた。
「帰りたいか、お嬢ちゃん?」
急に聞かれ、どきっとしたものの、セクァヌはすぐ首を横に振った。
「国のことが気になるか?」
今一度首を振る。
「・・・・・会いたいか?」
その言葉にはびくっとしてセクァヌはオスカーの方を向いた。すぐ横に座っているため、息がかかりそうな距離のオスカーに気づき、彼女は思わずどきっとしながらも見つめる。そんな彼女にオスカーはゆっくり言った。
「お嬢ちゃん。」
セクァヌはたまらず、すっと顔をオスカーからそむける。
「お嬢ちゃん。」
「いや、言わないで!」
思わず耳をふさいで叫んだ。
「お嬢ちゃん。」
オスカーはセクァヌの肩を抱いて、自分のほうを向けながら今一度言った。
そのオスカーの手を振り解くように勢いよく立ち上がると、セクァヌは数歩そこから離れる。
「お嬢ちゃん。」
すぐおいかけ、そのセクァヌの手をぐっと握って捕まえるオスカー。
「意地悪だわ、オスカー様。ご存知のくせに・・・こんなの、こんなのひどいわ!」
セクァヌの瞳は涙で濡れていた。
「お嬢ちゃんと呼ぶことがか?」
セクァヌは、恨めしそうな表情でオスカーを睨む。
「知らないとは言わせない!全部調べてるに決まってる・・・そして、分かってて平然として言うのよ、宇宙の為って。それがなんなの?私そんなこと知らなかったわ。大地があって自然があって動物がいて人々がいて・・・そのくらいしか。・・・私、こんな力ほしくなかった・・・私は・・・・普通に、・・・平穏に暮らせればそれで、よかったの。守護聖がなんなの?本当に私にそんな力あるの?私・・・私は・・・・」

確かにジュリアスからセクァヌについての報告を聞いてから、そして、同じ守護聖だと認めている事を示すため、『お嬢ちゃん』と呼ぶのは止め、彼女の名前を呼んでいた。が、それでは何に解決にもならない、セクァヌの心はずっとその傷を負ったままだと判断し、あえてオスカーはそう呼ぶことにした。

「お嬢ちゃん。」
「だから・・・さっきからそれはやめてと言ってるでしょ?・・・似てるの・・・声は違うけど・・でも、言い方が・・あの人に・・そっくりなのよ!・・もう会えないのに・・・・どんなに会いたくても会えないのに・・・」
「お嬢ちゃん。」
「私がどんな思いで頑張ってきたと思う?あの人との夢だったの。私たちの国を造ろうって・・平和なそして身分も差別もない自由な国を。あの人が逝ってしまってから私は・・・あの人との約束だけを、それだけを心に必死で堪えて頑張ってきたのよ。もういないのに・・・私の傍にはいないのに・・・どんなにすがりつきたくても・・もうあの人の声は聞けないのに・・・・」
オスカーの胸をたたきながら堰を切ったように泣いて訴えたセクァヌのその言葉にオスカーは驚く。
「逝ってしまって?」
そこまでレイチェルの報告書にはなかった。
「あの人は逝ってしまったわ。私の代わりに矢を全身に受けて・・・私の目の前で・・・新しい国として歩き始めた祝いの場で・・・・」
「お嬢ちゃん!?」
その言葉に今一度驚いてオスカーはセクァヌの両腕を掴んで泣き続ける彼女を見つめる。
「だから、そう呼ばないで・・・・あの人とそっくりな口調で呼ばないで・・・消えていってしまう・・あなたの声とあの人の声が重なって・・・消えていってしまう・・・辛い時、寂しい時、いつも思い出してたあの人の声が・・・あの人の声があったから、私は頑張ってこれたのに・・・。」
両手で顔を覆って泣き始めたセクァヌをオスカーはぐっと力をこめて抱きしめる。
「お嬢ちゃん。」
「離してっ!オスカー様の意地悪!離してっ!」
セクァヌはオスカーの腕から自由になろうと必死に身体を動かすが、オスカーの腕はびくともしない。
「いやだ。今お嬢ちゃんを離すわけにはいかない。」
「意地悪!オスカー様は意地悪だわ。こんなことして何が面白いの?」
「お嬢ちゃん。」
わーっ!と再び激しく泣き始めたセクァヌを、オスカーはそのまましっかりと抱きしめ続けていた。

「落ち着いたか?」
返事の変わりにコクンとセクァヌは頷く。
「すまん。」
オスカーのその言葉に、セクァヌは弱々しく首を振って、オスカーは悪くないということを示す。
ひとしきり泣いた後、それでも抱きしめ続けているオスカーに、セクァヌは彼のやさしさを感じていた。
オスカーがわざとお嬢ちゃんと呼ぶことで、心の底に溜まっていたものを吐き出させてくれたということを、セクァヌは理解していた。そして、前を見るように、自分を偽るのではなく、しっかりと見つめていくことができるようにと、わざとそうしてくれたことを。

「さて、帰るとするか・・お腹がすいただろ、お嬢ちゃん?」
お昼はとっくにすぎていた。それに昨夜は森で寝てしまっていたセクァヌは、オスカーのところで飲んだコーヒーしか今日はまだ取っていない。
「今度は土の曜日の夜にでも一緒に来ないか?」
「はい、オスカー様。」
愛した人を忘れるわけではない。次の1歩を踏み出すということ。なかなかできなかったその1歩を、今セクァヌは歩き始めていた。セクァヌの中で止まっていた時計がようやく動き始めていた。

「それと・・だ、お嬢ちゃん。」
「はい?」
馬に乗って帰る途中、オスカーはセクァヌに言った。
「別に守護聖だからといってかしこまることないんだ。もっと肩の力を抜いて気楽にいていいんだぜ、お嬢ちゃん?」
「え?」
セクァヌはオスカーの言っている意味がわからず聞き返した。
「だまそうと思ってもだめだぞ?」
少し意地悪そうな目でオスカーはセクァヌを見る。
「な、何をですか?」
思わずセクァヌはどきっとする。
「お嬢ちゃんはもっと明るく元気な性格だろ?」
「あ・・・・・・」
見抜かれていた?とセクァヌは赤くなる。
「お嬢ちゃんはお嬢ちゃんらしくいていいんだ。何も闇の守護聖だからっておとなしくしてる必要はこれっぽちもないんだからな。」
「あ・・あの・・・・」
「大丈夫。闇の守護聖らしくなくてもサクリアはなくなりはしない。交代の時が来れば別だが?」
「オ、オスカー様・・・・」
セクァヌは恥ずかしくて耳まで真っ赤に染めてうつむく。
「じゃじゃ馬のままのお嬢ちゃんでいいんだぜ?」
「もうっ!オスカー様ったらっ!それは言い過ぎじゃありません?」
「はははははっ!」
族長としての雰囲気は確かに備わっている。が、それはおそらく公式の顔。素顔はきっと同じくらいの年頃の少女と変わらないはずだ、とオスカーは感じていた。物静かに座っているより、元気に外を駆け回っているほうが似合うと感じていた。

セクァヌを彼女の私邸の前まで送ると、オスカーは馬を下り、やさしく微笑みながら付け加えた。
「寂しいと感じたらいつでもオレのところへ来るがいい。オレはいつだってお嬢ちゃんの為にこの胸を空けておこう。」
馬に乗ったまま小さく頷いたセクァヌの笑顔は、それまでの静かでおだやかなものに、爽やかさが加わっていた。

その日から、セクァヌは少しずつ心を開いていった。
相変わらずオスカーは彼女を『お嬢ちゃん』と呼んだ。初めの頃は、心の内を吐き出したといっても、まだまだその声を聞く度セクァヌは胸の内に痛みを覚え、びくっとした。が、1週間、2週間と、少しずつだが確実にセクァヌの心の傷は癒えていった。

 

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