−ヒュ〜〜・・・−
風がやさしく一行を置いてくれたそこは、夕刻少し前の海岸。
「どこなんだ、ここは?」
−ズズン!−
キョロキョロと周囲を見渡していると、彼らがいる海岸から少し沖へ入ったところで大きな爆発音がし、全員ぎょっとしてその方向を見つめていた。海中で爆発でもしたのか、海が盛り上がっていた。
−ザン!・・・スタッ!−
「え?」
その盛り上がっていた水面から、人影が大きくジャンプして飛び出し、波打ち際に立ったその人物を見て全員声も出ないほど驚く。それもそのはず、多少違っていたが、その姿は誰がどうみてもミルフィーだった。
「あ!ミルフィーなのぉ〜。」
カノンの声に振り向いたミルフィーは、まるで気付かなかったかのように再び前方の沖合を見つめ、手にしていた剣を持ち直す。
「そろそろとどめよね?」
ミルフィーは、手の先の剣に全精神力を集中していった。
−パリパリパリ・・・−
刀身から出た小さな火花は、少しずつ大きなものになっていき、それは刀身全体を包むものとなっていく。
−ゴロゴロゴロ・・・−
そして、つい今し方までほとんど雲もなく、きれいな夕焼け空だったそれを、ミルフィーの剣に呼応するかのように突如として現れた雷雲が覆っていく。
−ゴロゴロロロ・・・カッ!−
雷鳴を伴った暗雲が辺りを覆い尽くすのに、数分としてかからなかった。
そして、それを待っていたかのように、すっと持ち上げたそのミルフィーの剣の先をめがけ、雷が走る。
「危ないっ!」
思わず声を上げ、駆け寄ろうとした4人だが、当然そんな間はなかった。
もしかして、今のでミルフィーは黒こげに?そう思いながら見つめた全員の目に、雷を刀身に纏った剣を目に止まらないほどの早さで火舞いでもしているかのように、手を替えくるくると自分の身体の周囲で回転させていた。
−パリパリ・・・・−
「け、剣が・・2本に?」
その回転を終わらせた時、確かに1本だったはずの剣は、ミルフィーの両の手に1本ずつになっていた。
−ぐぎゃぁぁぁぁぁぁ!−
それと同時に、大きくせり上がった海面から、巨大な水蛇がその全身を表した。
−ズズン!−
2本の足を持つそれは、浅瀬となった海岸へ地響きと共に上がってくる。
「上がりきらないうちに決着をつけるべきよね?」
−ヒュン!−
風に乗り、ミルフィーは水蛇の真正面へと飛ぶ。
−シャアアアア!−
ミルフィーを一口に飲み込もうとするその口の中へとそのまま突っ込んでいく。
「ミルフィー!」
−バシュッ!・・・・ズ、ズン・・・・−
雷を帯びた剣で内側から切り裂かれ、水蛇はいとも簡単にそこへ横たわった。
−スタッ!−
そして、その手前に着地したミルフィーの元へ、フィーたちは駆け寄る。
「ミルフィー!」
「え?」
口々に名を呼んだ彼らを、ミルフィーは驚いたように見つめていた。
「・・・ミルフィーじゃ・・ない?」
「一応私の名前はミルフィーって言うけど。」
戸惑いと失望の色を見せたフィーたちに、ミルフィーは不思議に思いながら答えた。
「どこかで会ってる?・・・記憶はいいはずなんだけど・・・・。」
ミルフィーはフィーら一人ずつ順番に確認するように見る。
「そうね・・・確かに会ったと言われればそう思ってしまうかもしれない。」
「え?」
「でも、やっぱり覚えはないわ。私に妹やそっくりな従兄弟がいるって聞いたことはないし、カルロスは身内はいないって言ってたように思うんだけど・・。」
ようやくミルフィーが何を言いたいのかフィーらは理解すると同時に、今目の前にいるのは確かにフィーの母親の若かりし頃だと確信できた。兄でもそして、覚醒したばかりのお姫様のミルフィアでもなかった。そこには剣士として、そして、一人の冒険家としての自信に溢れたミルフィーがいた。
「まさか誰かが化けているわけでもないわよね?」
「あ、ああ・・・オレたちは、あんたと同じ世界から来たんだ。」
「え?」
ターナーの言葉に、ミルフィーだけでなくフィーたちも全員驚く。
「オレたちも聖魔の塔を探索していた口さ。トムート村を拠点にしてな。」
(こう言えば、名前を知っていたつじつまがあうだろ?)というターナーの目に、フィーたちははっとして頷いていた。
「ホント?」
「ああ。嘘を言ってると思うか?」
「ううん。私は誰にも話してないのよ。だから本当にそこから来たんじゃなければ、知るわけはないわ。そうね、知っているとすれば銀龍くらいよ。でも・・・どうやって?やっぱり塔から?」
「ああ、そうだ。気が付いたらここに立ってた。」
「なるほど・・・銀龍に頼まなくても行き来できるわけね。」
「あ!だけど、どこをどうしたらここへ来れたかという事までは分からないからな。」
「ま・・ね。それが聖魔の塔だからね。」
少し焦ったように答えたターナーは、笑顔で答えたミルフィーを無意識に見つめていた。
(ターナー!)
小声でフィーに注意されたにもかかわらず、ターナーは舞い上がりたい気分だった。外見に似合わないと言われようがなんだろうが、彼は、すっかり若い頃の気持ちになっていた。
「知り合いか、ミルフィー?」
ミルフィーの背後から太い男の声が聞こえ、全員はっとして近づいてきているその男をみる。
体格もそうだが、その気風は普通の剣士ではないとフィーたちは感じた。鍛え抜かれたがっしりとした長身と腰にあるものは、かなりの代物だと一目で判断できた。
「知り合いっていうほどでもないんだけど、私がいたところから来たらしくてね、私を見かけたことがあるって。」
「なるほどな、あんたの世界からか・・・・確かにあんたは目立つからな。」
「シモンに言われたくないわ。目立つっていうのはあなたのような人の事をいうのよ。」
「ははは。そうか?」
すっと剣を鞘に納め、両手を腰に充ててミルフィーはシモンを軽く睨んだ。
「しかし、なんだな。」
「なに?」
「また派手にやったもんだな。」
シモンはミルフィーから、海岸に惨めな姿をさらしている水蛇に視線を移していた。
「仕方ないでしょ?引くってこと知らないんだから。」
「どこかの誰かさんと一緒でな。」
「誰よ、それ?」
「あ・・いや、どこかの誰かさんは、こんなに簡単に殺られりゃしないか。」
「・・・シモン?」
「おっと・・・そんなに睨むとせっかくの美人が台無しだぜ?」
両手を上げて笑みをみせるシモンに、ミルフィーも苦笑いする。
「時には顔の筋肉も引き締めなきゃね。」
「最近引き締めてばかりじゃないか?」
「誰のせいだと思ってるのよ?」
「・・いけね、やぶ蛇だったな。」
一見目つきも悪くみえるその男とミルフィーが笑いあって話しているのを見、フィーたちは驚いていた。その口調からかなり親しいと判断できた。
「ミルおねーちゃ〜〜〜ん!」
「え?」
ミルだけでなくフィーたちも驚いてその少女の声の方を見る。
「も、もう倒しちゃったの?」
はー、はーと息を切らして駆けてきた少女は、ミルではなくミルフィーに駆け寄っていく。
「案外あっけなかったのよ。」
「案外ってなー・・・雷神の剣を使えば、たいがいの奴は黒こげになるだろ?」
シモンが苦笑いして付け加える。
「黒こげにはしてないわよ。中から軽く薫製ってとこ?」
「な、中からな・・・。」
シモンはすでにあきれ返っていた。
「適当に寸断して上手く保存すれば、数年分の食料になるな。村人は喜ぶだろ?」
「そうね。私たちも少し分けてもらおっか?」
「いやだ、なんて言うわけないだろうな。ただ・・・」
「ただ?」
「また守護騎士騒動で身動きがとれなくなるぞ?こんな奴を軽く倒すなんてのは、神龍の守護騎士に違いないってな。」
「うーーん・・・・早いとこずらかる?」
「ずらかるはいいけど、ラードはどうしたの、ミルおねえちゃん?」
「え?・・あ!・・いっけな〜〜い!」
ぎくっとして多少青ざめたような表情でミルフィーは、海辺を見つめる。
「・・・おい・・まさか・・」
「ごっめ〜〜ん!海底にラード忘れてきた〜。」
「お姉ちゃん?!」
「ご、ごめん、でも、風の保護をつけておいたから息はできるはずよ。」
「まったく!お姉ちゃんったら!」
「ごめん、セイタちゃん!すぐ連れ戻してくる!」
「どの辺りか分かってるのか?」
「あ・・え、え〜と・・たぶん・・だけど・・・・」
今にも海に入ろうとしていたミルフィーに、苦笑いしながら話しかけたシモンを、彼女はちらっと見上げる。
「ミ〜ルフィィ〜〜〜〜・・・」
「え?」
と、丁度その時、水蛇の死体の影から1人の男の姿が見えると共に、消え入りそうな声が聞こえた。
「おまえな〜・・・・・・」
よろよろと近寄ってきたその男は、ミルフィーの前まで来ると、ずいっと彼女の顔に自分の顔を寄せて迫る。明らかに怒っている。
「オレはお前みたいに風術使えないことくらい知ってるだろ?」
「・・だ、だから・・・・・ごめん。」
「ごめんって、謝りゃすむもんじゃねーよっ!あんな底へ置いていかれたらどうしようもないだろ?」
「で、でも、息はできてたでしょ?」
「できてたでしょ?じゃーねーよっ!」
−パッコーーン!−
「痛ぇ〜〜!何する?・・・・って、セ、セイタ・・・来てたのか?」
噴火して怒りのまま罵声をミルフィーに浴びせていたラードに、セイタが持っていた杖で1発お見舞いしていた。
「何よ!だいたいミルお姉ちゃんが一人で大丈夫って言ってたのに、のこのこついていったラードが悪いんじゃない?お姉ちゃんの足を引っ張ってばかりいたんでしょ?」
「い、いや・・・あのな、セイタ・・・・」
「あたしのことなんて、目に入らないみたいだし。」
「だから、そうじゃなくてだな・・セイタ・・・・ふっふっ・・・・ふぁっくしょ〜〜〜いっ!」
「いかん!この風じゃ風邪ひくぞ!」
ずぶぬれになっているラードに、シモンは慌てて、が、そのラードでなくミルフィーに視線を移して気遣う。
「あ、私なら大丈夫よ。さっきのサンダーで乾いちゃったから。」
「な、なるほどな。」
その言葉に気が抜けたシモンは軽く笑う。
「なんだよ、オレは心配じゃないってのかよ?」
今度はそんなシモンにラードは文句を浴びせる。
「そんな柔な男だったのか?」
「こいつのどこがそんな柔な女だってんだよ?」
きっとシモンを睨んだまま、ラードはミルフィーを指さす。
「女は女さ。で、お前は男だ。そうだろ?」
余裕たっぷりにシモンはラードの頭をぽん!と叩いて笑う。
「へーへー、さいですか?男に気を使っても仕方ねーもんな。・・へ、へーっくしっ!」
「ラード!」
慌ててセイタが持っていた自分のタオルでラードを拭き始める。が、全身びしょぬれでそのくらいの布では拭き取れるわけはない。
「ともかく、一旦村へ帰るとしよう。長期間海岸に巣くっていた水蛇を仕留めたんだ。たき火と着替えくらい用意してくれるだろ?」
「それくらい当たり前だろ?」
「村を救ってくれた守護騎士様だからな。放ってはおかないだろ?」
「へ?」
にやりと意味深な笑みをみせたシモンに、ラードは聞き返す。
「ま、まさか・・それって・・・オ、オレ?」
自分の鼻を指さして聞いたラードにシモンはにやっとしてから答えた。
「ああ、そうだ。オレ達は銀龍の守護騎士とそのお供ってやつな。」
「ええ〜〜〜〜?!」
ずぶぬれで風邪をひきそうだった事も忘れ、ラードは大声で叫ぶ。
「な、なんでだよ〜〜?」
そんなおそれ多いことをしたら、とラードは青ざめる。
「いいだろ?現に本物はいることだし。」
「う・・・。」
ラードはシモンと共にちらっとミルフィーを見た。
「ええ〜?私、銀龍の守護騎士なんかじゃないって言ってるでしょ?」
「いいんだよ。なんでも。」
「よくないわよ!」
「いいから、その件はオレに任せておけ!」
「で、どうしてオレが守護騎士なんだよ?」
シモンは軽く笑って答える。
「この方が都合がいいのさ。ばれちまったら動きにくいだろ?」
「オレはいいのかよ?」
「ラードは飾りとして人の目を引くつけておいてくれればいいのさ。」
「だ、だけど・・・そんな事して、もし腕を競いたいなんて誰かが言ってきたら?」
「その時はだなー・・・・。」
そういえば、そういうことも考えられる。そして、ラードの腕はまだまだだった、と思い出し、シモンは思案する。
「大丈夫よ。そう言うときは、守護騎士と競う前にまず弟子というか・・・配下が腕をみればいいんじゃない?」
「配下・・・。」
あんたが、配下?といいたそうにラードはミルフィーを指さす。
「そ。私でもいいし、シモンでもいいし。」
「おいおい、オレは守護騎士並の腕はないぞ。」
「そうでもないと思うけどな。」
にこっと笑って自分を見つめたミルフィーに、シモンは苦笑いを返す。
「ぶしゅっ!」
「あ!こんなところで立ち話している場合じゃなかったわ。村人も集まってきたみたいだし。火と身体を休める場所を貸してもらいましょ。」
遠くに見えてきた村人達の影に、ミルフィーはにっこりわらってラードを見、そして、唖然として彼女たちのやりとりを見ていたフィーたちに視線を移す。
「あなたたちも一緒にどう?」
「あ、ああ・・・。」
またしてもややこしいことに引き込まれたみたいだ、と思いながら、フィーたちはミルフィーの後についていった。
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