星々の軌跡


その12・哲学者は肉食恐竜?!




ニーナは、さしあたっての目的地、ナーシー星系にきた。ここには、採掘ステーション『ラグランジェ』がある。鉱物の産地であるここは、農作物が極度に不足しており、ハイテク製品以外に穀物なども高値で売れる。

そして、ここのマップにもやはり航海日誌が隠されていた。

『12月22日』
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ここにはスパイがたくさんいる。
もしかしたら、気づかれたかもしれない。
何とかしなくては!

「うーん・・・自分の名前くらいどこかに書いておいてよぉ!」
またしても参考にならない内容で、まだまだ謎解きはできそうもなかった。
「スパイねー・・公妃様の部下っていうのが本当だったとしたら・・多分敵対している派閥か何かのかな?」
だとしたら、この謎解きをしてもニーナにとっては意味がない?
「うーーん・・・・下手に宮廷の勢力争いに関わらない方が無難だし、もし、その件でこの船の持ち主が行方を消したのなら、これ以上調べると私へもその危険が迫ってくるかもしれないわね。たとえ関係なくっても。」
ニーナは、一瞬背筋がぞくっとした。
プリンセルブルー号とマンチーとの事とは、別件のようにも思えた。
「・・・でも、この船を手放すわけにはいかないのよねー。」
生活の糧なのだから。このジョリー・ロジャー号がなければ何もできない。生活ができない。


ステーションに来るとニーナはまず仲買人を訪ね、手っ取り早く仕事を済ませる。
そして、ついでにシシャザーンのことを聞いてみた。
「ああ、知ってるもなにも、あんた、今ちょうどそこの酒場に呑みにきてるよ。おかげで今日は、客の入りが少ないだろうよ。」
「おかげで、って?」
「ま、見てからのお楽しみってとこだね。俺も今日は早終いするよ。『何かないか?』なんて立ち寄られたら・・・」
ニーナとの話も途中のまま、仲買人は、シャッターを下ろすと、早々自分の居住区に帰っていった。

「そんなに恐ろしいのかなぁ・・・どうしよう・・・大変な事、引き受けちゃったみたい。」
ニーナは半分後悔しながら、それでも勇気を奮い起こして酒場へと向かった。
ラグランジェの酒場はステーションの1Fにあるものの、普通の所とは異なっていた。
その四方を壁、床と天井に囲まれた部屋ではなく、ドームなのである。
常に壁で囲まれている坑夫たちが圧迫感から解放され、また、星空を見ることができることにより、気分転換になればという配慮で作られた施設だった。
が、その為その高い天井が功を奏したとでも言うのだろうか?(悪かったのかも)とにかくそのおかげでシシャザーンが立ち寄るようになったと仲買人は言った。
彼らは、ごく普通の高さでは入れないのだ。
酒場の一歩手前で一瞬躊躇したが、思い切ってニーナはドアに向かう。
−シュン!−
開いた入り口から恐るおそる覗いたニーナの目に写ったのは、満天の星空の広いドームと奥のカウンターに腰掛けている、シシャザーン。
彼(?)は何から何まで肉食恐竜そのもの。
その大きな身体は、いかにも堅そうな緑色の鱗でおおわれていて、背中から尻尾には鋭く固そうなとげが生えている。
「や・・やめようかな?」
その後ろ姿だけでも腰砕けになったニーナは、そのまま酒場を後にしようと足を後ろに運ぼうとした。
とその時、横を向いたシシャザーンの横顔が見える。
ニーナごとき一口で丸飲みできそうな程大きなその口には、剃刃のように鋭い牙が生えている!!
肉厚で真っ赤な舌。一目で相手を凍らせてしまいそうな鋭い視線。荒い息。
何故今日は客が少ないのか、何故、仲買人が早々帰ってしまったのか・・・見当はついていたものの、まさかこれほど恐ろしい姿をしているとは、予想しなかった。彼女はそこを立ち去るため、そぉっと後ずさりし始めた。

おチビさん、そんなところに立ってないで、一緒に呑まないかね?」
酒場中に響きわたる低い声に、ニーナはびくっとして後退しかけた足を止めた。そして、恐るおそる声の主、シシャザーンを見る。
彼の瞳は、一応穏やかにみえた。
 

COSMOSさんからいただきました。
いつもありがとうございます。


「あ・・あ、あの・・・・」
ドアの所でどぎまぎしているニーナを暫く見つめていたシシャザーンは、その大きな手でおいでおいでをしながら再び声をかける。
「面白そうな奴だな。私のことはボルフと呼びなさい。私はシシャザーンの哲学者だ。ここのバーはなかなかいけるシシャ・ビールを置いてるよ。」
声から判断して、やはり男性と思われた。
彼は嬉しそうにニーナに向かって、ジョッキを差し出している。
その後ろで、酒場のバーテンダーが、ジョッキを受け取るように目配せしていた。
「は、はい。あ・・ありがとうございます。じ、じゃー、お言葉に甘えて・・。」
ニーナは覚悟を決めてカウンターに近づいた。但し、彼女の顔は、蒼白だった。

「いつも1人で寂しく思ってるんですよ。いえ、1人いろいろ考えるにはいいのですが、時にはお酒の相手も欲しいと思うこともありましてね。あなたは哲学というものに興味はおありですか?」
「あ、あの哲学者なんですか?・・え、えーと、ボルフさんは?」
ニーナは、自分では到底持てないその巨大なジョッキを、カウンターの上に置いてもらうと、ビールを注いでもらった。
「そうだ、人間の愚行について学んでいるのだよ。」
『ズームアップ』イコール『恐さアップ』
ニーナは、今にもその牙で引き裂かれ、その大きな口で食べられてしまうのではないかと思い、目が離せなかった。本当ならこんな所にいたくない。が、断ればどうなるか分からなかった。恐怖でジョッキを支える手も、そして声も震えていた。
「に、人間の愚行?」
ボルフは鱗でおおわれた腹に手を当て、司祭のように厳かに言った。
「人間の歴史とは、愚かさによって営まれている。バスルチのマイコン3を見たまえ。マンチーとの不毛な小競り合い、お前達のリーダーにしても・・・・・。」
「リーダーって?」
「お前達人間のリーダー、つまり現在でいうと帝国皇帝だよ。」
「あ・・そ、そうですね。」
大局的に言えばそうだ、とニーナは納得した。
「お前さん達のリーダーは、上手く統治するには、歳をとりすぎているか、野心を持ちすぎているか、そのどちらかだ。ヒアスラとコスを見たまえ!全く愚かなことだ!」
(ヒアスラ皇帝と、コス提督?何かあったっけ?)
そんな上の人の事など全然知らないニーナは返事のしようがない。
「マンチーとの争いも、避けようと思えば、簡単に避けられるものだ。お前達2つの種は、競い合うような共通点がない。人間の不合理な恐れが、マンチーとの闘いに油を注いでいるのだ。」
「不合理な恐れ、ですか。」
(私が今、抱いているあなたへの恐れも、不合理というわけですよね。)とニーナは思わず思っていた。
(でも彼が恐くない人がいるだろうか?)とも感じていた。
「呑まないのかね?」
なかなかそのビールを口にしないニーナにボルフは言った。
「あ、はい、いただきます。」
彼女はなみなみと注がれた茶色いビールを一口呑んだ。
「・・・おいしい・・。」
意外とうまかったのである。一口、また一口とニーナは呑んでいった。
そうしているうちに、すっかり酔いが回り、何がなんだか分からなくなっていった。
ボルフの声が頭の中で響いている。何を言われているのかも分からなくなってきていた。

「もうお遊びはこのくらいにしておきなさい、おチビさん。」
その少しきつい口調で放たれたボルフの一言で、ニーナは我に返った。
そして教授に頼まれた事を思い出し、いっぺんに酔いがさめた。
(わ、私、ボルフの機嫌を損ねちゃった?・・・これじゃ教授に頼まれた言葉なんて言えない・・・恐くて・・・。」
「どうしたね、おチビさん?何か私に言いたいことがあるようだが?」
感がいいと言おうか、ボルフはニーナの落ち着きのないその様子に努めてやさしく訊ねる。
「え・・・え〜と・・・」
それでもなかなか言えなかった。その言葉がボルフの自尊心を傷つける事が分かっているのでなおさらのこと。
「それとも私には言えないとでも?」
はっきりしないニーナに、ボルフは少しきつめに言った。
どっちにしても気分を損なうらしい・・。ニーナは、迷いに迷ったあげく、ついに口にした。ぼそっとだが・・・。
「ラ、ラグビット・・・」
その途端、ボルフの目が赤々と燃え、牙をむいた口が大きく開いた。
それを見た途端、腰が抜けてしまって動けないニーナは、身体を堅くすると覚悟して目を瞑った。
「あ〜ん・・これで私の人生も終わり?ニーナのバカバカバカ!お人好し!!自分に関係ないことで・・・。」
自分を呪いながら。
「何たる侮辱!!」
確実に怒りを帯びたボルフの叫び声が辺りに響いた。
バーテンダーも恐怖に駆られ、カウンターの下へ潜り込んでしまっている。
ニーナはボルフの横でガタガタと震えながら小さくなっていた。
が、ニーナが数10分かとも感じたそのほんの数秒後、ボルフは取り戻したその落ち着いた話し方で、ニ−ナに言う。
「しかし、間違いだとは言えないだろう。それは、遙か昔、我々の種がまた知性を持たない頃の呼び名だ。・・なるほど・・チビのくせに見上げた奴だ。その勇気に免じて、責めないでいてやろう。」
なんと、ボルフは握手の手を差し伸べてきた。もしかして、手を握ると同時に、という考えが一瞬過ぎったニーナだが、とにかく、手を差し出した。
心臓が破裂しそうなほど緊張しながらのボルフの人差し指との握手・・・。
「だが、もう2度とその呼び名で呼んで欲しくはないな。現在の我々とはかけ離れている。」
「は、はい・・・す、すみません。」
小さくなって握手しているニーナを、ボルフは多少怒りを込めた視線で軽く睨み、そして、すぐ微笑んだ。
ほっとすると同時、が、完全には気が抜けないと思ったニーナは、すぐにでもその場を立ち退きたかったが、握手の後、再びボルフに薦められたビールを断れず、暫く呑み交わす羽目になった。


そして、無事デネブプライムに戻ったニーナは、すぐフェルセーン博士に会い、彼との出来事の一部始終を詳しく話し、これで論文が完成できると大喜びした博士から、ニーナはマリーの工芸品だという不思議な形のオニキスを受け取った。
それは、ファーアームの先住民、しかも何世紀前に存在し、マリーゲートを作ったと言われる幻の民族の遺産らしかった。本当かどうかは定かではないが・・・。
工芸品にはさして興味は持ち合わせてはいないが、珍しい物であることには違いない。ニーナはありがたく受け取ると船へと戻った。

「さて、今度はどこに行けばいいのかな?」
あれこれ思案しながら船内にある自室のテーブルを片づけていると、ふとその引き出しの1つにIDチップが入っているのに気づいた。
フリッチから渡されたIDチップだ。
「そういえば、これを持ってバスルチに行かなくちゃ。でも、フリーギルド拓殖基地って確か、海賊の本拠地って聞いたけど。それに・・あれからもう何ヶ月も経っているし・・もういらなくなってるかも?」
(とにかくこれも行ってみるしかないよね?)
自問自答し、ニーナはコクピットに戻ると、自動航行の目的地をバスルチに繋がっているマリーゲートにセットした。



<<TO BE CONTINUED>>


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