星々の軌跡


その9・狂人とバスルチ事件




 「無事着いた事は、着いたんだけど・・・。」
ニーナは、小惑星との衝突で受けてしまったダメージと、ワームホールでのダメージを修理すべく、まず、コスへ向かうことにした。
アークチュラス星系に常駐している帝国の威光の輝けるシンボル、ISS・コス。
先の連星間戦争でその名を馳せたコス提督の名前を持つ航空母艦である。
勿論自動操縦の間、スキャンすることも忘れてはいない。
スキャンしながら、ニーナはカロノスとグリフォンのマップに書かれていたメッセージを読み返していた。

「カロノス星系の船が遭難していた座標に隠されてたメッセージが、やっぱり最後なのよねぇ・・途中で切れてるし。この後、一体何があったのかなあ?」
2月23日
苦痛が激しすぎて思考することもできない。
公妃に警告しておかなければ・・・・・

「うーーん・・・公妃様の部下か何かかな?」

12月13日
我々の作り話は上手くいった。
彼らは、こちらが分裂したと信じている。

「こっちの方が日付が古いのよね・・。我々って誰だろう?」

−ピピピ!−
メッセージがあることを知らせるビープ音が鳴った。
「とと、いけない、見過ごすところだった!ええーと、何々?」
12月17日
戻ったら、ハウスキーパーに家賃を払うのを忘れないようにすること

何よー、これはぁ!!グリフォンのより後だけど、意味ないじゃない、こんなの!」

結局、マップの隅から隅まで探して得られたのは、このメッセージだけだった。
「期待して損したあ!」
ニーナは、膨れっ面をすると、ドスンとシートの背にもたれ、シートを倒すと仮眠すべく目を閉じた。

船が航空母艦、コスに着くと、彼女は一番に修理を依頼した。そして、コスの中で見学可能な所をガイドロボットに付いて回った。が、いくら彼女が話しかけても、兵士達は何も話さす、全く情報は得られなかった。
「全く・・一民間人だと思って馬鹿にして無視してるんだからぁ!」

そして、ニーナは、マイコン2へとやってきた。
ここで、彼女は、気の狂った男に会った。目も片方が悪いらしく、白く濁っている。
その男は、「明日シギュアの太陽が新星になる。みんな死ぬんだ。」とか笑いながら口走っている。
まともな話は全くできない。
それと『ケール』と言う名の賞金稼ぎとも会った。ニーナはもしかして、ヒアスラのバーの主人の息子を知っているのでは、と思い聞いてみたのだが、全然知らないようだった。
そこのバーの主人から、バスルチの事件のことを聞いた。
バスルチのステーション内には、ファーアームいや、もしかしたら、帝国内屈指の遺伝子工学研究室がある。
そこでの実験中に、何らかの突然変異で凶暴極まりない怪獣が生まれてしまい、それが暴れ回り、当時そこにいた人々は、全員殺されてしまい、今もって封鎖されているというのだ。
確か、1人だけ坑夫が生き残っているとコンベック・イーストの酔っぱらいからニーナは聞いたことを思い出していた。
あの時は、酔っぱらいの言うことだから、そんなに真剣に聞いてなかった彼女だったが。
「そうそう、俺も聞いたぜ、何でも酷い有り様だっていうじゃないか。」
ニーナがバーの主人と話していると、賞金稼ぎのケールが話に参加してきた。
「凶暴なんてもんじゃない、動きはすばやいし、どこかに隠れていては急に襲ってくるっていうじゃないか。とんだ化けもんを創っちまったもんだよな。そのグロテスクないでたちは、見ただけで身体が凍っちまって、動けなくなるんだってよ。襲われた奴は、酷いもんで、喰いちぎられ、引き裂かれ、跡形ないんだそうだ。まるで、ホラー映画だぜ。」
「ケールは行ったことがあるの?」
「いくら俺様でも怪物退治には行かねーよ。命が欲しいしな。」
「そういえば、コンベックの酔っぱらい・・何て言ったっけ・・・名前、思い出せないけど、とにかく、その人が、そのただ1人の生存者とは知り合いだって言ってた。確かゼッド星系にいるとか。でも『バスルチ』って言っただけで、ブルブル震えてきちがいの様になるんだって。」
「それだけ、恐ろしい目に会った、多分生き地獄だったんじゃないでしょうかね。だいたい生きて脱出できたってこと事態、奇蹟だって言われてますよ。お代わりは?」
話にばかり夢中になっていて、グラスが空になっても次の注文をしない私たちにしびれをきらせたのか、主人が言った。
「命辛々、なんとか脱出できたってとこだもんね。」
ニーナとケールがグラスを差し出すと、主人はご機嫌よくお代わりを注いだ。
「そういえば、このステーションにも1人いるけど、何かおかしい人が。あの人は、そうじゃないの?」
ニーナは主人に聞いてみた。
「ああ、彼は、いつごろだったか・・・いつのまにか住み着いたんですがね、バスルチとは関係ないようですよ。それにあれは、もう、完全に狂ってますよ。『NSB』を飲ませても駄目かもしれませんね。」
主人は、不潔なものに触りたくないとでも言うように言った。
「『NSB』って?」
「『NSB』ってのは、そのバスルチの科学者が発明した、狂人を一時的に正気に戻す薬で、えらく高くてなかなか手に入るもんじゃないんだ。」
ケールが一気にグラスを空けてしまうと言った。
「研究所がそんなふうになってしまったので、作成方法を書いたディスクも、でき上がっている現物も研究所にあるままだとか聞いてますよ。この前立ち寄ったお客さんがこぼしてました。何でも、代金を払い込んで、あとは、取りに行くだけだったとかで。船の事故ならまだしも、そんな風なので、保険会社も保険金の支払いを渋っているらしいんです。困ってるようでした。全財産をそれにつぎ込んだんだそうですよ。」
主人は、ケールのグラスにワインを注ぎながら言った。
「そいつは、痛ぇ話だな。気の毒によ。」
「取りに行ってくれた人には、『NSB』を分けてやるとか言ってましたが、そんな命知らず、ファーアーム広しと言えどもいないでしょうねぇ・・・。」
「いるかよ、そんな奴。普通の怪獣じゃないんだぜ。俺だって海賊やマンチーならいくらでも相手になってやるが・・命有っての物種だ、御免こうむるね。」
「ごちそうさま。お先。」
主人とケールの話はまだまだ続きそうだ。自分としてはもう相当呑んだニーナは、そこを離れることにした。
「毎度どうも。またお寄り下さい。」
代金を受け取ると主人はにこやかに彼女に言った。
「ああ、またな。間違ってもNSBを取ってきてあのきちがいを治してやろうなんて、仏心を起こすんじゃねーぞ。あんたは、人が良すぎるみたいだからな。あそこだけは止せよ。殺されに行くようなもんだ。お人好しも度がすぎると足下をすくわれるぜ。」
ケールは振り向きもせず、呑み続けながら、手だけ振ると言った。
「命は欲しいもんね。」
(それに、今は、それよりやらなくちゃならないことがあるから)
そう思いながら、ニーナはバーを出ると鉱石を仕入れ、デネブ星系に繋がるマリーゲートへ向かった。



<<TO BE CONTINUED>>


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