銀の守護聖 
別世界・もう一つの物語(6)
 

**もぎ取られた幸せ**

 そのことがあってからも、通常通り穏やかに日は過ぎていった
セクァヌとオスカーは時折すれ違っても、ごく普通に挨拶を交わすのみで、あの夜のことは話題にしなかった。いや、オスカーにしてみれば、できなかった。自分が何も言わなかった理由、確かにその傷に驚いたが、その為に口がきけなかったのではなかった。まして、嫌悪感を持ったのでもない。が、後で考えると、セクァヌはそうとったと思うのが普通だろうとオスカーは判断した。たとえ真実だとしても今更言い訳がきくとは思わない。セクァヌのあの激しさを見たオスカーは、そう思い込み、言葉をかけることもできなかった。

−コンコン−
「ジュリアス様、レイチェルからセクァヌについての調査書が届いたというのは本当ですか?」
その夜から3日後、オスカーは早朝からジュリアスの執務室を訪れていた。
「うむ・・・・今、目を通しているところだ。」
机についたままジュリアスは答える。
「これによると・・・・」
オスカーは辛抱強くジュリアスの言葉を待っていた。
「彼女は、生まれ故郷の星の小さな部族の族長として一族を導く立場だったらしい。」
「族長?・・・女の身で、しかもあの歳で?」
そうは聞きなおしたが、セクァヌの持つ雰囲気は、十分それを納得できる、とオスカーは思った。
「そうだ。部族・・・一応小さいが国として成り立っていたらしい。そして、幼い時から相当つらい経験をしておる。」
「つらい経験?」
「そうだ。対抗する部族に捕らえられ、地底深く、一筋の光も差し込まぬ暗闇の洞窟に3年ほど閉じ込められておる。というか、落とされたというべきだろう。歳で言えば7歳から10歳の間だ。」
「一筋の光もない地底に落とされた・・・・」
驚きの表情でオスカーはジュリアスを見る。
「それで目が・・・」
「おそらくそうであろう。しかも、本来彼女は黒髪だったということだ。」
ぎくっとしてジュリアスを見るオスカー。
「そ、それは・・・それもその地底での暮らしが?」
「おそらく。」
ジュリアスも悲痛な顔でうなずく。
「部族の生き残りにより助け出されたのが10歳3ヶ月の時。その時、自分の姿を見てその違いに驚き、ショックで自殺を図ったそうだ。」
ふ〜〜、とさすがのジュリアスもため息をつきながら、書類を置く。それ以上目を通すのがつらいとでも言うように。
そして、オスカーの目を見て続けた。
「後ろの傷は、地底へ落とされる前、暗殺者に襲撃されたときのものだそうだ。両親や使用人はその場で切り殺されている。彼女は異変に気づいた供のものによって裏口から逃げたが、逃げおおせず、逃げ場を失った崖で後ろから切られた。が、下を流れる川に落ちて奇跡的に命が助かったということだ。辺りに隠れ住んでいた同族が助けたということだが、その助けた人間も彼女が見つかった時点で、かかわった者一人残さず殺されている。しかも彼女の目の前で、だ。そして、前にある傷は、地底から出てから戦場で受けた傷だ。だが、傷はそれだけではない。小さいものもあわせ、全身にあるらしい。」
「そ、そんな・・・・」
静かな微笑みを持つセクァヌからは、どう考えてもそんな悲惨な過去は感じられなかった。
「信じられません。」
「私もだ。」
が、あの鋭い銀の瞳。それを思い出し、思わずそうかもしれない、とオスカーは思った。
「で、今その部族は?」
「本来彼らがいた場所とはかなり離れたが、それなりに平和に生計をたてている。族長は今いない。数人の代表をたて話し合いで物事を決めている。」
「それで争いもなく?」
「ああ、組織立てがすでにできていたようだ。彼女からそれをすすめたらしい。」
「もしかして予知能力か何かで、部族を離れることを予見していたとか?」
神秘的とも思える微笑を思い出しながら、オスカーは聞く。
「いや、そうではない。」
そう答えてから、ジュリアスはしばらく窓から外を見つめていた。
「ジュリアス様?」
なかなか話はじめようとしないジュリアスに、オスカーは声をかける。
「ああ・・・実は、彼女には恋人がいて・・だな・・・」
「恋人が?」
「そうだ。その人物が中心となって地底から助け出したらしいが・・・・」
ふ〜っとため息をつき、ジュリアスは再びオスカーを見る。その瞳には感情を表さないジュリアスには珍しく悲しげな光が宿っていた。
「協議制を取り入れることにより、族長という立場から自らを解放し、ただの一人の娘としてその男と一緒になる予定だったらしいのだ。婚礼は、18歳の誕生日。」
「す、すると・・・後3月ほどで・・・」
オスカーは愕然とした。
ようやく掴むところだった幸せをその手からもぎとった。・・・ここへ来たと言うことはとりもなおさずそういうことだった。
「『お嬢ちゃん』・・とその男は彼女を呼んでいたそうだ。」
「は?」
オスカーはぎくっとして目を見開いた。
「最初出会った時『姫』と呼ばれるのを断ったら、そう呼ぶようになったらしい。報告書の下のほうにレイチェルの走り書きがあった。『どうかオスカー様にそう呼ばせるのだけはなんとしてもやめさせて下さい』と。」
「オ、オレは・・・・・・」
知らなかったこととはいえ、オスカーは最初会ったときのセクァヌの驚いたような悲しいような表情を思い出していた。お嬢ちゃんと呼んでしまったときのその瞳の中に見えた表情を。
−ガタタ−
「ん?」
ドアの外で物音がし、オスカーはドアを勢いよく開けた。
「これは・・・・?」
ドアの外には、鼻にした覚えのある匂いが漂っていた。それはマルセル特製のお茶の香り。
「・・・・知れ渡ってしまったな。・・・・」
「オスカー?」
「あ、いえ、風・・・だったようです。」
「そうか?」
「はい。」
−パタン−
オスカーは静かにドアを閉めると、机の上に置いてある書類に目を向けた。やりきれない気持ちで一杯だった。
(マルセルはどこから聞いていたのか・・・・)
そんなことも気になりながら、オスカーはジュリアスと2人、しばらく窓の外の景色に目を馳せていた。
が、その実、何もとらえていなかった・・・。

 

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