星々の軌跡


その16・チーシャとの別れ




 シギュア星系を後にしたニーナたちは、デネブのロスに向かう前にアーマー修理のた め、一旦フリーギルドに寄ることにした。
勿論ここでもチーシャは下船はしない。


「あんちゃん、あんちゃん!」
ニーナが修理を頼み、ポートへの通路を歩いていると、 全身錆だらけのロボットが声をかけてきた。
その押し殺したような声は、明らかにやばい事らしいとわかった。
多少警戒しつつ、ニーナは黙ったまま彼を見つめる。
「しー!おいら、ロボクルックってんだ。いい話があるんだが、のらないかい、あんち ゃん?」
「さっきから『あんちゃん、あんちゃん』ってうるさいわね!何か用?」
少年扱いされるのは、いつものことである、女だと分かって馬鹿にされるよりいいと思い、いつも勝手 にさせておくニーナだが、あまりにも『あんちゃん』と連呼され頭にきていた。
「シー!まぁ・・・そんな恐い顔すんなって、兄弟。いい品物を持ってるんだぜ。」
「どんな品物?」
ニーナは膨れっ面をしながら聞いた。
「取り引きってのはこうだ。前金で100クレジット払いな。そうすればこのカバンの 中の品物を手に入れられるってわけだ。まるまるあんたのもんだよ。こいつはうまい取 り引きだぜ。どうだい兄弟?」
「100クレジットで?・・でも、何が入ってるのかわからないじゃない?がらくたなんじゃないの?」
「そんなことないって!兄弟!保証するぜ!」
信用したわけではないが、ニーナは100クレジットくらいならいいか、と思いロ ボクルックに渡した。
「そうこなくっちゃ。それでこそだぜ、兄弟。よし、カバンに手を入れて品物をつかみ な。」
彼は、持っていたぼろぼろのカバンをニーナに差し出した。
「大丈夫だって、おかしなもんは入ってりゃしないよ。」
なかなか手を入れないニーナに笑いながら彼は言った。
バッグに手を入れてみたニーナはその底にあった小さなカードを取り出した。
「偽造通関書類!」
彼は小さく叫んだ。
「運がいいねあんた。このカードがあれば、いちいち 隠さなくても密輸品をファーアームのどのベースにでも運べるぜ。」
カバンを小脇に抱えるとロボクルックはいんぎんに言った。
「お取り引きいただいてありがとうございます。さてと、監視が嗅ぎつける前にさっさとずらかるか。またな。」
彼は、ニーナがそのカードをひっくり返して裏や表を見ているうちにさっさと立ち去っ てしまった。


偽造通関書類・・・今まで真面目にこつこつと商売をしてきたニーナには、必要のないものとも感じられた。
が、チーシャのすすめで、やってみることにした。実際、ちょっとピンチだった。
ここのところ商売より情報ばかり仕入れてて、手持ちが少なくなってきていた。
密輸品はスターベースで高値で売れるとサー・エルドから聞いたのを思い出した。
そして、幸い(?)ここ、フリーギルドはその手の商品は豊富に揃っている。
ニーナは、結構高値で売れるという『偽造クレジット』(当たり前か)を買うと出港した。
本当は『アナガシック・ドラッグ』が一番儲けがあるらしいのだが、麻薬には手を出したく ない彼女だった。(でも偽造通貨も、極悪人のすることだと思うが)
他には『爆薬』もそれらに続いて儲かるらしい。
どれもスターベース以外で手に入るが、やはり、ここ、フリーギルドで買うのが一番安いという事だ。
「1回だけよ、1回だけちょっと試してみる・・・。」
やはり後ろめたさを感じるニーナは、そうこじつけた。
が・・・この手の悪事は、その最初の1回で 病みつきになるのである・・・。くわばら、くわばら・・・。


 バスルチ星系からデネブ星系へ。
まず、デネブプライム・スターベースに立ち寄り、アーマーの修理と商品をさばくことにした。そのあと、ラックスの待つロスへ 行くつもりだ。

目の前にデネブプライムが見える。
ニーナはばれやしないかとドキドキしながらドッキングした。

『デネブプライム・スターベース。積み荷、異常無し。下船を許可します。』
偽造通関許可書のおかげであまり詳しく調べられることもなく、難なくゲートを通過で きた。
「ほーーう。」
ニーナは胸をなで下ろすとすぐ、その方面のバイヤーと連絡を取ってみた。
サー・エルドの紹介状はすばらしかった。
最初は電話の向こうで、とぼけていた彼だったが、サー・エルドの紹介だと言うとすぐ会ってくれた。
そして、その紹介状が本物だと分かると喜んで取り引きしてくれたのだった。
その値段の破格な事!
あまり儲かったのでやはり後ろめたい気分に浸ってしまった。いや、罪の意識だろう。
「やっぱり、地道に商売しよう。」
そう彼女は決心した。今回は上手くいったもの のいくら通関許可書を持っていてもばれることもあるらしい。そうなると積み荷は没収 だし、恐ろしく高額の罰金を課せられるということなのだ。


そして、ずいぶん回り道してしまったが、ようやくロスに到着した。
まず、チーシャをそのまま船において、ニーナはラックスに会いに行く。
「こんにちは、ラックス。」
彼は相変わらすご主人の用事で基地中を走り回っていた。
「ああ、こんにちは、ニーナさん。・・・MAIDは見つかりました?」
ラックスは、ニーナを認めるとにこやかに、少し心配げに聞いてきた。
「そのことなのよ。」
ニーナは彼を星空が見える展望台に誘った。
「彼女は、自分で修理用のアンドロイドにリプログラミングして、私の船に隠れている のよ。」
「す、すばらしい!!」
ラックスがあまりにも大声で叫んだので、ニーナは慌てて彼の口をふさいだ。
幸い他には誰もいなかったが。
「それでは、私の元に送り届けて下さいますね。オリジナルのプログラムをリストアし ますので。」
そう言ってラックスは、あらかじめ用意しておいたらしい、アパートメン トの場所を書いた地図をニーナに渡した。
「O.K!!」
ニーナは紙を受け取るとさっそくポートに行こうと、展望台から降り始めた。
「ニーナさん、ちょっと待って下さい。」
後ろでラックスが呼び止めた。
「なあに?」
振り返るニーナにラックスは、大粒の宝石を差し出した。
「向こうの隅で光っていたのを見つけたんです。落とし物だと思いますが、ロスでは、 これくらいのディリシウムならいくらでも出ますので。」
持っていきなさい、と言うようにラックスは、ニーナの手を取るとディリシウムを握らせた。
「いいのかな?」
その美しい輝きを見ながらニーナは呟いた。
「いいですよ。他のスターベースならそうもいきませんが、ここなら少し掘れば出て来 るんですよ。誰も気にしません」
結局ニーナは、それをもらっておくことにした。

船に戻り、チーシャにラックスのことを話したニーナは、彼女をそっとそのアパートメ ントに連れていった。
するとすでに主人の用事を終えて先に来ていたラックスが、大喜びで2人を迎えてくれた。
「ああ、ありがとうございます。」
ニーナとチーシャを見た途端、彼は両手を広げて喜びを表現した。
「MAID!」
「ラックス!」
しっかりと抱き合った2人を見るニーナの瞳から、思わず涙がこぼれ落ちた。
「あなたは、私とMAIDの恩人です。私たちは分解される日まで、このご恩を決して忘れま せん。」
そして、彼はいそいそとチーシャの手を引くと、オリジナルのプログラムをリストアす るため、部屋の奥に入っていった。

これで、ニーナにとって一番重大な密輸品を無事送り届けたわけである。
すっかり、親 しくなったチーシャと別れるのは、ニーナにとって非常につらかった。
が、彼らの幸せそうな姿を見て、これでよかったのだ、と自分に言い聞かせた。
これで元に戻り、もう船の修理をしてくれる者はいない。
戦闘にはだいぶ慣れてはきたが、チーシャがいたときよりまた苦しくなるだろうし、何といっても、また1人で旅を続けなけれ ばならない。
いっそこのままラックスに送り届けないで、ずっと船に置いておこうか、 なんて事も考えたニーナだったが・・・そうしなくて良かったと2人を見なが らつくづく感じていた。
「恋の邪魔をする奴は、馬に蹴られて死んじまえ!って言うしね・・。あれだけ引かれ合ってる2人をみてたら そんな気も起きないし・・・。」

「幸せにね。」
そう言うとまた尋ねることを約束したニーナは2人と別れ、グリフォン 星系のオマス牧師に会う為、ロスを離れた。
牧師もだいたい予想している事とは言え、できれば話したくないニーナだったが、そうもいかない。
事実は事実として、きちんと話さなければ、オマス牧師はいつまでもニーナの報告を待つ事になるだろう。

グリフォンに行くために、通り道であるアークチュラス星系に繋がるマリーゲートに向 かうニーナの心が重いのは、チーシャと別れた寂しさだけではなかった。




<<TO BE CONTINUED>>


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