【その9】おまけのはっぴーえんど

・・・そして、王子様とお姫様はいつまでも幸せに暮らしました・・・とさ♪

 「ええ〜〜〜っ?!こ、婚儀ぃ〜〜〜?!」
それから数週間後、老婆の家でレオンとレイミアスの声が壁を突き抜け外まで聞こえていた。
カルロスは・・・驚きのあまり声もでない。
そして、ミルフィーも・・・あまりにも突拍子もないことを言われ、やはり呆然としていた。

この世界へ帰って来てから、つまりミルフィーが今のミルフィーとして目覚めてからの記憶を失ってから、カルロスは努めて静かに接してきていた。ミルフィーの心の負担にならないように、今はただ普通の仲間として傍にいることを決心し、それらしき態度も控えていたカルロスにとって、それは、あまりにもの衝撃だった。今はおとなしくしていても、いずれは・・・そして、今度こそは、と機会を伺っていたのである。

が、それとは反対に・・・レオンらは、ある事実に気づいていた。おそらくミルフィー本人はまだ気づいていない、そして、ミルフィーに関してはあれほど敏感なカルロスも、まだ気づいていないと思われたある事・・・。
それは・・・・

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「ねー・・・」
いつものごとく、塔内の探索。その途中の休憩中にミリアが小声で話しかけながらレオンをつんつん!とつつく。
「なんだ?おしっこか?」
「違うってばっ!何よ、それ?!」
口を尖らせてミリアはレオンを睨む。
「ははは。違うのか。なんだ?」
「ミルフィーの事よ。・・何か感じない?レオン・パパ?」
「『感じない?』って言われてもだなー・・いつも通り元気だろ?」
「ああ〜もう、男の人ってやっぱり鈍いのね!」
「なんだよ、それ?」
「やっぱりミリアも気づいた?」
「チキ、あなたも?」
ミリアとチキは顔を見合わせて瞳を輝かせた。
「な、なんだよ、おい!?」
一人のけ者にされたレオンが文句を言う。
「つまりね・・・・ほら・・」
ミリアが指さしたミルフィーは、壁際で静かに座っていた。
「あれが?」
「よ〜く観察してみなさいってば!」
ミリアに言われて、レオンはじっとミルフィーを見つめる。
いつもと変わりないように思えたそのミルフィーは・・・彼女の視線は、少し離れた所に立ち、周囲を警戒し続けているカルロスに向かっていた。
「は?・・・ち、ちょっと待てよ・・・」
そういえば、とレオンは思い当たる。いつもなら休憩中はチキやミリアとわいわいがやがや、楽しく笑いながら過ごしていた。が、最近、それがなくなったというか一人静かに座ってる事が多くなっている、とレオンは改めてその事実を思い出していた。まさかその視線の先にカルロスの姿があるとは思いもしなかったが。
「つまり・・・・?」
レオンはごくん!とつばを飲み込んでからミリアと、そしてチキと視線を合わせる。
「・・・みたいね。」
ミリアはふふっと笑ってから答えた。
「でも、どうしてカルロスなんでしょう?あんなに前は反発して、からかってばかりいたのに。・・・もしかして向こうの世界でミルフィーが恋したという剣士の姿が、失われた記憶の中でカルロスと重なってしまったんでしょうか?」
「・・・レイム、お前・・・?気づいてたのか?」
いつの間にかレイミアスまで話に入ってきていた。
「気づかなかったのはレオンくらいだと思いますよ。」
レオンにはリーシャンがいるから、とレイミアスは少し恨めしそうな目をした。

飛ばされて帰ってきたことによって失われた記憶は戻ってはいなかった。が、その中でもごく一部の記憶は、酷く不鮮明ではあったが、心の中での影のようにミルフィーの中で存在していた。
そして、レオンらは、彼女が恋した相手はそこで大陸一の剣士と言われる男だったとだけ、カルロスから聞いていた。それ以外は何も言わなかったし、彼らも聞こうとも思わなかった。ミルフィー本人にその記憶がないのに、聞く必要もない。

ゆえに・・・レイミアスがそう思ってしまったのもうなずけた。その男が大陸一の剣士なら、カルロスも剣の腕に関しては、ひけはとっていないはずなのである。
そして、帰ってきてから、以前のようにちょっかいも出さず、控えめに行動を共にしているカルロスは・・・かえって目を引く。こうして休憩中も、一人周囲に気を張り巡らせ、さりげなく隅に立っている。少し憂いを含んでいるようなその瞳は、じっと通路の奥を見つめ、時折ミルフィーと視線があうと、大丈夫だとでも言うように温かさを秘めた軽い笑みをその瞳に浮かべる。その姿は・・・何とも言えないほど絵になっている。レオンでさえも見惚れない女はいないだろうと思ってしまうくらいに。

「まー、なんだな・・・」
「なんですか?」
「なるようになったってことじゃないかな?」
「そ、そんな・・レオン・・・・」
「どのみちミルフィーの第一条件は剣士なんだろうから、まー、早く結果が出てよかったんじゃないか?」
魔導師や僧侶は範囲外だからな、お前もこれで踏ん切りが出来てよかったじゃないか?とレオンはレイミアスに笑みを見せる。それは、直接聞いたのではなかったが、そんな感じがしていた。ミルフィーの気を惹くには彼女以上の腕のある剣士でなければ無理そうだ、と。
「女は何もミルフィーだけじゃないぞ?」
「それはそうですけど・・・・」
不服そうな表情でレイミアスはレオンを睨む。
「まだ若いんだ!これからだって!」
ぽん!と勢い良くレイミアスの背中を叩くと、レオンはすっと立ち上がった。
「そろそろ行くか、ミルフィー?」
「そうね♪みんながいいのなら。」
レオンらがそんなことを話しているとは、露ほども思わないミルフィーは、いつものごとく明るく応えて立ち上がった。
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その時の様子を思い出し、レオンはミルフィーとカルロスを交互に見つめていた。
(ミリアは『結果が分かったら教えてね。』とか言って国へ帰って行ったんだが・・・この場合報告すべきなんだろうか?・・・いや、もう少し様子をみてからだな。)
そんなことやあれこれ考えているレオンの前で、迎えに来たという使者とミルフィーの会話は繰り広げられていた。
 [参:青空に乾杯#74(但しこの話とかみ合わない部分は無視して下さい。)]
そして、一番強い剣士に嫁ぐと言ったミルフィーの言葉をレオンは納得しながら聞いていた。まだ自分の気持ちに気づいていないにしても、カルロスが試合に参加すれば、全ては丸く収まるのだろう、とレオンは思っていた。
が、それとは反対に、カルロスは焦る。まだミルフィーの心は自分の方に向いていない。剣の腕には絶対の自信があった。だが、その状態で試合に勝ち、ミルフィーを手にすることができたとしても、心が伴わないのでは、とカルロスの心は沈んでいた。


「カルロス・・。」
「なんだ?」
その夜、村にある宿に帰ろうと、馬に乗って老婆の家を後にしようとしたカルロスにミルフィーが声をかける。
「カルロス・・・」
じっと馬上のカルロスを見上げたままミルフィーは次の言葉を言わない。
「どうした、ミルフィー?・・・さすがのお前も不安か?」
なんだかんだいっても女には違いない、しかもまだ年若い少女なのだから、とカルロスは思う。使者が帰ってから思い悩むようにミルフィーが一人沈んでいたのは知っていた。何度声をかけようと思ったか。が、ミルフィーの雰囲気からそれはできなかった。
「帰りたくないのならこの場からさらっていってやろうか?・・・もっとも・・そんなことをしようものなら・・離せなくなってしまうが。」
自嘲しつつ、カルロスは冗談っぽくミルフィーに言いながら彼女に手を差し伸べた。後半は、言わなくても良かったかな?とも思いながら。

「・・カルロス。」
「ん?」
しばらくそんなカルロスをじっと見つめていたミルフィーは、突然すっとカルロスのその手を取り、馬上のカルロスの前に飛び乗る。
「ミ、ミルフィー?」
こんな展開は思ってもみなかったカルロスは喜びより先に驚きと戸惑いを覚えていた。
『冗談!あんたの力なんか借りなくとも自分の身は自分で守る!』と言いつつ、パン!と差しのばしたカルロスの手を勢い良く払うミルフィーを予想していた。
思わず夢ではないか?と疑い、夢なら覚めないでほしいとカルロスは腕に力を入れる。が、確かにそこに、自分の腕の中に、ミルフィーが、彼女の温もりと匂いがあった。
「ミルフィー・・」
「・・あっ!ちょっと待って。」
実感と喜びを感じると同時に、そのまま彼女を乗せそこを去ろうとしたカルロスを、ミルフィーが止めた。
「な、なんだ?」
(これはほんの冗談だ、などと言わないだろうな?今更そんなことを言われたら・・さすがのオレでも立ち直れそうもないぞ・・・・?)
心臓が止まりそうな思いでカルロスは、自分を見上げているミルフィーを見つめる。
「今いなくなったら、こっちへ向かってるという国からの迎えが困ると思うの。だからカルロス・・」
「なんだ?」
「迎えに来た日にさらってくれない?」
「迎えに来た日?」
「ええ、そう。3日後位に着く予定だと言ってたから。目の前でさらわれれば・・諦めもつくんじゃない?」
ふふっと少し意地悪な笑いをこぼしたミルフィーに、カルロスはほっとする。
「わかった。それじゃ、その日お姫様略奪ということで。」
本音はそのまま連れ去りたかったが、ミルフィーのその言葉に、それは断念する。それに、頼まれたのは略奪のみで、その先はまだはっきりしていない。
「ということで、また明日・・。」
そう言って馬から下ろそうとしたカルロスは、ミルフィーがそこから動く気配がないことに動揺と期待が混ざった感情を覚える。
「ミルフィー?」
「・・私・・・」
カルロスを見つめていた目をそっと閉じ、ミルフィーはカルロスの胸に顔を埋める。それは、使者が帰ってからミルフィーがずっと考え、自問自答してきた結論だった。
好きでもない男性の元へ嫁がなくてはならない。強い剣士という条件を無理矢理入れた。それでも納得いかず、ぼんやりとあれこれ考えていた。その時、・・ふとカルロスの姿がミルフィーの脳裏に浮かんでいた事に気付いた。まさかと思い消そうとしたが、それは一向に消えず、返ってより一層鮮明に浮かんできた。常にさりげなく彼女の傍に立っているカルロス。やさしく穏やかな瞳。・・・そのカルロスがいつの間にか心の中に住んでいたのだとミルフィーはようやく気付いた。
「ミルフィー・・・」
当然のごとく、押さえに押さえていたカルロスの感情の堰は切れる。
大丈夫なのか?という疑問もまだ多少感じながら、カルロスはミルフィーの顔を上げさせ、ゆっくりと唇を近づけていく。ミルフィーは・・抵抗する気配はなかった。
想いが叶った事に喜びを感じながら、カルロスはすっと馬から下りると、彼女の部屋へミルフィーを抱きかかえていった。


そして、国から迎えが来た当日・・・・・

−ドガガッ!−
立ち並ぶ兵士の頭上を馬で越え、制止する兵士を蹴散らして、王女の衣装に身を飾って馬車に乗り込むところだったミルフィーを奪取し、しっかりとその腕に抱えてカルロスはその場を駆け抜けた。
−ドカカッ、カカッ・・・−
「ひ、姫さまが・・・・」
呆然と立ちつくす迎えの女官と兵士たち。そして、レオンとレイミアス。
略奪された女はその男のもの。その概念があるその世界で、いかに一国の王女といえど、略奪された姫を娶ろうとするものは・・・おそらくいない。


「ふふっ!」
「はははははっ!」
疾走する馬上で、二人はいつの間にか笑いはじめていた。
「最高にいい気分だ。」
「そうね、カルロス。」
「そして、腕の中には最高に美しい姫君。」
「・・カルロス・・・・」
熱い視線で見つめられ、ミルフィーは頬を染めてうつむく。
奪取する直前、王女の姿のミルフィーに目を奪われ、思わず手が止まってしまったカルロスは、大いに満足していた。
「カストバの街の郊外にあった屋敷を買っておいた。一緒に来てくれるか?」
「勿論よ、カルロス。」

その屋敷はこの事が決まってから急いでカルロスが購入したものだった。カルロスの所持していたそれまでの塔での探索の成果である宝物、その財宝の一部を処分して手に入れていた。

少し広すぎるとミルフィーが思ってしまった屋敷と、馬で廻るべきだろうと思われた広い敷地。
そこで、ミルフィーの新しい生活が始まった。

穏やかな日々と傍らにカルロスの暖かい微笑み。
時には、レオンらお邪魔虫の訪問やちょっとした探検に二人揃ってでかけることもあったが・・・ほぼ日課のように並んで歩く屋敷内の散策道、青空の下、二人が交わす微笑みは、幸せに満ちていた。

-完-

**青空#136**


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