星々の軌跡


その25・異種族マンチー




 「おや、ニーナ、いらっしゃい。どうしたんだ?いやに沈んでいるじゃないか。」
ヒアスラのバー、トゥエルブ・スラスタ−の主人は、いつもなら元気一杯で入ってくる ニーナが今日はばかに沈んでいるので、心配して聞いた。
「うん・・。」
ニーナはカウンターに座りながら答えた。主人が指摘したようにその声 には、いつもの彼女らしい元気が全くなかった。
「どうしたっていうんだい?この前の元気はどこ行ってしまったんだ?」
「うん・・・。」
彼女は相変わらず気の無い返事をしていた。
「ビールでいいだろ?」
主人は彼女の返事を待たず、ビール注いだ。
−ごくっごくっごくっ・・−
黙ってそれを一気に飲み干すニーナ。
「おいおい、本当にどうしたんだ?」
「う・・ん・・・・」
彼女は辺りを見渡すと言った。
「後で話す。今はお客さんが多すぎるから。」
主人は彼女の態度から何かを悟ったのか、それ以上聞かなかった。
ニーナもまた黙って飲んでいた。

「やあ、ニーナ、元気でやってっか?」
彼女の横に座りながら声をかけたのはフリッチだった。相変わらず海賊でもないのに海賊風の格好をしている。 彼は、アイパッチを取るとカウンタ−の上においた。
別に目が悪いわけではないのだが、彼は好んでこの格好 をしていた。彼の言い分によると『この方がいかにも海賊の親分という感じがでる』んだそうだ。
「ああ、フリッチ、ん、まあまあね。」
「あれ?いつものニーナらしくないぜ・・。」
フリッチは勢い良くニ−ナの背中を叩いた。
「元気を出せって!!」
「痛いなあもう!」
ニ−ナは、わざと怒った顔をした。
「ホント、どっかおかしいぜ、今日のニーナはよ!何かあったのか?このフリッチ様に 相談してみなって!できることなら一肌脱ぐぜ!」
フリッチはニーナの顔を覗き込むようにして言った。
「できることなら・・・ね。」
ニ−ナは大きくため息をついた。できるわけないのである、今ニ−ナが直面している事は!
ふと彼が海賊ではないにしろ、海賊の事についても詳 しいという事を彼女は思い出した。
「ねぇ、フリッチ、ガットに会うにはどうすればいい?」
「ガ、ガットだってえ?奴はスカーレット・ブラザーフッドの代表なんだぜ。言わば、 海賊の大親分なんだぜ?何だって奴となんか会いたいんだ?」
フリッチは飲みかけのビールを吹き出してしまった。
「ま、まさかニ−ナ・・・海賊になるってんじゃないだろな?止めときなって、1人 のほうが気楽でいいぜ。俺様みたいにな。」
「どうしても会わなけりゃいけないんだ。」
「おいおい、ニーナが海賊に?」
バーの主人も驚いて大声で言った。
「別に、海賊になる気はないけど・・。」
「フリッチ、教えてよ、お願いだから!」
ニーナはフリッチをじっと見て言った。
「そりゃー、頂くもんさえ頂きゃ、教えねぇってこたぁねーけどよ。」
フリッチはニーナの迫力に押されてしまっていた。
「はい、情報料、25クレジットでよかったんだよね。」
「あ、ああ。」
「ニ−ナに海賊は似合わねぇと思うんだが・・まっいっか。」
結局現金な彼は、ニーナに教えることにした。
「やっぱりフリー・ギルドにいるの?」
「ああ、そうだ。だが、ガットの片腕、表向きは秘書って事だが、あんなごっつい秘書 がいてたまるかってんだ。まっ、誰しも奴等が海賊だってこたぁ知ってるけどよ。オマ ーってのが新入りのチェックをしてるんだ。奴がOKしなけりゃ、ガットには会えねぇ ぜ。それにな、ガットもそうだが、オマーってのもすごいんだぜ。顔を見ただけでも普 通のもんならションベンちびっちまうくらいの恐い顔してるんだ。ニーナに奴と話をす る勇気があるか?」
その脅迫とでもいうような言葉に、ニーナは思わずぞっとした。
(やっぱり、とんでもなくやばい所なんだ。)
が、ここで後込みするわけにもいかない。
「してやろうじゃないの!」
ニーナの顔は半分ひきつっているようにも見えた。
長居をして「一緒に来て」と言われるといけないと思ったのか、フリッチは、それだけ 話すと「約束があった」とか言って去ってしまった。

入れ代わりにニーナに話しかけたのは、バーキリの商人、イチキだった。
彼からは、マンチーの事を事細かく聞き出した。勿論、クレジットでは話せないというので、ニ−ナ はラックスにもらった大粒のディリシウムを代金として渡した。

「マンチーは肉食性の蟻の一種です。勿論かなり進化はしていますが。未だに祖先の特 性が潜在しています。強い社会的階級制度と、どん欲なまでの勤勉さ、そして、女王へ の深い尊敬などです。」
「じゃあ、噂通り?」
詳しいことまでは、知れ渡ってないにしても、こ のファーアーム内での噂によると、マンチーは蟻だということだった。
それをネタにして各ステーションのバーにおいて有るテレビゲーム『HIVE』は作られたのだから。 もっともあのゲームに出てくるのは、完全なる蟻だが。
「そう言えばそうだということになりますが、しかし、彼らには高い教養と知性があり ます。普段は、ここで言われているような凶暴さは、決してありません。圧迫されると 悪い面の特性が強調されるのです。他者に対する強迫観念や、群れたがる本能、そして 吸血本能です。」
  

COSMOSさんからいただきました。
いつもありがとうございます。

バイオメカ着用のマンチーのパイロットです。中身は黒いそうです。

  
イチキはビールをちびちび飲みながら話を続けた。
「マンチーの行動に最も深い影響を与えるのが、マンチー・クイーンです。女王は『大 地の母』と呼ばれ、最高指導者であり、その子どもへと地位を引き継がれていきます。 クイーンはその長い生涯が終わりに近づいてくると、『ギ・ゴンガー』つまり、生命を もたらすという意味ですが、そういう名前の卵を産みます。その卵が孵化すると次のク イーンが誕生するのです。この生と死のサイクルは、これまでの歴史で何者にも邪魔さ れることなく営まれてきました。」
イチキはぐいっとビールを飲み干すとニーナに笑いかけた。
もっともフードを深くかぶっているので、目しかはっきりとは見えはしない。
「お代わりしてもよろしいですか?」
「えっ、私のおごりだったの?」
そんなつもりはなかったニーナは驚いてしまった。
「そうじゃないんですか?」
イチキは平然としている。
「だって、情報料としてディリシウムを・・・。」
いいわけしようとするニーナにイチキはチッチッチと舌打ちした。
「親父さん、お代わりやって!」
ニーナは半分自棄になっていた。
「クレジットはもう 底を尽きかけてんのに・・。ホントに海賊でもしないとやばいぞ、こりゃ。」
イチキは満足そうにお代わりのビールに口を付けるとまた話し始めた。
「マンチーは大変結束が固く、種の進化を妨げる内戦や仲間割れなどをほとんどしませ ん。ですから彼らは急速な進歩を遂げています。彼らが最初のスターシップを造ったの は、まだわずか3世紀前の事なのです。彼らは今日では27の星系を統治しており、そ の数は、ファーアームの人口を遥かに上回っております。私は彼らの国、『ジャ・カー ン』に行ったことがあります。その時に目にした彼らのエンジニアリングや文化には、 非常に感銘を受けました。」
「その『ジャ・カーン』って国はどこにあるの?」
「宇宙座標で言って、『GC、3409』です。マリーゲートはありませんので、Nス ペースで行くしか方法はありません。そうですね、だいたい亜光速最高スピードの70 で18、9カ月はかかります。」
「そんなにかかるの?」
「はい、それも順調に行ってですが。と言うのは、今、この帝国の中にマンチーに戦争 を仕掛けている者がいるのです。気が狂っているか、あるいは、何かよこしまな計画を 持っているとしか考えられませんが、そのせいで、殺気だっている彼らは、彼らの認識 コードを持たない船を片っ端から攻撃しているのです。マンチーとの戦争が起これば、 勝っても負けても大勢の犠牲者を出すことでしょう。いずれにせよ、負けた方は、その 人口のほとんどが死に絶える事は明らかですが、それがどちら側かは分かりません。」
イチキは話し終わるとこれ以上ニーナからはふんだくれないと察したのか、「ごちそう さま。」と言うと次の客を捜しにカウンターを離れて行った。
「爬虫類の次は蟻か。」
ニーナは、シシャの時のように、彼らの理性にかけるしかないな、と思った。
「何とか、戦争は避けなくちゃ。」


夜も更け、バーに残っているのはニーナだけになった。彼女はようやく自分の父のよう に思っている主人に話した。今まであったこと全てを。そして、どうあってもやらなく てはいけないのだが、その一歩が踏みだせないでいることを話したのだった。

「そんな事が起きているとは・・・。」
話を聞きおわり、主人は答える術がなかった。
「できるなら、何とかしてやりたいんだが・・・・。」
普通の人に話したのなら「そんな馬鹿な!」と一笑に付されてしまうところなのだろうが、 バーの主人はニーナの性格をよく知っていた。そして、彼もニーナと一緒にイチキの話は聞いていたのである。
「ううん、いいんだ。親父さんに聞いてもらったら、すっきりしたよ!」
ニーナは微笑んだ。
「やってみる。私にできるかどうか分からないけど・・・とにかく、やれるだけ やってみる!」
「分かった、ニーナがそう言うんだ、俺も男だ。逃げるような真似はしない!最悪の場 合は、ファーアームと心中してやるさ・・大丈夫!ニーナならできる!!頑張ってく れ!祈ってるぞ!!」
主人は大きく頷くとニーナの肩をぐっとつかんだ。
「ん!」
ニーナはそう言うと、主人にまた来ることを約束し、バーを出ていった。
無事うまくいったら主人がニーナの気の済むまでおごる約束をして。


そして、バスルチ星系に向かう彼女の顔に、今や迷いはなかった。決断と勇気に満ちた顔だった。



<<TO BE CONTINUED>>

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