星々の軌跡


その13・偶然の幸運




 バスルチ星系、そこは、実験の失敗により誕生した怪物のため閉鎖となった研究所があるステーション、マイコン3と海賊の本拠地であるフリーギルド拓殖基地がある。
勿論マイコン3には行く気が無いニーナは、フリーギルドへ向かった。
いくら海賊の本拠地と言っても、ステーション内での争いは、大であれ小であれ、法によって禁じられている為、別に取って喰われりゃしないだろう、と判断した。
それに他のステーションと同様、帝国兵士が駐屯しているはずなのだから。
(でも、一応表向きは貿易商のギルドってことになってるけど、海賊だってことは分かってるのに、取り締まらないなんて、帝国も何やってんだか?)
お上のやることはさっぱり分からないニーナだった。

2月1日
スカーレット同盟に潜入しなければ。

いつものように、マリーゲートから出て自動航行に移ると、すぐニーナは航海日誌を探した。
「何よ・・たったのこれだけ?しかも、スカーレット同盟って、確かガットの海賊ギルドのことじゃない?!今から行くフリー・ギルド拓殖基地は、その本拠地なのよね。ううーん、潜入ねぇ・・・。」
自分も潜入すべきか、とも思ったニーナだが、肝心のその人の名前も分からないのでは仕方がない。
今はまだ情報収集とIDチップの受取人であるチーシャを探すことにした。


フリーギルドに着くと、やはりいろいろ聞き出すには、酒場が一番だと思ったニーナは、商品の売買を終えると、真っ直ぐそこへ向かった。

入るとすぐ、彼女は酒場の片隅で1人呑み続ける金髪のグラマーな美人に目が止まった。
ひょっとしたら海賊?と思われる胡散臭そうな男たちの中で、彼女の艶やかな出で立ちはあまりにも目立っていた。
「あんた誰よ?」
男より女の人の方が話しやすいと判断したニーナが近づいていくと、彼女はきつい口調で聞いた。
「私、ニーナ。」
「あたしは、チーシャってんだ。何か用なのかい?」
横のイスに座ったニーナをじろじろ見ている。
「あ、あなたが、チーシャさん?!よかった〜!すぐ見つかって!まさかこんなにすぐ見つかるとは思わなかったわ!」
嬉しそうにそう言うと、早速フリッチからもらったIDチップを取り出した。
「これ、フリッチさんから。」
「ああ、あんた、フリッチを知ってるんだね。」
彼女は少し警戒を解いたようだ。
「ええ。」
ニーナは彼女にIDチップを渡した。
「これを渡すように頼まれたんだけど、すっかり遅くなっちゃって。」
「まー、頼んでからずいぶん経つことは経つけど・・。でも、これでやっとIDスクランブラー・チップを手に入れれたわ。」
彼女は、お礼だと言って100クレジットをニーナに渡した。
「ありがと。」
そう言うと彼女は、再び酒をあおり始めた。
「あ、あの・・」
「何だい、もう用はないんだろ?」
彼女は、ニーナが話しかけても、それ以上答えようとはしない。ビールジョッキを次から次へと空けていくチーシャ。
その飲みっぷりにニーナは呆れて見ていた。
バーテンは心得たもので、ジョッキが1つ空になるとすぐなみなみと注いだ代わりのジョッキを持ってくる。チーシャの前のテーブルには、いつもビールが入ったジョッキが5つおいてあるというわけだ。

「おい、そこのはなたれ小僧!」
急に後ろからドスの利いた声をかけられ、ニーナは、びっくりして振り向いた。
そこには、天井につかえるかと思うくらいの大男が立っていた。いかにも海賊でござい、と言った感じで、ごつい身体に鬼のような顔をしている。
「おいチビ、お前のようなションベン臭いガキがチーシャを口説こうなんて、10年、いや、100年早ぇぜ!」
彼の後ろには、彼より少し若いやせた男がいた。
「そうそう、兄貴でも堕ちないってのによ、生意気なガキだぜ!」
「お前ぇは黙ってろい!」
大男は振り向くと怒鳴る。その途端、そのやせた男は、後ずさりして首をすくめた。
「余計な事は言うんじゃねえっ!」
「へ、へい・・。どうも・・・。」
彼は、頭をかき、ぺこぺこする。
「どきな、ぼうず!」
再びニーナの方を向くと彼女の方に近づき、チーシャとの間に入ろうとしてきた。
ニーナの襟元に大男の手が伸びてくる。
ニーナは、前方を大男にふさがれて、避けることはできそうもない。
捕まえられる!と思ったとき、チーシャがそれまで飲んでいたビールを大男の顔にぶっかけた。
−バシャッ!−
「なななな・・・」
顔に勢いよくかけられ、ビールでびしょびしょになった男は、見る見るうちに怒りで顔が赤くなっていった。
「何だよ、文句あるってんのかい?」
男を睨んだチーシャの目つきはまるで鋭利な刃物。

「分かったよ・・・行きゃーいいんだろ?行きゃー。」
しばらくにらみ合ったあと、男はそう言ってくるっと向きを変えた。
「行くぞ!」
そして苦々しくやせた男を従えると舌打ちして、他の席に移っていった。
「ふん!意気地なし。」
それを横目でちらっと見ると、チーシャは再び酒をあおり始めた。
「あ、あの・・どうもありがとうございました。」
ニーナは小声で彼女に礼を言う。
「用がないんなら早く帰んな。ここは、あんたみたいな女の子の来る所じゃないよ。幸い、女の子に見られなかったらしいけどさ。女の子と知ったら、何されるか分かったもんじゃないよ!」
チーシャは、ニーナの方も見ず、小声でぶっきらぼうに言った。
「でも、ここならいろいろ話も聞けそうだし。こういった所って賞金首も隠れやすいんじゃない?」
「あんた、賞金稼ぎかい?」
「ううん、違うわ。ただ・・もしかしたら行方をくらましているラックスの恋人の事も・・何かわかるんじゃないかって・・。」
ニーナは、独り言のように呟いた。
−ガシャーン!−
と、突然チーシャが手にしていたジョッキを落とした。彼女の身体は硬直して動かない。
そして、何事かと不思議に思っているニーナにゆっくりとその顔を向けた。
最初、彼女の表情は自分の耳を疑っているような驚きの表情だった。
そしてゆっくりと大輪のバラの様な微笑みへと変わっていき、それまでとはうって変わった口調でニーナに言った。ただし2人だけに聞こえるような小声で。
「ラックス・・・ラックスがあなたをここへよこしたのね?私の苦境をご存じなのね?ああ、彼がそばにいてくれたら・・・・。あなたは私を助けられて?」
何という偶然、何というラッキ−・・・そして、何という精巧さなのだろう!アンドロイドだとはとても思えない精巧さだった。肌は多分人工皮膚なのだろうが、本物そっくりにできている。目も口も髪も、声も全てアンドロイドなんてふうには全く見えないのである。最もその完璧なまでのプロポーション、それにその類稀な美しさ、それを思えば納得するニ−ナだった。
(いくらなんでも美人すぎるもんねー。)
「助けてあげたいけど・・でも、どうやって?」
驚きでしばらく声が出なかったニーナは、ようやく彼女に言った。
「あたしは当分姿を消していなくちゃならないのよ。船の修理用アンドロイドはいらない?リプログラミングするの。あたしにだってそれくらいはできるし、そうすれば、賞金稼ぎにも気づかれないわ、きっと。」
チーシャの目は懇願するかのようだった。
「じ、じゃぁ、こっそり船に乗り込んでいてくれない?」
「そうね、別行動を取った方がよさそうね。」
チーシャはその美しい目を一段と輝かせるとうなずいた。同性のニーナでもどきっとするような美しさ。
ニーナは彼女にジョリーロジャー号のカードキーのスペアを渡し、ポートナンバーを教えると酒場を後にした。


数時間後、ジョリーロジャー号は、ニーナとチーシャを乗せて無事フリーギルドを離れた。
「ねぇ、チーシャさん・・・。」
ニーナはコクピットで横に座るチーシャに言った。
「チーシャでいいわよ。何?」
「あの・・私、他にも行きたいところがあるんだけど・・・シギュアのトローシャルとゼッドのマイコン4へ。・・・あの・・マンチーが多いって聞いてるから・・1人じゃ行く勇気がなくって・・。」
チーシャはしばらく考えているようだった。
ニーナもそれ以上は言わず、じっとチーシャの返事を待つ。本当なら真っ直ぐデネブ星系のロスで待っているラックスの所へ行くべきなのだから。
「いいわよ。」
チーシャは決心したように、ニーナの方を向くと微笑んだ。
「故障したり、攻撃を受けて損害を被ったところの修理はあたしにまかせておいて!でも・・・」
2人で顔を見合わせて同時に言った。
「殺られないようにネ!!」
−ぶっ・・あはははは!!−
コクピットに2人の大きな笑い声が響きわたった。
なんとなく息が合いそうな2人。そして、ともすると寂しくなりがちな航海が楽しくなりそうな雰囲気だった。
(一時的にしろ、頼もしい助っ人ができたわ!)
操作パネルを操作するニーナの表情は久しぶりに明るかった。




<<TO BE CONTINUED>>


【Back】 【Index】 【Next】