Stardust Stargazer
−星屑(ほしくず) 星見人(ほしみびと)−


 
その8・ドクトル・ミーナ 



イラスト by COSMOSさん

 煌めく星々に装飾された宇宙空間のその1点に浮かぶ巨大なコクーン(繭)型ステーション・キオノス。スターシップが寄港可能な惑星が少ないこのエリアでは、ありとあらゆる種類の種族、そして、職種に携わる者たちで溢れている巨大なコロニーでもあった。
繭に例えられるそれは、ちょうどその繭の殻にあたる部分が生者が活動できるステーションとしての機能をそなえたエリアであり、その殻に囲まれた中央部にステーションの心臓部である制御装置、生命維持装置、そして、スターシップのポート及び格納庫、修理設備などで形成されていた。

キオノスは一応自治区として認められており、連邦軍施設もあるが、そこは決して軍直属のステーションでもなければ、どこかの星に属する施設でもない。
キオノスは、一方で軍、もう片方では、イガラのようなお尋ね者にも平等にその門戸を開けていた。とはいえ、双方がぶつからないよう、入出港できるポートは別れている。
そして、自治区法において、ステーション内での”狩り”は御法度である。それがたとえ連邦軍であろうと、例外ではない。
しかるに、ここでは、時として軍人と海賊との遭遇もままある光景として利用者には受け入れられている。

そして、その日もそんな光景がとあるカフェで見受けられた。


「ミーナ?・・・ドクトル・ミーナ?・・・ミカエラ・ルーシュ女史ではありませんか?」
「は?」
外宇宙の景色を見られるそのカフェで食事後のワインに舌鼓を打ちながら、ぼんやりとガラスに写った自分の顔を通し星々のきらめきを眺めていたミーナは、不意にかけられた声にはっとして振り向いた。
「やっぱりそうだ。ドクトル・ミーナ。とすると、当然・・・・?」
ワイングラスを片手に彼女の席に近づいてきた男は、連邦軍兵士の衣服を纏っていた。
「あら♪久しぶりね、ハーガソン准将。そうよ、いけない?」
「ははは・・・ここでは一方的な物差しは通用しないんでね、キオノスにとっては、貿易商や旅行者のみならず、我々軍もそして、お尋ね者も、平等に豊かな経済の肥やしだからね。」
「肥やしね・・・・あなたの考えも少しは柔らかくなった?」
「そうだね・・・」
座っていいかね?というハーガソンの視線に、ミーナは軽く頷く。
「連邦中央にいたときと違って、外宇宙に近くなればなるほど、一方的な善悪の考えは通用しないと、身を持って感じてる今日この頃だよ。」
「でも、海賊業がいいとはさらさら思ってないわよね?」
「まー・・・そういうことだね。」

2人はそのまま無言で、しばし窓ガラスの外の宇宙を眺めていた。

「しかし、キミがあの船に乗るとは思わなかった。」
外の景色をみたまま、ハーガソンがぽつりとつぶやいた。
「そうね、私も思ってもみなかったわ。軍にいたあの頃は。」
ちらっとそんなハーガソンに視線を流し、小さく笑ってから再びミーナは景色を見つめる。
そんなミーナに視線を移したハーガソンは小さくため息をついてから言った。
「いつまで乗っているつもりなんだ?軍医としてあのまま在籍していれば、キミの栄光と名誉は守れたのに。」
くすっと笑い、ミーナもハーガソンに視線を戻す。
「栄光?名誉?それが私に何をしてくれるというの?命じられ、許可された研究しかできない軍で、功績をあげたってつまらないわ。私は私を満足させるためにあの船に乗ったの。」
「あの男に惚れたのか?」
「まさか?」
少し目を丸くし、ミーナは声のない笑いをみせる。
「でも、そうね・・・」
そしてその笑みを苦笑に変え続けた。
「ある種、そうなのかもしれないわ。」
「ある種?」
「ええ、そうよ。彼は確かに魅力的だわ。不死と言われている身体、その正体不明さ、およそ人間とは思えないかけ離れた運動能力と即断力。その解明こそが私の仕事よ。」
「クルーになっても正体不明なのか?」
「ええ、そうよ、彼は、いつだって仮面をつけてるわ。誰にも素顔は見せない。」
「船医にでも?」
「他のクルーならいざしらず、彼は十二分に自己管理ができていてね、つけこませてはくれないわ。」
「なるほどね。それなのに傍にいるわけか?」
「見届けたいのよ。これは私の感でしかないけど・・・このまま一海賊で終わるのか、それとも、何かに化けるのか・・彼の能力、才能、全てにおいて、単なるならず者で終わるとは思えないよの。」
「どこかの海で奴といっしょにその志も半ばで死ぬことになろうとも?」
「そう。上官にあごでつかわれているよりマシよ。目的の概要も知らされないまま、命じられたまま、その歯車の一環に携わってるだけより、よほどましだわ。これは私の意思による選択だから。」
「変わらないね、キミは。」
「そうね、変わりそうもないわね、いつまでたっても。」
−チン!−
ハーガソンは、ミーナのグラスに自分のグラスを軽く合わせると、少しもの悲しそうな笑みを残して、席を離れていった。


「ハーガソンか・・確か、カシオ・ホーゴスのテロ弾圧の功績で准将になったんだったな?」
入れ替わるかのように、ハーガソンが立ち去った方向と反対方向から歩み寄ってきたイガラが、すっとミーナの前に座る。
「あら、イガラ、見てたの?やな人ね。気付いたのなら同席してくれればよかったのに。」
「元恋人同士の久しぶりの再会の場面にか?そんな野暮なことをオレがすると思ってるのか?」
「とっくの昔に、色気も素っ気もない間柄よ。」
「はははっ、そう思ってるのはドクトルだけじゃないのか?」
「そんなことより、艦長。」
「なんだ?」
ミーナにとって、本当にハーガソンのことはどうでもいい過去のことだった。
彼女は、今一番気がかりなことを話題にした。
「あの坊や、本当に軍エリアに置き去りにしてきたの?」
「はは・・何を真剣な表情になって言い出すのかと思ったら、あのガキのことか?」
「フェムーンに聞いたのよ。あなた、誰かの声に従ってあの子を助けたらしいじゃない?」
「単なる気まぐれって奴だ。別に聞こえた声に従ったわけじゃない。」
「でも、結果としてそうでしょ?」
じっと彼女はイガラの目を見つめる。
「あの子に係わるのが怖いの?」
「何を言ってるんだ、なぜオレがあんなチビがきを怖がる?」
「あの子をちらっと見た時感じたんだけど、どこかが違うのよ。」
「どこかが?」
「何か、そう、何かとてつもない運命の輪が、あの子に関連してるような気がしたの。」
「おいおい、ドクトル、いつのまに医師から、占術師になったんだ?」
「うーーん・・・気になるのよ。何か強い思念が彼を取り囲んでいるの。」
「それがオレが聞いた声か?」
「そうね、その声の持ち主かもしれないわね?」
「まったく、ドクトルはこういったことが好きだな。いっそのこと霊媒師か宣教師になった方がいいんじゃないか?」
「あら、私はそういったことを科学的に生理学的に解明したいのよ。霊媒師や宗教家じゃ、摩訶不思議な現象を素直に受け入れてしまうだけになってしまうじゃない。そんなのいやよ。」
「ははは、いやか。ドクトルは何でも自分自身で納得したいという性格だったな。だから、面識も何もないオレに、船に乗せてくれと直談判に来た。」
「そうよ。だって、近くで観察したかったんだもの。」
「ははは、観察か、ドクトルにかかっちゃ、オレも単なる観察体か?せいぜい解剖されないよう健康には気を付けるとするよ。」
「あら、たまには健康診断させてちょうだいよ♪」
「よしとくよ。生態観察目的に、おかしな機械を埋め込まれてもいけないからな。」
「害になることはしないわよ?ホントに秘密主義なんだから。」
「人のことは言えないだろ?他人の身体のデータ収集は盛んだが、自分のデータは極秘扱い。オレは見た目にも仮面そのものをつけているが、ドクトルは、自分本来の仮面をつけて、決して本心を外には出さない。」
「医師は何事にも沈着冷静に分析判断しなくちゃならないのよ。たとえ死に直面している患者を目の前にしてもね。」
「そんな場面ばかりじゃないだろ?」
「ともかく・・・・今聞きたいのはそんなことじゃなく、あの少年なのよ。気になってるわね、艦長?」
「オレじゃなく、キミがまた観察対象として捕らえたいんだろ?」
「ううん、不思議とあの子のことが気になってる艦長があくまでも観察対象よ。」
ぐいっと瞳を覗き込むように見つめてきたミーナの鋭い視線を避けるかのように、イガラは不意に立ち上がった。
「食事するんじゃないの?」
「終わったキミとじゃ、今更だろ?」
そして、珍しくいらついているオーラを発しながら、イガラはミーナの前から立ち去っていった。




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