〆〆 その3・戦闘と死体と現実 〆〆

 「KNOCK−KNOCK!!」
一生懸命イメージして精神集中して唱えたつもり・・でも、ドアはカチャリとも言わない。
・・ふー、駄目みたいぃ・・・。
できるものなら逃げ出したい・・顔が火照ってるのが自分でも分かる。
よし、もう一度!
手のひらに精神を集中!ドアの鍵が開くのをイメージ!
「KNOCK−KNOCK!!!」
・・−−カチャッ!−−
やった!開いた!ま、魔法が使えたんだ〜!
夢とは言え、魔法が使えたことに、私は感動していた。
もう感激なんてもんじゃないのよ〜!
そして、大きく安堵のため息をつくと、私はみんなの方を振り向いた。
ピアースが親指を立てている。
「やったな、ツェナ。」
「うん!」
たったあれだけの事なのにもうくたくた。
「その調子だよ。」
ホトがポンと私の肩を叩いた。
「ん!」
彼女と目を合わせる。
「なんとか及第点を取ったな。さてと、ドアの向こうに何かいるのが定石だ。俺たちが先に入る。お前たちは後から来るんだな。」
退け!と言うようにターマンが近づいてきてドアを開ける。
−−ギ、ギギーー−−
ターマン、コルピッツ、ハートレーが先に入っていった。

「ローグだ!」
ターマンの声。はっと部屋の中を見るともうみんな戦っている。ホトもスピアを構えると走っていく。私の後ろにいたピアースもいつの間にかいない。5人のローグを相手にみんな戦っている。でも気力を遣い果たした私はただ茫然とその様子を見ていた。
戦おうとは思うんだけど身体がいうことを聞いてくれない。それに何をしたらいいのか動転していて分からなかった。
「ツェナ、危ないっ!」
ホトの声にはっとした。ローグの投げた短剣が目の前に飛んできた。
「MI、MISSILE SHIELDぉ〜!」
呪文がとっさに口から出た。
もう少しで突き刺さるところだった短剣は勢いを失い床に落ちる。
「その調子だよっ!ついでにリュートを弾いておくれよ!」
スピアを振り回しながらホトが叫んだ。
「よーし!」
またまた魔法が使えた!自信がついた私はリュートを手に持つと心を込めて弾き始める。
−−ロロロロロ・・・−−眠りを誘う心地よい音色。それは、別にメロディーが決まってるわけではないみたいだった。
適当にかき鳴らしているだけなんだけど、自然と眠りのメロディーが創られていく。
結果としては、5人の内2人が術中に落ちてくれた。
行けばかえって迷惑だと判断し、私はそのまま部屋の外からリュートを引き続けていた。

 数分後どうやら勝利を収めたらしい。ハートレーが死体を一か所に集め始める。
それを見て、夢なんだけど、思わずぞっとした。ううん・・ぞっとなんてもんじゃない。
切り刻まれ、真っ赤というよりどす黒い血を流して倒れている男達。
ゲームなら画面内から消滅するだけですむ敵。
でも、そこには確かに見るも無惨な死体があった。コウモリやネズミの時とわけが違う。
鼻を突く血と肉の臭い。飛び出ている脳髄、白目を剥き、だらしなく飛び出ている舌。どくどくと未だ吹き出てくる血潮を浴びながらその身をさらけ出している内臓。身体中の切り傷は、ばっくりとザクロの実ような真っ赤な口を開けている。
「ぐぅっ・・・」
私はその光景と臭いに思わず吐き気を覚え、あわてて両手で口をふさいだ。
多分顔は真っ青だと思う。身体中が震えている。
いくらなんでも夢でここまで再現しなくても・・私は、自分の夢に文句を言っていた。
「大丈夫か?初めてなのか、こういうの?」
背を丸くして座り込んでいる私を心配そうにピアースが覗き込んできた。
大丈夫だと言いたいけど、言える状態でもないし、実際は、大丈夫ではなかった。
「ご・・ごめんなさい・・」
消え入るような声でそう言うのが精一杯。
私は泉へと駆け寄るが早いか、その隅に胃の中にあったもの全て吐き出した。
「ったく・・どうしようもないな、これじゃ!」
背後でターマンが呆れ返ったのと怒りとが両方混ざった口調で吐く。
「城内を知ってるかもしれんが、足手まといにしかならんぞ!」
「・・・」
言い返す言葉が見つからない。確かにそうだ。
「んなもん、オレがツェナの分まで戦えばいいことだろ?」
「ピ、ピアース?」
私はまだ真っ青であろう顔をゆっくり上げて、彼を見た。
「それにさ・・オレたちだって、最初から人殺しが平気だったわけじゃなし・・。こういう稼業を選んでさ、いつの間にか慣れっこになっちゃったってことだろ?慣れの問題さ。ツェナもそのうち慣れるって。・・もっとも、こんな事慣れずにすんだ方がいいことには違いないけどな。」
私の前にしゃがみ込んで、やさしくウインクする。
「この城は一旦入ったら最後、出ることはできないんだ。そのうち嫌でも慣れるさ。でなきゃ、生きていけないからな。殺らなきゃ殺られる。そういう場所だ、ここは。」
ごくん・・・私は、唾と一緒にその言葉を飲み込んだ。
夢のはずなのに・・あまりにも現実的だった。
「だから、ツェナちゃんの分はオレがやってやるから安心しな。」
やさしく言うピアースに、思わずじーんときた私の目から涙がこぼれてた。
「ふん!そのナイト気取りもいつまで持つかな?そのうち自分の身が危なくなってくるぞ。」
「うるさいな〜。あんたに頼んじゃいないだろ?」
ピアースがぐっとターマンを睨む。
「ま、せいぜい気張りな、ピアース。オレは知らんからな。」
「私もついていますよ、ツェナ。」
ハートレーがピアースの横から笑みを見せた。
「あたいもついてるからね!大丈夫!ツェナに斬るなんて事させないよ!」
ピアースの頭上からひょこっとその顔を見せるホト。
「うん・・あ、ありがとう。」
みんなの言葉が嬉しかった。
「何はともあれ、一旦仲間となった限り、力のない者を守るのは当然ですよ。」
「さすが坊さんだな・・オレは、甘いと思うがな。」
ハートレーをちらっと見ると、ターマンは小さく吐いた。
そんなターマンに思いっきりべーーーっと舌をみせると、ホトは私の横にしゃがみ肩を出してくれた。
「気にしなくていいんだよ。今のままでいいって!あんた見てるとさ、昔を思い出すんだよ。こんな商売始める前のあたいをさ。」
にこっと笑ったホトに私は力無く笑みを返した。
そして、全員大なり小なり傷を負っていたので、泉の水を飲んで回復してからさっきの部屋を調べた。さっきの死体は、ハートレーが術で燃やし尽くしたらしく、跡形もなく消えている。ただ、死体が置かれていたところにどす黒い焦げ跡が残っていた。
それを見た私の脳裏に再びあの光景が鮮明に蘇った。でも、甘えたことをしていてはいけない。私は下腹にぐっと力を入れ、吐き気と目眩をなんとか堪えた。
その部屋は少し広く、両サイドにまた1つずつドアがあり、またしても鍵がかかっていた。こと鍵開けにかけては、波に乗った感じで私は両方ともさっさと魔法で開けた。
うーん、これだけなら絶好調!
中にはやはりモンスターがいた。ネズミや蝙蝠だったので難無く倒す事ができた。といっても、私はドアの外でリュートの弾きっぱなし。
北側の部屋では乾燥したオリーブがあった。どうでもいいと思ったけどピアースは自分のバッグに入れていた。
南側の部屋は城主の私室だったらしい。レベッカなる娘の売買に関する書きつけがあった。
「別に大したもんもないな。」
ピアースが見落としのないように隅々まで調べ、今度は反対側のドアを開け中を調べた。右側と同じように北と南側にドアがあり部屋があった、でも何も見つからない。もちろん部屋に入るたびにモンスターと戦わなければならなかった事は言うまでもない。
ローグとの時は無我夢中でリュートを弾いていたので気づかなかったけど、戦闘風景にも幾分慣れてきたのか、武器と武器のぶつかり合う音や魔法が飛び交う音、ダメージを受けた時の悲鳴、断末魔の叫びなども耳に入るようになってきた。
そのうち、戦っても平気になるのだろうか?でも、夢なら別にいいよね?なんて事も考えてた。
そして、周囲の部屋を調べ終わると、一番奥の部屋で一休みすることにした。体力は泉で回復できるけど魔法力はそうもいかないから。
こんなとこで眠れるわけないと思っていた私もいつの間にか深い眠りについていた。

 「ん?」前方に薄明るい所があるのに気付き近づいていった。
「何なんだろう?」
その明るい四角形は近づくに連れだんだん大きくなっていった。丁度枠も何もない大きな窓みたいだ。と、突然その全面に母の顔がどアップで写った!
「・・!ちょっと、な、なんなの、これ?」
声も出ず驚きの余りしりもちをついてしまった私の耳に確かに母のだと思える声が聞こえてくる。
「もう、釉唯ったらまた電源入れっぱなしで!!電気も付けっぱなし、ノートも鉛筆もそのまま。」
「ふーぅ・・」
大きく溜め息をついた母の顔。
意外としわがあるんだな。・・なんて事を私は考えていた。
「寝るなら寝るで片づけてからにすればいいのに、全く!きっとお風呂も入らないでまた寝ちゃってるんだわ。いつものごとく、お昼ごろ起きてきて入るんだろうけど・・。学校が始まったらどうするのかしら?もう!」
ノートをトントンと揃える母の手。
「えーと、これは・・・」
また母の顔が写った。
「気持ち悪い絵ねえ。死神と・・お墓、かしら?、えーと、電源は・・」
プッツーン、周囲は再び真っ暗。
「何?これ夢見てるの?」
やっと立ち上がった私は今見た事を考えてた。まるで私がPCの中に入ってしまってるみたい。私は思いっきり頬をつねってみた・・・痛くない。
「ん、痛くないということは・・夢よね。それにしても真っ暗、ここ。」
真っ暗で何にも見えない。周りには、何もないようだし。

 「、、ナ。ツェナ、、ツェナってばっ!」
私の耳にホトの声が入ってきた。
「え?!」
がばっと私は起きる。
「な、何?」
彼女の顔が目の前にあった。
「何?じゃないよっ!置いてかれちゃうよっ!」
焦って周囲を見ると、みんなが部屋を出ようとしているところ。
「ご、ごめんなさいっ!」
私は慌てて起き上がるとリュートを持って足早に歩き始め、くすっと笑ったホトも一緒に歩き始める。
「ホント、よく寝てたね。あたいなんか、あんまり寝れなかったんだよ。いい夢でも見たかい?」
「夢?ああ、そういえば・・ねえ、ホト、」
私は立ち止まって彼女の方を見た。
「何だい?」
彼女もこっちを向く。
「思いっきり私の頬・・じゃない、手をつねってくれない?」
頬が真っ赤っ赤になっちゃうといけないもんね。
そう言って手を差し出した。
「?・・いいよ。」
不思議そうにそう言ってからホトは本当に思いっきりつねってくれた!
「ィタタッ!!」
手の甲が真っ赤になってズキズキしている。
と、いうことは・・・
「ええーっ!!これって、、こっちの方、夢じゃないのお?!」

どうなってんのよ、いったい?!・・????
「何1人で騒いでんのさ?」
ホトが置いてかれるよと言いたそうに、立ち止まったまま唖然としている私の腕を引っ張った。頭がゴチャゴチャになってしまった私は黙ったまま彼女に付いていく。

「おい、ツェナ、どうしたんだ?大丈夫か?」
あまりにも惚けた顔をしている私を見てピアースが近づいてきて私の肩に手を掛ける。他のみんなも振り返った。
「だから言ったんだ。そんなお荷物背負い込まない方がいいって。」
呆れたようにターマンが言う。
「だ、だって、これが夢じゃないなんて・・・う、嘘よね。絶対、嘘よね。夢なんだよね!」
「ツェナ、ほ・ん・とー・に、大・丈・夫かい?夢の訳ないだろ?何だってんのさ?」
「だ、だって・・」
ホトも呆れている。
ピアースがぽんと肩を叩き顔を覗き込んだ。
「ん、ん、分かるよ、ツェナ、君のような女の子にこんな所は耐えられないだろ?」
そして、今度はぽん!と軽く私の頭の上に手を乗せた。
「大丈夫だって!俺様がついてるから。」
子供にでもするように頭を撫でてからターマンの方を振り返った。
「あんたの世話にはならないから安心しな、ターマン。なんたってツェナちゃんは、案内人なんだぜ。」
「それも眉唾物だがな、まあ、勝手にしろ!行くぞ!」
吐き捨てるように言うとターマンは歩き出した。コルピッツもハートレーも何も言わず歩き始める。
「行こうぜ。」
ピアースがぽん、と私の背中を叩く。
「いーっ!だ。」
ホトがターマンの後ろ姿を睨み、それから私の方を向き、にっこりした。
「嘘じゃないからね。ホントに私、知ってるのよ。」
もう泣けてきそうな気分。ホントにこの世界に召還されてしまったのか?しかも生け贄に?
「言いたい奴には言わせとくさ!あたいたちは信じてるから、ネッ!あたい、最初にあんたに会った時から気が合いそうだと思ったんだ。いい話し相手になるって。男ばかりだろ?つまんなくってさ。」
「ありがとう、ホト。でも・・」
訳が分からない。まだ頭が混乱してるみたい。でも1つ確かな事がある。それは、『進むしかない』という事。
「ん、そうだ。とにかく行こう!」
腹を括って私は彼らと一緒に歩き始めた。

 そして次は、泉の真後ろのドア。これは鍵は掛かっていない。ここを出ると四隅の塔を繋ぐ通路に出る。目の前に鉄の門。鍵もスイッチも見当たらない。
ターマンがこれを開けてみろとでも言うようにこっちを見、右手の親指で門を指している。
(開ければいいんでしょっ!開ければ!)
心の中で叫びながら、私は彼を睨む。もっともちょっと怖かったけど。
「ええと、確か、門の右横に・・・」
手探りしながら壁に沿って歩いた。
「あった、これだ。!」
スイッチを押す。門はきしみながら開いた。
「さっすがー、ツェナ!」
ホトが駆け寄ってきた。
「俺たちが入ったら閉まっちまうって事ないだろな。」
ピアースが用心深く調べた。
「どうやらいいようだな。」
「では中に入ってみましょうか。でも、用心だけはしておくべきですね。何がいるのか分かりませんから。」
ハートレーがソードを抜きながら入っていった。他の人達も後に続く。私はホトと一緒に入っていった。
入るとすぐ正面にも門がぼんやりと見えた。そこへ近寄っていくハートレーを何者かが襲う。
「僕は大丈夫です。ローグの1人くらいなんともありませんよ。」
駆け寄って行く間に敵を倒した彼はみんなに微笑んで言った。
「でも、血が・・・」
腕の傷を見つけて心配になった私は彼に言った。
「大丈夫です。このくらい何ともありませんよ。何だったら魔法で治してもいいのですが、それほどでもありませんので。」
「でも・・」
彼はまだ気にしている私にバッグから取り出した布を渡してくれた。一瞬何の事だか分からなかったけれど、それが包帯なんだと気付き、私は彼の腕にそれを巻いた。
「ありがとう、ツェナ。」
「ううん、これくらい。」
照れ臭くなって、私は彼の側を離れ部屋の探索を始める。
危ない、危ない。ハートレーの顔を見てると我家の番犬のルーを思い出しちゃう。ルーはもっと小さいけど。ルーの世話は私の役目なんだよね。とっても懐いてていつもルーにはキスしてるから・・もう少しで癖がでるとこだった。気をつけなくっちゃ!ラウルフ族だけど犬じゃないんだから。

「ん?この骸骨、喉に鍵をつけてるぜ!」
左の方でピアースの声がした。
「どっかのなんだろうな。」
人指し指にそれを掛け、くるくる回しながら歩いてくる。
「他にはないようだな。門は開きそうにないし。入口の方の部屋でも見に行くか。」
ターマンがさっさと部屋を出ていった。
「行きましょう。」
ハートレーがみんなを見渡し出て行った。私達も彼に続いてその部屋を後にする。
でも、私も1人くらいの死体ならなんとも思わなくなったみたい。・・もっとも直視するのは避けたけど。ここでは、血の臭いに酔ってる暇なんかない。
 そして、次に、城の正面にある四部屋の探索をした。
もちろん開けたのは私、KNOCK−KNOCKの魔法。何度か失敗もしちゃったけど、なんとか開けることができた。入口から入ってすぐ右側の部屋には宝箱があった。罠が仕掛けてあったけれどピアースが簡単に見破って開けた。
中には『BOOK of DIRECTIONS』と『LT.HEAL』が一つ、それと『STAFF』があり、武器のない私はSTAFFを貰った。他の部屋は何も見つからず、入るたびにモンスターと戦わなくてはならなかったので、疲れが溜まっただけだった。

再び泉に行き、全員飲んで回復すると、今度は塔へ上がってみようかということになった。
泉の両サイドにも階段があるんだけど、確か鍵が必要だったという私の意見を信用してくれ、後回しとなった。先ず、南東の塔へ上がることにした。
私はゲームをしたのが随分前だったので、そんなに細かいことまでは思い出せないことに気付き、動揺し始めていた。
それに、休憩したとき見た夢。現実であるわけないのに、だんだんそれを否定できなくなってきていた。

私は最初の頃とは反対に目が覚めてくれないだろうか、と思い始めてもいた。そして、もし、もし、目が覚めるということがなかったら。これが現実だったら、いったい、どういうわけで、そして、なぜ・・・?
いろんな事が頭の中でぐるぐる回り、足だけがみんなの後を追っていた。

 


〆〆to be continued〆〆



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