-第一章・迷宮の孤独な探索者-
*** その5・さびた王冠 ***

 

 −カランカランカラン・・・−
「あれ?今何か足で飛ばした?」
岩場を進むリュフォンヌと伊織。
何かを足で蹴飛ばした気がして伊織はごつごつしたその斜面に目をおとした。
「ん?・・なんだ・・・・王冠か?さびさびじゃない?」
自然の浸食によりさびてぼろぼろになった王冠が転がっていた。
「こんなの1文の価値もありゃしない!」
ぽん!改めて?蹴り飛ばす伊織。

−コン!・・カラン、カラン・・・−
「いったいな〜・・・・」
「え?」
子供のような小さな声がして、リュフォンヌと伊織は一瞬顔を見合わせ、そして、声のした方、蹴飛ばした王冠が転がっていった方へ近づいた。
「お前・・・・」
さびた王冠の中央が淡く光っていた。
「もしかして、この王冠は法力が練り込まれたものなの?・・・お前は、王冠の精?」
そっと拾ってリュフォンヌはその淡い光に話しかける。今にも消えそうな淡い光に。
「え?・・ぼ、ぼくの言葉が聞こえるの?」
嬉しそうな声が聞こえ、それと共に光がほんの少し強くなった。
「リュフォンヌ?」
「ああ・・・伊織にはやっぱり聞こえない?そうね、弱まりすぎてるから・・・ちょっと待って。」
小さく呪文を唱えるとリュフォンヌは、開いている手のひらに淡い精神球を作り出し、それを王冠の光に近づけた。
「さあ、これを吸収しなさい。」
ぽわーーと嬉しそうに輝くと、王冠の光と精神球は一つに合わさった。
「あ、ありがとうございます。」
「あ!あたしにも聞こえたわ!」
嬉しそうに言った伊織に、リュフォンヌはにこっと笑顔を見せる。
「子供のような声だけど、光しか見えないわ。リュフォンヌには見えるの?」
「ううん。私に見えるのも光だけよ。」
「すみません・・・力を失ってしまって、象る事ができないのです。」
「なるほどねー。まー、これだけさびついてぼろぼろじゃーねー?」
「お願いです。ぼくを炎龍のところへ連れていってください。」
「え?炎龍?」
リュフォンヌと伊織は顔を見合わせた。
「炎龍のところへ行けば、ぼくについていた恋人たちに会えるはずなのです。」
「恋人たち?」
「はい。人間達は宝石と呼んでるようです。光輝くいろいろな色の透明から半透明の石のことです。」
「ふ〜〜ん・・・ところどころに開いてるこの穴って、ひょっとしてその宝石が填っていたのかい?」
「はい、そうです。お願いです。悪い人間から炎龍のところから盗まれて、彼女たちはばらばらに分けられてしまいました。それまで黄金に光っていたぼくも本当は彼らのうちの一人の手に渡るはずだったのですが・・・宝石を全部取ったらこんなになってしまったので・・・・。」
「まー・・ねー・・・・これじゃねー?するってーとなにかい?あんた、黄金の王冠だったってのかい?」
「ええ、そうです。でも、彼女たちがいないとダメなんです。」
伊織はリュフォンヌの手に収まっている王冠のあちこちを見ながら、冠の精と話していた。
「ふ〜〜ん・・・自力じゃ光れないわけか。」
「恋する王冠と呼ばれていたぼくは・・・恋人が一緒にいて初めて輝くことができるのです。」
「ふ〜〜〜ん・・・・・でもさ、炎龍のところへ帰っても宝石はないんだろ?」
「そうですね・・・もし1つでも宝石が残っているのなら、炎龍はぼくを探してくれるはずです。たとえさびた状態でも、見つけてくれるはずです。彼女たちもぼくという王冠があってこそ、より一層その輝きを増すことができるのですから。」
「ふ〜〜ん、そういう関係なのかい。だけど、あたしたちと行って炎龍が歓迎してくれるとは限らないよ。」
「大丈夫です。炎龍は人間嫌いですが、ぼくを見せれば話くらいは聞いてくれるはずです。」
「あんたは人間嫌いじゃないのかい?」
「ぼくは・・・・炎龍の元へ来る前に、いろいろな人間や他の種族の手に渡りました。だから、知ってます。いい人もいれば、悪人もいる。」
「なるほどねー。でも、そう言うってことは、さしあたってあたしたちは、いい人に入ってるってことかい?」
「そうですね・・・蹴飛ばされはしましたけど・・悪意は感じませんので。」
「はははっ!正直だね、あんた。」


生死をかけた戦いを覚悟していた。いや、できるなら平穏に話し合いたい気持ちの方が大きいが・・・相手がはぐれ龍の凶暴な炎龍では無理だろうと思っていたリュフォンヌと伊織は、その偶然の出会いを喜んだ。そして、王冠の精もまたそれを喜んだ。


『ふむ・・・お気に入りだった王冠を拾い、届けてくれたのは嬉しいが・・・』
幸いにも夢見良く目覚めたばかりの炎龍が上機嫌だったおかげで戦闘にもならず、リュフォンヌが話す前に、炎龍の方がその手にあった王冠を見つけて、穏やかな会見となった。

『私はこのジェムストーンが気に入っている。宝石を失くした王冠とは比べものにならないほど美しい。』
「イーガ!」
炎龍が指さした岩棚に飾ってあったそれに慌てて駆け寄ろうとした伊織を、リュフォンヌは制する。
「だってリュフォンヌ!」
「だめよ!今近づいては友好状態は一瞬にして白紙に戻るわ。」
リュフォンヌの言葉に、伊織はしぶしぶその足を止める。
「お願い、炎龍、その人は私たちの大切な仲間なの。」
『そんな事は知らぬ!』
目的がそれだと知って、炎龍は警戒して吼えた。
「お願いだよ!返してくれたら・・元に戻してくれたら、どんなことでもするから!」
「伊織!」
高ぶった感情のまま思わず叫んだ伊織の言葉にびくっとしてリュフォンヌが叫ぶ。[どんなことでもする]それは危険な言葉だった。
『なるほど、どんなことでも・・・か?』
が、不適な笑みを浮かべ、炎龍はすかさずその言葉を反芻した。
『お前が代わりにジェムストーンになるか?』
「あ・・ああ、いいよ!」
「ダメっ!」
「だけど・・・」
「ダメよっ!あなたはよくても今度はイーガが・・・」
「あ・・・じゃ、どうすればいい?・・・あたしは・・どうすれば?」
伊織の両目から涙が溢れ、頬を伝い始める。
「あたし・・・・」
そのまま地面にがっくりと肩を落とした伊織をしばらく見つめていたリュフォンヌは、ぎゅっと唇を噛み、そして炎龍を見上げた。
「変わりにジェムストーンになるのは簡単だわ。だけど、今あなたの手元にあるものと同じ輝きを放つかどうかわからない。」
『そうだな。』
「あなたは、それ以下では気に入らないはずよ。」
『そうだ。』
「教えて!その王冠に宝石がはまっていた時と、そのジェムストーンとどちらがお気に入りなの?」
『そうだな・・・』
目を閉じ、しばらく考えてから炎龍は答えた。
『この人間は純粋な心を持っておる。迷宮を徘徊する奴らとしては珍しい。故にその輝きが珍しくて手元に置いたのだが・・・恋する王冠は、石を填める位置を替えれば様々な輝きをみせてくれ、私を楽しませてくれる。そして・・』
「そして?」
『いや・・・まー、それはよい。しかし・・・』
何か意味ありげな笑みをみせ、炎龍は続けた。
『リュフォンヌとか言ったな。』
「ええ。」
『お前の輝きは・・・これ以上楽しませてくれるように思えるのだが?』
びくっとして伊織はリュフォンヌを見上げ、リュフォンヌはぐっと唇をかみしめたまま炎龍と見合っていた。
「私は・・・目的がなければそれでもかまわない。私には必要としてくれる人などいないから・・。」
「リュフォンヌ!」
慌てて伊織は立ち上がってリュフォンヌの肩を掴む。
「ダメ!あたしの為になんて!」
ふっと笑ってリュフォンヌは、自分の両肩を痛いくらいに掴んでいる伊織の手をそっと外させた。
「大丈夫。言ったでしょ?目的がなければ、って。」
「でも・・・」
「炎龍・・・」
伊織から再び炎龍に視線を向けて彼女は続ける。
「知らないとは言わせないわ。今の世界のこの状況。」
『魔の四神獣の復活か?』
ゆっくりとリュフォンヌは頷いた。
『私には関係ない。世界が魔に覆われようと破壊されしつくされようと、影響はない。』
「そうね。あなたにはそうでしょう。でも、私はそうはいかないのよ。」
『だから?』
「だから・・・そうね、それを阻止できてからなら・・」
『そうだな。阻止出来てからならいいが、そんな出来るか出来ぬか分からないような先の事を条件に、今元に戻せというのでは聞けぬ。』
せっかく穏やかに話すことができたのに、やはり戦うしか方法はないのか、とリュフォンヌが杖をぐっと握りしめたときだった。

『なんだ?』
炎龍の目の前にあのさびた王冠が淡い光を放って浮いていた。
『ふ〜〜む・・それもそうだな。』
炎龍と冠の精は何か話し合っていたようだった。

『いいだろう。この者は人間に戻してやろう。』
「え?」
しばらくして言った炎龍の言葉に目を輝かすリュフォンヌと伊織。
『だが、条件がある。』
ごくん、と唾を飲み込み、リュフォンヌは聞く。どれほど難題をつきつけられるのかと思いながら。
『この王冠に填っていた宝石全てを、盗人どもから取り戻す事。そして・・』
「そして?」
『王冠のように輝きを変えて私の目を楽しませてくれるような器用さはこれにはない。実は少し飽きてきていてな。』
「で?」
『元が変われば石の色も変わる。』
にたっと笑った炎龍とは反対に、リュフォンヌと伊織は、緊張する。
『ここから出るには、強力な魔力を持つお前でないと無理だろう。』
リュフォンヌにそう言ってから、炎龍は伊織を見下ろす。
『聞けば、お前を逃がす為に、この者ともう一人の者は力を使い切ったそうではないか?』
今一度ぐっと力を入れ握りしめた伊織の拳は震えていた。
『恋の王冠が私の手元に戻るまで、お前が私の目を楽しませてくれればよい。』
「あ、ああ・・あたしは・・いいよ。」
声色を殺した口調で伊織は自分のその言葉をかみしめるようにいった。
「待って!わざわざ伊織と替えなくても!」
『ダメだ。少しこれに飽きてきたところだと言った。』
「飽きたのならもういらないでしょ?」
『替わる物がなければ、手放す気はない。それに・・』
「それに?」
『この条件を飲みさえすれば、双頭龍の手元にある今一つのジェムストーンも元に戻してやってもいいのだぞ?』
「双頭龍は承知するの?」
『ふふん・・・あいつに美しい物を愛でるなどという高尚な趣味などあるわけがない。光り物を集める趣味はあるが、その美しさ、良さがわかってではなく、ただ輝いていればいいだけなのだ。あいつの獲物を横取りするようで後味が悪かったから、一応渡したまでだ。おそらく今頃巣の片隅に転がっているだろう。』
「でも、無くなれば気づくんじゃないの?」
『ふん・・・迷宮にでも転がっている人間の死体でも1つ転がしておけば、寿命が来たかと諦めるだろう。大サービスでそれは私がやってやろうではないか。』
「炎龍・・・・」
「あ、あたしはその条件でいいよ。そうだろ?集めて来れるよね、リュフォンヌなら・・ね?」
「え、ええ・・・それはもちろん、どんなことをしてでも集めてくるわ。でも、どんな宝石が填っていたのか分からないと・・・。」
『それは、この王冠を持っていくがよい。同じ宝石は世界にいくつもある。が、この王冠と呼応する宝石は限られておる。』
炎龍はさびた王冠をリュフォンヌの手の中へと下ろした。
『そして、この者をジェムストーンから元へ戻す条件は・・』
「え?」
「炎龍!王冠の宝石を見つけることで、伊織を戻す事も入ってるんじゃないの?」
にやりとして炎龍はいかにも楽しそうに言った。
『大サービスで、元に戻した男のどちらか一人でもいい、そのままこの女の事を想い続けていたら戻してやろう。』
「そんな!」
『全ての宝石を探し当てるのにどれほどかかるのかわからないのだろう。すぐかもしれないし、数年かかるかもしれない。』
「それは・・・・」
『その間、男に心変わりがないかどうか心配する心の変化が、ジェムストーンの輝きの色を変える。』
「面白がってるわね、炎龍?」
きっとリュフォンヌは怒りの目で炎龍を睨む。
『それがどうした?唯一の楽しみを奪われたのはこの私なのだぞ?』
「でも!」
「いいの!リュフォンヌ、いいのよ!」
くってかかろうとしたリュフォンヌを止め、伊織は炎龍をきっと見上げる。
「あたしはその条件でいいわ。あたしは・・・そう、大丈夫・・イーガとヨーガなら・・・彼らの純真さは・・・・」
そう断言しつつ、伊織はふと不安を感じてリュフォンヌに一瞬視線を流した。
一緒に旅するのは美人と評判のリュフォンヌ。彼女にその気はないにしても、ひょっとしたら、と伊織はふと思ってしまっていた。
男勝りの彼女。腕には自信があったが、女性としての魅力という点については、どちらかというとまるっきりないかもしれないという引け目を感じていた。
事実、顔立ちは伊織も美人の部類に入ると思われたが、その鍛え抜かれた身体と乱暴とも聞こえる男のような話し言葉で、誰しも尻込みしてしまう。

『契約はなされた。行くがよい。全ての宝石を見つけだせ。』

−カーッ!−
眩い閃光が周囲を覆った。
「伊織っ!」
まだ話し合いは終わってない!伊織をその手で掴もうとしたリュフォンヌはそのまばゆさで、彼女の位置が分からず空を掴む。
次の瞬間、リュフォンヌは風穴内の荒野に立っている自分に気づく。
唖然として周囲を見回しているイーガとヨーガがそこにいた。


「貴様っ!よくも伊織を犠牲にしたなっ!」
「よせっ!ヨーガっ!」
「離せっ!イーガっ!こいつは・・こいつは人間じゃないっ!魔女なんだ!魔の手先だっ!伊織を・・伊織をあんな怪物のところへ置いてこやがって!」
「ヨーガ!だから、オレたちは宝石を探しに行くんじゃないか?!」
「どうしてこんな女の味方するんだ、イーガ?!まさか、こいつに・・こいつに惚れでもしたのか?術でもかけられてしまったのか?」

事情を説明したリュフォンヌに掴みかかるヨーガとそれを必至になって静止しようとするイーガ。

宝石探しの旅は、早くも前途多難の影を色濃く落としていた。
 

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