「ミルフィー?」
「母さん?」
一人に戻り、そして背後の銀龍も消えたミルフィーに、全員ほっとしていた。が、閉じていた目を開けたミルフィーの気は・・・銀龍のものと少しも変わらないほど威圧感を持っていた。
「ま、まさか、銀龍・・・?」
呟いたカルロスには答えず、ミルフィーはフィーに向かって問う。
「フィー・・強くなりたい?」
「も、勿論です!」
咄嗟の事だったが、フィーは確信を持って答えていた。
「神龍の守護騎士は?」
「なれるものならば。」
「窮地にあるかの地へ行くことになるけど。」
「かまいません!」
「そう。」
いつものやさしい口調と変わらなかったが、全身から放つそのものすごい気は、そこにいるのは母親のミルフィーではなく守護騎士なのだと、フィーとカルロスは感じていた。
「・・・カルロス、太陽の剣を?」
カルロスの腰に黄金龍の剣を見つけて聞いたミルフィーに、カルロスはその剣を彼女に差し出す。
「フィー、守護騎士になる意思があるのなら、この剣で私に挑みなさい。」
「こ、この剣?」
「それは、私が黄金龍からもらったもの。銀龍の剣を受け止められるのは、それぞれの神龍が己が守護騎士に与えた剣と、そしてこの剣のみ。これは守護騎士のものではなくとも、同等の力だけでなく、時にはそれ以上の力を発揮してくれるはず。」
「黄金龍の・・・」
しばらくじっとミルフィーが差し出した剣を見つめていたフィーは、ぐっとその剣を握ると、決意を心にミルフィーを見つめる。
「そう。では・・・母親だという観念は捨てて向かってきなさい!」
すっと数歩下がり、ミルフィーが剣を構えると、フィーもまた決意を新たにして剣を構えた。
カルロスをはじめとし、全員が見守る中、恐ろしいほどの激しさを伴った戦いが始まった。
黄金龍の世界。銀龍はその世界を守護するもの。そして、銀龍の守護騎士は銀龍と同調することにより同等の力を発する。その一振りは、山を崩し世界を崩壊させることも、又、山を成し世界を創造することもできる、と、かの地では伝えられていた。
創世の時、蔓延った悪鬼を一層するため、銀龍が異世界から呼び寄せその責を命じた守護騎士の一振りで闇は払拭され、世界は保たれたとも言われていた。
後にも先にも真の銀龍の守護騎士は創世の守護騎士のみ。腕は確かだが、その点において長く名目のみの守護騎士がその名を継いできていた事は確かだった。
そして、ミルフィーという剣士を得、満足していた銀龍だったが・・・彼の守護する世界に危機がせまりつつある今、呼び寄せようとした彼女は、それを躊躇った。そして、偶然その場にフィーがいたわけだが・・・その腕の差は歴然としている、とカルロスだけでなく、そこにいた全員そう感じていた。
攻撃は一方的に続けられていた。そして、ミルフィーはそれでもまだ全力を出しきってはいない。いや、余裕で相手をしているのは誰の目からも明かだった。
フィーは彼女の息子。普通で考えても経験は違っているのである。それなのに、異世界を結構行き来した結果となったミルフィー。冒険は一人の人間がその生涯で経験する倍も3倍も経験している。その経験の差はあまりにも大きかった。加えて彼女の生い立ちからくるせっぱ詰まった、言わば死にものぐるいの修業と、常に死を伴った危険性を孕んだ冒険の数々は・・・例えカルロスが厳しく訓練したといっても、やはり違うものがあった。
とはいえ、なんとかであっても受け止められるだけでもすごいのではないか?とその攻撃を目にして、全員思っていた。
「危ないっ!」
「ミルっ?!」
あまりにも激しい攻撃に疲労は募り、受け止めるのも精一杯になっていたフィーは、その時ミルフィーの剣を受け止め損ねていた。その瞬間ミルが駆け寄り、剣を握っていたフィーの手に自分の手を添え、渾身の力でミルフィーの剣を弾く。
「しっかりしろ!フィー!男だろ?世界一の剣士になってオレを守ってくれるんじゃなかったのか?」
場違いな言葉だとは分かっていたが、他にかける言葉が思い当たらなかったミルは思わずそう叫んでいた。
「あ、ああ・・・。」
−ガギッ!−
「・・っと・・・・・」
「ミルっ!」
(う・・うそだ・・・これが・・あの・・・・・ミルフィーおばさん?・・・いつもやさしく微笑んでいるあの・・・)
対峙して、目の前にその剣を受け止めて、その一撃の重さ、激しさもだが、ミルフィーの放つ威圧感が横で見ていた時など比べものにならないことをミルは知った。フィーにかけた自分の言葉がいかに無責任な言葉だったかを思い知る。
「ミル?」
その恐ろしいまでの威圧感に、ミルは恐怖に染まっていた。
が、恋心とは不思議なもの。疲労で戦闘意欲を失いかけていたフィーは、ミルの最初の言葉で自分を持ち直し、そして、萎縮し恐怖に震えるミルを見て燃え上がった。
−ギン!−
剣から手を離し、その場へ座り込んでしまったミルをかばい、フィーは必死になってミルフィーの剣を受け止めていた。
−グググ・・・・・−
「ま、負けてたまるか・・・こ、これしきの事で・・・・負けて・・たまるかーっ!」
オレはミルを守るんだ!とフィーは必死になっていた。
−ギン!−
それでも、ミルフィーの攻撃には適いそうもなかったが、ミルを思う心がそれを受け止めていた。
−ググッ!−
「な、なんだ?」
フィーが手にしていた剣が光り始めていた。
−グググググ・・・−
その間もその圧力に屈せまいと必死の思いで、フィーは手に、全身に、力を込める。
−キーーーーン−
「な?」
太陽の光が、フィーの持つその剣に集中しはじめていた。
「こ、これ・・・?」
目にするのは初めてのフィー、そしてそこにいた全員驚いて見つめる中、太陽の光は剣に集中していく。
「な・・・こ、これ?」
剣一点に太陽の光は集中し、辺りは真っ暗に陰る。そして、再び元に戻った時、フィーが手にしていたその剣は、黄金の輝きを放つものとなっていた。
「ふ〜・・・・・合格よ、フィー。」
「え?」
シュッと手にしていた銀色の剣を消し、ミルフィーは微笑んだ。
「え?・・・その剣?」
「ああ・・・銀龍の剣はね、実体はないの。」
「実体はない?」
「そう。あるとしたらこれ。」
「これ・・・?」
フィーの片方の手に乗せたのは、光玉の中に浮いていた小さな剣の柄。
「渡しておくわ。」
「で、でもどうやって?」
「心に強く願うの。」
「強く?」
「そう。要は精神力ね。あなたならそのうちできるようになるわ。」
にこっと笑ったミルフィーはいつものやさしい母親に戻っていた。
「ミル・・・大丈夫?ごめんなさいね。」
「あ・・・・う、ううん・・・・・呆気にとられちゃって・・・・。」
そっと差し伸べたミルフィーの手を、ミルはそれでもこわごわ握っていた。
「怖がられちゃったかしら?」
「あ!ううん。そんなことないです!」
慌てて答えたミルに、ミルフィーはほっと胸をなで下ろしていた。
「ミルフィー。」
「カルロス。」
微笑みながらミルフィーはカルロスの差し伸べた手を握ってその傍による。
「で、ここからはどうやって帰るんだ?」
「あ、そ、そうね。ちょっと待って。」
ミルフィーは今一度フィーから剣の柄を受け取ると、それを掲げて祈る。
−パアアアア・・・−
全員を包んだ光が消えると、酒場に戻っていた。
−わいわいざわざわ・・・−
今あった出来事の興奮に包まれ、酒場はいつまでも賑やかだった。
そして、だれもが見ていない振りをしながら、カウンターに座って微笑みを交わしながら飲んでいるミルフィーとカルロスに時折ちらっと視線を流す。
2人はフィーのパーティーを異世界へ送り出した後、彼らの旅立ちを祝い、明るい前途と順調な旅を祈って飲んでいた。
そして、そこにいた誰もが目の当たりにしたあの恐ろしいほどの腕の剣士であるミルフィーを妻にしていられるのは、カルロスしかいないだろうと2人の仲を認めていた。2人の会話から、その主導権がミルフィーにあることが分かった事も許せる理由の一つだった。
「いいのか?祭事の途中だったんだろ?」
「いいのよ。こんなことそうしょっちゅうあるものじゃなし。」
「だけどだな・・・。」
「カルロスだって知ってるでしょ?ここのワインはここだからこそ入るのよ。ここでしか飲めないわ。」
「それはそうだが・・・・そろそろ帰った方がいいんじゃ?」
「今頃帰ってももう終わってるわ。それよりも・・・」
「それよりも?」
「せっかくだから塔へ行かない?」
「ミ、ミルフィー・・・」
男たちはそんな二人の会話に苦笑いをしつつ、仲間と酒を酌み交わしていた。
|