【その4】初恋

 

 それから数日後、スパルキア軍は、ギンヌの街郊外に陣を張っていた。

「お?誰かさんと同じように、誰かさんもフリーらしいな。」
そのギンヌの街、アレクシードと一緒に酒場に来たシャムフェスは、ドアを開けると同時に、カウンターのところにカルロスの姿を見つけてつぶやいた。
「そりゃそうだろ?彼女はお嬢ちゃんと一緒に買い物だ。」
小さく答え、ドアから1歩入ったところで、アレクシードは歩を止める。
「どうした?」
「あ、いや・・・こんなところでも目立つというか・・・・」
「そうだな。様になっているというか、なんというか・・・。」
別に目立った服装をしているわけでも、そして、人目を引くような態度をとっているのでもない。だた単に静かに呑んでいるだけなのだが、自然とカルロスに目が止まる。
「で、飛び交ってるこのハートマークは・・・」
客の中には女性もいる。その熱い視線がカルロスに向けられているのが、そっち方面に鈍いアレクシードでも感じるほどだった。勿論シャムフェスも気付いている。
「さすがのお前も、奴には負けてるみたいだな?これが女殺しとプレイボーイの差か?」
「いや・・・おそらく、天才と努力家の違いだろ?」
生まれ持って出た才能・・・これが才能と呼べるならだが・・・つまり、資質の差だ、とシャムフェスは笑って答えた。

「よお。」
軽く声をかけ、すっと横に座ったアレクシードとシャムフェスを見、カルロスは軽く笑みをみせてから、カウンターの中の主人にグラスを求める。
−コポコポコポ・・−
そのグラスにカルロスはワインを注ぐ。
「初めて口にするワインだが、なかなかいい味だ。」
「そいつはついてるな。そういえば、ワインの産地が近かったな。」
「なるほど、それで種類も豊富にあるわけか。」
3人は暫くワインを楽しむことにした。


「うーーん・・・すっかり日が暮れたな・・・・」
3人が酒場を出るともう夜だった。
「時間もちょうどいいんだが・・・どうせ行かないんだろ?」
少し意地悪そうな視線で言ったシャムフェスに、アレクシードとカルロスは苦笑いを返す。
「オレは羽根を延ばさせてもらう。じゃな。」
「ああ。」
アレクシードは軽く手を振り、そして、カルロスは、笑ってシャムフェスを見送った。


「しかし、なんだな・・・」
「ん?」
「見ず知らずの世界に飛び出たというのに、肝が据わってると言うかなんというか・・・いや、オレたちは貴殿らがいてくれれば大いに助かる。これからますます戦闘は激しくなるだろうからな。・・・だが、いいのか、それで?」
セクァヌの周りは強力な味方で固めることができる、が、お前達はそれでいいのか?と歩きながらアレクシードは聞く。
「ははは・・・手を引くなんて言えば、バカにされるのがオチだ。」
「そうだろうがな・・。」
軽く笑ったカルロスに、アレクシードは少し心配げな表情をみせる。カルロスの気持ちは、一人の女に心を寄せる男の気持ちは、完全とは言えないが、理解しているつもりだった。ミルフィーはセクァヌとは立場こそは違うが、戦場に出れば、危険性はほぼ同じ。セクァヌと競うように先陣を切って進む。そして、アレクシードとカルロスは、同じような立場にその身を置いている。違うのは・・・アレクシードとセクァヌの心は確かに通じている事が、カルロスとミルフィーはそうではないという事、それだけだが・・・それは大きな違いでもあった。
「帰り方が分かれば、そう言ってみるのもいいんだが、・・・それでも、果たして彼女はうんと言うかどうか・・・。」
「そうだな。お嬢ちゃんと一緒で強情そうだしな。」
「そうなのか?」
「ああ、それはもう・・・・いつもオレはそれで・・・」
つい漏らしてしまったその言葉を途中で切って、アレクシードは照れ笑いする。
「シャムフェスにはいつもそれでからかわれるんだが・・・。」
「彼はいないのか?」
「奴は、自由気ままに蝶を追いかけてるさ。あ、いや、奴が蝶か・・・自由気ままにあちこちの花の密を味わってる。気楽でいいとは思うが。」
「思うが、やはりお嬢ちゃんでなきゃ、意味がないというんだろ?」
「う・・・・」
少し照れたように頭をかくアレクシードに、カルロスはオレも一緒だというような視線を送る。
「お互い、難しい相手に惚れてしまったようだな。」
野営地までの帰り道、2人はその少ない会話の中に、お互いの親交を深めていた。シャムフェスに言わせると生まれながら持っている品に加えて育ちの良さからくるのだろうというカルロスから滲み出ているその雰囲気、なんとなくそこに感じていた苦手意識のようなものが、ようやく薄らいだ気をアレクシードは受けていた。というのも、ちょっと目、何きどってやがる、こいつは?・・・そう思ったのが第一印象だったからである。勿論カルロスにはそんな気はない。特に、ミルフィーといる場合は、からかわれて醜態をさらしている方が多い、と本人は感じてもいた。


日々はゆっくりと過ぎていった。戦の合間、ミルフィーはセクァヌと野駆けしたり、街では買い物にいったり、そして、時にはアレクシードを相手に剣の稽古をしながら過ごしていた。


そんなある日・・・
「どうした、ミルフィー?」
「・・・カルロス。」
野営地から見える景色をぼんやりと見ていたミルフィーは、不意に声をかけたカルロスに振り向く。
「退屈か?」
横に立ったカルロスから視線を逸らし、ミルフィーは呟いた。
「退屈・・といえばそうなのかな?」
セクァヌと一緒にいるときは楽しかった。が、ミルフィーは物足りなさを感じ始めていた。勿論、人を殺めることが、物足りないという意味ではない。それは、戦いの中の緊張感がある種違っていたということ。とはいえ、一瞬の気のゆるみが死をも招くことがある。決して気を抜いているわけではないが、人間と違い、魔物との戦いは・・・より一層の緊迫感があった。魔物特有の攻撃方法。物理的攻撃に特異の術。それは、ある種楽しみでもあったかもしれない。初めてみる魔物との対峙には、どんな術を、攻撃手段を持っているのか、そして、その攻撃の中で、相手の弱点を読みとり、反撃していく。そういったものが、当然だが、人間にはない。それに、やはり敵とはいえ、あまり気が進まない。魔物は倒していいというものでもないのだろうが・・・やはり襲ってくる魔物は倒してもいいという気持ちがあった。人間でないから気が楽・・・そんな気持ちも確かにあった。

そして、今一つ、ミルフィーの中で大きくなりかけていた気持ちがあった。
その気持ちに気付いたとき、彼女は一人愕然とした。それは、どうしようもない気持ち。なぜ?と自分を呪いたいとも感じた気持ち。最初のうちは、まさか!と否定していた。が・・・時を追うにつれ、それは確かだと認めざるを得なくなっていた。

「もう帰れないんだろうか?」
「ミルフィー・・・」
彼女らしくない気弱な言葉を呟いたミルフィーの横顔を、カルロスはじっと見つめる。
「いつまでここにいれば・・・・」
「お前さえよければ、オレはいつでもお前を連れてここを離れるが。」
常にミルフィーをその視野の中に入れているカルロス。そのカルロスがミルフィーの気持ちに気付かないわけはなかった。ひょっとしたらミルフィー本人が気付くより先に、カルロスの方が気付いていたかもしれなかった。

カルロスのその答えに返事をするでもなく、ミルフィーは少し悲しみを含んだ笑みを浮かべた。
「行くあてもないだろ?」
その口調から不安を感じていることがわかる。許されるのなら彼女を抱きしめ、腕の中で不安を吹き飛ばしてやりたいとカルロスは思った。が、現状ではそうすることは躊躇われ、カルロスは、やさしく、できる限りさりげなく聞こえるようにと努めて話す。独り言のように。
「オレは、お前と一緒ならどこでもかまわん。異世界だろうとどこだろうと。」

何も応えず、ミルフィーはぼんやりと景色を見ていた。いや、実際は何も捕らえていない。
「ミルフィー・・」
弱気になってるミルフィーが、カルロスには溜まらなかった。そのまま一人にしておくことができないほど、痛ましさと愛しさを感じ、思わずカルロスはそっとミルフィーの後ろから肩を抱く。

「ミルフィー!」
その途端、はっとしたようにカルロスを見たミルフィーは、そのままその手をふりほどくようにして駆けていった。
「オレではだめなのか・・・ミルフィー・・・・」
追いかけようとも思った。が・・・悲しげに呟くカルロスの足は動く気配をみせなかった。


「バカだな・・・どうしてこう・・・・・」
息が切れるほど全速力で走り続け、ミルフィーはいつの間にか野原を横切り、森の中へ入っていた。
−ズガッ!−
「痛ぅ〜〜〜・・・・」
自分自身に感じた憤り、そのはけ口として思いっきりもたれていた木に拳をぶつける。が・・・・受けた傷の痛みとともに、心もまた痛む。
「なんでこんなことになるんだよ・・・・・なんで・・・・・・」
カルロスが真剣であるということはよく分かっていた。そして、それでも、何も感じない自分に・・・疑問ももっていた。嫌いならはっきりできる。が、嫌いではない、・・そして、好きでもない。
それまでにもカルロスが好きになれたら、どんなに気が楽になるか、とミルフィーは思っていた。でなければいい加減諦めて姿を消してくれればいいのに、とも思ったこともあった。
「・・・まったく・・・どっちかというとマッチョは好みじゃなかったはずなのに・・・それをよりによって・・・・」
よりによって・・・ミルフィーはアレクシードに惹かれていた。その事に気づいた時、どれほどそれを否定しただろう。が、ふと気づくとアレクシードの姿を探している自分に、ミルフィーは、その気持ちをはっきりと自覚すると共に憤りを感じていた。彼は妹のようにかわいいと感じているセクァヌの恋する人なのである。しかも二人は確かに愛し合っている。その二人の間に入る余地はないし・・またそんなことはすべきじゃないと、重々承知している。
「強い剣士というのが・・・最優先されたのかな?」
後悔しようにも後悔しようがなかった。当たり前だが、そうなりたくてなるものでもない。どうせ人を好きになるなら・・・もっと近くにいる人を好きになればよかった。
(なぜ・・・カルロスじゃなかったんだろう・・・・)
いっそのことカルロスの胸に飛び込んでしまえば、忘れられるかも、とも思った。が、それは、今以上にカルロスを傷つけることになる。好きでもないのに、他の男を忘れるためにそうすることは・・・彼の誇りをずたずたに切り裂いてしまうことだと、ミルフィーは弱い自分を叱咤した。


「どうした?」
カルロスでない男の声に、ミルフィーははっとして顔をあげる。
「珍しいな、今日は奴は一緒じゃないのか?」
そこにはシャムフェスの笑顔があった。
「そう常に一緒にいるとは限らないわ。」
ミルフィーは努めて平静に答える。
「そうか。じゃー・・・ちょっと運動しないか?」
「え?」
カシャっと音を立ててシャムフェスは剣を示す。
「少しは紛れる。」
「シャムフェス?」
何のことを言ってるのか?まさか、私の気持ちを知ってて言ってるのか、と、ミルフィーは動揺しながらシャムフェスを見つめる。
「なんだ、怪我してるじゃないか。」
すっとミルフィーの手を取ると、シャムフェスは血がにじんでいたその甲に布を巻き付けた。
「シャムフェス・・」
「剣を握れないほどではないな。」
にっこり笑ったシャムフェスを、ミルフィーはしばらくじっと見つめていた。

「どうする?」
今一度聞くシャムフェスに、ミルフィーは小さく頷くと、剣に手をかけた。


剣を構え、対峙したシャムフェスの瞳に、自分と同じような輝きを見つけ、ミルフィーの心臓が踊る。
「彼も・・・そっか・・・そうなんだ・・・・・・」
相手はセクァヌなのだと、ミルフィーは悟った。
アレクシードの後ろからそっとセクァヌを見つめていた彼の姿をミルフィーは思い出していた。
「どうあっても叶わないと心の奥底に秘めた想いへのやるせなさは・・・憤りは・・・誰よりも理解してるってわけ・・か・・。」
−ギン!−
その思いをぶつけ合うように、二人は剣を交え始める。
−シュピッ!シュッ!ガキン!−
二人の剣が、空気を寸断するかのような勢いで飛び交い、無言で続くその手合いは、剣を交える都度、熱を帯びてくる。そして、いつの間にか二人は、無心になって剣を交えていた。


「しかし、さすがだな。」
「あなたもね。」
全身汗まみれ、肩で息をしながら、ようやく二人は剣を鞘へ納めていた。
「そうは思わなかっただろ?」
その言葉に、ミルフィーはばつの悪そうな表情になる。
「周りがすごいからな。」
それはとりもなおさずアレクシードとセクァヌの事だと分かった。
「あいつの剣には勝ったことがないしな。」
「そう?」
「まーな。なんといっても今じゃ大陸一の戦士だしな。」
「そうよね。すごいものね。」
「ああ。だが、今じゃそれも危ういな。」
「え?」
「あんたがいるし、奴もいる。」
「私なんて彼にかなう分けないわよ。」
「そうかな?いい線いくと思うんだが?」
「『いい線』じゃだめでしょ?」
「あ・・そうか・・・・。いい線じゃダメなんだ・・勝たなきゃな。」
あはははは、と明るく笑ったシャムフェスに、ミルフィーもつられて笑う。
「いい笑顔だな。奴の気持ちが分かる気がする。」
「あなたもいつものようにすました軍師でいるより、今の方がずっと素敵よ。」
「う〜〜ん・・・そう言われると困るな・・・。巷では沈着冷静な軍師で通ってるからなー。イメージが・・・・」
「名参謀も大変ね。こんなとこにまで気を使って。」
和を崩したくないから、こんなことまでしたのでは?というミルフィーの目に、シャムフェスは苦笑いする。
「そうだな・・・まるっきり考えずに、ということでもないが・・・」
人ごとで片づけるには、やるせなかった、とシャムフェスは目で応える。


「なぜ、こんなにもすれ違ってしまうのかな?」
「そうだな。・・なぜなんだろうな?」
しばらく二人はそのまま黙っていた。
倒れていた大木に並んで座り、地面に突き刺した剣に添えている手の甲に顎を乗せ、ミルフィーは風に遊ばれ、ざわめく木々の音に耳を傾けていた。

**青空#131**


|Back| |Index| |Next|