### その2・砕け散った幸せ ###

 「おぎゃー、おぎゃー・・・・」
「う、産まれたか?」
産屋の前で今かいまかと心配しつつ待っていた時の族長のカイザは、目を輝かせて勢いよく扉を開ける。
「おめでとうございます、姫様です。」
「おおーーー!なんとかわいらしい姫だ。」
使用人の女が抱いてきた赤ん坊をそっと抱き、カイザは喜んだ。
族長が妃を迎えて10年、ようやく生まれた後継者に、その日一族は湧き上がり、族長の館の前の広場は自然と集まったきた人々で賑わっていた。どこの家でもそれを祝い、夜遅くまでその喜びは続いていた。


ローガリア大陸南西部に位置する山脈地帯、その山間にある小さな国、スパルキア。国と呼ぶにはあまりにも小さく、一族は長を中心とした1つの村に住んでいた。それほど小さいのになぜ他の国に吸収されないのか、それはその場所が奥深く、容易にたどり着けなかったこともあるが、一族の持つ不思議な力を恐れる為とも言えた。山間部だというのに毎年食料は豊かに実り、何不自由なく暮らしていけるのは、彼らが自然と語らい、そのおかげで恵みをもたらしているからだと噂された。そして、長の直系には未来を予知する力を有した者が多かった。災害を予知し前もってその対処をしていく。族長と民との間には絶対の信頼ができていた。

大陸のあちこちで、理想郷とも噂されたスパルキアは、羨望の的でもあり、そして恐れでもあった。彼らの意を害すれば、何が災いしてくるかわからない。国土拡大を図り小競り合いを繰り返していた諸国も手を延ばしたくとも延ばせない、一族はそんな特殊な民として、時々商人が立ち寄るくらいの小さな国として静かにそこに息づいていた。


茶系の髪と瞳の一族の中、族長の直系だけは見事な黒髪と黒い瞳を持っていた。生まれた姫も見事な黒髪だった。が、その瞳はなぜか灰色だった。
「なに、気にする必要などなにもない。おそらく精霊のいたずらであろう。姫があまりにもかわいいので水の精霊あたりがちょっといたずらしたに違いない。」
だから色が薄くなったとでもいいたそうに、カイザは目を細めて赤ん坊を見つめていた。
「「おお!なんと!光を反射して黄金色に輝いておる。まるで宝石のようだ。」
カイザは愛しい我が子にすっかり心を奪われていた。
「水の精霊・・・そうだな、では、セクァヌと名づけよう。」

族長夫婦と一族の愛を一身に受け、セクァヌと名づけられたその少女は、すくすくと育っていった。

姫の7歳の誕生日。その日も例年同様一族をあげての祝いが開かれ、一族は姫の成長と国の平穏を祈り、夜遅くまでいたるところで祝宴が続いていた。
が、その祝いの日、黒い影は、背後からそっと忍び寄ってきていた。

「む?」
祝宴も終わり、深い眠りについていた深夜、カイザは何かよからぬ気配を感じて目を開ける。
「だれかおるのか?」
−グシュッ!−
起き上がったと同時だった。黒い影が王の懐へ飛び込み、手にしていた鋭い切っ先がカイザの身体を貫通した。
−ズン!−
カイザの声とベッドの軋みで目を開けたカイザの妻、イリーナもその瞬時に胸に剣を沈められ息を引き取る。

「どうしたの?」
おかしな気配を感じたセクァヌ付の世話係がまだ完全に目覚めていないセクァヌに急ぎ上着を羽織らせる。
「まだ真っ暗よ。私眠い・・・・」
目をこすっているセクァヌの手をひいてそっとバルコニーへ出る。
−カチャ−
何者かがドアノブを回した音がした。
いつもならカギはかかってはいない。が、おかしいと感じた彼女はセクァヌを起こす前にかけていた。
−ガチャガチャガチャ−
ノブを回す音が大きく激しくなる。
「姫様、早く!」
その気配に幼いセクァヌもよからぬ事を感じ、世話係に急かされるまま慌ててバルコニーから屋敷の外へと出る。

「いたぞ!あそこだ!」
暗闇の中、男の声が響く。
「姫様、こちらへ!」
−ザザザザザ−
道のない草むらを恐怖に染まりながら、必死の思いで世話係の女、マーサに引かれセクァヌは走る。
「あっ!」
あちこちで、行く手を挟まれ、遮二無二走りつづけて出たところは、断崖絶壁。下に流れる川はここ数日続いた雨で増水し、ものすごい勢いで流れていた。
「・・姫・・様・・・」
「マーサ・・」
せがみつくセクァヌを背に、前方の暗闇を睨んで、マーサは死を覚悟で短剣を構える。
確かに人の気配がしていた。その殺気だった気配にマーサも幼いセクァヌに身震いする。今にも斬りかかってきそうな気配。
その攻撃は、どこからくるのか、いつくるのか・・・全身から汗が吹き出し、息をするのも苦しいくらい緊張していた。
−ザッ!−
突然、草むらから黒い影が飛び出してきた。
−ブン!−
慌てて振ったマーサの剣は空をきったのみ。そして、その代償としてマーサの身体を鋭い剣の刃が走る。
「ぎゃー!」
「あ・・・・・・」
目の前で血を吹き出して倒れるマーサに恐怖しながら、セクァヌは思わず逃げようと後ろを向く。と同時に首筋の辺りから背中へと激痛が走る。
「きゃぁっーーーー!」
剣を背中に受けバランスを崩したセクァヌは、恐怖と激痛の中、川の濁流の中へと落ちていった。 

 

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