Stardust Stargazer
−星屑(ほしくず) 星見人(ほしみびと)−


 
その6・危険分子? 

 格納庫の方角に向かっているつもりではあったが、実際、どっちに向かっているのか分からなかった。複雑に分岐している空調ダクト。頼りは、そのダクトの配置図など描いてあるわけのない、簡単なガイドマップ。
それでも、他に方法はない。イザムは、そのマップと感を頼りに進む。


「マ〜〜イ・・・マイ、どこ?」
「イザム、こっちよ♪ほら、お花がこんなに咲いてるわ♪」
「わ〜〜・・・リリィゴールドがこんなところにたくさん咲いてるなんて・・すごいや♪」
「でしょ?昨日ね、イザムがお昼寝してるときに散歩に来て見つけたの。それを見せたくて走って来ちゃったわ。走らなくてもリリィゴールドは逃げやしないのにね。」
「でも、マイのその気持ち分かるよ。すごいもん。ぼく、マイに花冠作ってあげるよ。」
「ほんと?嬉しいわ。」
「できるまでちょっとその辺回って来たら?」
「そうね、そうするわ。」


空調ダクトの中を進んでいたイザムはいつの間にか疲労のせいで眠り込み、マイと一緒に過ごしていた時の夢を見ていた。


「マイ?・・・マイレリア・リオン・ドーシュ?」
「え?」
イザムと少し離れた森の散歩道。不意に声をかけられ、マイははっとして声の主を見る。
「どなた?」
「やはりぼくなど記憶にない?」
少し悲しそうな表情をみせたその男は、マイにそっと手を差し伸べる。
「ほら、キミ、以前St.フォルセチーノ学園にいただろ?覚えてないかな?その時2週間だけだったけど教生としてキミのいたクラスの副担任をしてた・・」
「あ!もしかして、リカルド・ビューラー先生?ああ、そうだわ、その鮮やかな緑色の髪、白い肌・・そう、そうだわ。」
口に手をあて、小さく叫んだマイにその男、リカルド・ビューラーは嬉しそうに微笑んだ。
が、差し伸べた手を警戒でもしているように、体を引いてマイに避けられてしまったことで、その笑みは少し悲しげなものとなった。
「数年ぶりの再会だというのに、握手もしてくれないのかい?」
「だって・・・・」
少し申し訳なさそうな笑みを浮かべてはいたが、マイは無意識に両手を後ろに回していた。
「ああ、そうか。キミはやっぱりぼくのようなタイプは嫌い?」
「あ、あの・・・」
大げさに手を広げ、リカルドは続けた。
「教生でも先生は先生。そして自分は生徒だから、と言って、キミは上手にぼくの申し出を断ったんだよね。」
「あ、だから・・それは・・・・」
マイはどう言おうと迷った。先生と生徒だったから告白されたその時、断ったことも事実だったが、好みかそうでないかという問題の前に、生理的に合いそうもなかったからということも事実だった。
「あ、あの、今先生は何を?この星には何の用事でいらっしゃったの?」
「いや、ぼくは教職は取らなかったんだ。だから先生じゃない。」
「え?」
なんとか話題を変えようとしたマイだったが、リカルドはあくまでその話題でいきたいらしい。
「キミから断られたからね、先生と生徒じゃだめだって。」
「あ、あの・・でも・・・・」
「だから、先生じゃなきゃ、キミももう一度考えてくれると思ってさ。」
「あ・・・・」
どう言ったらいいのか、マイはひたすら困惑状態。
「気が早いと笑ってくれてもいいよ。だけど、それだけキミのことは真剣なんだと分かってもほしいな。それでね、キミから断られたその翌日、教生期間が終わったら考えてくれる?と言おうとしたんだけど・・・・キミはその日にはもう学園にいなかった。」
「・・・」
言うべき言葉が見つからず、うつむいてしまったマイの顔を、リカルドはそっと上向かせる。
「事務長や校長に聞いても教えてくれなかった。クラス担任からは、キミの生家であるドーシュ家の要請で、急遽帰省しなければならなくなったという説明はあったが、ぼくはそうは思えなかった。」
にまりと意味ありげな笑みを見せたリカルドの手を慌てて払い、マイはまた1歩後退して、距離を取る。
「どれだけ距離を置いてくれてもいいよ。ぼくを避けてくれてもいい。」
「え?」
「だって、現にキミはここにいる。ぼくの目の前に。今までのように、どこにいるのか行方も分からないわけじゃーない。」
「あ、あの・・そこまで想ってくれてるのは嬉しいわ。でも・・」
ようやくマイは男の言葉に割って入ることができた。が、それも立て板に水を流すような男の言葉にすぐ断たれてしまう。
「向こうにいるのは、キミの息子?」
「え?」
慌ててマイは振り返る。もちろんそれがイザムを指していることはわかっていた。
「違うわ、イザムは弟よ。」
「ふむ。」
あごに手をやり、マイを見つめながら、リカルドはにやっと笑う。
「じゃ、ドーシュ宗家の嫡男というわけだよな。だけど、どうしてキミがつきっきりで面倒をみてるんだ?こんな片田舎の星に、放牧と農耕の他産業と言えるものはなにもない、こんな辺境惑星にどうして2人きりでいるんだ?」
「それは・・・・」
「ドーシュ家当主、つまりキミの父親は、キミが学園から消えて少したった頃、亡くなったよね?世間にはスターシップの事故だと発表はあったけど・・・・」
マイの表情を、考えを探るように、リカルドは、彼女を顔を上目遣い覗き込む。
「キミの弟が産まれたのもちょうどその頃だろ?」
「何が言いたいの?」
キッとマイはリカルドを睨んだ。
「おいおい、そう怖い顔しなくてもいいだろ?」
両手を顔の位置まで上げ、手のひらをマイの方へ向け、リカルドは苦笑してみせた。
「今現在ドーシュ家の当主は、キミの叔父さんだったよね。普通なら当主の座は、彼のものなんだろうけど。」
「それが?」
「まー、だから、分からないこともない。キミの叔父さんにとって、彼は邪魔者でしかないからね。だから、キミは弟と2人、こんな田舎の星に隠れ住んでいる。」
(『隠れ住んでいる』・・確かにそうには違いない。理由は、本当の理由は、この人が言ってるのとは違うけど・・・でも、それもないとは言えないわ。醜い争いの渦中の人物となって、もしも、醜い部分に汚れてしまったら・・・イザムが道を違えてしまったら、人類の道も閉ざされてしまうから。イザムはここの自然のように純真で真っ直ぐでなければいけないのよ。)
「分かってるなら聞く必要もないでしょ?それで、先生・・・あ、いえ・・・えっと・・・」
「ディギでいいよ。」
「あの・・で、ディギは、この星に何をしに?」
「キミを探しに。」
「え?」
「それじゃ理由にならないかい?」
「あ・・でも、どうやって私がここにいるって知ったの?私とイザムがここにいることは、現ドーシュ家当主の叔父様でさえご存じないのに。」
「知っていれば、今頃この星には刺客がわんさと来てるだろうよ。」
「じゃー、なぜ先生は私を捜し出せたの?この星はまだ未開拓部分がほとんどで、連邦当局派遣所でも、星民を把握しきれてないのよ。移住区の住民はほんの一握りで、後は原住民がほとんどよ。」
「そうだ。そして、その移住民の名簿の中にもキミと弟の名前は載ってなかった。」
「そうよ、そのはずよ。なのに、なぜ?」
「なぜ?・・・そうだな、ここの星域は、キミの父親が、つまり、前宇宙連邦連盟議会副議長、タスコ・リザイム・ドーシュが若かりし頃、発見した星域だから・・・かな?自然を愛し、原住種族を大切に保護する彼は、ここを無闇に開拓させることを嫌い、保護自治区にした。その中の星のうちのどこかにこういった場所があっても不思議じゃないとは思わないかい?」
「それは・・・・・」
「だから、ぼくが来た。」
「え?」
「当主の座をめぐる骨肉の争いに弟を巻き込ませたくないというキミの気持ちは分かるよ。だけど、隠れてばかりいては解決しない。立ち向かわなくちゃ!」
「でも・・」
「調査隊とか探偵とか、そういったものだったら、この場所も分からなかったと思う。だけど、純粋にキミへの思いだけで探したぼくだからこそ、キミの居場所を教えてもらえたんだと思う。キミのお父さんは、異形の種族にでも分け隔て無く心を割って本当に素で接したらしいね。ここへ来るまでに出会った原住民族たちは、キミ達のことをキミのお父さんに代わって守るんだという意識が驚くほど強かった。」
「彼らには本当に助けてもらってるわ。」
「みたいだね。」
少し緊張を、顔に表れていた警戒心をほぐしたような言葉を口にしたマイに、リカルドは気を良くした。
「彼らだけじゃない。他にもキミたち姉弟に力を貸そうという人たちもいる。ぼくはそのことを知らせに・・」
そのリカルドの言葉に、マイははっとして再び警戒の色を浮かべて後ずさりする。
「誰・・か・・・に頼まれたの?・・・・・ここまで来る旅費などの援助を受けて?」
宇宙連邦のエリア内の中でも辺境の星系にあるそのまた辺境地。ここは観光ルートにもなっていない。これといった産業もない為、交易船もあまり行き来はないはずだったとマイは今更ながらに気づく。
苦学生だと聞いていたリカルドに、あのころから数年たっているとはいえ、ここまでの旅費など不可能と思われた。
(旅費?ううん・・そんな生やさしいものじゃないわ。定期船もなにもないここまで来るには、個人所有のスターシップで来ることしか・・それに、ここまで来るには『永遠の怒り』と呼ばれているイオンストームエリアとこの星を取り巻いてる小隕石エリアを抜けなくてはならないの。一般個人で所有できるスターシップでは無理だし、パイロットにしても、それなりの腕を持つ優秀な人でないと・・・・・・それらをクリアするには、旅費と呼べる金額じゃないはずよ。我がドーシュ家同等かそれ以上の財力を持つ者でなければ。)
と、そのときリカルドの背後にマイは何者かの気配を感じた。
「イザム!」
最悪のパターンを予期し、慌ててイザムの名を呼び、彼の元に駆けつけようとしたマイの手首をリカルドが捕まえる。
「放して!あなたは騙されたのよ。私たちに害を与えるつもりがないのなら、隠れてなくてもいいはずよ?そうでしょ?」
「なぜ?」
「なぜって・・・・そうでしょ?あなたは私たちを守ってくれるつもりで、誰なのか知らないけど、ここへ来る話に乗ったんでしょ?」
「いや。」
にやりと笑い、リカルドは答える。
「キミたちを、じゃない。キミをだ。」
「え?」
「キミが幼子を連れてこの辺境星系のどこかへ逃げ込んだという話を聞いたときは、ひょっとしたら子供を連れて、と思って、正直妬けた。だけど、弟だと分かってほっとした。」
「・・・それが?」
「だから、ここまで来る為の援助者が、敵だろうと味方だろうとかまっちゃいない。」
「ディギ?」
「キミは自由になるべきなんだ。」
「自由に?」
「そうだよ。弟の犠牲になる必要はないってことだよ。」
「犠牲・・・」
「我が子ならまだ妥協できるけどね、弟なら、そういうことは親の務めだろ?」
「でも、父も母もいない今は・・」
「そう、親族であるキミが保護者だよね。だけど、キミは若い。こんな辺境地に引きこもってちゃもったいないよ。」
「でも、弟には私しかいないから。」
「だから、ぼくと一緒に来た彼らに任せればいい。」
「え?」
「彼らがもり立ててくれるよ。きっとドーシュ家当主の座に・・」
「ダメっ!ダメなの!そんな争いにあの子を染まらせては・・・・・・まだ早すぎるわ!あの子の自我はまだ形成されてない、善にも悪にも染まってしまう。だから、私が必要なの。私があの子の自我が正しく形成されるまで守らなければならないの!」
「マイ、それじゃぼくが困るんだ。」
「え?」
「ぼくは彼らに約束した。キミをぼくにくれる代わりに弟は彼らに渡すと。」
「なんですって?」
「ああ、マイ。弟なんかより恋人と一緒にいた方がどんなにいいか、どんなに意義がありすばらしく、そして幸せか・・教えてあげるよ、これから、じっくりと。」
「そんなこと必要ないわ!」
マイはリカルドの手を振り切ってにらみつける。
「いつあなたが私の恋人になったの?私は・・・」
「そう、キミはぼくを嫌ってるよね・・・・」
「え?」
まるで獲物を見つめる蛇のような目のリカルドにマイは思わずぞくっとする。
「だから、この羽をもいでしまおう。子供の時、籠を嫌って飛び出したカナリアのように。」
いつまで話していてもラチがあきそうもない。イザムの事も気がかりだった。いい加減リカルドとの話は見切ってイザムのところへ走っていこうと思ったマイの両手をリカルドは力任せで捕まえる。
「ディギ?」
と同時に数人の黒い影がリカルドの背後から走り出、イザムの方へ向かった。
「イザム!イザム、逃げて!」


何がそこでマイの身に起こっていたのかイザムには分からなかった。が、駆け寄ってくる数人の黒い服の男達とマイの悲鳴のような声にただならぬ危機を察し、イザムは反射的に走り始めた。

そして、万が一のときの為にと示し合わせていた迷路のように茂った藪に走り込み、その時落ち合う約束の洞窟へとイザムは駆け続けた。息がきれ、立ち止まりたい衝動を必至で抑え、残してきたマイの身を心配しつつ、イザムはただひたすらマイとの約束を守って走りし続けた。



イラスト by COSMOSさん



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