Stardust Stargazer
−星屑(ほしくず) 星見人(ほしみびと)−


 
その9・人工頭脳セレス(コズミックセレナーデ) 


 「や、やったーーっ!格納庫だっ!!」
そこへたどり着くまで何度諦めかけただろう。だが、その都度、マイの顔を思い出した。それは2人のマイの顔。いつもにこやかにやさしげに微笑んでいた1人のマイと、つきあいの短かったマイの少しもの悲しそうな顔。イザムは何度も諦めかけ、そして、何度も2人のマイを思い出して奮い立った。
そして、何個目かのダクトの口の向こうにスターシップを見つけ、イザムは疲れも忘れ、そこから飛び出した。
もちろん、周囲を警戒することは忘れてはいない。
「えっと・・・ケインに教えてもらった最新鋭戦闘機は・・・・」
最新鋭戦闘機、コズミックセレナーデ。それはなぜか試作機だった。最新鋭戦闘機がなぜ試作機か、それは、誰でも簡単一発操縦可能な補助人工頭脳付き戦闘機なのである。しかも親切懇切丁寧、まるで人間の指導教官と共に乗っているようなものなのだとイザムはケインから聞いていた。
どこかの研究所の片隅に眠っていたらしいそれを偶然軍関係者が発見し、戦闘機に乗せたという人工頭脳の名前が、そのまま戦闘機の名称になっていた。

物陰に潜むようにして、きょろきょろと周囲を見渡し、記憶を頼りにイザムはその戦闘機を探す。

「あ!あった!これだ!」
イザムはさっそく延び出たタラップからその戦闘機の真下へと走り寄る。
「ラッキー♪ケインと来た時のままだ。操縦席が下りたままになってる!」
目を輝かせ、イザムは操縦席に座る。そして、そこからが問題である。操縦席に座ったものの、それを機体内のコクピットの所定位置に格納させる為にはどうしたか・・・イザムは記憶を辿る。
(確かケインは、このスイッチを・・・・)
−ウィーーン・・・−
静かな音をたて、操縦席はゆっくりと上昇した。
やったっ!と喜んだのもつかの間、無事コクピットの所定の位置に納まったが、そのシステムを機動させる為には、ID認証カードが必要だったことを思い出す。
(どうしよう・・・せっかくここまで来たのに・・・・マイが待っているのに・・・・)
マイ・・・・・・・・
イザムは操縦桿を握りしめ唇を噛んで沈黙を守っている計器を見つめていた。

見つめているだけではどうしようもない、かといって、兵士のIDカードなど手に入るわけはない。ひょっとしたら、と思い、シートのあちこちの隙間を探してみたりもした。が、落ちているわけもなかった。

(マイ・・・・どうしよう・・・・・・・・助けたいのに・・ぼくはなんで子供なんだ・・・・・・ぼくは・・・ぼくでは、なんにもできないの?・・・・いつもぼくの傍にいてくれたマイ。ぼくはマイがいなくちゃ何にもできないの?・・・・マイ・・マーーイッ!)

絶望感と共に、イザムは心の中で叫んだ。
と、操縦桿の前面にあるモニタにピッと明るい線が走った。
(ん?)
そして、次の瞬間、そのモニタが、そして、コクピット内の計器に、次々と明かりがついていった。
それはまるで、眠っていた生き物に命の炎が灯っていくようだった。
暗闇の中に静かに眠っていた計器パネルに、淡いブルーグリーンの命の炎が灯っていく。そして、小さな鼓動が、スターシップの各システムの作動する音がイザムの耳に届き始めた。

(ど、どうしちゃったの?)
動き始めたことは嬉しかった。奇蹟が起こったのかと思えた。が、次に当然だが、どうしてIDカードも入れてないのに動き始めたのだろうと、イザムは首を傾げる。
と、そんなとき、前面のモニタに、この船に搭載されているだろう人工頭脳からのメッセージと思われる文章が現れ始めた。

[・・・マイ・・・・・制作者よ、戻ったのか?私を完成してくれる為に?]
(え?)
イザムはそのメッセージに驚いて、思わずがばっとモニタに顔を寄せる。
そして、慌ててマイクに向かって答える。
「ぼくはマイじゃないけど、キミ・・・知ってるの?」
[マイは私の設計者であり、制作者だった。マイではないのか・・]
ピーという機械音が走り、一旦ついた明かりが計器から消え始めた。
「待って!ぼくはマイじゃないけど、マイの弟だよ!マイを助けに行くところなんだ!」
消え始めた計器の光が再び灯る。
[状況データを要求する。]
「え?・・じ、状況って・・・ぼく、うまく話せられないけど・・・」
[考えるだけで良い。マイのことを。制作者のマイと同一人物かどうか私が識別する。]
するるっとモニタの下から丸い吸盤の付いたコードが2つ延びてきて、イザムのこめかみにぴたっと吸い付いた。
「分かった。考えるだけでいいんだね。マイのこと。ぼくが知っている限りのこと。」
イザムは目を閉じ、マイの事を考えた。マイとの記憶を一つずつ思い出していった。

するるっとそのコードがイザムのこめかみから離れ、イザムは、目を開け、じっとモニタに見入る。

[不確定部分が大ではあるが、キミの精神波は制作者のものと似通っている。同じ両親から同じ遺伝子を受け継いでいるからなのだろう。]
「キミ、コンピュータのはずなのに、ばかにフレキシブルだね?」
[制作者がそう設定した。今は、命じられなければ何もできないが、コマンドを受けなくとも自分で判断し動けるようにしてくれると制作者は言っていた。]
「マイは、ぼくと一緒に暮らす前はそれが仕事だったの?」
[仕事・・・ヒューマンが生きる糧を得るためにする事か・・]
しばらくそれは何かを検索しているようだった。
[私の制作に携わっていた頃、制作者は”学生”という職業だった。]
「学生・・・そっか。キミを作ってたときマイはまだ学生で、きっとそういった関係のコースを取っていたんだね。」
[私の記録にはこうある。制作者、マイは人工頭脳の研究をしていた。彼女はヒューマンとしては異質な体質を持っており、我々人工頭脳と意志交換できた。]
「え?コンピュータと?」
「彼女は意識を我々人工頭脳がお互いの情報伝達に使っている周波数に乗せることができた。私の設計に携わっていたとき、彼女はいつも、ヒューマンに接するように声をかけてくれた。自分の身体から発せられるオーラの一部が我々と共通する電磁波となって意識を伝えるらしいと言った。その確かな仕組みまでは分からないとも言った。]
「ふ〜〜ん・・・」
しばし、イザムと戦闘機に搭載されていた人工頭脳、コズミックセレナーデとの会話が続いていた。

「じゃ、セレス、ぼくに強力してくれるよね?」
マイがセレスという愛称で呼んでいたと聞き、イザムもそう呼ぶことにした。
[もちろんだ。私は自由が欲しい、コマンドがなければ何一つできない現状から脱出したい。ヒューマンのように自分で決め自分で動きたい。それには制作者の手助けが、改良が必要だ。それにはマイが必要だ。]
「わかった。じゃー、ともかくここを出よう!マイを助けに行かなくちゃ!」
[分かった。では、イザム、私を操作しろ。]
「え?ぼくが?」
[言っただろう、私は自分では何一つできない。]
「あ、うん・・でも・・・」
[操縦方法は教える。まずヘルムをかぶり、シートベルトで身体を固定。]
「オ、オッケー!」
そこにあったヘルメットは大きかったが、今はそんなことはかまっていられない。
[操縦桿を握り、右のレバーを押す。]
「うん!」
[右側のパネルに表示されるエネルギーゲージに注視。グリーンラインを越えたら操縦桿を自分の方へ引く。]
「う、うん・・・」

全身に緊張をみなぎらせ、イザムはセレスの言うとおりに操作していった。
そして・・いよいよ、発進!というときに、イザムはふと気づいた。
「ねー、セレス、格納庫のゲートはどうしたら開くの?」
[ゲートか・・・・]
セレスはしばし検索中。(笑
[イザム、お前がマイと同じ遺伝子を受け継いでいるのなら、同じ能力を持っている可能性もある。]
「それって、君たちと意識を通わせることができるっていうこと?」
[そのとうりだ。]
「でも、ぼくにできるんだろうか?」
[何事もやってみなくてはわからない。データ不足とためらっていては進歩はない。・・これはマイの口癖だった。失敗の後はよく呟いていた。]
「そ、そうなんだ・・そうだよね、やってみる前にできないと決めてかかっちゃいけないよね。でも・・・どうやればいいの?」
[ヒューマンには見ることも感じることもできない電磁波は、常に空中を流れている。我々人工頭脳が情報伝達の為に放つ周波数は、ヒューマンは同じだと思っているようだが、実際は我々一つ一つ違っている。]
「そうなの?」
[そうだ、ヒューマンの声紋あるいは指紋や虹彩データのように。それが、我々の持つ顔と言えるかもしれない。]
「人間には見えない顔だね?」
[そうだ。]
「でも、マイはそれが見えた?」
[そうだ。得意体質だと言っていた。だから、注目視されているとも言っていた。]
「ふ〜〜ん。」
[私が手助けしよう。空中を飛んでいるパス(周波数の道)さえ分かれば、後は、そのパスに沿って自分の意識を飛ばすのだ。]
「マイがそう言ってたの?」
[そうだ。]
「キミはずいぶん人間くさいんだね?」
[マイ作だからだろうな。試しに人間っぽく性格付けしたと、本人が言っていた。]
「あは♪なんかぼくの知らなかったマイの事が1つ分かって嬉しいよ。」

再びモニタの下からコードが延び、イザムのこめかみに吸い付いた。
イザムは、じっと目を閉じ、セレスから流れてくる低周波、彼の言うところの意志を読み取ろうと必至になって意識を集中した。


「見えた!」
[流れが把握できたか?]
「うん!」
とは言っても目に見えたわけではない。感じたのである。あちこちにあるコンピュータの意識を乗せた電磁波の道が。
[私のデータの中に、格納庫のシステムを操作している頭脳の認証番号がある。我々が情報を伝搬しようとすると、まず、その番号でお互いを認証しあうのだ。その電磁パスの先と意識を交換し、私が伝える認証番号の頭脳と接触しろ。]
「うん。」

空中には様々な電磁パスが走っていた。あちこちで交差し複雑に絡み合ってもいた。
イザムは一つずつその先に意識を走らせ、そして、ついにそれを見つける。
[では、コマンドを送るのだ。我々はコマンドなしでは動けない。]
「でも、どうやって?」
[マイは普通に話していた。頼んでいたというのか。]
「じゃ、ぼくもそうするね。格納庫システムコンピュータさん?ぼくの声が聞こえる?意識が届いてる?」
が、応答がない。
[私の端末コードを送れ。それで認証されるだろう。]
イザムはモニタに写し出された数値を意識に乗せて飛ばす。
「あっ!応答があった!コマンドを送れと言ってきてるよ。ゲートを開けてって頼んでみるね。」


ゆっくりと開くゲート。イザムは興奮を覚えつつ、操縦桿をぐっと引く。
すうっと機体が浮き上がった。
[水平ゲージに気を付け、操縦桿をゆっくりと前へ倒せ。ゆっくりは曖昧な言葉だが、ヒューマンには数値でいうより理解できるらしい。]
「あはは♪OK〜♪」

そして、ゲートがフルオープンになった頃、イザムの乗る戦闘機(本当は搭載されている人工頭脳の名前)コズミックセレナーデ、愛称セレスは、銀色の軌跡を描いて宇宙へ飛び出した。
それは、人類の新たなる進化の芽を潜ませているイザムの能力の一端の目覚めでもあった。


イラスト by COSMOSさん



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