星々の軌跡


その10・門前払い




 アークチュラスからデネブに繋がるマリーゲートは両方とも星雲の中にあった。これは、宇宙空間に発生するガスと塵の雲である。ここでも腐食性のガスが充満している。
ガスや塵の固まりで船の進行が妨げられ、思い通りに進むことは、至難の業。
しかも、マリーゲートに入ると同時に必要なスピードまで加速しなければならない。
「まったく!ワームホール内だけでもアーマーが下がるってのに!!」
このマリーゲート以外で行くには、他の星系をぐるっと回らなくてはならず、日数を要する。そんなことはしていられない。
近づくマリーゲートとガスや塵の固まりに細心の注意を払いながら彼女は慎重に操作し続けた。

 その奮闘も虚しく1度目のジャンプは失敗。
が、2度目には、なんとかワームホール突入に成功、輪潜りも上々の首尾で、デネブ星系空間に出ることができた。
「ターボブースターがいるわね。」
ターボブースターがあれば、一気に加速できる。今回はその必要性をまざまざと感じた。

デネブには、アベンスター公妃の住居があり、デネブの統治基地であるスターベース『デネブプライム』と採掘ステーション『ロス』がある小惑星『ネロ』があった。
ニーナはまず、マイコン2で仕入れた鉱石を売るため、そして、もしかして、公妃とこの船の前の持ち主とは、何らかのつながりがあるのでは、と思い、それを確認するために、デネブプライムに目標をセットした。

そして、ここにも航海日誌が1つあった。

『1月3日』
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整形外科医はすばらしい腕だ。
公妃に顔を変えたことを伝えておかなければ

「やっぱり、公妃様と関係があるんだ。整形外科医って・・確かロスに腕利きの女医さんがいるって聞いたことあるけど・・彼女のことかな?」
(絶対公妃様に会うべきだ。でも、会って下さるだろうか?)

 彼女は、デネブプライムに着くとすぐ商品を降ろし、アベンスター公妃に会いに公妃の住居エリアへと足を向けた。
その入り口には、こう書かれた、提示板があった。
公妃アベンスターに拝謁を望む者は、まず、公妃付きボディーガードのベンカーに会って許可を得なければならない。

(ボディーガードねぇ・・・。)
ニーナはそう思いながら、とにかくエリアへの通路を進んだ。
非常に気さくな公妃は、自分の住居エリアにも警戒らしき警戒を布いてなかった。ただ1人ボディーガードがいるのみ。
おそらくゲートでそのボディーガードに会えるのだろうと判断したニーナは急ぎ足で進んでいた。
「そこで止まってくれ。」
ゲートの前、戦闘用のアーマーに身を包んだ大きな緑色の生き物に声をかけられる。
「公妃様とはどういうつき合いだ?」
「え?えっと・・その・・・」
ニーナがどう答えようか迷っていると、いきなりその生き物は、彼女をつまみ上げ、ゲートとは反対に放り投げた。
「ここは、お前のような者が来る所ではない。帰れ、帰れ!」
「で、でも、あの・・・・あ、あの、せめてボディーガードさんに・・」
「私がそうだ。」
じろっと睨むとニーナの相手などする気はないとでもいうように、ゲート内に入って行ってしまった。
ニーナの言葉には全く耳を貸すようすはなかった。
そして、ゲートのドアはしっかりと閉ざされ、全く開く様子はない。
「そりゃー、簡単に入らせてもらえるとは思ってなかったけど・・・せめて話だけでも聞いてくれればいいのに。・・・・きさくとは言っても、やっぱり住む世界が違うのよねー。」
仕方なく彼女は、バーへ行き空腹と喉の乾きを潤すことにした。

 「プロスク教授の発明の事は、ご存じですか?」
カウンターに座るとバーの主人がすぐニーナに話しかけた。
「今は、宇宙空間をワープできる船を造っているらしいんですが。」
「ワープって、本当の長距離ワープ?」
「そうですよ。でも、無理なんじゃないでしょうかねぇ。人間は光速を越えられないようにできてるんですよ。だいたい、あの博士は、ワームホールでの腐食を防ぐ『ヌルダンパー』の時でも、口ばかりで、未だに販売はおろか、製造だってされてないんですからね。何を飲まれますか?」
主人はどうやらプロスク博士が気に入らないらしい。
が、どうやら話好きらしく、彼は、何か情報をとバー中を聞き回っていたニーナに、海賊の事など、知っている限りの事を話してくれた。
「シーッ!それと、大きな声じゃ言えませんが、貴族がまた1人殺られたらしいですよ。ブラックハンドの仕業だってもっぱらの噂なんですが、いったいどうして、この頃こう物騒なんだか。お代わりはどうですか?」
なんだか教えてもらう代わりに呑まされているような気もしないではなかったが。
案外したたか者なのかもしれない、と彼女は思った。
「そのブラックハンドはやっぱりシギュア星系のトローシャルにあるんですか?」
彼女はお代わりを注いでもらいながら、尋ねてみる。
「そうらしいですよ。まぁ、表向きは、宗教団体ってことになってるらしいんですけどね。かかわり合いにならない方がいいですよ、じっと見つめただけで、発狂させたり、意のままに操って、殺したりするそうですから。そうそう、何光年離れていようと、その力はおよぶんだそうですよ。信じられないような事ですが・・・・おおっと、こんな事を話してること事態も、奴等には分かるらしいですよ。くわばらくわばら」
そう言って主人は口を塞ぐ仕草をすると、それ以上何も話してくれなくなってしまった。

「ふう・・・公妃様には会えそうもないし・・・どうしようか?」
「こんにちは。」
ため息をついているニーナの肩を、軽く叩いた人がいた。慌てて振り返ったそこに一人の若い女性がにこっと笑いかけた。

COSMOSさんが描いて下さいました。
いつもありがとうございます。



「私はフェルセーン博士です。」
彼女はニーナに握手の手をさしのべながら自己紹介をした。
「こ、こんにちは。ニーナです。」
ニーナも彼女と握手をしながら名前を告げる。
「私は大学でエイリアン人類学を教えています。あなたはスターパイロットですか?」
「そうです、一応。」
「もしそうなら、お願いしたいことがあるんですが。」
「なんでしょう?私にできることですか?」
「今、私は、シシャザーンという知的な巨大爬虫類の種についての研究を進めているのです。もう遥か大昔に絶えてしまったとされていたのですが、噂によると、シシャザーン・・私たちは略してとシシャ言ってますが、そのシシャが、ナーシー星系に今も生き残っているらしいのです。できればシシャを探してもらって、その行動についての実験をしてもらえないかしらと思って。」
彼女は祈るような目つきでじっとニーナを見つめている。
「シシャ・・支社・・・死者・・・なんちゃって!!」
ニーナは勝手に連想していた。
「但し、シシャはかなり乱暴な種なのですが。」
「乱暴って?まさか・・・バスルチの怪物みたいってことは?」
「いいえ、決してそのような知能のない下等動物ではありません。シシャは高度な教養を持つ知的生物なのですから。」
「調査も息詰まってるし。いいか、どうせ公妃様に会えないんだから。」
他で情報を仕入れる必要もある。と思ったニーナは、彼女の頼みを引き受けることにした。
「ありがとうございます!では、シシャを見つけたら、お酒をおごると持ちかけて下さい。そして、数杯呑んだ後、シシャを侮辱する言葉を言ってみて下さい。それは、『ラグビット』という言葉です。そして、その時の反応をよく見てきてください。細かい事まで全部。ただ、シシャの牙には十分気を付けて下さい。」
「牙?」
ニーナはぎょっとして聞いた。
「ええ、元は牙を持った爬虫類なんです。彼らの精神的進化が、私の研究の課題なのです。『ラグビット』は、彼らがまだ知能を持たなかった頃の呼び名なのです。」
ニーナと一緒に食事を取りながら、シシャなる生物に関する話を一席ぶつと、彼女は講義があるとかで、ニーナに念を押して出ていった。

「なーにが、『上手くいったら十分なお礼はしますよ。』だ。自分で行けばいいのに。でも・・・引き受けちゃった以上、するしかないよね。」
頼んでいるわりには、高飛車な感じがあり、どことなくニーナは気に入らなかった。が、今のところ、公妃に会えるつてもなく、他にすることもないので、ナーシー星系に行くことにした。
「でも、その前にロスへ行って、航海日誌に書いてあった整形外科医がロスの医師かどうか確かめないと。もしそうなら、船の持ち主の事が何か少しは分かるかもしれない。」
ニーナは、もしかしたら手がかりを得られるかもしれない、と、期待している自分を押さえきれなかった。



<<TO BE CONTINUED>>


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