銀の守護聖 
別世界・もう一つの物語(5)
 

**闇を駈ける銀の鷹**

 平穏に日は過ぎ、土の曜日、午後からは職務がないため、ジュリアスとオスカーは共に馬を駆って少し遠くの森まで足を伸ばしていた。

「夕方の丘をこうして馬で駈けるのもいいものですね、ジュリアス様。」
「そうだな。涼しげな風が気持ちがいい。」
「はい。」
ぱかぽこと並んでゆっくり馬を進めながら話していた。
−カカッカカッ・・・−
「ん?」
早馬の蹄の音に2人は音のする方を見る。
「あ・・・あれは?」
−カカッカカッ・・・−
徐々に近づいてくるその人影に、2人は目を疑った。馬の上には思ってもみなかった人物が乗っていた。
黒色の身体にぴったりとした上下、銀色の髪を一つに束ねて三編みにし、疾走する馬を駆っているのは、あのセクァヌだった。
それまでのセクァヌの静かにたたずむその様子から、まさか馬に乗れるとは考えてもみなかった。
−ガガッ−
2人に気づかなかったのか、セクァヌは近くまで来る手前で横道に逸れる。
「ジュリアス様・・」
「そうだな。」
相談するまでもなく、2人は思わずその後を追いかけた。
−カカッカカッ・・・−
「こ、これは・・・・」
セクァヌの駆るその馬のスピードは普通ではなかった。2人とも乗馬にはかなりの腕があったが、そこまで早く馬を駆ることは滅多になかった。
そのことにまたしても2人とも驚く。
−カカッカカッ・・・バッ・・・−
途中の小川を飛び越える。迷うことなくジュリアスとオスカーも飛ぶ。
−カカッカカッ・・・−
聖地でも奥深い森の中へと入ってきていた。あたりはすでに薄暗く、視界が悪くなってきていた。が、一向にスピードを落とす気配はない。セクァヌにとってはここは初めての場所、土地感は全くないはずであるにもかかわらず、獣道となった狭い道も構わず駈け続けている。

−ガガガガッ・・・−
不意に前方を走っていたセクァヌの姿が消える。
「ヒヒヒヒ〜〜ン!」
セクァヌの後をついてそのまま進むつもりだったが、ジュリアスとオスカーの馬は急に立ち止まり、前足を高く蹴り上げて嘶く。
「こ、これは・・・・」
その先を見て、2人はなぜ急に立ち止まったのか納得する。
下はほとんど絶壁と言っていいほどの急斜面。
−ガガガガッ・・・−
が、そのはるか下方の斜面をセクァヌの駆る馬は下りていく。
「行けないこともないが・・・・」
「そうですね、馬のほうが慣れてない為、戸惑うでしょう。」
ジュリアスの言葉にオスカーが答える。
その結果事故が起きないとも限らない。
「迂回すれば下りられるが、見失うな。」
「そうですね。」
「しかし・・・どういう人物なのだ、彼女は?」
そう言いながら自分を見るジュリアスに、オスカーもまた答えを知るはずがなかった。
その時まで受けていたセクァヌの印象、静かな微笑をたたえて立つセクァヌとまるっきり違っていた。まるで別人のように思えるその激しさ。
そして、言葉にしてこそ出さなかったが、普段は髪を下ろしているため分からなかった傷跡、剣によってであろうと思われるそれを発見したこともそうだった。左耳の後ろから首筋、そしておそらく背中まで続いていると思われるその酷い傷跡も、彼女の過去が普通の少女ではないだろうことを示していた。
しばらくの間、2人は、小さく走り去っていくその後姿を見つめていた。

そして、あとは自分が、というオスカーの言葉に、ジュリアスは気にはなったが私邸に戻り、オスカーは、森の中を変わらず馬を駆っていた。セクァヌと会えるかどうかは分からないが、帰るためには通らなくてはならない道を選んで進んでいた。もうとっくに夜は更けていた。

と、前方から蹄の音がしてきた。明らかに近づいてきている。道は少し広い一本道。間違いなく会えるはず。オスカーは馬を止め近づくのを待った。

−カカッカカッ・・・−
オスカーは自分の視野に映った光景に、思わず目をこすって確認した。
疾走する馬の上に乗っているのは確かにセクァヌ。が、その両の瞳はカッと見開かれており、月の光を浴びたそれは、銀色に輝いている。それは、まるで獲物に定めをつけ急降下する鷹の鋭い視線。加えて闇に踊る銀色に光り輝く髪。
「・・・それとも銀色の豹か?」
オスカーが視野に入った瞬間に受けた印象はそうだった。
瞬間といったのは、彼女がオスカーの姿をその視野に認めると同時に、すぐ馬のスピードを落とし、それと共にちょうど月が闇に隠れるようにゆっくりと目を閉じていったからだった。
−カカッ・・・−
近くまで来たセクァヌの目は閉じられており、一瞬見たあの激しさは幻だったのかと思うほどだった。
「何かご用でしょうか?オスカー様?」
そして、その声は間違いなくセクァヌのもの。明らかに自分を待っていたと感じたセクァヌは、挨拶ではなく、そう聞く。
「い、いや・・・。」
聞きたいことが山ほどあった。が、つい今しがたのセクァヌの鋭い銀色の瞳がオスカーの脳裏に鮮明に焼きついたままで消えていなかった。まるで魅せられたかのように。
そして、近づいてくるにつれ目に入った酷い傷跡。右鎖骨の辺りから胸へと続いていると思われるそれ。後ろのみでなく前にもあるとは思いもしなかった。普段は襟の高いものを身につけている為、全く見えないので気づくはずもない。
オスカーの視線は彼女の瞳から、無意識にその傷に向けられていた。
「・・・・失礼します。」
−カカッ・・・−
そんなオスカーにセクァヌは、自分の傷に驚いて呆然としていると判断し、少し悲しげな笑みを残して、オスカーの横をすり抜けた。
−カカッカカッカカッ・・・−
その蹄の音が聞こえなくなっても、オスカーはしばらくそのまま立ち尽くしていた。

 

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