★☆アドベンチャー狂詩曲★☆


  第十六話 [風精の願い]  


 伯爵家に逗留しながら、ミルフィーたちは精力的に調査を進めた。
伯爵邸でのパーティーや設けられた会場で歌声を披露する合間、諜報活動にいそしむ。そして、その諜報活動に飛び回っている間、姿が見えないと怪しまれるということもあり、ミルに身代わりを頼んであった。他の仲間の姿がみえなくとも伯爵邸の誰一人として気にする者はいないが、歌姫本人がいないとなると別問題なのである。そのカモフラージュは必須だった。
多少背の低いことと、体つきの違いはあったが、ともかく顔はそっくりである。高めのパンプスをはき、ふわっとしたドレスを身に纏えば分かることはない。
勿論そうしていないときは、顔を見られないように前髪で素顔が見えないようにする以前のミルフィー及びミル一匹狼時代バージョン。

時折伯爵に散歩や観劇などに誘われることもあるが、何か言われても短く答えるだけでほとんど何も言わなくてもいい、ただ同伴しているだけで、とミルフィーから言われた通りにミルはしていた。
だが、フィーは気が気ではない。ドレスに身を包んだミルは、フィーにとってまぶしすぎた。できるならミルの手を取るのは自分でありたい。それが、他の男と連れだって出かけるのを見送るだけなのである。
「ミル・・・・」
別に伯爵に心を動かしているのではない。それは十分分かってはいたが、そこは恋する男心。何度ミルの手を取る伯爵を殴って自分がその手を取りたいと思ったことか。
ともかく、フィーにできることはミルを影からそっと守ること。フィーは自分の心を必至になって抑え、早くここでの探索が終わることを祈りながら、2人の尾行をし続けていた。

「ごめんなさいね、長いこと。」
そして、ようやくそれも終わったのか、ミルフィーがフィーとミル2人を前にして心から申し訳なさそうに謝る。
「あ、ううん・・私はただ散歩とかしてただけだから。」
ミルのその言葉に、ミルフィーはふふっと軽く笑いながらフィーに小声で囁く。
「気が気じゃなかったでしょ?」
「あ・・い、いえ・・・・ぼ、ぼく・い、いや、オレは・・。そ、それより何かいい情報手に入ったんですか?」
全て読まれていたことに赤面しながらフィーはわざとらしく話題を変える。
「それがね・・・確証は得たんだけど、証拠がないのよ。」
「確証は得たけど証拠がない?」
フィーとミルが同時に言う。
「闇龍に関与してるらしいとは、出入りしている神父や商人から分かったんだけど・・しっぽを掴ませないのよ。」
「なんと言っても世間では慈悲深い伯爵で通ってるからな。」
ラードが飲み物を手に、ポーチへあがる階段を上がってくる。
そこは、伯爵邸内の庭園にあるポーチの一つ。ちょうど真ん中に位置するそこは、周りが見渡せる事が返って内緒話には都合がいい。部屋だと壁越しに聞かれている心配もあったが色とりどりの花が咲き誇っているそこには、隠れて様子を伺う場所もない。一応小声で話してはいるが。
「もう1歩踏み込んで付き合えば・・・もしかしたらもしかするかもしれないけどな・・。」
「もう1歩踏み込んで?」
意味が分からずミルはラードに聞き、フィーもラードの答えを待っていた。
「はは・・・分からないか?・・・まだガキだな?」
「ガキって・・オレと変わらないだろ?」
ガキと言われ、フィーは文句を返す。
「でなけりゃ世間ずれしてないってとこか?」
「う・・・・」
お坊ちゃん育ち・・・・トムート村でもそう言われていたことは知っていた。確かに否定できない。
「まさか・・・もう1歩って・・だ、大丈夫なの?」
ラードのその言葉で、一応世間の荒波にもまれて育ったミルは分かったらしい。心配そうな表情でラードとミルフィーに視線を投げかける。
「どうしても必要なのよ。彼が関与しているのなら、財力、人力から言ってかなりの権限をもっているとみていいわ。彼を通して潜入できれば・・・。」
「でもっ!」
散歩の途中、時には迫ってきそうな気配を受けたことがあった。その都度とぼけるように軽く交わし(勿論ミルフィーからの伝授である)、そしてミルフィーの仲間が心配してそっと尾行しているらしいことを感じている伯爵も、無理強いはしない。だが、こちらから近づこうというのなら、向こうも遠慮はしないはず。
「オレもどっちかというと反対だな。」
「あら、ラードが言い出したんじゃない?」
「そ、そりゃ言ったさ。言ったけど・・・女を犠牲になんてオレ・・・やっぱり・・・。」
「あら、犠牲になるつもりはないわよ?」
「なるつもりはなくても、男なんてものはなー・・・・」
ミルフィーと目が合い、ラードの顔はほんのり赤く染まる。
「あんた、事が分かって言ってるのか?」
少しでも気のあるそぶりなどすれば、いつ狼に変身するか・・とラードはその先の言葉を無意識に飲み込んでいた。
「他に方法はある?」
「っと・・」
そう言われ、ラードは口ごもる。入手出来うる限りの情報は手に入れたつもりだった。あとは、しっぽを掴みそこから闇組織の中枢部に食い込む。そうすれば霞を掴むようだった闇龍の神殿の場所なども分かるはず。
「大丈夫よ。上手くやるから。」
「上手くやるって・・オレをからかうのと訳が違うんだぞ?」
うんうん、と、ようやく話の内容を理解したフィーとそして、自分の身に置き換えてミルフィーを案ずるミルは無言で頷く。
「分かってるわ。これだけ探してもしっぽを現さないのよ。かなりの狸ね。」
「上手くやってるつもりで、あっちの方がその上をいってたら・・どうするんだよ?」
「・・・・その時はその時よ。」
「ミルフィー?」
目を伏し、3人の視線を避けたミルフィーを彼らはじっと見つめる。

「ミルフィー殿。」
不意に聞こえた伯爵の声に、彼らはびくっとして聞こえた方向を見た。ポーチにあがる階段の手前、彼は馬に乗って微笑んでいた。
「伯爵様。」
にっこり微笑んで、イスから立ち上がり、ミルフィーはドレスの裾を翻し、階段を下りていく。
(あ!おい!・・・早くも実行か?)
焦って心の中で叫んだが止めることもできない。ラードもそしてフィーもミルもただ呆然として見ていた。

「では、歌姫殿はお借りしていく。なに、ご心配めさるな、夕刻までには帰る。今宵は、ランカート男爵ご一家を招待申し上げてある。留守にするわけにはいかぬからな。」
ミルフィーの手を取り、自分の前に乗せた伯爵は、満足げな笑みを浮かべつつ、一応気遣いの言葉をかけた後、馬を駆り、ラードたちが何か言おうとしているうちに、あっという間に庭園から姿を消した。
(さすが大狸だ・・・気遣いも抜かりはないってことか?)
純粋に安心させるためなのか、それとも油断させるためなのか・・ともかく、馬では今更追いかけようにも追いつかない。
3人は、ただミルフィーの無事な事を祈るばかりだった。


そして、その日の夕刻、いてもたってもいられないほど心配していた彼らの元に、意外にもシモンと共に屋敷に帰ってきた。しかも、ミルフィーは伯爵ではなく、シモンの馬上にいる。


「いや・・しかし、歌姫殿がシモン殿の恋人であったとは・・・・」
会食の場、ようやくラードは、事の成り行きを悟り、事情を知らないフィーらにそっと説明する。
遠乗りの途中、運良く別行動していたシモンと出会った。シモンは今では改心し(?)ミルフィーらと同じ目的のため行動を共にしているが、その実、国内では名の通った悪人であり、血に飢えた殺人鬼、それが彼の通り名だった。

「伯爵も一目置いているということは・・やはりそれなりの繋がりというか・・以前何か依頼されてつき合いがある、ということか?」
小声でラードに聞くフィーは、それでも気が気ではなかった。それはミルフィーの相手が伯爵からシモンに変わっただけで、状況は何ら変わっていないからである。もしもシモンが・・という懸念があった。フィーにとってあくまでミルフィーには、父カルロスしか考えられない。そしてそれは、ミルフィーとカルロスのアツアツ振りをみているミルとリーリアも同じだった。ただ、ターナーは面白そうにミルフィーとシモンを見てはいる。(内心はどうなのかわからないが)

が、どうにも心配になったフィーは、部屋へ戻る途中、ついリーリアにこぼしていた。
「大丈夫だろうか?」
伯爵とならそんなことはないが、シモンといるときのミルフィーは心なしか嬉しそうに見えた。それは出会ったときにも感じたこと。
「大丈夫よ。おばさまなら。」
「だけど・・・・」
「ホントに、心配性ね。今あなたがいるってことがその証拠でしょ?」
「だ、だけど・・何かの拍子で過去が変わってしまうとかありうるんじゃないか?」
「それは、過去の人間でない者が干渉した場合でしょ。あたしたちが手をださなければ大丈夫のはずよ。」
「そ、そうなのかな?あ・・でも、父さんとの前の恋人だったっていうこともありうるよな?」
ふ〜っとため息をついてから、リーリアはくすくすと笑う。
「大丈夫よ。おばさまはおじさまだけよ。先も後もないわ。」
「分かるのか?」
「そう。証拠があるのよ。」
「証拠?」
「そうよ。」
「どこに?」
「女の第六感もあるけど、決定的なのはフィーを直視しないことよ。」
「オレを?」
そういえば視線が合いそうで合わない。顔を合わせていても、どこかすっと素通りしていくような視線だと不思議に思ったことがあったとフィーは思い出す。
「おじさまを思い出すんでしょ。なんといってもフィーはそっくりだから。」
「あ・・・・」
「どこかの誰かさんがおばさまの剣士姿と、自分の姿を見たがらないのと同じね。」
「そ・・・」
それってもしかしてミルの事か?と思わず大声で言いそうになりフィーは、その寸前で黙る。カノンの世話をしながら先に部屋に戻っていったミルは近くにはいなかったが、大声で聞き返すのはためらわれた。
勿論、聞き返さなくてもフィーには分かっていた。多少しぐさは違っていてもミルフィーの剣士姿はまぎれもなく兄・ミルフィーのものだし、ミル本人も彼にそっくりなのである。自然と視線を避けてしまうのもうなずけた。ミルの心には、まだしっかりと兄・ミルフィーが住んでいる。それはいかに躍起になろうともどうにもならない事実。
「くすくす・・」
「な、なんだよ?」
黙りこくってしまったフィーをリーリアが笑う。
「だって、さっきまでおばさまの心配してたのに、ミルの事になったらもうそれしか頭にないんだもの。」
「う・・・・」
鋭い指摘を受け、フィーは照れて横を向く。どうもリーリアには弱い。ちょうど頭が上がらない姉のようである。


ともかく、シモンの登場で、一気に事は進んだ。
「こんなに簡単にいくのなら、最初からシモンと来ればよかったわね?」
「そういうわけにはいかないだろ?悪人には良くても一般人にはそうはいかない。人気が落ちるぞ?」
「歌姫の人気なら私は別に下がったって構わないわ。私は剣士よ。」
「だけど、実入りが少なくなるぞ?」
「そ、それは・・困るわね?」
闇龍の神殿の場所とそこへの許可証はもらったというものの、まだまだ続く旅。お金はいくらあっても邪魔にはならない。
そして、伯爵も人気が落ちるのは望んでいなかった。ミルフィーを直に手に入れることは諦めたが、その人気は利用できるというもの。闇龍の信仰者を増やすのにもってこいのカリスマ的存在なのである。だからこそ手をだすのも控えていた。が、シモンの恋人であれば、言うことはない。裏世界に名の通ったシモン。闇信仰の良き理解者、協力者になりうるということは、それまでのつき合いで、伯爵は確信していた。彼がそうなら恋人であるミルフィーもまた間違いなく味方になる。


「じゃ、ここでお別れしましょうか。」
「は?」
「え?」
ガンデリアの港が眼下に見える小高い丘。船に乗り隣国へ渡るミルフィーらと同行するつもりだったフィーらは突然のミルフィーの言葉に驚く。
「風が言ってるの。あなたたちはあなたたちの成すべきことがある。寄り道はここまでだって。」
「寄り道・・・・」
呟いたフィーに、ミルフィーはにっこりと微笑み、そして、ミルの傍らにいるカノンの前に腰を落とす。
「カノン・・・あなたは本当に精霊に愛されてるのね?」
「うん。ぼくと精霊さんは友達なの〜。風さんは一番の友達なの〜。だから、ミルフィーに会わせてくれたの〜。」
「そうね・・・あなたを守りたくて、風さんは、あなたに私を会わせたのよね?」
「そうだったの〜?ぼく、そこまでは知らないの〜。」
無邪気に微笑むカノンに、ミルフィーもにっこりと微笑む。
「そう。エルフの精霊魔法は自分のためには使えない。それは・・冒険を続けるあなたにとって、どんなに危険か、風さんはよく知ってるから。」
そう言いながらミルフィーはカノンに手を差し出す。
「私の中に黒い風の精霊が宿ってるの。私では彼の心を開くことはできなかった。でも、カノン、あなたのその純真さならできるはずよ。黒い風の精霊さんとお友達になって、そして・・・その精霊さんなら、あなたを守ってくれるわ。あなたを守る攻撃魔法となってくれるわ。」
「ぼくを守る攻撃魔法?」
「そう。冒険を続けるあなたに必要なもの。」
「でも、そうするとミルフィーはどうなるの〜?」
純粋にミルフィーの事を心配して聞くカノンに、彼女は今一度にっこりと微笑む。
「私の風術なら大丈夫。カノンの精霊魔法とは違うわ。攻撃もできるし、何より私にはこれがあるから。」
腰の剣に手をかけ、大丈夫だと力強くミルフィーは言った。

「じゃ、彼をカノンに渡すわ。」
すっと立ち上がり、ミルフィーはフィーたちに同意を求めるかのように見つめ、そして、そこに害はないことを笑顔で伝える。
無言で頷いたフィーたちを見て確認すると、ミルフィーはカノンと数歩距離をとって両手を胸の前で組み、精神を集中させる。
−シュオオオオーーーー−
その両手の中で空気が渦を巻き始める。中心からゆっくりと黒い風に変わっていく。
「カノン、両手を前に出して。」
カノンがそっと手を出すと、黒い風はミルフィーの手の中から一気に躍り出、それはミルフィーを包み込み、カノンを、そして、フィーたちをも一気に包み込んでいく。

−びゅうぅぅぅぅぅ〜〜〜〜!−
真っ黒な空気の渦の中、立っているのがやっとのフィーらの目の前で、まるでスローモーションのようにミルフィーが倒れていく。
「母さん!」
「おばさま?!」
「ミルフィー?」
手を伸ばし、駆け寄ろうとしたが、突風に押しとどめられそれはできなかった。


「ん?ここは?」
風が止んだ時、フィーらの目に写ったのは、魔王の居城跡の地下。
「戻ってきたのか?・・そうだ、母さんは?」
同じように周囲をきょろきょろ見渡していた他のメンバーも、フィーの言葉にはっとする。真っ黒の風の中で倒れたミルフィーはどうなったのか?

が、ふと彼らは気づく。大丈夫だったから、何事もなかったから今の自分たちが知っているミルフィーがいる。だから、何も心配することはない。
そう思い、フィーらはお互いを見合って笑う。
(倒れた時のショックか何かで母さんの記憶からオレたちのことも消えてしまったんだろうか?)
そんなことを考えながら、手のひらの中の小さな黒い空気の渦と何やら楽しそうにエルフ語で会話をしているカノンを、フィーは、そして、ミルもリーリアもターナーも温かい目で見つめていた。


「さて、いよいよ本番・・かな?」
ターナーの言葉に、カノン以外のメンバーに緊張感が走った。


注:この話は『金の涙銀の雫』本編とは関係ありません。
強いて言えば、パラレル金銀ワールド(笑



♪Thank you so much!(^-^)♪

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