Stardust Stargazer
−星屑(ほしくず) 星見人(ほしみびと)−


 
その32・艦長命令違反 
 

 「艦長・・」
イガラがイザムに何か言おうと口を開こうとしたそのとき、オープンになったままだった通信機からコクピットの通信士アカエラの声がした。
「どうした?」
その場で答えるイガラ。
「瞬間的にリカルド船の船影をレーダーが捕らえたのですが、Nスペースへ出ると同時に再びワープしたようです。」
「瞬間的に・・か?」
「はい、きびすを返すと形容したらいいでしょうか、もちろん、同時ではありませんが。」
ヨルムガドの存在を察知したわけではないはずだ、とイガラは思った。
(一見終着点に思えたこの惑星の先の思念派の痕跡を、そんなにも早く見つけたのか。
いや、それはない。思念派を感じる条件は向こうもこちらも同じはずだ。だとしたら・・・ヨルムガドの存在ではなく、クローン同志がお互いの存在を察知したか?そのクローンの反応を読み取り、とって返すようにとりもなおさずワープ航路へ逃げ込んだ・・か?)
イガラの結論は、最後のものに落ち着いた。
(オレと一勝負しようなどという危ない橋は渡らないってか?まー、賢い選択だな。リカルドという奴も案外バカじゃーなさそうだ。)
計器に繋がれているリオの脳波を確認してもらおうとミーナに言うところだったイガラは、傍にイザムがいたことを思い出し、口を噤む。
が、ミーナも同じ結論に達したらしく、目配せするとリオを確認するため奥へと入っていった。

「ど、どういうこと?次の道がリカルドにはもう分かったの?」
コクピットから入った通信内容に驚いた表情でイザムはイガラを見上げて聞く。
「いや、そうじゃないだろう。」
「ワープしたって・・・船のトレースはできるよね?」
「ワープ突入時の船の宇宙座標と移動方向で割り出せるが、ワープアウトポイントを割り出すのはかなり難しい。」
「じゃー、助けることはできないの?せっかくマイが乗ってる船と出会えたのに?」
「現状では無理だが、一端逃げたとしてもまたここへ戻っては来るだろうから、その時なら可能だろう。思念派の路はここで途切れている。先があるかないか、調査が必要なのは向こうも同じのはずだ。」
「いつ戻ってくるの?」
「さてな・・・・オレたちがいる限り、戻ってこないかもしれん。」
「そんなぁ・・・・。じゃ、じゃー、あの惑星にマイがいるかどうか、路がまだ続いているのかどうかは、いつ分かるの?リオの得意体質を通して分析するんだったよね?リオは・・何も感じないの?」
「そうだ。残念ながら、現状では判断材料がないんだ。」
「ないって・・・・でも、確かにここまでの軌跡を示していたんでしょ?なら・・マイはあの惑星にいるんじゃないの?」
「いや、そうなら、マイのいる位置までの思念派の軌跡があるはずだ。」
「じゃー、どうするの?路も分からない。リカルドの船からマイも助けられないって・・・艦長!」
「まー、そう急くな。いずれは結果がでる。」
「だけど、ぼく・・・・・」
ぎゅっと両の拳を握りしめ、イガラを見つめていたくイザムは、しばらくして悲痛な表情を残してメディカルルームから走り去っていった。


「艦長、セレスが発進したにゃ。」
「ん?」
それから数分後、惑星の周回軌道に戻ったヨルムガドのコクピットにいたイガラにフェムが報告した。
「アカエラ、即帰投させろ!」
「アイ、サー」
通信士アカエラがセレスに通信を飛ばす。
「ダメです、艦長。応答ありません。通信チャンネルは全てオフになってます。」
「艦長、探査船が一機、発進したにゃ。」
「探査船だと?格納庫の制御はどうなってるんだ?オレの船はいつからそんなずさんな管理になった?」
「特殊ケースにゃ、艦長。イザムがセレスの電磁波を通して開けた後、閉じるところをギリギリですり抜けたみたいにゃ。」
(やってくれたな、坊主。)
コクピットのクルーは、苦み走った表情のイガラの怒りを警戒しながら命令を待った。ヨルムガドで追うのか、それとも、小型機を出すのか・・・。

「後を追ったのは・・リズか?それとも?」
しばらくしてイガラが口にした言葉は、追跡命令ではなかった。
「リオよ。」
ドアが開き、入ってきたドクトル・ミーナが答えた。
「なるほど・・リオか・・・・・」
無表情のままイガラは命令を発した。
「フェム、周回軌道離脱。惑星アントローゼまでの最短航路をセットしろ!」
え?という表情が、コクピットにいた全員の顔に浮かんだ。
「イガラ?」
思わずミーナはイガラを見上げる。
「奴らは奴らの成すべき事を成す、オレはオレのすべきことをするだけだ。」
すぐ傍に立っているミーナにだけ聞こえるような小声でイガラは言った。
「フェム、復唱はどうした?聞こえなかったのか?」
「あ、でも、イザ・・・・・」
イザムの追跡は・・と言いかけながらイガラを振り向いたフェムの言葉は止まった。
そこにあったのは、イザムがいるようになってからの穏やかな視線のイガラではなく、元の殺伐とした無表情さに戻ったイガラの顔だったからである。
「アイ、サー。周回軌道離脱。惑星アントローゼへの最短航路、セット。最速ワープで向かうにゃ。」
振り向いた顔の方向を戻し、フェムは単調に命令を復唱し、コントロールパネルを操作した。
海賊船ヨルムガド。そのクルーは艦長命令には絶対服従。命令違反者はクルーにあらず。
その掟をコクピット内のクルーは、今さらながら噛みしめていた。
それはイザム、そしてリオをヨルムガドに置く最低限の条件でもあった。
そう、追撃命令が出なかっただけマシなのである。

「アカエラ」
「アイ、サー」
最近になく重い緊張がヨルムガドのコクピットを覆っていた。
「アントローゼの蒲生博士に通信。依頼済みの強化防御スクリーンの完成を急がせろ。今から受け取りにいくとな。」
「アイ、サー」
イザムの姉探索には協力する予定だった。が、自分から彼らが離れていった今、イガラは、いつ来襲があるとも限らない、戦闘民族の来訪に備えることを優先させた。

それというのも、イザムにはトップ諜報部員が着いている。実力的に、それ以上ない心強い味方であるという理由がなりたつからだった。
たとえリカルドに捕まったにしてもリオはともかく(おいおい)、本体とのことがあるから、イザムに危害を加えるようなことはあり得ない。もっともあのきかん坊さ故に、少しばかり痛い目に会わされるかもしないが・・・・といったところが、イガラに、その行動を取らせた理由でもあった。
ドクトル・ミーナとリズは・・・・おそらくその点に気づいているはずである。後のクルーは、無理としても。


そして、命令違反者の乗った2機は、リカルドの船の軌跡を追い、ワープ航行へと入っていった。



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