### スパルキア再興 ###

 「私は支配するために来たのではありません。一族の解放と圧制に苦しんでいる人々の自由を取り戻す為に来たのです。戦などない、平和なそして平穏な日々を、だれもが過ごしていくことができるように。」
スパルキア族長銀の姫、セクァヌは、ガートランドの民の前で静かにそう言い、あとを元大臣であるコスタギナに任せ、一族と、そして共に行くことを希望する者たちを引き連れそこを後にした。

セクァヌ、16歳8ヶ月、気の遠くなるような道のりだった。
「この山を越えれば、新しい土地に着くわ。」
隣にいるアレクシードとセクァヌは嬉しそうに視線を交わす。
夢見に現れた土地。険しい山々に囲まれた緑豊かな平地。セクァヌはそこを目指して進んでいた。

「ここを新たなるスパルキアの国土とする。」
その山間に広がる平地の中央に、礎を置く。
「姫様、ばんざ〜い!スパルキアばんざ〜〜い!」
人々はわいた。何もないそこを切り開き、人が暮らしていけるようにするにはまだまだ大小さまざまな困難が待っていた。が、ここは自分達の土地。何にも脅かされる心配はない。困難に向かうことはその先の確かな手ごたえを掴むための喜びだった。


武器の代わりに農具をその手に、兵士たちも平和を、幸せをかみしめ毎日を送った。

「アレクーー!」
「お嬢ちゃん!」
アレクシードも例外ではなかった。
「ふふっ・・、アレクには剣しか似合わないと思っていたけど、なかなか様になってるのね。」
畑の開墾のため、野に出ていたアレクシードに走り寄りながらセクァヌは微笑む。
「もともとスパルキア人は農耕の民だからな。それに力仕事には大いに役立つ。」
むん!とアレクシードは力こぶを作ってみせる。鍛えぬかれたその身体は穏やかな光を弾きセクァヌの目にまぶしく映った。
「で、何か用なのか?」
「用ってほどじゃないんだけど・・。」
「後ろに何か持ってるのか?」
来た時からセクァヌらしくなく何かもじもじしているようで、アレクシードは不思議に感じていた。
「え、ええ・・・・・あ、あのね・・そろそろお昼でしょ。だから、あの・・・アレクと一緒に食べようと思って・・。」
恥ずかしそうにセクァヌは後ろに隠し持っていたバスケットを見せる。
「は?」
「あ、あのね・・・はじめてだから・・だから、おいしくないかもしれないけど・・・。」
「お嬢ちゃん?」
顔を赤くそめて自分を見ているセクァヌをアレクシードはしばらく見つめ返していた。
「まさか・・・弁当・・?・・・お嬢ちゃんが作ったのか?」
族長であり、そしてそれまでは戦の毎日だった。アレクシードと同様、セクァヌも剣以外手にした事はなかった。
そのセクァヌが弁当を作ってきた。オレの為に?・・・アレクシードは感激していた。
「向こうの木陰で待ってるわ。」
「あ、ああ。」

引き抜きかけていた大木の切り株をそのままにして、引いてある水路から取った水口で手を洗うと、アレクシードは指定された木の下へ急ぐ。

「お!うまそうだな。」
色とりどりの具を挟んだサンドイッチとおにぎりと揚げ物。
「力仕事してるからパンよりご飯の方がいいかな?と思って、両方持ってきたの。」
はい!と言っておにぎりを1つ差し出してくれたセクァヌの指に、いくつか切り傷を見つけ、アレクシードはまたしてもじ〜〜んとする。
「お嬢ちゃん。」
その嬉しそうなアレクシードを見て、セクァヌも嬉しさを感じさらに微笑む。

「ね、アレク、食べてみて。」
受け取ったものの、セクァヌをじっと見つめ、なかなか食べようとしないアレクシードに、彼女は催促する。
「あ、ああ・・。」
ぱくっと一口食べると、握飯は一気に形を崩してばらばらになる。
「とと・・・」
手から落ちそうになり慌ててもう片方の手で崩れた部分を受け止める。
「あ・・・・」
「ははは、誰でも最初はこんなもんさ。握飯ってのは結構コツがいるんだぞ。」
「ごめんなさい。」
真っ赤になってうつむいたセクァヌが、アレクシードにはこの上なくかわいく思えた。
「お嬢ちゃんも食べたらどうだ?」
「あ・・・はい。」

ばらばらに形を崩してしまうおにぎりと、ちょっと焦げ目の揚げ物。サンドイッチの卵も幾分焼きすぎたところもあったが、それでも2人は笑いながらそして幸せをかみしめながら食事をとっていた。

「お嬢ちゃん。」
「はい?」
食事も終わり、片づけをしているセクァヌを引き寄せる。
木を背にして座っているアレクシードの膝に抱かれる格好になったセクァヌは、熱っぽさを帯びたアレクシードの瞳に、心臓が止まりそうなほどどきっとする。
「あ、あの私、片付けを・・」
「後でいい。」
慌てて立ち上がろうとするセクァヌを抱えた両手でぐっと押さえる。
「あ、アレク・・仕事は?」
「少し休憩だ。」

アレクシードの瞳に吸い込まれるようにセクァヌも見つめる。
2人の間を涼しげなそよ風がそっと通り抜ける。
しばらくして、セクァヌの宝石のようにきらめくその瞳がゆっくりと閉じられると、アレクシードは彼女の唇に自分の唇をそっと重ねた。
「あ・・・」
セクァヌの唇から離れたアレクシードのそれが首筋を伝う。
彼女を抱きしめたその腕に、今少し力を入れ、アレクシードが胸元の方まで唇を移動させようとしたとき・・・・
「姫ーーーっ!」
蹄の音と共に、シャムフェスの声が2人の耳に飛び込んだ。
ぎくっとし、慌ててセクァヌを離すアレクシード、と立ち上がるセクァヌ。

「姫、やはりここでしたか。」
「シャムフェス・・どうしたの?」
顔が赤くないかしら?と思いつつ、セクァヌは自分に落ち着くように言い聞かせながら聞く。
「ガートランドから書状が届きましたので、急ぎお見せしようと思いまして。レブリッサ殿からです。」
「え?レブリッサから?」
セクァヌは目を輝かせてシャムフェスが差し出した書状を受け取る。

カサカサと手紙を開けているセクァヌを横目で見、アレクシードは自分の方を向いたシャムフェスに目で文句を言う。
(何もわざわざここまで持ってこなくてもいいだろ?)
(姫が喜ぶだろうと思って持って来たんじゃないか。・・・・はは〜〜ん・・・ひょっとして、いいところだったのか?・・それは悪かったな。)
少しも悪くは感じていない目つきでアレクシードの視線を交わすと、シャムフェスは再びセクァヌに向く。
「それから、この肖像画も届いたんですよ。」
「え?・・・これ、レブリッサとシュケルの結婚式の。・・・わー、レブリッサ、綺麗〜♪」
嬉しそうに肖像画に見入るセクァヌをシャムフェスは満足そうに見つめる。
「さてと、そろそろ帰りませんか?西の開拓地の干害工事について相談があるとか言ってきたのですが。」
「そうなの?今日は予定がなかったはずなのに。」
「思ったより岩が多くて手間取っているらしく、水路の変更をしたいとか、つい先ほど連絡がありまして。おそらく今頃館に来ているのではないかと。」
「わかったわ。」
セクァヌは手早く食事の後を片付ける。
「じゃー、アレクも頑張ってね。また後で。」
「あ、ああ・・・・。」
「では、姫、私の馬に。」
「でも・・・」
「歩いて帰ると結構時間がかかります。姫がかまわなければ、ですが。」
「あ、ありがとう。そうね、待たせても悪いから・・・。」

−パカラッ、パカラッ、パカラッ・・−
アレクシードはセクァヌを乗せて走り去っていくシャムフェスを、恨めしげに見つめていた。


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