外伝(3) 敵は然る者

 


 

  私達はタロス経由地球行き、『カローラス号』に乗りこんだ。まだ出航前、席に着く人達や見送りの人達等で騒がしい。
「シート番号は何番でしょうか?」
スチュワーデスがダグに聞いた。ダグは搭乗券を彼女に見せる。
「申し訳ありませんが、このシート番号ですと少し離れたお席になってしまうのですが、、。」
「スペシャルルームは空いてるのか?」
ダグが暫く考えてから言った。
「、、暫くお待ち下さい、予約があるかどうか調べてまいります。」
スチュワーデスは立ち去った。
「ちょっと、ちょっと、それってファーストクラスなんて目じゃないのよ。一航海でかなりするのよ!」
私はダグの袖をひっぱりながら囁いた。
「ああ、」
ダグは私の肩に手をかけるとじっと見つめている
「今、手を離すと何処かへ行ってしまうような気がしてな。」
私は顔がだんだん火照ってくるのが分かった。
「お待たせ致しました。マーズポートまで予約は入っておりませんのでご利用になれますが、、。」
さっきのスチュワーデスだ。
「ああ、たのむ。」
「かしこまりました。ご案内致しますのでどうぞ。」
彼女に案内されて私達はスペシャルルームへと向かった。
 「わあ、素敵!」
部屋に入るそうそう私は感激してしまった。そこは広いリビングになっていた。楕円形の大理石のテーブルにそれをぐるっと囲むように2つの湾曲したふかふかのロングソファ。天井はドーム形になっていて、サイドテーブルのコントローラーで景色が色々変わるようになっている。スイッチを切り換えると壁までもその景色は広がり、まるでそこにいるような気になる。
私はさっそくそれに宇宙空間を写し出した。
宇宙空間は今実際に航行中のものが写るだけなんだけど、森林や海辺、田園風景等の景色は合成だ。でも、それぞれその場所にあった音声も入っている。特に森林ではせせらぎの音とか小鳥の囀る声などが遠くに聞こえるようで、私はとても気に入った。
奥にはバスルームとベッドルームがあり、そこの景色もドームといっしょになっている。(ん、バスルームも、とっても広くてゆったりしてる。森林に合わせておけば露天風呂感覚でいけるな。)なんて思いながらバスルームを覗いていた。ベッドルームも一応ツインのはずなんだけど、ダブルベッドかと思うほど大きなベッドがあった。
(そう、2部屋ではない!)
ここを見るまでこの重大さに気付かなかった私は、いったい何を考えてたんだと自分に聞いてみた。それと同時に急に心臓が激しく打ち始め、私は落ち着きがなくなってしまった。顔は火照ってきている。
「さおり、そうあちこち見てばかりいないで、こっちに来て座らないか。」
私とは反対にダグは落ち着いたもので、ソファーにくつろいでいた。
「だって、こんな部屋入った事ないのよ。いつもエコノミーばかりで。」
私はわざとおどけたように言いながらダグの向かい側のソファーに座る。
「そろそろ出航だな。」
ダグは私の気持ちを知ってか知らずか、さらっと言った。周りに写し出されていた星がゆっくりと動き始めた。じゃなくて、この船が、動き始めたんだ。私はつい満天の星空に見惚れていた。
「さおり、」
不意にダグの声がして、私は、はっと彼の方を見た。ダグはじっと私を見つめている。ドキン!彼の熱い視線を感じて私の胸が大きく打った。
「あっ、ねえ、ダグ、喉乾かない?私もうカラカラよ。」
私は慌ててコーナーのドリンク用のスイッチを押した。スーッとメニューが表れる。
「えぇと、ダグは何にする?」
「、、、俺か、そうだな、俺は30年もののワインでも貰おうかな。」
しばらく考えてから答えたダグは、その視線を私から離さないでいる。
(ええと、そんなものあるかな?、、、、、あっ、あったあった。さすがスペシャルルーム。)なんて事を思いながらスイッチを押した。
−コロロロロ−
トレーに乗って出てきた。容器も紙コップなんかじゃなくてきちんとしたワイングラス。
(んー、さすがー。)
「えと、私は何に、」
まあ、いいか本当は別に乾いてるわけじゃないから、と私はごく普通にグレープジュースにした。でも、この場合ワインなんか飲ませると余計やばくなるんじゃないかなとも思いながらダグに渡した。でも、そんなこと考える必要はなかった。敵はもっと上をいってたのだ。
ダグは「はい、ダグ。」と渡すグラスを左手で受け取ると、右手で私の腕を掴みグイっと引っ張った。そして私はちょうどダグの胸に倒れ込んでしまった。
「ダグッ、何す、、」
そこまで言うと私の口はダグの唇で塞がれてしまった。そのままダグのがっしりした腕が私を抱きしめる。私は頭の芯がジーンときて何も考えられなくなってしまっていた。頭の命令系統がいかれてしまったのか、身体の自由も効かない。
抵抗する事も忘れてしまった私をそのままダグはベッドルームに運んでいった。


 目を覚ますとダグの広い胸の中、そのたくましい腕で抱きとめられていた。ダグはまだ寝ているようだ。彼の寝息が私の耳に心地好く聞こえる。力強く鼓動する彼の心臓の音も。
とっても落ち着いた気持ち。初めて会った時、何故あんなに怖く思ったんだろうと私はダグの寝顔を見ながら考えていた。
そして、不意にこのままダグと目を合わせるのが何故だかとても恥ずかしく思え、私はそっと起きることにした。
(うーんしょ。)
ダグの腕は重かった。なんとか自分の身体から外すと、私はそっと起き、枕元のガウンをはおってシャワールームにき、シャワーを浴びて身繕いをすると私はソファに腰掛けた。
まだ、心臓がドキドキしている。そう、昨夜から思いもかけない事が起こりすぎたせい。

ダグには決して振り向いてもらえないと思ってあのポートにいたのに、、、。
(ディーティアさんには悪いけど、、でも、私、彼女の分までダグを愛していくわ。)
ふと、テーブルを見た。そこには昨夜のままワインとジュースが置いてあった。なんとかその場をごまかそうとして出したワインとジュース。失敗しちゃったけど。
「ふふっ、結局敵の思い通りになったってわけね。」
私は呟きながらジュースを口にした。
「誰が敵だって?」
後ろからダグの声。
「えっ?」
振り向いた私は彼の腕に捕らえられ、不覚にもまた唇を奪われてしまった。
「もう、ダグの意地悪!」
彼の腕を振りほどきながら私はわざと怒ってみせた。
「ハハハ!」
明るく笑うダグ。それにつられて私も笑う。
(ダグ、愛してるわ。)
   


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