【その6】帰郷

 

 「セクァヌ。」
「ミルフィー・・どこ行ってたの?」
「ええ、ちょっと、町の様子を見に。」
「・・風が止んだのはいいんだけど・・・・でも、火はまだ勢いよく燃えてるわ。それに、背後で敵が私たちの様子を伺っていて、兵を投入する事は難しいの。」
不安そうに見つめるセクァヌに、ミルフィーはにっこりと微笑んだ。
「大丈夫、町は私に、私とカルロスに任せて。」
「え?・・・任せるって・・・二人だけでどうしようっていうの?」
セクァヌの疑問ももっともだった。二人ばかり行ってどうなる火事ではない。戦闘ならミルフィーとカルロス二人が加われば、その働きは数十人もの兵力に値する。だが、相手が火事となるとそうもいかない。
「大丈夫。それと・・・もしかしたらそれがきっかけで帰れるかもしれないから。」
「え?帰る?」
「そう。突然現れた見ず知らずの私たちによくしてくれてありがとう。じゃ、早い方がいいから行くわね。」
「ミルフィー?!」
「民の解放と・・国の再興を祈ってるわ。・・・それから、アレクシードと幸せにね。」
ミルフィーはセクァヌとアレクシードに微笑むと、きびすを返す。
「ミルフィー?」
「世話になった。」
ミルフィーの後ろに立っていたカルロスがセクァヌとアレクシードに言う。
「いや、我々の方こそ。二人がいてくれて、どれほど助かったか。」
「途中で投げ出すようで悪いが。」
「そんなこと誰も思ってないけど、でも本当になんとかできるの?」
「ああ、たぶんミルフィーならできるはずだ。」
「そうなの?」
「すまん、説明している時間はない。無事国を再興出来ることを祈っている。」
軽く会釈し、カルロスはミルフィーの後を追っていく。
セクァヌらは、どうやって鎮火するのだろうと不思議に思いながら、カルロスとミルフィーの後ろ姿を見つめていた。


そして数分後・・・・
「な、なんだあれは?」
背後から迫るガートランド軍の様子を伺いつつ、町の様子を見ていたセクァヌらは、突如として町の上空に現れた黒雲に、そして、その中に何かがうごめいているのを見つけ声を上げる。
「なにかいるような?・・・」
「り、龍神?」
おとぎ話でしか聞いたことのなかった龍が、その中で身を躍らせていた。
−ピカッ!ゴロゴロゴロ・・・−
カカッと稲妻が走り、一気に雨が降り始める。
−ザーーーーーーーー・・・・−
激しく降り注ぐ大粒の雨に、町の火は徐々に勢いをなくし、数分後には火の手は嘘のように消滅した。
セクァヌらは龍神を凝視し続けていた。
「まさか・・ミルフィーが龍神を召喚?」
「かもしれませんが、姫、・・・あの邪気は、神とは言えないようですね。」
「そうだな。あれは魔物の気と言っていいだろう。」
シャムフェスの言葉に頷くアレクシードに、セクァヌはくってかかる。
「じゃーなに?アレクは・・・シャムフェスは、ミルフィーが魔の者だとでもいうの?ミルフィーはそんな人じゃないわっ!」
「落ち着け、お嬢ちゃん。何もそんな事は言ってはおらん。」
「でも、アレクっ!」
「そうではなくとも、普通の人間ではないのでしょう。」
「シャムフェスッ!」
きっとセクァヌはシャムフェスを睨む。
「ミルフィーは・・・ミルフィーは・・・・」
「お嬢ちゃん!」
シャムフェスにくってかかっていたセクァヌに、アレクシードが空を指さしながら声をかける。
「あれは・・・・・・・」
スパルキア軍もガートランド軍も、そして、町の人々も驚いて空を見上げていた。魔法のないこの世界では、作り話かおとぎ話でしか聞いたことのない光景。それを目の当たりにし、誰もが唖然として見つめていた。


その少し前、町の近くに来たミルフィーは、追ってきたカルロスに決心を話していた。
「じゃー、水魔を呼び寄せてみるわ。それで・・・カルロス・・」
「なんだ?」
「私の身体を見ていてくれない?」
「身体を?どういうことだ?」
共に戦うのではないのか?とカルロスは不思議そうな表情でミルフィーに聞く。
「姿を現した途端に豪雨に見舞われる。そして、豪雨の次は・・・町を、人々を襲うわ。その前に一気に倒したいの。・・・ううん、たぶんそれは難しいと思う。だから、せめて力を消耗させて小さくしてしまいたいのよ。空から引きずり下ろそうと思うの。」
「小さくする?」
「そう。出てくる水魔が小さければそんな心配もないけど。大きかった場合ね。」
「それは選べないのか?」
「それは無理。呼び寄せるのも難しいんだから。どんな水魔に私の声が届くのかは全く分からないわ。」
「そうか。」
「で、もし、巨大な水魔だった場合、精神体で戦うつもりなの。」
「精神体で?」
「そう。水魔に十分対抗できる大きさと、そして空に上がるために。」
「精神を飛ばすと言えば聞こえがいいが、幽体離脱じゃないのか?大丈夫なのか?」
「短時間なら大丈夫だと思う。」
「ミルフィー・・・」
心配そうなカルロスに、ミルフィーはにっこりと微笑む。
「だからとどめをさすまではいかないと思う。でも、なんとか力を削り、縮めてみせるから・・・・」
「わかった。後はオレに任せておけ。・・それからその間も。」
その後は頼む、とミルフィーが言う前に、カルロスは快く引き受けていた。
「ありがとう、カルロス。」
自信に満ちた輝きを放つカルロスの瞳に、ミルフィーは頼もしさを感じ、そして、カルロスの心に感謝し、にっこり笑ってから精神を集中し始めた。



遙か上空、邪気を放ち妖しげに輝く紅い瞳の一匹の龍と、それをキッと睨んで立つ一人の剣士の姿が、人々の目に写っていた。
「ミ、ミルフィー・・・」
が、その大きさは人ではかなった。小山のような巨人となったミルフィーが、龍を睨んでいた。見た目にはちょうど人間の大きさに見える。
町を襲おうと思っていた水魔は、そのミルフィーの姿を見つけると嬉しそうに目を細める。
小さな人間など腹の足しになりそうもなかったが、巨大化したミルフィーなら十分満足がいくはずだと水魔は喜ぶ。

獲物を見つけた喜びで瞳を輝かせて襲ってくるその水魔の攻撃を上手く交わしながら、ミルフィーは町の上空から草原の上へと移動させると、剣を構える格好を取り、精神を集中する。
−ブン!−
気で練り上げた身体と剣。それは危険きわまりない賭けとも言えた。時間は限られている。あまり気力を使いすぎても、また時間が経過しても、元に戻れなくなる。ミルフィーが男のミルフィーであったとき、身につけたそれは、生者の身で使うには危険すぎる技だった。が、あえてミルフィーはそれを実行した。何よりも、水魔を倒さなければならない。この世界には本来存在しないはずの水魔・・火を消すためとはいえ、それを召喚した責はなんとしてでも果たさなければならなかった。


−ビュオオオーーーーー!−
荒れ狂い、激しく逆巻く雨の中、そして、人々が見上げる空の中で、ミルフィーと水魔の戦いは始まっていた。
−シュッ!ギン!−
水魔の鋭いツメがミルフィーを襲う。ミルフィーはそれを交わし、時には、剣で受け止め、反撃する。
「ミルフィー・・・・・」
ダッとセクァヌはミルフィーが戦っている草原へと馬を向け走らせる。
「お嬢ちゃん!」
焦ったアレクシードが慌てて追いかけようと、一瞬シャムフェスを見る。
「すまん!」
ここなら大丈夫だ、早く言ってやれ。というシャムフェスの視線を受け、アレクシードは馬を駆った。


「カルロス?・・・・そ、それは・・・?」
草原の手前、セクァヌは横たわっているミルフィーの横に、じっと立ち、緊張した面もちで、上空で繰り広げられている戦いを見上げているカルロスに驚く。
「ん?・・・いいのか、来て?」
「いいのかじゃないだろう?一体何をしたんだ?」
セクァヌの背後から、アレクシードがカルロスに近づく。
「火を消すために水魔を呼びよせたんだが・・・魔龍だからな。被害が出ないうちに倒さなければならない。」
「それはわかるが・・・」
じっとミルフィーを見つめて言ったアレクシードに、カルロスはふっと笑う。
「今上空で戦っているのはミルフィーの精神体だ。」
「精神体・・・。」
セクァヌが呟く。
「あまり身体から離れていると戻れなくなる。」
「あなたたちって・・いったい?」
不思議そうな顔で聞くセクァヌを、カルロスは少し悲しげな表情で見つめた。
「世界が違うだけだ。オレたちの世界では魔法と、そして、ああいった輩が存在する。」
「魔法・・・。」
「できるなら、彼女を今まで通り友人だと思ってやってくれ。」
「そ、そんなの・・・・そんなの当たり前よ!」
セクァヌは叫んでいた。そのカルロスの言葉が何を意味していたのか分かっていた。確かに驚きはしたが、セクァヌのミルフィーに対する思いは変わりはなかった。
「私はミルフィーの事をよく知ってるわ。ミルフィーは・・・ミルフィーは私にできた初めての友達よ!ううん、一番大切な親友よ!」
「そうか。よかった。」
カルロスはほっとした笑みをセクァヌに返していた。


−ぎゃおおおおおおーーーーーーーーー・・・・ズズン!・・−
そんな話をしていた時、雄叫びと共に水魔が草原へとその身を落とした。その大きさもそれまでと比べるとずいぶん小さくなっている。が、それでも龍の形をしたその水魔は、3mほどはある。


「う・・ん・・・・・・」
「ミルフィー!」
気づく様子を見せたミルフィーに、3人は同時に名を呼んでいた。気づくと空にはすでにミルフィーの姿はなかった。
「カルロス・・・」
「わかった!」
うっすらと目を開けたミルフィーの言葉に、カルロスは剣をぐっと握りしめ、水魔に目標を定めて疾走していった。

「ミルフィー、大丈夫?」
「セ・・クァヌ?・・・来てたの?」
感覚がまだ戻っていなかった。ミルフィーはふらつきながら立ち上がる。
その瞳は、水魔と戦うカルロスに向けられていた。
そして、ミルフィーが起きあがったのを確認すると、アレクシードもまた水魔に立ち向かおうとセクァヌと目配せしていた。
「待って!」
「ミルフィー?」
「アレは私が呼び寄せたの。責任はとるわ。」
「でも・・・」
「セクァヌ・・・水魔はここでの死と同時に元いた世界に帰るはずなの。精神が帰るときの波に乗れば、私たちも帰ることができるはず。だから助けはいらないわ。」
「でも、ミルフィー?」
セクァヌは心配だった。本当に帰れればいいが、いや、その前に無事倒すことができればいいが、小さくなったとはいえ、まだまだ大きい水魔は、手強いはずだった。しかもミルフィーは明らかに疲れ切っている。
「大丈夫。」
にっこりと笑うと、ミルフィーは呪文を唱える。
「癒しの風よ・・・・風精の甘い吐息よ・・・我を包め・・・その吐息で疲労と傷を消し、その激しさで我に活気を吹き込め・・・・」
シュオン!と小さな風がミルフィーを取り巻いた。

「ミルフィー!」
攻撃の一瞬の合間、大きく水魔との間をとったカルロスがスタッとミルフィーの近くに着地する。
「行けるか?」
「もちろん!」
「よしっ!行くぞっ!」

そして、二人の猛攻撃が始まった。
「すごい・・・戦の時なんて比べものにならないわ。」
「あ、ああ・・・・。まるで戦神か何かのようだ。」
世界から魔を払うために戦った神々。そんなおとぎ話を二人は思いだしていた。
ミルフィーの風術に乗り、水魔の攻撃を前後左右に避け、隙を見て斬りかかっていく。それは、話の中で聞いた夢物語。


−ぎゃああああああーーーーー!!!!−
そして、数十分水魔と激しい攻防が繰り返されたあと、眉間にミルフィーとカルロスの剣を同時に受けた水魔は断末魔の叫びをあげる。
−ぐおおおおおおおおーーーーーー−
それは、空気を切り裂いて伝わっていくかと思うような振動を四方に放っていた。

−ビュオオオオオオオーー!−
「きゃっ!」
突然起きた突風に、アレクシードはセクァヌを抱き、飛ばされないようにぐっと力を全身に込めて立つ。
「ミルフィー・・・・カルロス・・」
セクァヌはアレクシードの腕の中から、水魔のいた方向を見つめていた。
空気が逆巻き渦のようになっていたそこは、水魔だけでなく二人の姿もなかった。

−ヒュゥゥゥゥゥ・・・・・−
「ミルフィーは・・・二人は無事に帰ったのよね?・・・そうよね、アレク?」
風が止み静けさが戻った平原で、呟くように問いかけたセクァヌの言葉に、アレクシードは彼女を抱くその腕にぐっと力を込め、無言で答えた。

**青空#133**


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