Stardust Stargazer
−星屑(ほしくず) 星見人(ほしみびと)−


 
その17・秘密諜報員マイレリア  

イラスト by COSMOSさん

 宇宙連邦内アスノール星系第4惑星カンザミ星。
その星のあちこちに点在していた宇宙連邦連盟議会副議長、タスコ・リザイム・ドーシュの屋敷は、現在その弟が仮の当主として管理、所有している。その中の本家屋敷にその男、ザアナム・リザリオン・ドーシュ、・・マイとイザムの叔父である彼は住んでいた。

「そうか・・・そっちもクローンだったか。あ、いや、ご苦労。キミへの援助は今までと何ら変わらぬ。より一層本腰を入れて、本物のレリアを探してくれたまえ。期待しているぞ。」
友人間ではマイと呼ばれていたマイレリア。親族間ではレリアの方が通っていた。
そこはザアナムが秘密裏に設けた地下室。何人たりとも彼の同伴なく入る事は不可能な場所である。というより、その部屋のことは誰にも口外していないが・・。

−シュン!−
通信スイッチを切り、イスの背もたれに全身を寄りかけほうっとため息をついたザアナムは、不意に耳に飛び込んできた全く持って予期し得ぬ音に驚き立ち上がる。

「まさかリカルド・ビューラーの登場となるとは思わなかったわ。」
ドアが開く音がし、女性の声が部屋に響いた。
「お、お前は・・・ど、どうやってここへ入った?」
驚きながらもザアナムの右手はそっとすぐ前のデスク下にある非常ボタンに手を伸ばす。
「セキュリティーを呼ぶなら呼びなさい。でも、困るのは私じゃなくて、あなたよ、叔父様♪」
ザアナムの目の前に立っていたのは、マイレリア、彼女だった。

にっこりと笑ったマイレリア、マイにザアナムは震える声で怒鳴る。
「ど、どこから入った?それに、なぜ私が困るのだ?不法侵入したのはお前の方だろう?」
「あら?お忘れ?叔父様?」
「な、何をだ?」
「ドーシュ家の当主である父が亡くなり、イザムはまだまだ未成年。イザムが成人した暁には譲るとしても、現当主は、当然私・・そうでしょ?屋敷内から敷地に至るまで、全セキュリティーシステムは、私の意向に従うわ。例えこの屋敷内外の持ち主はあなただとデータを入れ直しても、ドーシュの当主名は変更されてないわ。」
「な、なんだと?お前はレリアのクローンじゃないか!そんなことがあっていいものか!レリアはどこにいる?私のかわいい姪は?!」
「あら・・・都合のいいように私の本体を引き出すのね。それはいいけど、叔父様?だから、セキュリティーを起動させるとセキュリティーロボットに撃たれるのはあなたということをしっかり認識してくださらないと困りますわ。」
「そんなバカな!」
非常ベルを押す直前だったその手を引くザアナム。その両手は悔しさでわなわなと震えていた。
「その証拠に、私は誰にとがめられる事も、セキュリティーに歩を拒まれる事もなくここまできたわ。」
「し、しかし・・お前は・・・」
「クローンであって本物じゃないって言いたいの?でもね、クローンだから、何もかも同じなのよ。そのくらい叔父様だってわかってらっしゃるわよね?セキュリティーチェックされる網膜にしろ、指紋にしろ、静脈にしろ、声紋にしろ・・全て一緒なのだから。それに加え、本体のマイネリアが設定していったIDコードを知ってる。彼らが私を拒絶するはずはないわ。」
「う・・・・・・」
「ねー、叔父様?私は別に本家から出て行けと言ってるんじゃないわ。それより、叔父様を買ってるのよ。イザムが無事成人するまで叔父様にドーシュ家を任せておけば間違いないって。なのに、なんの不服があって、本体を探そうとするの?」
「決まっておる!本来ならレリアが次ぐべき座なのだからな。」
「あら・・・綺麗な事を言って、この私と違い、あののほほんとしたお嬢様レリアなら、簡単に思い通りにできるからではないの?」
「レリア!言っていいことと、悪い事があるぞ!わ、私がいつ・・・」
「震える声がその証拠?・・ふふっ、叔父様も私がレリアだって認めてるじゃないの?」
「う・・・今は・・つい・・・口から出ただけだ・・・・それに、キミも同じ名前を名乗っているのだろう?」
「あら、当然でしょ?本人だもの。」
「どこがだ?!」
「全部よ♪叔父様、そう目を三角になさらないで。今日は大切なお話に来たのよ。」
「大切な?」
「ええ。」
マイレリアは、ザアナムの座る手前にあったカウチに腰掛けると、真剣な瞳で彼をじっと見つつ、にっこり微笑んだ。
「なぜ、私の・・いえ、叔父様から言うと、マイレリア本体の意思に背くようなことをするの?」
「なぜ?・・・・偽物のお前がこうして我が物顔で宇宙中を飛び回っているからだろう。」
「それのどこがいけないの?それは本体の意思なのよ。説明が十分でなかったことは謝るわ。だから、話に来たの。」
「な、何を今更・・・・」
くるっとイスごとマイレリアに背を向けたザアナムを静かに見つめ、彼女は続けた。

「確かに私はマイレリアのクローンよ。でも、本体がしたいことを、本体のみではできないことをしているだけなのよ。」
「宇宙連邦軍極秘諜報部に属することが、か?」
背を向けたままのザアナムの返答にマイレリアは頷く。
「そうよ。イザムは・・・弟は・・・・人類の未来を託されてしまった・・・まだ私たち人類が未発見のエリアを含めたこの広大な宇宙を掌握している超生命体の、サンプルとされてしまったの。」
「ほう?」
「だから、私は・・・私でいいわよね、私の考えは本体の考えだから。」
マイレリアは無言の返事を受け、そのまま続ける。
「まず一人のマイは、イザムと共に姿を隠した。その理由はあなたこそ身に持って知ってると思うわ。汚い争いに巻き込ませたくなかった。そのせいでイザムの性格を歪ませたくなかったから。あなたが私は単なるクローンでありマイレリア本人じゃないと言い張るように、通常クローン=本体ではないわ。肉体的特徴などその所見は、本体と同じでも、やはりそのうち一つの個としての自我に目覚め、別の格が形成されてしまうのが、一般的よ。でも、イザムを守る為にクローンを形成するのに、そのクローンが自分に課せられた事に反するような自我を持っては困るのよ。だから、マイレリア本体と私たちクローンは常に思念波でつながっている。普通の状態では、決して感じることもないけど、私たちに何かあれば、それは、直接本体にも届くわ。それこそ私たちが分身はしているけど、一個だという証拠よ。」
「ふん!それで?」
「イザムを守って辺境惑星に行ったマイは、形成時に母性を強調され、私は、今のこの任に着くため、精神的肉体的衝撃に強いように形成された。そのおかげで、私は、極秘裏に存在しているという軍秘密諜報機関に入れたわ。元宇宙連邦連盟議会副議長の娘という立場とドーシュのあらゆるコネを使ったことも確かだけど。でも、これも本体の計画の一環なのよ。イザムばかり守りまっすぐ育てたとしても、連邦が間違った方向に走ってしまっては身も蓋もないわ。」
「で、諜報機関中枢部にまで食い込んだ今、裏の裏まで知り尽くすことができる、ということか。必要なら手段を選ばず、連邦最高会議の決議も変える?」
「叔父様!」
キーっと音をたててマイレリアの方をむき直したザアナムは、明らかにマイレリアへの嘲笑を浮かべていた。
「大したものだ。いくらドーシュ家の名前を上手く使いこなしたとはいえ、軍諜報部、しかも極秘機関の方だ。良く入り込めたと思う。いったいどれほどお前の能力値は増幅されているのだ?」
「そこまでは・・知らないわ。」
「ふん!そうか、知らない・・か・・・・・ということは、やはり本人ではないということだ。」
はっとマイレリアは今更ながらそのことに気付き、驚く。
「まー、それでも、諜報部内でも極秘事項であるだろうイザムの事を話してくれたことに敬意を表し、一応姪と認めておこう。こうしている時も本人の思念波が疑似体験しているようでは、せっかくの仲の良い叔父姪関係にヒビが入らぬとも限らんからな。」
「叔父様・・では・・?」
「いや、しかし、いよいよもってレリアを探すことの必要性を感じた。」
「なぜ?」
「なぜ?か?・・・・だいたいその超生命体云々だか、その所在は確認できているのか?」
「いえ、まだ・・・・」
「もしも、レリアが誰かに騙され、そのような非人間的な生活を強いられているとしたら、どうだ?叔父としてかわいい姪がそんな状態にあるのは、なんとも忍びない!助け出そうとするのが身内の情というものだ。当然だろう?」
「でも、彼は危険すぎるわ。」
「彼・・ああ、リカルドか。まー、確かにやばめな性格だとも思うが。結構感も働くらしく重宝してる人物だ。」
「叔父様!」
「レリアを見つけたらここへ連れてくるように言ってある。間違いが起こる前に引き離してしまえばそれで済むだろう?私に引き合わせる前には手は出さないはずだ。それが援助の条件だしな。」
「そう簡単に全て運ぶと思ってるのですか?」
「まー、簡単に行きそうもなかったら、キミに任せよう。諜報部なら、そういう仕事は日常茶飯事だろ?」
意味ありげの笑みをうかべ、ザアナムはどかっと両足をデスクの上に置いた。
「で?奴から先ほど連絡があったんだが、イザムが海賊船に拾われたそうだぞ?まさか軍諜報部が知らぬわけあるまい?」
「もちろん、その情報は得てます。」
「いいのか?海賊だぞ?お前が良く思ってない悪の道の総元締めだぞ?いや、根元か?」
「ステーション・キオノスで人工頭脳セレスと会い、とんでもないことをしてくれたけど。」
「人工頭脳セレス?とんでもない?」
「セレスは、ハイスクール時代、ちょっと手がけたものなんだけど・・・・そのデータを掘り出してそれとなく軍設計部のファイルに挟んでおいたのよ。セレスのオペレーティングシステムは、飛びついてもいいものよ。もっとも、そのままでは実用化するのには無理があるけど。」
「ほう・・・そう言えば、レリアはそっち方面の特待生だったな。」
「そうね・・レリアは・・ね。」
「なんだ、その意気消沈した言い方は?さっきまでの元気はどうした?」
「・・・・・・本体と同じという事をあなたに理解してもらおうと思って来たのに、その反対の事をこうして思い知っているからよ。」
「ははは。ずいぶん謙虚なんだな。」
「事実は事実として受け止めるべきだわ。」
「なるほど。キミは諜報員としての有効な能力は増幅されているが、レリアの特殊能力というか、秀でた方面には疎いということか?」
「回路図を見たけどさっぱりだった事を覚えてるわ。」
「ははははは!」
さも愉快そうに大声をあげて笑うザアナムのその笑いに、マイレリアもつられるようにし苦笑する。
「で?とんでもないこととは?イザムがしたのかね?」
「簡単に言うと、レリアの隠された特性がやはりイザムにもあったということよ。」
「レリアの隠された特性?」
「機械思考との同調よ。その能力がセレスと出会った事によって開花したイザムは、自分の目の前でさらわれたレリアを助けようとセレスに乗って宇宙に飛び出し、撃破されたわ。」
「は?」
目を丸くして驚くザアナムに、マイレリアはふふっと笑った。
「大丈夫、危ない所を海賊船に転送収用されてる。」
「ふむ、とすると、その特殊能力のあるイザムを奴らは大事にする、とでも?」
「海賊船から救助するまでは、と願ってるわ。」
「そうか。・・・・まー、ともかくだ、私は私が成すべきだと判断したことをする。キミは・・・本体も含め、キミがすべきだと判断したことをするがよかろう。言っても納得せねば聞かぬところは、変わらずレリアだ。だが、かわいいその姪っ子にその過ちを諭させるのは、身内である私のすべきことだ、と私は信じている。」
「叔父様・・・では、どうしても分かってもらえないのですか?」
「首を縦に振らなかったら、私をどうにかするかね?」
「・・・・」


しばらく続いていた沈黙を破るように、マイレリアがすっと立ち上がった。
「これで失礼します。二度とこの部屋には入らないことをお約束しますわ。でも、リカルドに私本体は探し出せません。いえ、誰にも・・・。それから、先ほどの事は他言無用にお願いしますわね。」
「私とて平和な宇宙をむざむざかき乱すような事はしない。誰かさんの部下の手で闇に葬られたくもないからな。」
「・・・」
「いや、少し言い過ぎた。また会おう。今度は姪っ子と一緒に迎えてあげるよ。キミの本体とね。」


形勢逆転?やはり亀の甲より年の功?入って来た時の有利さはどこへやら。
期待していた結果を得られないまま屋敷を後にしたマイレリアの表情は固かった。



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