星々の軌跡


その20・公妃の頼み




「その人間を通しなさい。わたくしが、その者の謁見を許可します。」
デネブプライムの公妃の住居にやってきたニーナは、例によって入り口で、ガード マンの戦闘用のアーマーに身を包んだ緑色の大きな生き物に、呼び止められ、また しても外に放りだされようとしていた時だった。凛とした女性の声が、奥から聞 こえ、その途端ガードマンはニーナを離して直立不動の姿勢を取った。
「で、ですが、公妃様・・・わけの分からない奴をお通しするわけには。」
「よいのです。通しなさい。」
「いいか、少しでも変なまねをしてみろ。その首をへし折ってやるからな。」
彼は、ニーナをぎろっと睨むとドアを開け、彼女を中に入れた。

その通路の奥にあるこじんまりした清楚なその部屋には、背の高い美しい女性が立っていた。
その威厳と気品に押され、極度に緊張したニーナは、入り口にたったままぎこちなくお辞儀 をした。
「お、お目にかかれて光栄です、こ、公妃様。」
「そんなに緊張しなくてもよいのです。」
公妃は優しくニーナの手を取ると部屋の片隅のソファに座らせた。そして自分もニーナとテーブルを挟んだ向かい側のソフ ァに座る。

「わたくしがデネブ星系を支配する公妃アベンスターです。運命に導かれてわたく したちは、会ったのです。」
しばらくニーナを見つた後、公妃はそう言った。
彼女は、手にもっていた箱の中からクリスタルの球を取り出した。それは、ウズラ の卵くらいの大きさの球で、不思議な色を放っていた。
「これは、ジェーカーです。真実の球と呼ばれています。」
ニーナはその美しさに魅入られたように、じっと見ていた。
妃はニーナに手を出す ように言い、彼女の手を取るとそっとそれをニーナの手の中に滑り込ませた。
「美しく、はかなく、そして非常に危険です。指先だけでつぶすことができるので す。そして、中に入っている酸は骨までとかしてしまいます。あなたがわたくしに 真実を答えている限りは、何も恐れることはありません。嘘をつき、指先がぴく っとしただけで、ジェーカーはつぶれます。原始的は嘘発見器ですが、高性能です。 さあ、答えて下さい、あなたの名前は?」
「ニーナ・シャピロです。」
ニーナは手のひらの中のジェーカーを見つつ、緊張して答えた。簡単に部屋に通したのは、こういうものが あったからなのか、と思いながら。
「あなたの船の名前は?」
「ジョリーロジャー号です。」
「ジョリーロジャー号・・・わたくしの恐れていた通りだわ。」
妃はしばらく苦しみに耐えているかのように沈黙した。
「答えて下さい、どうやってその船を手に入れたのですか?」
妃はニーナの目をじ っと見つめていた。
ニーナはありのままを妃に話した。決して忘れることのないプリンセス・ブルー号 の話と共に。
ニーナが話し終えると同時に、妃はニーナの手からジェーカーを取り、自らの手でそ れをつぶした。
(あっ!)
びっくりして、思わず声がでかかったニーナ。
「おもちゃなんです。あなたを危険な目に合わせようなどとは夢にも思いません。」
妃は微笑みながらニーナに言った。
「でも、これを使ったのには理由があります。恐怖があなたの思考を増幅し、真実があらわになるのです。古いテレパシーのトリ ックなのです。」
それを聞いてニーナはほっとした。一時はどうなるかと思ったのだ。
「帝国の遭難救助者に対する規定、つまりサルベージ法により、あなたをジョリー ロジャー号の正当な所有者と認めます。但し、この船の元の持ち主に起こった悲劇 があなたにも起こるかもしれないということは、わきまえておいて下さい。」
「それは・・もしかしたら、タルゴン隊長のことでしょうか?」
妃はしばらく黙ったまま彼女を観察していた。
試しているように、あるいは評価し ているようにもみえた。ニーナは妃がテレパシー能力の持ち主だということを思い 出し、一層落ちつかなくなってしまっていた。

「コス提督を知ってみえますか?」
ようやく口を開いた妃は重苦しそうだった。
「はい、話だけですけど。」
「彼は見かけほどこの国を愛してはいません。わたくしの力を利用しているだけな のです。わたくしは、あの人のよこしまな野心を垣間みてしまいました。コスは皇 帝になりたいのです。たとえ、王座を血まみれにしてでも・・。わたくしには、コ スの謀反の証拠はありません。それに実際にどうやってそれを実行に移す気なのか もわかりません。わたくしが、内密にタルゴンを送り込んだのも理由はそれです。 防衛軍の隊長であり、ジョリーロジャー号の元の持ち主でもありました。彼に命 じて、コスの企みを探り出そうとしたのですが・・・。どうやら彼は失敗したようで すね。」

ニーナは今まで彼女が手に入れた情報、そしてタルゴン隊長の航海日誌のことを妃 に話した。
「コスは、ファーアームもそこに住む人々も憎んでいます。彼はこの地で発生した 革命戦争に苦い思い出があるのです。ですから王座に登り詰めるため、ファーアーム の人々を踏み台にしようとしているのです。できることならわたくしたちを破滅へ と追い込みたいのです。」
重苦しい空気が部屋全体を覆っていた。
「・・・頼めるのは、もうあなたしかいません。コスを倒してくれますね?いえ、 あなたは、もうその運命から逃れるすべはないのです。お願いです、皇帝の、いえ ファーアームの人々の為に・・・やってくださいますね?」
妃の言い方は有無を 言わさない口調だった。でないにしろ、ここまできて、ニーナはすでに後戻りはできない状態になっていた。
(やるしかないでしょうねー。)
ニーナは、事の重大さをかみしめるように、ゆっくりとうなずいた。
「あなたの勇気に感謝します。タルゴンの極秘任務を彼に代わって引き継いで下さ い。コスの邪悪な計画を暴き、その実行を阻止するのです。わたくしが、直接あな たに手を貸すことは危険すぎて無理です。コスの部下達が四六時中監視しているの です。わたくしの行動が少しでも怪しまれれば、彼らは即座にわたくしを暗殺する でしょう。」
妃は立ち上がると奥の部屋から何やら大きめの箱を持ってきた。
「これを受け取っ て下さい。あなたのお役にたてるでしょう。ビーム兵器の照準を自動的に合わせて くれる、オートレーザーです。」
ニーナは黙ってその箱を受け取った。
「タルゴン隊長は、生きているんでしょうか?もしそうなら、何か手がかりになる ような事はないでしょうか?」
「連絡が途絶えてしまった今、わたくしには分かりません。それに彼の思念波もと らえれない状態です。彼が死んでいるとは思いたくないのですが・・。でも、 もしかしたらまだ生きていないとも限りません。ですから、まず、タルゴンの行方 を調べて下さい。彼は海賊に変装し、『ライゾン』と名乗ってました。彼の任務コ ード名は『フェレット』です。よく覚えておいて下さい。このことは、わたくし とタルゴン以外は誰も知りません。」
「はい・・・。」
「通信、手紙などによる連絡は一切できません。ここへ立ち寄ることがありました ら、必ず、わたくしを尋ねて来て下さい。直接話を聞くのでしたら可能だと思いま す。ベンガーには、気のあったお友達と言っておきますので。」
「はい、公妃様、必ずまた戻ってきます。」
ニーナは妃の差し出した手を握り締め 、妃もそれに応えるかのように強く握り返してきた。
そして、ニーナは妃の静かに、が、激しく燃えている瞳を、決死の覚悟と共に見つめ返した。
「理力があなたに幸運をもたらしますように。ファーアームはあなたを必要として いるのです。あなただけが、このファーアームを救えるのです。」




<<TO BE CONTINUED>>


【Back】 【Index】 【Next】