Stardust Stargazer
−星屑(ほしくず) 星見人(ほしみびと)−


 
その22・潜入!海賊船ヨルムガド  


 


イラスト by COSMOSさん

 

 「おい、リオ!何のそのそ調理してんだ?早くしねーとボスの機嫌がまた悪くなっちまうじゃーねーか?」
「まー、待てって。慌てる乞食はもらいが少ないっていうだろ?オレの腕を信じろって!!必ずボスにうまい!と唸らせるモンに仕上げてやるからさ!」
「遅くなった上にまずかったってことになろうものなら、おめー、宇宙に放り出されるぞ?オレは知らんからな!」
「あははっ!コック長、あんたにゃ迷惑かけねーよ。そんときゃ、オレ一人で責任を負うさ。」
「ならいいがよ?・・・おめーはまだ入ったばかりで、ボスの怖さを知らねーから、そうも言えるんだぜ?」
「不死の宇宙海賊イガラの怖さを知らねー奴なんているのか?」
「はん!直に面と向かうのと、伝え聞く怖さとはまた別物さ。地獄の閻魔様でも震え上がっちまうだろうぜ?あの怖さを知ってたら、ボスにあこがれてるから、海賊船のコックにさせてくれなんてこたぁ、まずもって言わねーぜ?」
「だけど、そう言いながら、コック長だって、やめないでここにいるだろ?」

そこは海賊船ヨルムガドの厨房。新入りのコックのリオとコック長(といっても、2人しかいないが)のハンが広い厨房で忙しげに手を動かしながら、話していた。

そう、その新入りのコックとは、誰あろう、連邦秘密諜報部員マイレリアである。
仮にも諜報部トップクラスのマイレリア。イザムやマイレリア本体のようなPCと意識を交わすという特種中の特種の能力こそないが、ことスパイ活動に必要なあらゆる技能は身につけている。変装もそのうちの一つである。そして、その人物になりきるため必要となるだろう技術、知識もまた可能な限り身につけている。
もちろん、イガラに色気仕掛けもその気になればなれないこともない。本心からでなければ絶対心は動かないというのであれば、自己暗示で本当に(?)イガラに恋をすればいい。しかし、そこでうまく海賊船へ乗り込めたとして、問題はイザムである。イザムへどう接すればいいのか困惑し、マイレリアはこの方法を取ったのである。
もちろんイガラの言ったとおり、海賊船には空席はなかった。が、そこは小細工で無理矢理空席を作らせた。

乗船手段を考えつつ海賊船との連絡船の行き来をポートでそれとなく見張っていた時、買い出しに市場へと出かけた船の調理人を見つけ、彼の後を追って、すれ違いざま、うまい具合に彼の腰をひねらせたのである。
結果、ぎっくり腰になった彼の代わりに料理をするという条件で、まんまと乗船できたのである。
ただ、一応顔見せで、イガラに紹介された時、鼻で調理人に返事をしつつ、ちらっと軽く視線を流したその顔に、嘲笑があったようにも思え、おそらくはイガラにはばれているのではないかという気もしないではなかった。
が、そのことについてイガラはどうこう言う訳でもなく、古くからいるその調理人にも軽く頷いただけで、素知らぬ顔のままだった。

宇宙時代の今日。食事は自動調理器がある。材料さえストックケースに仕込んでおけば、あとはメニューボタンを押すだけで、数秒後〜数分後には、調理されて出てくる。
が、イガラはそれを嫌い、料理人を置いていた。多少は好みに合わせ味の設定もできる自動調理器だが、やはり人間の手で作ったものとは雲泥の差がある、というのが、食事に対するイガラの変わらない考えなのである。
そして、クルーたちもまたそのイガラに賛同していた。
非常時でない限り、彼らはきちんとした調理人の手による食事を欲した。
そして、古くからいるその調理人は、彼らのその考えに満足もし、賛同もし、また、自分の腕を誇り、料理を供し続けていた。
その料理長が満足に動けないなら仕方がない。クルーはたとえ甲板掃除係だとしても、そう簡単には雇わないイガラでも、料理長の状態と自ら連れてきたその目を信用し、頷いたのである。
もっとも近代医学だけでなく、体術、気功術も身につけているドクトル・ミーナの施術で、痛めたその日に普通に動けるようにはなっていた。
が、何しろ古くからいる初老の彼には、無理がきかないことも確かだったのである。
「一人くらいコック見習い・・・そうね、見習いの腕じゃOKできないわ。ハンの腕前とまで言っては見つからないでしょうから、ハンがその腕を見込んだ調理人ならいいんじゃない?ぎっくり腰くらいすぐ治せるけど、くせになってしまうと、ハンがかわいそうよ。痛い目をするのはハンですからね。」
そう言ったドクトル・ミーナの助言もあり、すんなり、リオことマイレリアは、海賊船のクルーとなれたのである。
(え?料理の腕前?特殊秘密諜報部員のトップを軽くみないでちょうだい。あらゆる分野の技術・知識はプロ並みまでたたき上げ磨き上げているわ。でないとこの商売、やっていけないのよ?小さなミス、思わぬ穴が命取りになるのよ。)
とは、新入りコック、リオの言葉である。


「あ、あの・・・・・・」
そして船の食堂。一口料理を口に運んだイガラの反応に少しびくつきながらもハンは、小さく声を漏らす。
「いいんじゃない?ちょっと上品すぎる味付けだとも思うけど、私はこっちの方が好みだわ。イガラは・・・・いつものハンの濃さがいいでしょうけど?」
「おいしいよ、リオ!あ、ハンコック長のがまずいってんじゃないよ。コック長に負けないくらい・・・・あ・・・・そうじゃなくって・・・えっと・・・」
どう褒めていいのか、言って良いのか困り口ごもってしまったイザムに、クルー全員がどっと爆笑した。
「わかってるよ、イザム坊。まーまーと言ってもオレの腕にはまだまだだし、ここの味付けも知らねー。だが、こいつの腕と鍛え甲斐がありそうな根性が気に入って連れてきたんだ。ま、最後の仕上げはオレが見てからにするから、ここの味をこいつの腕が覚えるまで時には少しあれ?と思うこともあるかもしれんが、オレの顔をたててよろしく頼むぜ?」
イザムの頭をぽん!と軽く叩いて笑ったハンに、イザムも照れ笑いを返した。

「ま、いいだろ?おやっさんがきっちり教え込んでくれりゃ、オレとしちゃ文句は言わねー。料理に関しちゃおやっさんが長だ。」
クルー全員の沈黙の視線が注がれ、自分の意見待ちだと察したイガラは、そう言うと、再び無言で食事を口に運ぶ。

ほうっと安堵のため息を他には気づかれないよう思わずついていたその瞬間、リオは次に耳に飛び込んできたイガラの言葉に、全身に冷や水をかけられたように危機を感じた。

「しかし、一つ情報が入っていてな。その情報というのが、連邦の特殊秘密諜報部員がこの船への潜入を計画しているらしいというものなんだが・・・?」

イガラの口からその言葉が発っせられたと同時に、ガタガタ!とクルーが一斉にイスを蹴るようにして立ち上がり、その鋭い視線がリオに集中する。
そして、リオは、自分が投げかけたその疑問の言葉などまるでなかったように、黙々と食事を口に運び続けているイガラを、クルー全員の冷ややかな、且つ、突き刺す矢のような視線の中で、言葉を失って見続けていた。




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