外伝(5) 思いがけない出会いと再会

 



 ケネディー総合ステーション。私は地球に来ていた。何も考えず飛び乗った宇宙船の終着点。
私は、さてどうしようかと迷っていた。せっかくここまで来たんだからエアバスで地球一周旅行なんてのもいいかななんて考えて。各ステーションを繋ぐ通路は観光案内の掲示でいっぱいだ。『ぐるっと地球10日間』これなんか手頃だわ。とか思いながら歩いていた。
私は一応地球生まれ、でも2才までしかいなかったから全く知らない。学校の教科書やビデオ、それとハイスクールの時の修学旅行くらい。

『総合資料セクション』なんて案内を見つけ、まずそこに行くことにした。
ここは大きく分けて5つの資料センターから成り立っている。
1つ目は私達、人類をを育んでくれるこの地球の生い立ちや歴史、現在の自然、野性動物の分布など。
2つ目は私達人類の歴史。
3つ目はスターシップやコロニーの開発に代表される宇宙開拓史。
4つ目は人類現在の総合的資料。
そして忘れてはならないのが、5つ目、人類最大の汚点、決して繰り返してはならない戦争の資料センターだ。
現在の宇宙時代に入る前、人類は長くて激しい戦争を体験した。それを二度と繰り返さないため、忘れ去らないようにこのセクションの中央に位置している。

現在地球は工業的な生産活動を全く行っていない。長い戦争の後、人類の必死の努力に
より徐々に回復しつつある自然と野性動物の宝庫となっている。あとはなんとか破壊されなかった戦争前の文化遺産、それと戦争の爪痕も残されている。
現在ここ地球は人類の憩いの場所として観光のメッカになっている。休暇に訪れる人も多い。またほとんどのコロニーの学校はここを修学旅行先の第1候補にしている。そしてまず訪れるのが、戦争資料センター。戦争を二度と繰り返さないため、風化させないために、次世代にその恐ろしさ、愚かさを伝えていくのが役目。修学旅行では、実際のその爪痕も後から見学することになる。

「ふー、」
溜め息がでた。私は通路のコーナーにあったベンチに腰掛けた。いつのまにかバーナード星系やベアトリクス星系での光景と重ねていた。そこであったいろいろな記憶が鮮明に浮かんできた。そしてダグの事も。
(もう!忘れるんじゃなかったの!?)と自分を叱りつけた。

ふと気がつくと前方から1人の男の人が近づいてくる。身長2m位のコモンとしてはがっしりした身体つきのロマンスグレーのスーツの良く似合った男性。(どこかでみたような気がする)と思いながらその人を見てた。

「失礼、ミスさおり・宮原では?」
その男性は私の前で立ち止まるとそう言った。
「はい、そうですけど、、、」
「私、ジョナサン・マッコーラムといいます。」
(ジョナサン・マッコーラム、、マッコーラム、、)
そんな人、知人にいたかしらと考えた。そして急に思い出した。
「マッコーラム?まさかダグのおとうさん?」
驚いた拍子に立ち上がって叫んでしまった。
そうだというように彼は優しく笑った。
私は彼に勧められるまま、そこを出てコーヒーショップに入った。そこの窓際のテーブルに着き、私達は話し始めた。
「コロニー設計士の会合の為一週間程前からここにいるんですが、偶然あなたが資料館
に入っていくのを見つけ、つい追い掛けてしまったのですよ。」
「あの、、私のことは?」
「ダグから手紙で聞いてます。ダグが私に手紙をよこすのは初めてで。」
彼は、嬉しそうにメッセージカードを取り出した。銀色の名刺サイズの薄いカード。

手紙といっても昔のように紙に書くのではなくて、今ではこうしてメッセージカードに映像や音声を入れる。それでポケットサイズの電子手帳、それを使ってどこでもすぐメッセージカードが見れるようになっている。もっとも中には頑固な人もいて未だに手紙を書きメイルキャリアーの手をわずらわせている人もいる。趣味で書いてる人もいるようだし。

「そうですか、、。」
なんとなく目を合わせにくくて私は外の景色に目を向けた。彼はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、そのカードを彼の電子手帳に差し込んだ。
−ピッピピッ!−
暫くしてダグの照れたような顔と声がした。
私は見るまいとしたのだけれど自然とそっちを見ていた。

「おやじ、元気か?休暇が1か月貰えた。今タロスに帰る船の中だ。おやじは確か、会合で地球だったな。そっちに送っておくから、先にこの方が着いてるかもしれん。それで、、、俺も後から地球へ行く。、、実は、おやじに会わせたい人がいるんだ。ん、その、、、さおりと言うんだが、今回一緒に任務についてた人だ。、、、、まあ、会ってから話す。会合が終わってもホテルで待っててくれ。」
短いメッセージだった。
(ああ、カローラス号で出したんだわ。でも、もう、、、)
ダグの照れくさそうな笑顔が胸に突き刺ささり、きゅ〜んと胸に痛みを覚えた。今にも涙が出てきそう。
「ちょっと失礼。」
私は涙を抑えきれなくなり慌てて席を外した。化粧室で私は次から次へと出てこようとする涙を拭きながら自分を叱りつけた。
「いい?さおり。ダグのお父さんに心配かけちゃだめよ!ぜったいダメなんだから!!、、、だから、、、お願いもう止まってちょうだい!!」
なかなか止まらない涙もようやく(なんとか)抑えることができ、落ち着きも取り戻した私は、目も赤くないのを確認すると席に戻った。
「ところでダグは?あなた一人ほったらかしにして。一緒じゃなかったんじゃ?」
「え、ええ。ダグは向こうでちょっと用事ができてしまって、それで先に私だけ来たんです。」
私は慌てて嘘をついた。
「そうですか、、。」
疑問も感じてないようだ。ダグからの手紙が本当に嬉しかったんだろう。そう思い込んでいる。
「全く、あの子にも困ったもんだ。あなたのような素敵なお嬢さんを一人で来させるとは。いくら用事が出来たとはいえ無神経なのも程がある!」
「あ、あの、、そうじゃなくて、私が、、。」
(なんて言ったらいいのか思いつかないっ!)言葉に困っている私に彼はやさしく言った。
「とにかく、ホテルに行きませんか?お疲れなのでしょう。あなたに何かあっては後でダグに私が怒られてしまう。」
勝手に決めて支払いを済ませると、私の荷物を持って先に店を出た彼の後を、私は慌てて追い掛けた。

 「あーん、もう、どうしよう?」
ホテルの一室で私は困っていた。ここを出るわけにもいかないし、いればまたダグと顔を会わせるだろうし。そう思っていてふと気がついた。
(ああ、そうなんだ。ダグが来れば分かってしまうんだ。別に隠す必要はないんだ。でも面と向かって言うのは、、)
部屋中歩いて考え込む。
(そうだ!フロントにメッセージ頼んでおけばいいわ!)
そうと決めたら早い方がいい。私はさっそく行動を開始した。
「マッコーラムさん、ありがとうございました、父と話してるような気がして嬉しかったです。それと、ごめんなさい。」
そうメッセージを残すと急いでそこを離れた。逃げるように地球を離れ、再び宇宙船の中。


アリタスラへ帰る気もしなかった私は、今ではあまり旅行者も立ち寄らず、居住者も少ないムーンベースに降り立っていた。
「静かだわ、ここに暫くいるのもいいかもしれない。」
私はそう決めてコロニーと星空がよく見えるホテルの一室をとった。ドアを開けるとあまり広くないけど、そこには、応接セットがあり、奥にバスルーム、その横のドアを開けるとベッドルームがあった。
ベッドルームからは宇宙(そら)がとてもよく見えた。

 ここに来てから何日たったのか、私はその辺を散歩したり宇宙(そら)を眺めたりして毎日を過ごしていた。
「さおりっ!」
いつものようにベッドに腰を掛け頬づえをついて、窓から空を眺めていると急に背後で太いそして怒ったような声がした。
と同時にビクッ!として私は動けなくなった。
(まさか、、まさか、ダグ、、)
身体が震えてきた。麻痺したように動けない。つかつかと近づいてくる足音。大きい手がわたしの両肩を掴んだと思ったら、その手はくるっと私の向きを変えた。
ダグの怒った顔が目に入った。バシッ!思いっきり(じゃーないだろうけど)私の頬を叩く彼の手。私は頬を押さえた。その痛みのせいなのか何なのか分からない、涙が後から後からあふれ出でて止まらない。
「こ、の、バカやろうっ!!俺がそんなに信用できないのか?」
ダグが怒鳴った。それから、少しやさしく言った、
「いいか、さおり、俺が、、俺が愛してるのは、俺が、欲しいのは、お前だけなんだ。」
ダグの怒った顔が涙でかすんできた。
「ダグ、、、ダグ、ごめんなさい。」
そう言いたいのに声にならない。涙が後から後から溢れ出てくる。思わず両手で顔を覆った。
「さおり、、、、」
右手を肩から頭に手を移すとダグはそんな私を優しく自分の胸に引き寄せ、きつくそして壊れないように抱き締めてくれた。

 「落ち着いたか?」
どの位彼の胸で泣いていたんだろう、ダグが泣き止んだ私にそう囁いた。
「ダグ、、、」
顔を上げ彼の目を見つめた。
「さおり、、、」
ダグはそっと私の頬に手を添えた。
「愛してる、、、お前だけだ。」
そう言って唇を重ねた。
   


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