星々の軌跡


その26・商船襲撃




 ニーナは、フリーギルドのオマーの部屋に来ていた。
彼女の目の前には背は低いが、がっちりとした筋肉質の男が立っていた。
彼の顔には、派手な傷跡がある。
「あ、あの・・私・・・・。」
流石荒くれ者の海賊達を束ねるガットの片腕だけあってその迫力は、すごいものだ。ニーナはその男の気迫に押され、なかなか話ができずにいた。
「何だ?ひよっこ。言いたいことがあるんなら早く言え!」
今にもかみつかれそうな、いや、宇宙へ放り出されそうな気配。
「え・・と、その、私、ニーナ・シャピロと言います。」
「俺はオマーってんだ。用件は何だ?俺は忙しいんだ、早く言え。」
にこりともせず、睨み付けたまま、ニーナをせかすオマー。最もにこりとした方がもっと気持ち悪いと、ニーナは思った。
「あの・・私、ガット氏に会いたいんですが・・・。」
ようやく彼女は用件を口にした。
「ガットに会いたいって?」
オマーは改めてじろっと彼女を見るた。そのものすごい目つきにニーナは震え上がってしまっていた。
「あの・・『ライゾン』に言われたんだけど。」
ニーナはタルゴン隊長が海賊に潜入していたときの名前を言ってみた。
「ああ、ライゾンか・・・腕の立つ奴だったが、ここんとこ音沙汰ねーな。奴は今どうしてるんだ?」
オマーの表情が幾分和らいだような気がした。
「ちょっと、病気で・・・。」
「そうか・・。まっ、そんなこたぁどうでもいいが。で、何なんだ?仲間にでも入ろうってのか?そうだな〜・・ライゾンの紹介ってんなら・・・。」
彼はニーナの頭から足の先までじろじろとまるで値踏みをするかのように見た。
ニーナは、仲間になりたいんじゃないとも言えず、ただ黙って突っ立っていた。
「船の名前は?」
「ジョリーロジャー号です。サンレーサータイプ。」
「ふ〜む・・よし、それじゃぁ、俺達の敵じゃないってことを、まず証明しな。」
「証明?ど・・どうやって?」
「なーに、簡単な事だ。ちょいと商船を襲ってぶつをいただいてくりゃーいいんだ。それで、お前も立派に俺達の仲間って事だ。分かったな、見事合格したら、ガットに会わせてやる。まぁ。せいぜい頑張るんだな!はーっはっはっはっ!」
オマーは大声で笑うとニーナを1人置いたまま、さっさと部屋から出て行ってしまった。

1人部屋に取り残されたニーナは思案にくれていた。
「海賊になれって言う事だよね、でも・・商船を襲うなんて事、私にはできないよ・・。でも、やらないとガット氏には、会わせてもらえないし・・・。そうすると・・・。」
ニーナはぶつぶつ独り言を言いながら、バーに来ていた。
「ビール!」
「はいよっ!」
バーテンは威勢良くビールを波々と注いだジョッキをカウンターに置きながらニーナに言った。
「聞きました、お客さん?マンチーの大艦隊が、こっちに向かっているらしいって事?」
「マンチーの大艦隊が?」
「さっき飲んでいった奴が言ってたんですがね、何でも1500隻もの大群だって事だけど、ホントなんだかねぇ?この辺りでも結構マンチーは出るけど、集団でって事は聞いた事がないからねぇ。」
「1500ってそれ本当ですか?こっちに着くのは?」
ニーナは出されたビールに口をつけるのも忘れて聞いた。
「こっちまで来るには、まだまだ先の事らしいけど、まぁ、眉唾くさいけどね。だいたいそんな数のマンチーに襲われてみなよ、ファーアームなんて、あっと言う間に終わりだよ。」
バーテンはそんな話は信用してはいないようだった。気楽に考えている。
「ホントなら、こんなとこにはいないよ。さっさとずらかるね。ははは。」
「ごちそうさま。」
ニーナはほとんど口を付けてないビールをそのままにし、バーを後にした。
「時間はもうないんだ!海賊でもなんでもやって、何とかくい止めなきゃ!」
ニーナはそう思うとポートへ走り出した。


 商船を襲う決心もつかないまま、ニーナは当てもなく宇宙を飛び続けていた。
「あーーーーあ・・・ついに海賊かぁ、でもやんなくっちゃぁ・・・。」
彼女はスクリーンを見ながらため息をついていた。
−ビ、ビー−
セクター内に他船が来たことを示すブザーが鳴った。彼女はTACを起動させ、それが何なのか確認をした。
「タンカーだ。」
海賊にとっては絶好の獲物である。が、彼女はしばし、TACスクリーンを見つめ、じっとしていた。
タンカーは彼女の船と行き交うべく、少しづつ近づいて来ている。そうして、彼女が決心できずにいるうちに、向こうの通信士からの挨拶が入電した。それは、同じセクター内で航行する船同士は、敵で無い限り、挨拶し会うのが習わしとなっているからだ。
『こんにちは、良い航行を!』
攻撃開始する出鼻をくじかれてしまったニーナは、そのままそのタンカーを見送ってしまっていた。

そのまま航行し続けること、数十分、いやニーナには数時間に感じられたが、その間、彼女は、焦りと不安と罪の意識に悩まされていた。宇「どうしよう・・・。」
−ビ、ビー−
再び僚船を知らせるブザーが鳴った。
「スコウだ。」
タンカーよりは小さいが、これもまた商船なのである。
「よ、よーーーーし!!」
彼女は意を決め、攻撃準備にかかった。
「これもファーアームの為なんだよ、ごめんね!」
彼女はそう言いつつ、ビーム砲をオートにセットした。
−パピューーーーーン、ピューーーーン、ピューーン・・・−
まさか攻撃されるとも思わなかったそのスコウは、避けようもなかった。
TACのモニターには、スコウのエンジン破損と一気に下がったアーマーが表示されていた。
それと同時に、スコウから救助信号が出された。
救助信号を受けた他の商船か、ハンターまたは軍艦も駆けつけてくる事が予想される。
ニーナは焦りを覚えていた。
なんとか音便にこの船だけで済ませたい。
それに、もし大型軍艦であるタイタンでも来たら・・・それこそニーナのこんな小さな船ではひとたまりもない。王妃のくれたオートレーザーが取り付けてあるため、照準さえ合わせていれば、レーザーは勝手に攻撃を続けてくれている。
エンジンが壊れてしまったスコウの後をつけるのは簡単だった。
アーマーが100を切るのも、そう大した時間がかからなかった。
と、スコウの船長から緊急連絡が入った。
『船長だ。争いは止めよう。我々の安全を保障してくれるなら、貨物を、渡す用意がある。』
ニーナは短く『OK』と送った。
『合意に達して良かった。貨物をそちらの船に積み込む時間をくれ。』

船外作業員による貨物の積み込みが終わると、スコウは這々の体で逃げていった。
「ふう・・ついにやっちゃった!これで、私も立派なお尋ね者だ。」
落ち込んでいる暇もないニーナは、その足でフリーギルドのオマーを尋ねた。
「連絡は入っている。君はテストに合格した。ガットとの面会を許可しよう。」
オマーはにやっと笑うと、緊張しているニーナにそう言った。


「ここだ。」
とオマーに案内された部屋は、サー・エルドの部屋といい勝負の立派な部屋だった。
大きなマホガニーの机の後ろに小柄な海賊が座っていた。左の頬には目立つ傷跡があり、金の縁取りを施した服装をしている。その鋭い視線は、オマーよりまた数段恐ろしい視線だった。
『ドロートン・ガット卿/スカーレット・ブラザーフッド代表』と書かれた真鍮のネームプレートがその机の上にあった。
「ニーナ・シャピロだ。ライゾンの紹介なんだが、何か用があるらしい。」
オマーは簡単にそう言うと、ニーナを1人残し立ち去った。

「で、用件とは?」
ガットは座ったままニーナに聞いた。
ニーナは、ごくん、と唾を飲むと、敵ではないことを祈りながら、公妃の密偵だということは伏せて、コスの企みについて彼に話した。
ガットはその間、一言も口を挟まずに熱心に彼女の話を聞いていた。話し終えると、彼は立ち上がり、部屋の中を行ったり来たりして、しきりに何かを考え込んでいるようだった。

「ビラニー、あの・・・魔女め!」
彼は突然拳を机に叩きつけた。
「俺は、あいつが何かを企んでいることは、分かっていた!」
ガットの顔色は怒りで真っ赤になっている。
「隠れて企みをする奴等は許せねぇんだ!特に相手がコスだとかビラニーなんていう汚ねぇ奴ならなおさらだ!」
「マンチーを攻撃するのは、止めて下さい。このままだと、大変な事になってしまいます!」
ニーナは必死でガットに訴えた。
ここまできたら、もう恐いモノなんてない!
「勿論、君の言ってる事は正しい。マンチー襲撃は中止しよう。我々が攻撃を止めれば奴等もおとなしくなるだろう。いずれにせよ、ビラニーには、たっぷりはずんでもらったからな。15万クレジットも払ってくれたんだ。たかが、卵1個にな。」
ガットは再びイスに座ると言った。
「卵?」
「マンチーの卵だ。『ギ・ゴンガー』と呼ばれていると思ったが。あの魔女めがやたらと欲しがってたんだ。マンチーの領域の中心まで探しに行ったのさ。」
それを聞いて、つい大声で叫ぶニーナ。
「『ギ・ゴンガー』ですって?そ、それは、只の卵じゃないんですよ!その卵の中には将来のマンチー・クイーンがいるんです!!」
ニーナはイチキから聞いたことを彼に話した。
ガットはしばらく放心した状態だった。
「俺は、マンチーがどんな奴か知っている。散々戦ったからな。もともとそんなに好戦的な種族ではないんだが、怒らせると逆上して、殺戮に走るんだ。奴等のクイーンの卵を盗む。次期クイーンである卵を・・・。こんなことをすれば怒り狂って当たり前だ!彼らにとっては、卵を失くすことは、種の滅亡を意味するのだから。」
さすがのガットも焦りを覚えていた。
「その卵はどこに?」
「ビラニーの部屋だ。彼女の部屋のロッカーの後ろにあるはずだ。」
「取り返さないと!!」
「待て!下手に行っても捕まるだけだ。トローシャルは私設警備兵が守っている。それに部屋にはビラニーがいるだろう。」
慌てて部屋を出ようとしたニーナをガットが制した。
「・・・だが・・ブラザー・フッドなら・・・もしかすると・・・。」
「もしかすると?」
ニーナは顎に手を充て、じっと考え込むガットの顔を覗き込むようにして聞いた。
「何かいい方法が?」
ガットは、にやっと不敵な笑いを浮かべた。
「こうしよう。君が、トローシャルにドッグ入りする。俺の部下の海賊が時間を見計らって襲撃をかけ、警備兵の注意を引きつけておく。その間、部屋にはビラニー1人となるはずだ。君は、ビラニーの部屋に行き、何とか卵を奪い返してくるんだ。分かったな!」
「は、はい。」
「気を引き締めて行けよ!くれぐれもビラニーに見つかるんじゃないぞ!」
ドアを出て通路を走るニーナの背後でガットの声が響いた。




<<TO BE CONTINUED>>


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