銀の守護聖 
別世界・もう一つの物語(10)
 

**人を殺める剣**

 「あ・・あの・・・タオル・・・・」
ランディーは傍にあったタオルを近づいてきたセクァヌに差し出す。
「あ、すみません。」
タオルを受け取り、顔や肩を拭くセクァヌに、ランディーは少し遠慮がちに言った。
「だけど、すごいんだね。気迫というかなんというか・・・。」
明らかに自分の剣はそれが足りない。オスカーにお子様のちゃんばらごっこが抜けてないと言われても仕方ないと心底感じたランディーは、完璧なまで圧倒されていた。いや、ランディーだけでなく他の守護聖も。
そんなランディーにセクァヌは、陰りと悲しみを含んだ笑みをみせ、静かに答えた。
「私の剣は、・・・人を殺める剣ですから。」
「殺める?」
『人を殺める・・』その言葉に、そこにいた全員一瞬どきっとする。
「そうです。戦いの終了は、どちらかが倒れる事を意味してました。・・・先ほどは・・つい・・・真剣になりすぎました。」
久しぶりの手合いである事と、そして自分の押さえ続けていた激情が、これ以上ない好敵手と出会った嬉しさで暴走してしまった、とセクァヌは反省していた。
が、他の守護聖たちはそんなことは思っても見なかった。例え今の戦い振りを見た後であっても、セクァヌからは想像もできなかった。

「セクァヌ、シャワーでも浴びていってらどうだ?」
オスカーが使用人に仕度を促しながらセクァヌに言う。
「あ、いえ、これ以上お世話をおかけしても申し訳ありませんので、このまま。」
「構わん。もっとも着替えは彼女のものしかないが、それでよければ。」
オスカーの使用人である女性がにっこりと笑ってセクァヌに礼をとる。
「私の着替えで申し訳ないのですが。」
それ以上断るのも悪い気がし、セクァヌはシャワーを浴びる為、屋敷の中へ入っていった。

そして、つい今しがたまで緊迫した戦いの風が吹いていたその場所は、がらっと変わってお茶の席となった。
軽くシャワーを浴びてきたオスカーが、セクァヌより先に姿を表す。

「申し訳ございませんでした、ジュリアス様。」
オスカーは今一度ジュリアスに頭を下げる。
「うむ。気をつけてくれ。だが・・・・私も剣士としては分かる気もする。」
途中から見たのだったが、ジュリアスもセクァヌのその戦い振りには惹かれるものがあった。思わず剣を交えてみたい、と思ったことは確かだが、口には出さなかった。
剣を構えたセクァヌは、まるで闘神が宿ったように見えた、とオスカーもジュリアスも感じていた。

オスカーより少し遅く屋敷から出てきたセクァヌは、ゆったりしたドレスを身に纏っていた。そこに先ほどの激しさは全くなく、静かな安らぎをかもし出す闇の守護聖、その人がいた。

と、お茶を飲むため、テーブルにつこうとしたセクァヌが、急に両のまぶたを手で覆う。
「痛むのか?」
声をあげたのではなかったのだが、目ざとく見つけたオスカーが声をかける。
「日が高いのに、少し長く開けすぎていたようです。」
その言葉に、オスカーはそばにいた使用人になにやら指示する。
と、庭の隅にあったベンチが近くに運ばれてきて、そこへシーツが敷かれ。クッションがいくつか置かれる。
そして、氷水と小さめのタオルが用意された。
「セクァヌ、ここへ。」
横になるように促すオスカーに、セクァヌは大丈夫だと遠慮する。
「遠慮はいらん。」
「きゃっ?!」
つかつかとセクァヌに歩み寄ったオスカーは、すっと彼女を抱き上げ、ふかふかのベッドとなったベンチの上に、そっと彼女を横たわらせた。
「あ、あの・・・」
それでも遠慮して起き上がろうとするセクァヌの腕を軽く押さえて、そのままの姿勢にさせる。
「ん、このくらいでいいだろう。」
使用人から渡された氷水で冷やして硬く絞ったタオルをセクァヌの両のまぶたの上にそっと置く。
「大丈夫か?」
「あ、はい・・・すみません。とても気持ちがいいです。」
「そうか。」
そのすぐ横へイスとテーブルを持ってこさせると、オスカーはセクァヌの様子を見ながらコーヒーを口にする。
「痛みはどうだ?」
「先ほどよりずいぶん楽になりました。」
「そうか。あまり痛いようなら言うんだぞ。我慢はよくないからな。」
「はい。」

「ねー、ぼくたち帰った方がいいんじゃない?」
2人のそんな様子に口を開いたマルセルだけでなく、全員そう感じていた。
「そうですねー・・・お邪魔みたいですからねー・・・」
ルヴァもそんな2人を見つめながら賛成した。
「お邪魔って・・・どうせわたしたちのことなんて目に入ってないよ。」
オリビエが呆れた顔で言った。
「じゃー、ぼくのところでお茶の続きをするってのはどうかな?このまえの冷茶、試したんだけど、少し濃い目にしてぐっと冷やしたら、また一段と美味しくなったんだ。」
「このまえの冷茶?」
ジュリアスが何のことかとマルセルを見る。
「あ・・・ジュリアスはあの場にいなかったよね。」
オリビエが気づいて言う。
「たいしたことじゃないんだけどさ。」
それは中庭での出来事。思わず冷めたお茶を冷茶と偽ってセクァヌに出したときのことだった。
「そうか、なら別にいいんだが。」
オリビエが説明しようとするのをジュリアスは軽く断る。
「ジュリアス様もごいっしょにどうですか?」
マルセルが聞く。
「いや。実はここへ来たのもオスカーを遠乗りに誘いにきたのだ。だが・・今日は一人で行くことにしよう。」
「そうですか。」
マルセルに微笑みながら答えたジュリアスに、オリビエは真剣な表情で聞いた。
「じゃー、気になってしかたないからここで聞くけど・・。」
「なんだ?」
ジュリアスはマルセルからオリビエに視線を移す。
「彼女は何者?その辺の調べはもうついてるはずだよね?」
「その事か。そうだな、彼女は・・・」
ちらっとオスカーの肩越しに見えるセクァヌに視線を飛ばし、ジュリアスはふっと笑ってから続けた。
「強国に虐げられた自分の部族をその下から救い出し、新天地を切り開いて、小さいながらも一国を造り上げた国主だ。」
「ええーっ?!」
「ほぉーー?!」
思いもかけなかったその言葉に全員驚いて叫ぶ。が、確かにそうかもしれない、と心の中では納得もしていた。

そのセクァヌとオスカーとで目の前に繰り広げられた真剣勝負。その余熱がそれぞれの心にまだ残っていた。それをみんなと分かち合いたい、あれこれ話したい、なんとなくそんな気分で、お茶の席をマルセルの屋敷へと移すことにして、全員そこを後にした。

後に残されたオスカーとセクァヌのいる庭を涼しげな風が吹きすぎる。
「寒くはないか?」
「いいえ、大丈夫です。」
「そうか。何か飲むか?のどが渇いてるだろ?」
「あ・・はい。じゃー、いただきます。」
そっと身体を起こそうとするセクァヌに、オスカーは手を添える。
「目はどうだ?」
「はい、もう大丈夫です。ありがとうございました。」
「が、いま少し冷やしておいた方がいいだろう。」
オスカーは使用人がさしだした布で、ちょうど目隠しをするように冷やしたタオルの上からセクァヌの頭に巻きつける。
「これでどうだ?」
「はい。すみません。」
「コーヒーか?紅茶か?」
「あ、オスカー様と同じもので。」
「そうか。」
目配せしてコーヒーを入れさせると、セクァヌの手をとって、カップを渡す。
「ありがとうございます。」
オスカーはテーブルに肘をつき、コーヒーを口にするセクァヌをしばらくじっと見つめながら考えていた。まだ硬く閉じているこの少女の心をどうしたら開かせることができるのか?心の傷を癒すにはどうしたら一番いいのか?と。彼女がずっと心の支えにしてきた恋人はここにはいない。どれほどの思いを断ち切り、そしてまだ断ち切れぬまま、ここへやってきたか。その男も今ごろ心配しているのだろうか・・・・いや、時の流れが違いすぎる・・・。向こうでは十数年、いやひょっとしたら数十年の歳月が流れているはずだ。その時の流れの中に忘れたか、それともまだこの少女を思い続けて過ごしているのか、はたまたすでに世を去っているのか・・・・。どちらにしろ、生木を裂くように2人を別れさせたことには違いない。宇宙の為、守護聖という名の元に。一族を統べる立場で育ち、どれほど責任感が強くとも、簡単に割り切れるものではない・・・・。
そして、ふと呼びかける。
「お嬢ちゃん・・」
その瞬間、セクァヌはびくっとする。カップを口に持っていくところだった手が止まった。
「な、なんでしょう?」
動揺を隠して務めて落ち着いた返事をするセクァヌが、オスカーにはたまらなく痛々しく思えた。どれほど寂しく心細いか。どれほど恋人だった男が恋しいか。
「送っていこう、お嬢ちゃん。」
「あ、いえ、私はイタカに乗って帰りますので。」
「ドレスでか?」
「大丈夫です。横乗りもできますから。」
「だが、まだ目は冷やしていた方がいいぞ。」
「あ・・で、でも・・・・え?あ、あの、オスカー様?」
ひょいっと抱き上げると、オスカーは彼女の愛馬であるイタカの背にセクァヌを乗せる。そして、彼女を包むようにその後ろに飛び乗る。
「ぶるるるる・・・」
その瞬間、暴れる気配をみせたものの、セクァヌも乗っているせいか、イタカはそれ以上暴れる気配はなかった。
「いい子だ。オレの言うことが分かるな?」
−カポ、カポ、カポ・・・−
2、3歩イタカを歩かせみて、制御できると確信したオスカーは、手綱を駆り思いっきり走らせ始めた。
−カカッ、カカッ、カカッ!−
「・・・オスカー様?」
「しっかりオレにつかまってろ。」
「あの・・どこへ?」
セクァヌの屋敷へ向かっているのではないことは確かだった。
「そうだな・・・月の女神の泉へでも。」
−カカッ、カカッ、カカッ!−
何を言っても降ろしてはくれそうもないと思ったセクァヌはそのまま押し黙ってしまう。
じっとしているセクァヌを胸にしっかりと抱きしめたまま、オスカーもまた一言も口を利かずに、ただひたすら馬を疾走させていた。

 

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