【その1】出会い

 

 「これってもしかしたら、またしてもやっちゃった・・・のかな?」
「ああ・・・どうやらそのようだな・・・。」
森の中を少女らしき剣士と、いかにも騎士という名にふさわしいと思われる男が周囲を見渡しながら歩いていた。

少女の名前はミルフィー。そして男の名前はカルロス。二人は共に腕の立つ剣士であり、冒険者であった。
仲間と共に聖魔の塔と呼ばれている塔内の探索中、ふとしたことがきっかけで
気がつくと、二人は異世界らしい所へ飛ばされていた。
その塔は、様々な異世界と繋がっているところ。それは珍しくないこととも言えたが・・・2人だけというのは、珍しいというより、初めてだった。
いつもなら他の仲間も一緒だった。が、その時に限って彼らと距離があった。その結果として転移のトラップにかかったのは、ミルフィーとカルロス二人のみであった。

(カルロスと二人か・・・・意識するつもりじゃないけどな・・・・)
男言葉が常であったミルフィーは心の中でそう呟く。今更と言えばそうなのだが、少々今の状態に戸惑っていた。というのも、彼女より10近く年上であるカルロスは、実はそれまでに幾度となく彼女に言い寄って・・・もとい!・・つまり、彼女に惚れていた。そして、その性格と経験から、そっち方面(謎)は、得意中の得意なのである。女殺し・カルロス、それが彼の持つ異名だった。それに反して彼女はそういうことに関してはまだ目覚めていないというか、うぶというか・・・苦手中の苦手・・というか、ともかくまだそういった事には興味はなく、その男にも気があるわけでもなかった。
そう、彼女は自由と冒険、それを満喫することが、現状では生き甲斐であり、楽しみだった。・・・とはいえ、一応(失礼なっ!)少女・・というより18ともなれば女性と言った方がいいのだろうか?・・ともかく、そうなのである。傍らに自分に思いを寄せている男がいる。しかも二人きり・・・意識しない方がおかしいというものでもある。加えて、その男の彼女に対する熱は、かなりのものだった。

『その気になるまで決して手は出さない。いつまででも待つ。』
歩きながら、彼女はその言葉を思い出していた。
(・・・大丈夫よね・・それに、私にはこれがあるし。)
腰の剣に目を落とし、小さく呟く。だが、大の男でも、屈強な戦士でも、一目置く彼女のその剣の腕に、その男も決して引けをとってはいない。故に・・・後は男女の差・・体格と体力・・こればかりはどうしようもない事が二人の間にあった。
(要は・・・カルロスの理性が飛ぶような状況を作らなければいいんだよな?)
ピンチにある時、そして、怒りに支配された時、彼女の口調は男言葉になることが多かった。本人は意識してないのだが、周りは熟知していることでもあった。
木々の間から差し込んでくる木漏れ日を見上げながら、ミルフィーはため息をついていた。

「どうした?」
周囲に気を配りつつ、彼女のことは常に視野の中に入れているカルロスが、そんな小さな事でさえも見逃すことはない。2,3歩距離があった彼女との間をすっと縮めて傍に立つ。
「珍しいな。目新しい所なら、期待で目を輝かすお前が?」
そう、いつもなら異世界に飛ばされれば、ここでは一体何が待ち受け、どんなハプニングが起きるのだろう?と、彼女の目は輝いているはずなのである。
「ち、ちょっと疲れてんだって!」
慌てて彼女は言い返し、足を早める。そのわざとらしい答え方に、カルロスはにまっと唇の端を上げる。
「オレと二人っきりという事が、そんなに不安か?」
「じ、冗談っ!」
彼女は振り返りざま、カルロスをきっと睨む。そして、腰の剣の鍔に手をかけて半分怒鳴るように言った。
「オレには、これがあるし。何より、あんたは紳士・・・」
なんだろ?と、言いかけて、ミルフィーの言葉は止まった。その言葉は、カルロスの指摘が当たっていた事を証明するようなもの・・だと気づいたからだった。
「ん?何よりオレは・・・何なんだ?」
「う・・・・」
いつもと調子が違っていた。いつもなら、軽くカルロスの言葉など交わしていた。が、今日はどうも調子が悪い。
その彼女とは反対に、カルロスは心の内でほくそ笑んでいた。まるっきり自分など意識してないようにからかってばかりいる彼女が、今日は、確かに自分を意識している。そこに、まだ自分に対する特別な、あるいはそれらしき感情がなさそうだったのが、非常に残念に思えたが、1歩前進には違いない。カルロスは、偶には転移のトラップにかかるのもいいもんだな、と勝手な事を考えていた。
「な、なんだよ・・そのにやけた顔は?」
彼女の言葉の先の追求もせず、一人にやけた顔を自分に向けているカルロスに、ミルフィーは焦りを覚えてその沈黙を破る。
「あ、いや・・別に。ただ・・・」
「ただ?」
『急いては事をし損じる』、カルロスは急ぐつもりはなかった。もっとも強引に出れば、嫌われることは確実だったし、それに、剣に手をかけている彼女にそうするのは愚の骨頂と言えた。
「もうすぐ日も落ちる。・・・村か、さもなくば人家でも見つけないと野宿ということになるんだが・・・。」
オレはいいんだが、とにやっと笑みを浮かべて、カルロスはミルフィーと視線を合わせる。
「は?今更何言ってんだよ?オレはそんな柔じゃないって知ってるだろ?野宿だろうがなんだろうが構わないって!」
「いいのか?」
「・・・い、いいのかって?」
カルロスの笑みに、ミルフィーは思わずぎくっとする。
「あ、あのなー・・・・・・・」
勢いで言いかけたが、その先が思い当たらない。どう続けようかと彼女がこまっていたそのとき・・・・・

「カルロス!」
「ミルフィー!」
二人は、周囲に人の気配を感じ、背中合わせの体勢で剣に手をかける。

−ザザッ!−
それと同時に茂みから数人の兵士らしき男が飛び出、二人を槍で囲んだ。
「ガートランドの残兵か?」
兵士の中の一人が叫ぶ。
「ガートランド?」
カルロスの問いには答えず、兵士たちは槍を構えたまま二人を睨んでいた。

「待って!」
その体勢がしばらく続いたのち、不意に少女の声が聞こえて、二人も、そして兵士らもその声の方角を見る。
そこには、毅然とした態度の一人の少女が馬上から彼らを見つめていた。
「槍を引きなさい。その二人は兵士じゃないわ。」
「し、しかし姫様・・・剣を携えておりますれば・・・」
「剣を携えているからといって、全部が全部敵兵というわけでもないでしょう?」
「で、ですが・・・」
兵士のリーダーと思われる男は、姫様と呼ばれたその少女の視線を受け、槍を引くように他の兵士に命令する。

「失礼しました。戦が終わったばかりでまだ兵たちの気がたっているものですから。」
ストッ!と馬から下りると、兵士らが見守る中、その少女は二人に近づく。
「いいのか?そんな簡単に信用して。」
剣から手を離しながら言ったカルロスの言葉に、少女はにっこりと微笑んだ。
「でも、事実は事実なのでしょう?私にはあなたたちが敵とは思えません。」
「道に迷っただけだ。敵も味方もない。」
同じく剣から手を離して言うミルフィーを、彼女はじっと見つめる。
「迷った?」
「ああ・・・だいたい、ここがどこかも分からないんだからな・・・・」
ミルフィーをしばらく見つめていた少女は、にっこりと微笑みをみせる。
「私は、スパルキアの族長、セクァヌと申します。近くに陣営を張っておりますので、よろしければおいでになりませんか?」
「い、いいのか?見ず知らずのオレたちなどを?」
「あなたからは悪い人の気配は受けませんし、近くに村もありません。やっぱり野宿よりテントとはいえ、その方がいいでしょう?」
女であれば特に、とセクァヌの目は語っていた。
「え?・・・ええ・・それはそうだけど・・・・。あ・・オ、オレ・・じゃないか・・・」
じっと見つめているセクァヌに、ミルフィーはまだ名乗っていなかたことに気づく。
「私はミルフィー。それから、こっちはカルロス。冒険・・じゃなくて・・、旅の仲間・・・と言えばいいのかな?」
「そうですか。お二人は恋人同士?」
「そうだ。」
「ち、ちがうっ!」
セクァヌの言葉に、カルロスとミルフィーが同時に叫んでいた。
「え?」
「ご、誤解されるような事は言うんじゃない!」
「いいじゃないか、オレはそう思ってるんだから。」
「よかーないっ!」
「くすくすっ・・・」
「あ・・・・」
二人の言い争う様に笑い始めたセクァヌに、ミルフィーは真っ赤になる。
「あ、あの、だから・・その・・・」
「分かりました。お二人は何でもないということで。」
ほっとするミルフィーと少し苦い表情をしたカルロスを、セクァヌとそこにいた兵士らは、陣営へと案内した。


「私より3つも下?・・・それで、軍を率いて独立のために戦ってる?」
その夜、セクァヌの護衛と聞いたアレクシードと軍の参謀であるシャムフェスと共に、ミルフィーとカルロスは食事と取りながらあれこれ話していた。
「ええ、幸い、周囲がとても頼りになる者たちなので、兵士たちもついてきてくれます。」
そう言ったセクァヌのその視線の先に、アレクシードを見つけると共に、彼女の視線の中に宿っていた輝きを見つけ、ミルフィーはぴん!と来た。自分の事となるとまるっきりだが、他人の事となると結構感は働くらしい。
「いや、それはお嬢ちゃんがそうさせるだけの力があるってことだ。」
少し控えた位置に座っていたアレクシードの言葉に、ミルフィーは思わず苦笑いする。
「『お嬢ちゃん』か・・・」
少し前までカルロスにその呼称で呼ばれていたミルフィーは、なんとなくくすぐったい気持ちを感じていた。
セクァヌの言葉と視線に、温かくそして少し控えめに返すアレクシードの視線。心が温かくなってくる感じを受けながら、ミルフィーは二人を見つめていた。


「信じられないような事だけど・・・私は信じられる気がする。」
夜も更け、セクァヌの頼みを受け、ミルフィーはテントを共にしていた。仮にも族長のセクァヌ。アレクシードとシャムフェスはいい顔はしなかったが、セクァヌの熱意に負け、仕方なくそれを許可していた。セクァヌの感は確かなものであり、それ故に彼らもミルフィーを信じた。
ミルフィーを見たその時から感じた親近感、同じ少女であり剣士であるその事に、セクァヌは、あれこれ話したいと思った。軍にいる女性兵士とは違う親近感を彼女はミルフィーに感じていた。姉を慕うような気持ちと似ていたかもしれなかった。
隣り合ったベッドに横になりながら、セクァヌはミルフィーの飾らない言葉と、なんでも率直に話す彼女をますます気に入っていた。そして、異世界から来たという信じられないような話も、疑いももたず信じ込んでいた。


翌日、その場を払い、軍を進めるセクァヌに、ミルフィーとカルロスは同行することにした。どうせ行く充てもないし、ただ歩いているだけではつまらない。


「まるで姉妹のようだな?」
途中の休憩で楽しそうにミルフィーと話すセクァヌを見て、アレクシードは微笑んでいた。
「そうだな。女同士だし、歳も近いからなんだろうが・・・」
「ん?」
いつもなら横から聞こえてくる男の声はシャムフェスのものだった。が、そうではない声にアレクシードは振り返る。
「確か・・カルロスとか言ったな?」
「そうだ。」
カルロスも剣士として完成された立派な体躯を持っていたが、アレクシードは、そのカルロスより一段と背も高くがっしりしている。
体格では違いがみえるが、二人とも己自身に誇りと揺らぎない自信を持っていた。双方とも相手にのまれる、あるいは、引けを感じるということは、決してなかった。
アレクシードの鋭い視線に、カルロスは落ち着いて視線を返す。
−ふっ・・−
しばらく見つめ合っていた二人は、自然と笑いが軽くこぼれた。
(奴も一緒か・・・)
同じ気持ちを持っている・・・それがお互いに見つめていて二人が感じた事だった。
視線の先に、それぞれが惚れた女がいる。・・まだその想いは確かなものとして返ってきてはいない・・・。時に不安と焦り、ちょっとした相手の仕草に喜びを感じたり困惑したり、・・そんな想いと共に、剣士として、そして男として、彼女を常に見つめその傍にいる。
(それでもあんたは彼女と心は通じているんだろ?)
カルロスは、アレクシードにふっと笑みをこぼすと、心の中でそう言いながら、その視線を再びミルフィーに飛ばす。
(オレは・・・・いつになるのか・・・・)
女としての心の開花がどうしてこう遅いのだ、と実際カルロスは焦りを覚えていた。この際好き嫌いは別にしても、もう十分異性を意識する年頃のはずだとカルロスは時々思わずにいられなかった。
(まるっきりその気配はないんだからな。・・それともオレの男が足らないか?・・いや、そんな事はないはずなんだが。)
ミルフィーの前では、元女殺しの、いや、自分が男であるという事さえ跡形もなく崩れさってしまうような気さえ受けていた。
女には自信があったし、事実、自他共に認めるプレイボーイだったのである。ミルフィーに惚れてから他の女には手をだしたことはないが、それでも、女の方からいくらでも誘いはあった。
「ふ〜〜・・・」
思わずカルロスの口からため息が出ていた。

「なんだなんだ、いい男が二人して?」
その声で二人が振り向くと、そこにシャムフェスが笑っていた。
「明日の夕方には街へ入る。どうだ、一緒に娼館へでも?穴場情報が入ってるぞ。」
「いや、オレはいい。」
同時に答えたカルロスとアレクシードは、思わず見合って苦笑いをしていた。


そんな男たちの切ない想いに気づく気配もなく、木陰に座るミルフィーとセクァヌは楽しそうに話し続けていた。

**青空#128**


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