星々の軌跡


その17・窃盗行為




ニーナは、アーマー修理のため航空母艦コスに来ていた。
以前ここへ来たとき、観光案内するからと言って、アンドロイドの案内嬢に通関手続き申請書を取り上げられてし まったニーナは、彼女が何と言ってきても無視することに決めていた。
「だいたい、あのとき、また手続きを取りなおさなきゃならなかったんだから!預かるなんて言ってお いて、知らん顔してたんだもんね。今度は私がそうしてやるんだ。」
ニーナは、結構根に持つタイプらしい。

「そう言えば・・・コスには『転換コイル』があったよね。確か、あのアンドロイ ドが、得意げに言ってた。87兆Gワットのエネルギーをチャージして、反動物質を作 る、とか。」
いろいろ考えながらぶつぶつ独り言を言っていた。

「あっ、いけない、入り口を通り過ぎちゃった。」
知らず知らずの内に、民間艇ではなく、軍用艇のデッキの方まで歩いてきてしまっていた。
急いで入り口まで戻ろうと振り返った彼女の前に、制服姿の巨大な軍人が立っていた。
彼の胸にはおびただしい勲章が下げられていて、真っ直ぐ立っていられるのが不思議なほど。
ついついニーナはじっとその勲章に見入ってしまっていた。
「用件を言いなさい。」
彼は、木製の義足を踏みならしながら大声で吠えた。
「あ・・・すみません。ちょっと、迷ってしまって・・・。」
見るからに恐そうな顔である。それにニーナどうも軍人は苦手だった。
「あの・・・」
ニーナの視線が彼の足にあることに気づいた彼は、連星間戦争でなくし たのだと話した。
連星間戦争とは、このファーアームでの革命軍と帝国間の戦争で、2303年、 革命軍の壊滅という形で終わっている。
その時の活躍を認められ、コス提督の名がこの航空母艦につけられているというわけである。
そして、その時コス提督は両足をなくしたのだ。
ニーナが思うに、どうやら彼もコス提督の崇拝者らしい。提督をすごく褒め称えるのだ が、その反対に、ファーアームの住民に対しては、憎さ100%!守ってやる必要など ないといった感じを受けた。
「ファーアームのみんなが、みんな、その残党じゃないのに。」
ニーナは彼の言い方に少し怒りを感じた。が・・彼に意見できるわけはない。
「何か言ったか?」
「あっ、いいえ。」
その鋭い視線にびくっとし、慌ててニーナは打ち消した。
あと、彼は『タルゴン隊長』なる人物のことも話してくれた。
コス提督に次ぐ軍人の中の軍人ということだった。優れた役人、パイロットでもあった彼は、公妃様 の警備隊長にまでなったのに、いつのまにか、姿を消してしまったと言うのである。
「どうしたのかしら?」
「そんなことは知らん。おっと、時間だ。」
そう言うと彼は、義足の音を大きく響かせ足早に立ち去った。
ニーナは、彼の後ろ姿を見ながら、チーシャを送り届ける前に寄ったデネブプライムで の酒場の主人の言葉を思い出していた。


「タルゴン隊長が公妃アベンスター付きの帝国警備兵を止めたらしい。」
ニーナがカウンターに座るとバーの主人はすぐ話し掛けてきた。
前に来たとき、彼女が手当たり次第、話しを聞き回っていた事を彼は覚えていたからだった。
「噂では、どうやら機密に 関する点で、公妃様と揉めて辞めたらしいんだ。いい人だったのに、惜しいことをした。」


「あの親父さんは、タルゴン隊長のファンなんだよね、きっと。誉めてたからね。後は・・ そうそう、ヒアスラ皇帝が退位するような事も言ってたっけ。マンチーに対す る処遇が手ぬるいとかで。『もっと勇気のある者を皇帝にすべきだ』と議会でも議論 している、なんてことも言ってたっけ。でも・・ちょっと待って・・・そうすると、マンチーと全面 戦争?まさか・・皇帝はもう高齢だから指揮なんかできない。となると・・・ 全軍の指揮権はコス提督にいくのよね?・・・それで、勝利を収めれば、当然・・次期皇帝に?!」
ニーナの頭の中のクロスワードパズルは、何となくだが、部分的には解けてきたようだった。
まだまだ謎の方が多いが・・・。

「とすると・・・平和を望む公妃様とは当然敵対してるってことよね?で、ここは、公妃様の敵陣ってわけか。」
立ち去った大男の軍人もマンチーと同じくらいファーアームの住民も嫌っていた。そして、それはコス提督もそ うなのだと彼は言っていた。
「そうよ!マンチーとの戦争で、ファーアームなど破壊され尽くしても、そんなことは 提督にとって問題じゃない、勝てば、自分が皇帝になれるんだ。憎いファーアームを犠 牲にして。提督にとってまさに一石二鳥!!」
ニーナは自分ながらその考えに身震いがした。
「でも・・私にどうしろって言うの?公妃様には会えないし・・・それに・・ 相手が、これじゃぁ・・・。」
ニーナはその巨大な空母を見つめなおしていた。


しばらく外で立っていたニーナだが、悪者ということだけは、はっきりした。
・・・ということで、この際『転換コイル』をいただいてしまうことにした。
以前案内してもらったから、場所は分かっていたニーナは、そこに入るドアも持ってい たキー・カードで開けてすんなり入った。
勿論時間帯は深夜。兵士による巡回が終わった直後である。
キー・カードはロスでロボクルックに会ったとき買ったものだ。勿論、バッグの中から掴みだしたってわけである。
やばい代物には違いないが、こんなに早く役立つとは思ってもみなかった。

そのフロアは巨大な発電施設。
見学の時、入り口付近のフロアの床が警報装置になっていると説明していたことを 覚えていたニーナは、チーシャから置きみやげとしてもらった警報装置探知機を作動させ、 注意深く、1歩1歩進みながら転換コイルの取り付けてある一角に近づいていった。
おそらく1歩でも間違うと警報装置がけたたましく鳴り始めるはずだ。
そうなったらもうアウト。多分これが最初で最後になるだろう。一度でも侵入者があったとなると 今のように無防備状態のままは期待できそうもなかった。
探知機は、チーシャが脱出を計るとき自分で作ったと言っていた。性能は確かなはずだとも。
「急がば回れって言うから・・・慌てない、慌てない・・・。」
前後左右を探知機で確認しながら、確実に安全地帯を進む。
「ふ〜〜・・・・」
ようやくアクセスパネルの前まで無事にたどり着いた彼女は、思わず神に感謝していた。普段は信じてはいないが。
それと探知機をくれたチーシャにも。
が、ほっと気を抜くのはまだ早い。彼女は注意深くそのアクセスパネルを外す。
勿論警報装置が仕掛けられていないことを確認してから。
パネル内は普通なら眩しすぎて何も見えない。が、以前アーセラスの ヴェーダから買ったアメーバ・コンタクトのおかげで、光の直撃は受けなかった。眩しさも さほどではない。
まさに幸運が幸運を呼ぶというそれ。ニーナはすばらしくいいアイテムに恵まれていた。
それらのうち1つでもなかったら、転換コイルの持ち出しは不可能だった。
それゆえ、立入禁止区域にしているのみで、見張りの兵士も巡回しているだけだった。
それに誰が転換コイルなんてものを盗むと言うのだろう?
彼女は中に手を入れると、より一層注意深く、それを固定しているコードなどを外し、そっと転換コイルを取り出した。
チーシャほど技術も知識もないが、一応、プリンセス・ブルー号で様々な知識、技術のレクチャーは受けていた。
船の故障の応急修理くらいできるし、コイルを外す、などということは、そう大した技術を要するものでもなく、一応スターパイロットであるニーナなら簡単にできることだ。
「さーて・・・早いとこずらかろう。」
ニーナは転換コイルを持ってきた大型バッグにしまうと、入って来たときと同様に周囲に気を巡らしながら、注意深く船まで帰った。


「案外簡単だったよね〜・・。」
無事コスを離れた船の中で、1人呟きながらニーナは今自分がしてきたことを思い出していた。
「密輸の次は、泥棒までやってしまった。でも今度はファーアームの平 和の為・・・になるよねえ・・・。」
もし考えすぎだったら・・・そう思うとあとが恐かったが、やってしまったのは仕方がない。 誰にも見つからなかったし、指紋を残すようなへまは、してこなかったつもりだ。
ニーナは「なるっきゃないか。」と改めて腹をくくった。
「帝国の輝ける法のシンボル、航空母艦コスなんだから、転換コイルのストックくらいあるでしょ。」
ニーナは勝手にそう決めつけ、今現在備蓄されている電力が消費されたとき、転換コイルをなくし十分な電 力を補充できなくなったコスが、その機能を停止して罪もない人々まで共に宇宙 の藻屑に、という考えを頭から消し去った。
「それに、軍用艦があれだけあるし、大丈夫だよね。・・・でも調査して、私がやったことがばれたら・・・・お尋ね者だね、 りっぱに!それとも、あそこの部署の人が、気づかなかったという自分のミスを隠すた めに、内緒でスペアのコイルを入れておくか・・よね?」
どうか、後者の方であるようにと祈りながら、ニーナはグリフォン星系へと向かった。





<<TO BE CONTINUED>>


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