【その2】ニアミス?(爆)

 

 「ミルフィー・・・」
スパルキアの軍と行動を共にするようになって3日経っていた。
夜をしのぐテントを張り終わったミルフィーに、カルロスが声をかける。
「なーに、カルロス?」
「そろそろ戦闘が始まると聞いたが・・・」
「らしいわね。」
「いいのか?」
「何が?」
「何がって・・・オレたちがここにいることさ。」
「今まで世話になってるのよ。戦が始まるからと言って、じゃー、さよならなんて事するわけにはいかないでしょ?」
「しかしだな・・・」
「何よ、カルロス?あなたは戦場に赴いたこともあるんでしょ?」
「ああ、そうだが。」
「何怖じ気づいてるの?」
「いや、そうじゃない。」
「じゃー、なんなの?」
すっかりセクァヌと共に戦うつもりになっているミルフィーに、カルロスは心配そうな表情で近づく。
「今までお前が相手にしてきた魔物とは違うんだぞ。」
「そんなことわかってるわよ。」
国と国同士の戦い。相手は人間なのだということくらい承知している、とミルフィーはカルロスを睨む。
「オレは・・できたら、お前に、そんな事はさせたくない・・・。」
そっとミルフィーの頬にあてたカルロスのその手を勢い良く払ってミルフィーは
半分怒鳴ったように言う。
「今更何を甘い事言ってるの?国と国とが争う・・・それはそういう事でしょ?」
魔物ならまだしも、例え敵とはいえ、人の命を奪うような事はさせたくない、というカルロスのその気持ちも、嬉しくはあった、が、そんな甘い状況ではないし、それを避けて・・無視していられるような自分でもないとミルフィーは感じていた。年下のセクァヌが頑張っている。会って間もないのに彼女は自分を姉のように慕ってくれている。そして、他に行くところもない今、彼女を助けなくてどうする?そういった気持ちが大きかった。
が、事実は・・・カルロスにそう指摘されるまで、真剣に考えた事がなかった。ただ当たり前のように手を貸す、そうとしか考えてなかった事も確かだった。
(そう。相手は人間。同じ赤い血の通った・・・ただ、国が、仕える主が違うというだけで・・悪人でも何でもない・・・・でも、殺らなきゃ殺られる『敵』なのよね・・・。)
「ミルフィー・・・」
勢い良く自分にくってかかってきたミルフィーが、急に黙り、カルロスは心配になる。
「・・・カルロス・・オレ、あんたに話したっけ?」
「何をだ?」
テントの横にイス用にと置いた真半分に切った丸太の上に座ったミルフィーの横に、カルロスも座る。
「オレの・・・父親の事。」
「いや、詳しくは聞いてないな。お前が旅に出たきっかけとして、ちらっと聞いただけだ。」
触れたくないミルフィーと父親の事件。彼女に非はないとはいえ、口にすることははばかれた。
「国王だったってことは?」
「いや・・聞いてない。話から判断して、普通の人物ではないとは思ったが。」
「そう・・だったよな。話してなかったよな・・・・。」
完全に男言葉になっていた。それは、彼女が動揺している事を示していた。
「世界は違うけど・・オレの親父はガートランド王と似たようなもんさ。」
少し驚いた表情をしたカルロスに、ミルフィーは力無い笑みを見せる。
「山間の田舎の国だけど、一応国なんだよな。で、戦好きでさ・・戦をしかけては、近隣の小国を吸収して・・・僻地の国とは言え、結構大きくなってたらしい・・・。オレにはその血が流れてるんだ・・・ガートランド王みたいな狂王と呼ばれた親父の血が・・。」
カルロスはどう返事をしていいのか迷い、ただミルフィーを見つめていた。悲しげな彼女の顔を。
「その狂王の娘なんだ。血を見るくらい・・・戦くらい、どうってことないさ。・・もっとも魔物と違うからな、最初はちょっと戸惑うかもしれないが・・じき慣れるさ。」
「ミルフィーっ!」
カルロスは思わずミルフィーの両腕をぐっと握って、声を荒げる。
その最初の戸惑いが命を奪うこともある、とカルロスは心配になっていた。
ミルフィーの剣の腕では認める。だが、人間を相手にしたことのないミルフィーは、果たして本来の力を発揮できるのか?そして、それが出来なかった場合、命の保証はない。
(いや、この身にかえても守ってみせるが・・・できるならそんな思いはさせたくない。)
カルロスは、思わず初めて魔物と対峙した時のミルフィアを思い出していた。
戦わなくてはならないのに、真っ青になったままそれを忘れてしまっていたミルフィア。剣先が定まらず持てる力の半分も出せずに焦りばかりが増す中で、どうしようもなかったミルフィア。それは・・・間違いなく以前のミルフィーであった。
「なぜ、そう気負う?」
「カルロス?」
やさしく見つめるカルロスに、ミルフィーは視線を取られていた。
「忘れていないか?」
「何を?」
「お前は少女だということを。」
はっとし、ミルフィーは、カルロスから視線を逸らす。
「セクァヌだって少女だ。しかもオレより年下で・・・・」
「人には運命というものがある。なすべき事を与えられてこの世に生を受ける。彼女の道はそれだった。厳しく険しい道だ。お前が助けたいという気持ちも分かる。だが、彼女には十分その力になれる人物がいる。・・・ここで別れると言っても彼女は責めるような事はしないだろう?」
「それはそうだけど・・・・でも・・・」
ぽん!とカルロスは、横を向いているミルフィーの肩を軽く叩いた。
「だが、まー、お前がここで別れると言うようじゃ、世の中おしまいだろ?」
「カ、カルロス?」
急に口調までも変えたカルロスに、ミルフィーは驚いて見つめる。
「気持ちを確かめたかっただけだ。気構えが出来ているのならいい。後はオレに任せておけ。」
「カルロス。」
「できるなら、戦わせたくないというのは、本音なんだが・・・お前の性格じゃ無理だろう。・・大丈夫だ、お前には傷一つ負わせやしない。」
「・・・・カル・・ロス・・・。」
しばらく二人は見つめ合っていた。
「それから・・受け継いだ血がどうのこうのなんて言うことは気にするな。お前はお前。父親など関係ない。」
じっと見つめたままのミルフィーの顎から頬に、カルロスはそっと指を軽く沿わせる。
「ここにいるのは、誰でもないミルフィー、お前なんだ・・オレの知ってる・・オレの好きな・・・」

−バッ!−
(ととっ・・・・)
いいムードだった。こんないいムードはミルフィーとは初めてだった。このままうまくいけば、間違いなしか?と、そっとミルフィーの唇に自分のそれを近づけていたカルロスは、不意に立ち上がったミルフィーによって、その期待は泡と消えた。
(あ、危ない、危ない・・・・・)
立ち上がった自分を見上げ、何か言いたそうな、そして、すぐにでも立ち上がってまたその雰囲気の中に納めてしまいそうなカルロスにミルフィーは焦りを覚えて、顔を赤く染めながら慌ててその場を去るため歩き始める。
「ミルフィー!」
「その手にのるかよ!」
(まったく・・油断も隙もないんだから・・。)
ちらっと立ち上がったカルロスを見ると、ミルフィーは吐き捨てるようにカルロスに言うと、セクァヌの姿を探して歩を進めた。
(それに・・人を斬るのは初めてじゃない。カルロスが知らないで・・。)
ミルフィーは一人歩きながら思い出していた。銀龍が今現在守っている世界、魔王にされたサンタクロースの世界。そこでの苦い体験。
(あの世界での敵は・・・魔物より、憎悪と悪意が心の底までしみこんだ人間の方が多かった。魔の狂気に支配された人間が。戸惑うことは死を意味していた。だから・・・。)
もしも元の世界に帰ることができないのなら、ずっとセクァヌと、スパルキア軍と行動を共にしていくんだろうか・・・これからどうなるのか、とミルフィーは考えながら空を見上げていた。


そして、予想通り、翌日戦がその地で繰り広げられる。
「す、すごい・・・・」
ミルフィーはセクァヌのその戦いぶりに目を見張っていた。少女であり、年下であるにもかかわらず、その戦いぶりはそれまで彼女が見たことがないほどの激しさを持っていた。
まるで戦神のように舞うセクァヌ。そして、その傍にはアレクシードがセクァヌとまた違った激しさを持つ剣を振るっていた。
「アレクシード・・・セクァヌ・・・・・・」

「ミルフィーッ!」
−ザシュッ!ザン!−
セクァヌとアレクシードに気を奪われ、注意力が散漫になったミルフィーを襲った敵兵の剣を制止し、その剣の主を地に沈めると同時にカルロスが叫んだ。
「ごめん、カルロス・・」
「ごめんじゃすまんぞ?!」
「う・・ん・・」
しっかりと自分に言い聞かせたつもりだった。いつもと違うのだ、と。
ミルフィーは今一度自分に言い聞かせると、カルロスの真剣な瞳に、丈夫だと応え、戦闘に集中していった。


そして、セクァヌも、アレクシードもそのミルフィーに驚いていた。
セクァヌの持つ中剣とは違い、ミルフィーは、カルロス同様、片手ではあるが、男が持つような大剣を携えていた。それをいとも軽々と扱い、次々と敵兵をなぎ倒していく。そして、それを補助するかのようにすぐ傍で剣を振るうカルロスに、二人は、思わず自分たちの姿を重ねて見ていた。それは、自分たちではなかったが、確かに、そこに重なるものがあった。
「お嬢ちゃん以外にもあんなすごい使い手いたんだな・・。」
思わず呟いたアレクシードだけでなく、近くにいた兵士ら、そしてセクァヌもそう感じていた。


「ミルフィー・・すごいのね?」
「え?そ、そう?・・・・セクァヌだって、すごかったわよ。」
戦闘も終わり、陣営での休憩。剣の手入れをしていたミルフィーに近寄ってきたセクァヌが声をかける。
「一度お手合わせ願いたいものだな。」
「アレク・・」
「アレクシード・・」
セクァヌの背後でアレクシードの声が聞こえ、二人は彼の方を見る。
「だめよ、アレク、私が一番よ。」
「じゃー、順番か?」
「そうね♪」


そして、その翌日、陣営の一角では、ミルフィーとセクァヌ、そして休憩を入れてから、ミルフィーとアレクシードとの手合わせがあった。周りは手に汗握りしめて見つめている黒山の兵士が、勿論最前列にはカルロスも、シャムフェスも、そして、セクァヌとの時はアレクシードが、アレクシードとの時にはセクァヌがじっと見つめていた。

「う〜〜ん・・・乗ってきた・・セクァヌもアレクシードもさすがね。手応えあるわ。」
「だろうな。」
「・・・次はカルロスやらない?」
「オレか?・・・オレは・・・・・・・」
簡易用イスに座り、タオルで汗を拭いているミルフィーをしばらく見つめていてからカルロスは付け加える。
「オレは、・・・お前に向ける剣は持たん。」
「練習よ?」
「練習でもだ。」
「・・・カルロス・・」
カルロスの熱い視線に飲み込まれそうになり、ミルフィーは慌てて立ち上がる。
(やば・・・・ここのところどうも調子が出ないな・・・)
「じゃー、セクァヌと川で水浴してくるから・・・覗きに来るんじゃないわよ!」
「っと・・・・」
立ち去ろうとするミルフィーの腕を掴んで、そこに留まらせようとしたカルロスは、その言葉で延ばした手を引く。
「それはまた誘惑的な言葉だな・・・。」
小声で呟き、カルロスは苦笑いでミルフィーを見送った。

**青空#129**


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