星々の軌跡

 

その4・星系間ジャンプ


 

 
 ニーナはバーの主人から仲買人に紹介してもらい、早速ここでの1番の商品『スーパーコンピュータ』を仕入れると、同じ星系にあるマイコン社の第1拓殖基地、マイコン1へと向かった。
ここ、カロノス星系では海賊はほとんど壊滅し、マンチー艇も滅多に進入してこないとは言っても、絶対に遭遇しないとは限らない。このジョリー・ロジャー号の標準装備であるガーネットレーザーだけでは、心細い。今はただ、それらと出会わないことを祈りつつ、ニーナはスターベースを離れるとナビゲーションシステムの目的地にマイコン1をセットし、船は自動航行を開始した。

カロノス星系には、恒星カロノスを中心として、周回している地球型惑星もある、しかし、ニーナの手に入れたサンレーサー型スターシップは、地上に着陸する性能はない。スターベース等の宇宙基地の自動誘導によるポートへのドッキングだけである。従って当然のことながら、宇宙基地間の商取り引きしかできなかった。

拓殖基地は、スターベースとは全く異なった形をしており、真四角な輪状形の宇宙基地である。ドッキングポイントは内側にある。幸い輪の中はスターベースの支柱より広いので、ニーナは、前のような事もなく、すんなりとドッキングできた。
スターベースほどではないにしても、ここも修理や商取引など、なくてはならない生活場所であることには違いない。
また、スターベースも勿論だが、拓殖基地、または小惑星上にある採掘ステ−ションでも争いは一切禁止されている。たとえそこで、ハンターと海賊などのお尋ね者が出会ったとしても、友好状態(?)を保たなくてはならないのだ。
基地内での争いを避けるため、各基地には、帝国兵士が派遣されており、常に警備されている。
というわけで、ステーション付近で、ハンターと海賊との戦闘とか、商船と海賊との戦闘などとは、結構出くわす事がある。但し、余程自分の腕に自信がない限り、加勢するのは考えた方がいい。さっさとステーションに逃げ込んだ方がいいのだ。冷たいようだが、まだまだファーアームは、開拓中の無法地帯なのである。(帝国はそうは言っていないが)ここで生きていくためには自分の腕が頼みの綱なのだから。
幸いニーナは今の所そういった事件にも遭わず、まずまず、順調という感じで、2つのステーションを行き来して、儲けは少ないながらも、こつこつと稼いでいった。

 何回か往復し、取り引きにも慣れてきた頃、ヒアスラ・スターベースのバーの主人がもっと儲けれるように、商売の秘訣を教えてくれるかもしれない、とマイコン1に住んでいる大金持ちの商人、『サー・エルド』への紹介状を書いてくれた。ニーナは、それを持って彼を訪れてみた。

そこは、今まで、ニーナが見たこともないような立派なフロアだった。それにつけ加えて、家具のすばらしいことと言ったら、ニーナは触って少しでも傷をつけたら・・・と、どぎまぎしながら、執事に案内され奥に入って行った。
一段と豪華な部屋にいたサー・エルドは、いかにも高級そうなパイプに、これまた高級そうな葉巻をくゆらしていた。少し小太りのその中年の男は、ニーナを見るとにこやかに話しかけた。が、その狡猾そうな目に、ニーナは、少なからず不安を覚えた。
(まるでスケベ親父そのものだけど・・・大丈夫かな?)
  

COSMOSさんからいただきました。
いつもありがとうございます。


が、残念(?)ながらニーナのその手の心配は無用だった。第一、ニーナを女の子としては見ていなかったようだ。安心と共に、どうせ私は、細くて出るべき所も出てない少年体ですよ、と自棄にもなった彼女だった。
サー・エルドは、教える前に、その交換条件として、ヒアスラのオレリアン司令官への贈り物をニーナに頼んだ。つまり・・・ご機嫌取り、賄賂といったところだ。最初彼女は気が進まなかった、が、偉大なる大商人、但しこれは、本人の言うところなのだが、サー・エルドの紹介状があればカロノス星系以外でも商取引には困らない。また、足下を見られて、ごまかされるなんてこともあり得ない、と言うのだ。それに、どこで何を仕入れて、どこで売れば一番儲かるのか、教えてやるから、という事で、逆らうと恐い気もしたニーナは、結局、卿の交換条件を、受け入れることにした。
それと、どうやら、卿と会ったときのニーナの感が当たっていたらしく、裏で、密輸とともに、やはり少年少女の売買もやっているらしかった。卿は、はっきりとは言わなかったが、「自分の部下に持たせれば?」と言ったニーナに、どうやら帝国の高官の娘を巻き込んでしまったらしいことをほのめかしたのだった。オレリアン氏に睨まれてからというもの、軍の戦艦であるタイタンやクルーザーから、卿の商船(?)は徹底的にマークされ、思うように商売ができない状態が続いていたらしかった。
「じゃ、頼むよ、シャピロ君。後で報告してくれたまえ。それから、くれぐれも言っておくが、私の信頼を決して裏切るような事はないように。いいかね、頼んだよ。」
「はい。」
ニーナは値段があってないという彫像が入った木の箱を受け取ると、どうやって渡そうか、と思案しながら、そこを離れた。

高価な物を持っているというわけで、寄り道もせず、ニーナはヒアスラの帝国政務次官オフィスに来た。
(さぁ、どうやって渡そう。聞いたところによるとオレリアン氏は結構堅物だって言うし、上手く受け取ってくれるといいんだけど・・・。)
暫く考えていたニーナだったが考えていても始まらないと意を決し、オフィスへと入って行く。
「ええーい、当たって砕けろだっ!」

「こんにちは、確か、ニーナ・シャピロさん、でしたよね。何かお困りのことでも?」
氏は相変わらず紳士的だ。それに記憶力も確からしかった。
「は、はい、あの・・・実は、サー・エルドからプレゼントを預かって来たんですが・・・。」
ニーナは氏と軽く握手をすると例の彫像の入った木の箱を恐る恐る差し出した。
「なんですか、これは?賄賂のつもりですか?」
急に顔つきが少し険しくなり、その口調は今までになく厳しかった。どうやら堅物という噂は本当らしかった。
「ええと・・・その・・そう。・・じゃなくて・・・と、とんでもない!」
彼女は次にどう言うか、氏の顔色を伺いながら言葉を探した。
「これは・・え〜っと・・そ、そう!尊敬に値する司令官への、卿から心を込めた贈り物です。決してそのような後ろ暗いものではありません。」
「・・なるほど、そういうことなら彼からのプレゼントを受け取りましょう。」
しばらくじっとニーナを見ていた氏は、にこっと笑うと、木の箱を受け取りデスクに置いて紐を解いた。中からは精巧な金細工の施された彫像が出てきた。
「これは、間違いなくティスリング期の物だ。サー・エルドは芸術にすばらしい鑑賞眼をお持ちなのですね。」
そう言ってオレリアン氏はその彫像を誉めた。
ニーナは、ほっとすると共に、氏の気が変わらないうちに、と思い、お辞儀をすると氏が何か言いたげなのを無視し、オフィスを後にした。

そして、「上手く言ったら、すぐ報告してくれ。」というサー・エルドの言葉を忘れず、今回はすぐ商品を積むと再びマイコン1へと向かった。

「ああ、戻ってきてくれましたね。こちらには、君が私の頼みを上手くやりとげてくれたという情報が入っていますよ。本当にありがとう!」
サー・エルドはニーナの顔を見るなり、嬉しそうに抱きついてきた。
「い、いえ、どういたしまして。私は頼まれたことをしただけですので。」
慌てて彼女は卿を押しのけた。染みついた葉巻の香りと脂ぎった体臭がたまらなかった。
が、上機嫌な卿はそんな彼女に気分を害することもなく、イスを勧めると執事に飲み物を持ってこさせた。

卿は、約束通り、署名入りの紹介状と各ステーションでの特産物、そして高値で売れる商品と、上手くやれば『密輸』なんかも金になるということをニーナに教えた。
それと、『スティルス・ボックス』なる装置をくれた。海賊船から逃れるのに強い助けになるらしい。見ただけではどういうふうになるのかさっぱり分からなかったが、とにかくニーナは丁寧にお礼を言うと、船に戻り、さっそくその装置を船に付ける。

「さあ、これで、カロノス星系外にも行けるわ。とにかく船の装備のグレードアップの為に稼がなくっちゃ。それにここでは聞けなかった情報も入るかもしれない。」
ニーナは再びヒアスラのバーの主人に会うと、一番高値の品、スーパーコンピュータを満載し、グリフォン星系に繋がっているワームホールの『マリーゲート』に向けて発進した。


 数日後、船はグリフォン星系に繋がっているマリーゲートの座標位置で、自動航行を停止した。
マリーゲートとは、星系同士を短時間で繋ぐワームホール(ワープ効果が得られるトンネル状のホール、いわば通路のようなもの)の入り口である。
帝国の科学は、ものすごい勢いで進歩しているとはいえ、理論上はともかく、その実まだワープという航行手段は発明されていない。偶然とはいえ、宇宙歴2217年にイオンストームに遭遇したリーディング・エッジ号が、マリーゲートを発見したからこそ、現在のようにそのネットワークにより、短時間で星系間移動を可能にしたのである。それは、それまでの冷凍睡眠艇による旅行とは比べ物にならないほど、画期的な発見であった。だが、誰が、いつ、どうやってこのゲート及びワームホールを作ったのかは、今もって不明である。しかし、そんなことは、さしたる問題でもなく、人類には何の害もないという安全性を確認されてからは、どんどん利用されてきている。

六角形の巨大なシリンダーのような形のゲートが、遠くに見えた。ニーナは、コースを船の方に向いているシリンダーの口の部分へと修正し、エンジンを噴かした。近づくにつれ、そのオレンジ色に脈打つエネルギーの炎が見えてくる。そこが、ワームホールへの入り口だ。
ニーナは最後のコース修正を行うと、スピードを21m/sec以上になるように上げた。これ以下だとワームホール効果を得られず、船は、マリーゲートを素通りしてしまい、また元の宇宙空間に戻されてしまうのだ。
ワームホールは、長くて深い筒状になっている。連続した巨大な光の輪の中を進むのである。それはちょうど光でできたフラフープがいくつも連なってトンネルを作っていると言ったらよいだろうか。
自動操縦での航行は不可能であるそのホール内では、自分の目と腕だけが頼りなのである。曲がりくねったワームホールの中で船をその中心にキープするというのは、結構、技術が必要となる。スクリーンに写る光の輪をじっと見ながら、ひたすら自分の手で操縦し続けなければならない。それに加え、短時間で他の星系に行くことができるワームホールの通過には、その便利性とは裏腹に、危険性が伴っているのである。その光の輪から飛び出した場合、それまでの苦労は水の泡に帰す、つまり、入り口である、元の星系のマリーゲート付近にはじき出されてしまうのだ。又、ホール内に充満している腐食ガスが、船体のアーマーにダメージを与えるため、できる限り早く通過しなければならなかった。
操縦者の目は、アーマー残量の計器をもとらえてなければならない。
『アーマー0』、それは、船体がその腐食性ガスに侵され、ぼろぼろになった事を意味する、そして、イコール『死』を意味する。窒息死するのが早いか、身体が溶けていくのが早いか、だろう。目的の星系のゲートに出るにせよ、ジャンプ失敗して元の星系のゲートに飛ばされるにしろ、アーマー残量数は、非常に問題となるのである。
仮に、『0』にはならず、外に出た場合でも、そこで、敵が待ち受けていたとしたら・・・これは、非常に苦しい戦闘になる。
ほとんどの場合、ゲート付近には宇宙基地はないのである。相手は、待ってはくれない。修理は勿論、逃げ込むこともできず、ぼろぼろの船で戦う羽目になるのだ。
帝国の研究者は、この腐食を防ぐ『ヌル・ダンパー』を開発したらしいのだが、関税やその確実性の問題等で、まだ市販されていないのが非常に残念だった。もっともそんなものはないとさえ言われてもいるが。

 ニーナがこのグリフォン星系に繋がったマリーゲートを選んだのは、ハイテク製品が高く売れるという事だけでなく、そう言った危険性を考慮しての上だった。
カロノス星系には、2つのマリーゲートがあるのだが、自分自身で操縦して、ワームホールの通過をするのは、初めてのニーナは、短い方を選んだのだ。
星系間の距離に、ほぼ比例するように、ワームホールの長さも決まっており、グリフォンまでは、8光年、デネブまでは、なんとその2倍以上の17光年もある為なのである。

ニーナは今まで、プリンセスブルー号でのキャプテン達の操縦を思い出しながら、近づく次第に、大きくなっていくそのオレンジ色に脈打つエネルギーの炎を睨みつつ、コントロール・パネルの上で、指を踊らせ、懸命に操縦し続けていた。
「行くわよ、ロジャー!」
彼女は、今や、なくてはならない自分の相棒である、ジョリー・ロジャー号に、そして、自分に言い聞かすように呟く。
最悪の場合、『死』をもあり得るのだ。その為、かわいがってくれた、ヒアスラのバーの主人と成功を祈って乾杯をしてきた。
「ブルー号のみんな、見守っててね。親父さん、必ずまた帰ってくるからね。」
ニーナは、そう呟くと、乗員としては何度か見たその美しく、そして、恐ろしくもある、明滅し、うねっている、ワームホールの入り口、オレンジ色の炎の中心に、船を進めていった。


<<TO BE CONTINUED>>


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