〆〆 その27・帰れたのはいいけれど? 〆〆

 ハートレーが角笛を吹くと、それは水面の遥か彼方まで届く、印象的な音色で鳴り響い た。
そして、いつしかそのこだまも消え行き、川一面は再び静寂が支配した。
「おい、何も起こらないじゃないか?お迎えはどうなったんだ?」
言っている事とは相反してピアースは落ちつかない。
「なんだ、ピアース、今までの勢いはどうしたんだ?」
ターマンがからかうように言った。
「う、うるせぇな、どうもこういう雰囲気は俺様の肌に合わねーんだよ。」
「あ、あれ・・・?なんか見えるよ。」
ホトが川の向こうを指した。
「どこ?」
私はホトに近づきながらその方向をじっと見つめた。
「そこよ、なんかよく見えないけど、人影みたいなのが近づいてくるみたいだよ。」
目を凝らして見ているうちにだんだんはっきりと見えるようになった。
暗闇の向こうから暗い人影がゆっくりと近づいてきている。
細長い船の先頭に男が1人立っている。
ゆっくり、ゆっくりと船は岸辺に近づいてきた。

「私はカロン、遺灰の船頭をしている。私に遺灰を持ってきたのか?」
船に乗ったままその男は私たちに問いかけてきた。
しかも・・肉声でなく、その声のない声は、私たちの頭に静かに浸透してきた。
やせ形の長身の男。真っ黒のフードをかぶり、手にはステッキ、首にはお香でも入っているのか、壷をぶら下げている。
フードを深くかぶっているので、よくは見えないけど、全く血の気がないようだ。そう、まるで幽霊のような顔色。そして、目だけが赤くランランと輝いていた。
どう考えてもこの世の者とは思えない。
『死の川の渡し守り』まさにそのもの。
「お、おい・・」
ピアースが先頭に立っていたハートレーの服の裾を後ろから引っ張った。
よした方がいいと言いたいようだが生唾を飲み込んだ後、声がでなかった。
男は見ているだけで凍り付きそうな異様な雰囲気をかもし出している。が、そこは流 石ロードのハートレーである、落ちついて答えだした。
「いいえ、遺灰は持っておりません。」
「川を渡りたいかね?」
「はい。」
「渡し賃は500GPだ。払うかね?」
「はい、お支払い致します。」
ハートレーは、自分の袋からコインを出すと彼に支払った。
すると、彼は腕を高く上げ、自分の横を通って船に乗るように手招きした。
まずハートレーが乗り込んだ。続いてコルピッツ、ターマン。そしてホトと続いた。
ホトはちらっと気味 悪そうにカロンを横目で見ていた。
私は、彼を見ないようにホトにくっつくようにして乗った。
「ピアースってばぁ!」
なかなか乗ろうとしないピアースにホトがカロンの後ろから小 声で呼びかけた。
「早くっ!」
「あ、あぁ・・・」
歯切れも悪く、それでも仕方なく恐々ピアースは乗り込んできた。
しかも、少しでもカロンとの距離を取りたかったのか彼は一番奥、舳先に陣取った。
細い船だったが、なんとか全員一列状態に座ることができた。
船の真ん中、一番広いところは勿論コルピッツである。カロンに寄った方にハートレーとターマンが、その反対に私とホト、そして船の最後尾になるわけだが、ピアースが居心地悪そうに座っている。

カロンは全員座ったのを確認すると船を岸から離し、まるで水面を滑らせているかのよ うに船を動かし始めた。
櫓の音もさせず、静まりかえった一帯に水音だけが響きわたっていた。


しばらく進むと島が見えた。一応船が着けるようになっている。
「ここが死者の島だ。」
カロンが静かに言った。ここで降ろしてくれるのか、と思った が、そのままカロンは漕ぎ続ける。
またしばらく進むと島が見えた。
どうやらここ で降ろされるらしく船着き場へと船は進んでいった。
「これは、亡者の島だ。ここが終点だ。」
私たちが黙って船を下りるとカロンは何処ともなく漕ぎ去って行った。


亡者の島・・・船が着いたところの床にはお城から下りたところと同じ円形の紋章 が刻まれていた。たぶんまたここで角笛を吹けばカロンが迎えに来てくれるのだろう。
そこからまっすぐ島の奥に向かって歩いたところに煉瓦づくりの建物があった。
半分崩 れかけたその建物の正面には鉄の門がある。
そして、その建物を囲むようにして両側に牢屋のような建物があった。

私たちは正面の建物の門に近づいた。
門にはこう書かれていた『ミノスの島、亡者の地』
その門の前に、まるで誰かが拾ってくれるのを待っているかのように一冊の本と鍵 が落ちていた。
ハートレーが拾い上げ、門の鍵穴に挿してみる。でも残念ながら、他の所の鍵ら しく開かない。
ホトが持っている鍵でもいろいろ試したが、どれも合わなかった。
流石のピアースも開けれそうもない。
他に手段もないようなので、少し考えていたあと、ハートレーが拾った本を開いて読んでみた。
そこにはミノスの呪いについて書かれていた。
でも、今一つ内容を理解できなかった私たちは門の鍵を見 つけるべく牢屋らしき建物の探索に移った。
まず右側の一番端の部屋から。
鉄格子は先ほど拾った鍵で簡単に開けることができた。
でも、誰もすぐに入ろうとしない。
それほど広い部屋でもないのだが、薄暗く何となく気持ちの悪い感じを受けたから。
どうもいやな予感がする。
何かが出そうなのである。何かが私たちを待っているような。何かが・・・・。



 何かが待っている・・・その部屋で私たちを待っていたのは、落ちていた本に書 かれてあった悪魔だった。
ミノの悪魔、悪霊と言うべきか。
つまり本によると『この地を訪れるかの者』とかを待っていて、なんでもその『かの者に平穏を与える』とか。
但し『殺して』である。
彼は、3mは越しているだろうと思われる巨大な悪霊だった。
思わず身震いしてしまうような冷たい視線を放っている。彼は私たちをじっと見つめ嬉しそ うに目を細めると話し始めた。
「幾千の子羊達が屠殺された。わしがミノスの呪いから死をもたらし、空虚を作り出す ために。生きることを求めた者は、皆死して平穏を得るのじゃ!」
言い終わるが早いか、悪霊は攻撃を仕掛けてきた。
すでにそのつもりで、身構えてはいたものの、そのものすごい強力な呪文に私たちは、 結構手こずった。
レベルが違うとでも言おうか、とにかく素早さも強さも並大抵ではなかった。
しかも、物質攻撃は全く効かない。
とにかく強力な呪文をかけまくり。
でも、向こうもかけてくる。

もう呪文も体力も付き果て、駄目かと思った時、絶叫とともに悪霊は消えていった。

「えっ、何?何?・・・何がどうなったの?」
精も根もつき果てていた私は何がなんだか分からず部屋を見渡した。
今にも部屋のどこかから姿を現しそうな感じ。
「大丈夫ですよ、ツェナ。なんとか倒したようです。気配は全くありません。」
ハート レーが自分にも言い聞かせるように言った。
誰もが疲れはてていた。
「ん?ちょっと待ってください・・・さっきの悪霊の気配とは違った何かが・・・?」
ハートレーが最後まで言う前に、亡霊のような表情が現れた。悪霊ではないみたい。
たぶんこのミノスの島の呪いによって囚われた者の魂なんだろう。
そういえば、『かの者が勝利すると呪いより解放される』とかなんとか書いてあったな、と私は、ぼーっとなりかけた頭で考えていた。
「そなたたちは、わしを解放したのぢゃ!何年もの間、わしはこのミノスの島に囚われ ておったのぢゃ。行いではなく、言葉によってもたらされた呪いのために。わしは、言 葉による殺人ゆえに呪われたのぢゃ。言葉だけで人をあやめ、言葉だけでその者を死に 至らしめたのぢゃ。・・・・・・・・・・・・・」
その亡霊はまだ何か言っている、でも、私は疲れはてていて、別の悪魔に襲われてい た。睡魔という悪魔に。これに逆らうことは到底不可能。最後まで聞かず私は、深い 深い眠りに落ちて行った。



 「釉唯、おい、釉唯、起きろよ!!」
肩を揺すられ、私はふっと目を開けた。
頭がまだぼんやりしてるのか目の前がぼやけてみえた。
そして、それは、少しずつはっきりしてくる。
「えっ、えっ?何?何?私、どうしたの?・・・何よ〜、ショウじゃないのよ〜。何 の用?」
振り向くと、半分ぼやけていた私の目に見慣れた男の子の顔が写った。
「ったく、『何の用?』じゃないだろ?夏休みだってのにこんな朝早く学校なんかに来 て!」
ショウは道を挟んで斜め向かいの家に住む言わば幼なじみ。2つ年上、つまり高 3。そして私、釉唯の所属してるパソコン部の部長なのである。
本当は『翔』って書いて『カケル』って読むんだけど、昔っからのくせで私はショウって呼んでいる。 幼なじみの特権ってやつ。
「えっ?えっ?」
私は慌てて回りを見渡した。そう、確かに部室だった。どうやら部室 のうんず君の前で眠っていたらしい。
「えぇ〜と、ちょっと待って・・昨日でしょ・・宿題をしてて・・・そのまま寝ちゃっ たんだ・・・よね。それから・・・・?どうしてここにいるの?」
「俺に聞いても知ってるはずないだろ。今日部活なんてないんだぞ。それもこんな朝早 く。おばさんに今日部活があるのかって聞かれて思わず『あります』って答えちゃった から、しょうがなく学校に来たんだ。で、日直の先生から部室の鍵を貰ってここへ来て みたら、案の定、お前がいたってわけ。何かあったのか、家で?」
ショウは怒ったような、それと少し心配しているような顔をしている。
「別に、何も・・・ちっ、ちょっと待って・・私、夢を見てたような、そうそう、 ウィザードリィの夢。なんだか今でも夢の中にいるみたい。すっっっごくリアルだった の。」
少しずつだけど頭がはっきりしてきた。
「でもいつ学校へ来たんだろ?全然覚えてないんだけど・・夢からついでにここにきたような気が・・?学校へ来てから居眠りしちゃったのかなぁ・・・。」
ショウは呆れたような顔をして私を見ている。
「ちょ、ちょっと待って!」
私は思わず叫んでしまった。
「今、『鍵』をって言ったわよね?『鍵を貰った』って。それで・・・開けて入ったの?」
その言葉でショウも気付いた。
「そう、そうだよな、俺確かにこの鍵で入口のドアを開けたんだ・・・とするとお前ど こから入ったんだよ?」
思わず顔を見合わせた。
「すっ、すっごーい、これって密室のトリックじゃない?」
「ば〜〜か、何を言ってんだ、釉唯は。推理小説の殺人事件と一緒にするなよ。」
「でも・・不思議じゃない?」
「ああ、そうだな。昨日部活が終わって戸締りしたのは俺だし。5時過ぎてたから他に は部室を使わないだろうし。合い鍵は小野寺先生が持ってるから。お前が中から閉めた としてもそれをどうやって宿直室に置いたか・・?」
ショウは隣のイスを引くとそれに腰をかけ、頬ずえをついて私の方を見た。
「そんなことできるわけないよー。」
「だよなー。」
「ねぇ、今何時?」
「今か?今は、っと、」
ショウは自分の時計を見た。
「もうじき8時になるところ。休 みの日は起きるのが遅いお前が部屋にも家にもいないって、おばさん心配そうな顔をし てたぞ。真面目な俺がまだ家にいるってのに。早出の事を俺の方がうっかり忘れてたっ てことにしといたからな。」
「ん、ありがとう。それは、それでいいんだけど。でも・・・。」
「そっ、なんでここにいるのか、だな。本当におまえ全然覚えてないのか?」
「ん、さっきも言ったけど、宿題してて、そのまま寝ちゃったような気がするんだけど ぉ。それから何時に起きて、ここに来たのかさっぱり覚えがないんだ。夢の事はよく覚 えてるけど。本当にリアルな夢だったんだ。」
「まぁ、それはまた後で聞くとして・・・今日は部活ないんだから帰った方がいいな。 忘れ物したって先生には言って鍵もらってきたんだから。分からない事ばっかりだろう けど、一度家に帰った方がいいんじゃないか?」
「そ、そうね、その方がいいね。・・それに・・・お腹も空いてるし。」
ショウは大きなため息をついた。
「・・・お前らしいな。食いもんの事しか頭にないん だろ。」
「悪かったわね!」
「悪いとは言ってないさ。」
「言ってるのといっしょじゃない!」
がたっと立ち上がると私は怒ったようにドアに向かった。
「ちょっと待てよ。その格好じゃ、いくら夏休みでもやばいぞ。俺が様子を見てくるか ら。」
メニュー画面のうんず君の電源を切ると、ショウは部室から出ていこうとしてい た私を制し、自分が廊下に出て行った。
私はショウにそう言われて初めて気がついた。 そう、普段着のままだったということに。
学校に来るんなら普段着で来るはずがない・・とする と・・あの夢・・・ウィザードリィの夢は本当の事だった?・・・本当にゲーム の世界に入ってしまってたということ?まさかそんなマンガのような事が!!でももし、仮に そうだったとしても、何故?それにどうやって?・・・それと、どうやってそ こから出て来られたんだろう?・・・・・考えれば考えるほど頭の中がごちゃごちゃにな ってきた。
「何ぼやーっとしてんだよ!今なら誰も廊下にいないから行くぞ!」
私はショウに引っ張られるようにして部室をあとにした。




〆〆to be continued〆〆


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