### その1・銀の姫 ###

 「使者殿、では、こちらへ。」
「はっ。」
小国、レイガラントの使者イルバは同じ小国、いや、もはや国は潰えてしまっているにもかかわらず、現在急激にその力をつけつつあるスパルキア軍の陣営を訪れていた。勿論現在のスパルキアの族長、軍を率いている姫に会う為である。

「姫は目が極度に光に弱いゆえ、陽を遮った場所での目通り、使者殿には無礼かと存じますが、どうかご理解を。」
「いえ、それはすでに承知しております。」
夜、月明かりの下、月の光を弾き銀色に輝く瞳と髪の少女、という噂を耳にしていた。陽の光を受ければ黄金色に輝くその瞳は、その陽の光に弱いとも。
そうは言ったものの、案内されたそのテントは幾重にも張られたその中であり、夜か?と思えるほどの暗さだった。

「うっ・・」
奥へ案内され、入口である垂れ幕を開けて中へ1歩入った途端、イルバは小さく叫ぶと立ち止まった。
正面には明かりに照らされた一人の少女がイスに座っていた。
少女の両側にランプの火が燃えている。時として青く、そして時として黄色に踊るその炎に照らされ、少女の銀の髪と銀色に光を弾く灰色の瞳は、青銀に、時として、金色にその輝きを放つ。
「こ、これが、噂に名高いスパルキアの銀の姫?」

少女に初めて逢う者は、誰しも最初のこの対面で呑まれてしまう。まるで心の底まで見透かしているかのような鋭くそして激しい炎を秘めた視線。そして、10かそこらにしか見えないその少女のものとは思えないほどの威圧感。
ゆらめく炎と共にその光を弾いて輝く瞳と髪、その光景は不思議な余韻を醸し出し、誰しもそれに圧倒され、呑みこまれる。

もっともだからこそ、スパルキア側はこの効果を狙っているとも言えた。ランプに注す油は数種類あり、時折換えられるそれにより、炎の色も様々だった。そして姫の銀の髪と瞳はその都度、弾くその輝きの色を変え、逢う者の目を釘付けにし、圧倒させてしまう。

「使者殿?」
「あ・・し、失礼致しました。」
姫の横に立つ側近に声をかけられ、イルバは汗をかきながら、1歩歩み出、その場に膝を折ると丁寧に礼をとる。
「私はレイガラントの使者、イルバと申します。我がレイガラント国王からの親書を預かって参りました。」
イルバの差し出した書簡は、供の者によって姫に渡される。
彼女の視線が自分から書簡に向けられ、思わずイルバはほうっと深く息を吸っていた。それは彼も例外なく彼女の視線の中で、息をするのも躊躇われるほど緊張してしまっていたからである。
少しほっとしながら、イルバは書簡を読みつつ横にいる側近と時々相談する彼女に見入っていた。

「して、使者殿、ここに書かれている食料と兵力の援助の見返りについて、レイガラント王はなんと?」
突如、りんと響いた姫の声にイルバはびくっとする。そして、再び自分に向けられたその視線にどっと汗が吹き出る。声色こそ確かにそうだが、その口調と響きはとても少女のものとは思えなかった。
「は・・・それにつきましては・・・」
思わず次の言葉を飲み込み、イルバは顎に伝わった汗を手で拭きつつ答えた。
「ガートランドに占拠されたわが国の街の解放と・・」
再びイルバは言葉を切る。この先を言っていいものかどうか躊躇っていた。この先の条件がある為、わざと親書にはしたためてなかった。
「と?」
が、使者である自分にその権利はない。イルバはごくん!と唾を飲み込むとその条件を口にした。
「王には御歳18歳になられる王子がおりまして・・あ、いえ、結論は急がずとも、街の解放後、まずは城へお立ちよりいただき、しばらくゆっくりと養生していただければ、との事でございました。」
最後の方は早口になってしまっていた。
「なるほど。」
にこりと口元を上げた彼女の笑顔に、イルバはますます動揺し、それ以上顔を上げていることが恐ろしいとも感じてきていた。
「で、援助はその後ということか?」
「い、いえ、自国の街の解放がまず第一の目的。それではこちらの面目がたちません。故に、しかるべく地点での合流ということになっております。」
ひざまずき、下を向いて答えていても彼女のその鋭い視線を全身に感じていた。一言でも嘘を言えばたちどころに見破られてしまう。そんな恐れを感じていた。

「使者殿。」
「ははっ!」
「顔を上げられよ。」
「はっ!」
イルバは彼女のその言葉に恐るおそる顔を上げる。
彼女は横にいる側近と二言三言小声で話すと、笑顔をイルバに向け言った。その笑顔に先ほどまでの鋭い視線はなくなっていた。
「スパルキアはレイガラント王の申し出を喜んでお受け致します。ですが、一つだけお断りしておきたいことがあります。」
「は?なんでしょう?」
さきほどまでの視線がなくなったのにはほっとしたものの、今度はその微笑に魅了されていた。穏やかな安らぎを感じさせる微笑に心を奪われる。
「私にはすでに心に決めた人がおります。」
「は?」
「姫!」
側近がそんなことまで言う必要はないといった口調で彼女をたしなめる。が、彼女はふふっと軽く笑って気にもかけない。
「あ・・・あ、あの、王もはっきりとそれを条件としたわけではなく、そ、それ故、あまり深く気にとめられる必要もないか・・・と・・。」
(ま、まだ10やそこらなのにか?)とも(この姫にそこまで言わせるのは、いったいどんな奴なんだ?)とも思いつつ、イルバは焦りながら答えていた。
「承知しました。それでは、詳しい打ち合わせは、シャムフェスとしていただくということで、私はこれで。」
「ははっ。」
深々と礼をとるイルバの前、彼女はゆっくりと立ち去っていった。


「アレク!」
テントから出た彼女は少し離れた所を歩く一人の兵士を目ざとく見つけると走り寄っていく。
肩まであるウェーブのかかった茶色の髪と茶色の瞳、彫の深い整った顔立ちの2mほどもあろうかと思われるがっしりとしたその兵士は、彼女を軽く抱き上げ、肩に座らせると同時に光に弱い彼女の目を気遣い、日よけのベールを頭にかぶらせる。
もっとも普段閉じていることが癖になっている彼女の両目はテントを出ると同時にすでに閉じられてはいた。
「終わったのか?」
「ええ。」
「他には?」
「今のところ予定はないわ。」
「そうか。」
「だから、ね、アレク。」
「仕方ない・・・約束だったからな。」
「ふふっ♪」
進軍してきたその土地で、その男、アレクシードが見つけた見晴らしのいい高台、光に目が弱いくせにそういった場所が好きな彼女のために見つけた場所に案内する約束がしてあった。


「ねー、アレク・・」
「なんだ?」
「私っていつになったらアレクに見合った女の子になれるのかしら?」
「はん?」
その下に駐屯地が見渡せる丘。その丘で温かい日差しの中、大木にもたれ彼女を膝に乗せて目を閉じていた男は、思いもかけないことをいきなり言われ、目を丸くする。
「う〜〜〜〜ん・・・・・・・ま、そのうちな。」
自分の顎に手をそえて、一応考える格好をしてからアレクシードは答える。
「そのうちってどのうち?」
くるっとアレクシードの方に向き直って彼女は真剣な眼差しで聞く。といっても閉じられている為、実際には瞳は見えない。が、アレクシードにはまぶたの下の瞳が手にとるように分かっている。激しさを秘めた灰色の瞳が。
彼女にしてみれば、それまでさして気にとめなかったことなのだが、レイガラントの使者との一件で気になってしまっていた。彼女はまだ12歳。アレクシードは25歳。その歳の差で、今の彼女の年齢ではどうみても恋人同士には見えない。
「そうだな・・・少なくとも膝の上で昼寝しようなどとは思わないようになったら・・・かな?」
「ええ〜?そうなの?」
慌てて膝から下りる彼女に、アレクシードはからかうように言う。
「下りればいいってもんじゃないぞ。」
コツン!とすぐ横に立った彼女の額を軽く小突いて、アレクシードは微笑む。
「だってー・・」
口を尖らせて文句を言う。
「そんな顔をオレに見せるようじゃ、まだまだだな。はっはっはっ!」
それはガキの顔だ。好きな男の前でするような顔じゃない、と言っているかのように男は声を出して笑う。
「もう!アレクの意地悪っ!知らないっ!」
タタタッと自分の愛馬に駈け寄り、ひょいっと飛び乗って丘から駆け下りていく彼女に苦笑いしながらゆっくりと立ち上がると、アレクシードは自分の馬を駆って追いかけた。
「ちょっと先行投資しすぎだったかもしれんな。」
そんなことを考えながら。

が、その先行投資がなければ、今の自分も彼女も、そして、ガートランドへ対抗すべく軍も何もなかった。
この地を後にすれば再び戦いの日々が続く。アレクシードは彼女の後姿を見ながら、彼女の過去に思いを飛ばしていた。 

 

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