-第一章・迷宮の孤独な探索者-
-その4・炎龍の宝玉-

 

 「ああ、その双子の人間でしたら存じております。」
「本当ですか?」
リュフォンヌと伊織は苦労しながらも、なんとか精霊王の風穴に来ていた。
が、そこはリュフォンヌが来た時とは違っていた。
確かに周囲は険しい岩山や荒野に囲まれていた。が、精霊の野と呼ばれるそこは、一面に花が咲き乱れる美しいところだったはずなのである。
が、そこは荒れ果てた土がむき出しになった荒野と変わり果てていた。
リュフォンヌは伊織がここに来たときもそうだったのかどうか、そして原因を彼女に聞いたが、彼女たちは草原を目の前にしたといってもここまでは到達しておらず、イーガとヨーガの事を尋ねるついでに、ようやく探し当てた地の精霊にその事も聞いてみた。
 
「ここは・・・炎の谷に住む炎龍によって焼き尽くされたのです。」
「炎龍に?・・で、でも・・・」
「そう、私たち精霊と決して仲が良かったわけではありません。が・・・友好関係は保っておりました。」
「それが・・なぜ?」
「全ては人間のせいなのです。」
 「人間・・・ここへ足を踏み入れた人間が・・何かしたんですか?」
「そうです。炎龍の・・・炎龍が光り輝くものを好むということはご存じですね?」
「え、ええ。」
2人はこくんと頷く。
「ここは時が止まっている空間。私には人間界の年月は分かりません。少し前、ここに来た人間たちが、巣を留守にしていた炎龍の宝玉を持ち出したのです。」
「そ、そんな!?そんなことをすれば?」
「そうです。炎龍は怒り狂いました。・・・その結果がこの有様です。」
「その人間は?」
地の精霊は悲しそうに首を振った。
「恐らく宝玉を持って風穴を出たのだと思われます。炎龍は結構長く留守にしてました。」
「それで・・・その人間たちの変わりに、炎龍の怒りが精霊の野に?」
「そういうことになるでしょう。」
以前会ったときは暖かい微笑みだった地の精霊が、氷のような固く冷たい表情をしている理由が、リュフォンヌにはようやくわかった。荒れ果てた野だけではここまで冷たくはならないと彼女は思ったからだった。
「で・・・イーガとヨーガは?」
「2人は・・・今少しで双頭龍に引き裂かれるところでした。そこを・・・ちょうどその上空を通りかかった炎龍が、2人が最後の術を繰り出そうと集中してできたそのオーラを勘違いしたのでしょう。」
「オーラを?」
「はい。私は地の精霊。この地が繋がっているところなら、全て見通すことができます。あれは・・あの輝きは本当にきれいでした。」
「輝き・・ってまさか?」
地の精霊はリュフォンヌにゆっくりと頷いた。
「ほとんどの宝玉を持ち去られた炎龍にとって、その輝きは宝玉以外の何ものでもなかったのです。」
「そ、それでは、イーガとヨーガは?」
真っ青な顔で伊織が叫ぶ。
「双頭龍に引き裂かれるよりは良かったかもしれません。ですが・・・」
「ですが?」
「一瞬の事です。急降下した炎龍は口から炎、そして、常に右手に持っている宝玉から冷光線を2人に放ちました。」
「そ、そんな・・・」
「その両方を同時に受けた2人は、ジェムストーン(宝石花)となっておりました。」
「ジェムストーン?」
「美しい輝きだったオーラ、そのオーラの輝きを持つ宝石の中に、そうですね、ちょうど氷付けにされた状態と言えば、分かるでしょう。そんな感じの宝石花になっておりました。」
「ジェムストーン・・・。」
「一つは双頭龍の手元に、そして今ひとつは炎龍の手元にあるはずです。」
がっくりと伊織はその場に崩れた。
「伊織・・・・」
その伊織にかける言葉もみつからず、リュフォンヌはしばらく彼女を見つめていたあと、はっと思いついたように、数歩移動して直立した。
「風は前と同じだわ。精霊の息吹を感じる。やさしさを。」
そう感じたリュフォンヌは目を閉じ、意識を集中する。
「風よ・・・風精よ・・・女神の息吹よ・・・・・・この地が再び蘇る意思があるのなら・・・ここへ運んできてちょうだい。・・・・緑の精霊、・・・花々の乙女(精霊)たち・・・・私の声が聞こえるのなら応えて・・・・この地に再び緑と色とりどりの花冠で覆ってちょうだい。」
かっと目を開け、リュフォンヌは杖を高く掲げて叫ぶ。
「・・・・風よ、我が声をかの地、精霊界までも運ばん・・・我が声よ、我が意志よ・・・・風に乗ってとべ・・・・美しき我が友、憩いと癒しをもたらす緑の女神の元まで・・・。」

さ〜〜っと一陣の風がリュフォンヌの周りを足下から吹き上がった。
その風はリュフォンヌの身体に巻き付くかのように旋回して吹き上がり、それは天まで昇っていった。

「え?」
数秒後、辺りに暖かく優しい風がその地を撫でる。
「こ、これは?」
腰をおとし、がっくりと前屈みになっていた伊織はその様子を唖然として見つめる。
地面すれすれに這うようにやさしくゆっくりと吹く風。
その風に合わせて、ゆっくりとそこに引き詰められていく花の絨毯
「あ・・・・」


「す・・・すごい・・・・・」
悲しみも絶望も忘れ、伊織は周囲の景色に心を奪われていた。

「リュフォンヌ・・さすが我らが王の目に叶った人間だけある。」
地の精霊の言葉に、リュフォンヌはにこっと軽く笑って応えた。

「いいでしょう。リュフォンヌの心づくしに応え、今一つ情報を教えましょう。」
「今一つ?」
地の精霊は伊織ににっこりと笑って続けた。
「彼らは確かにジェムストーンにされました。でも、死んではおりません。」
「え?」
「それは本当なの?」
伊織も、そしてリュフォンヌもその言葉に驚く。
「そう・・・私には彼らの鼓動が聞こえます。そうですね、ちょうど冬眠状態といったらいいのでしょうか。命が消滅してしまっては、美しい輝きも失われます。そのことは、炎龍も分かっていたようです。」
「じ、じゃー・・・ジェムストーンになった2人を返してもらえれれば?」
伊織の問いに、地の精霊は、少し悲しそうに答えた。
「彼らは誇り高き龍族。しかもそれぞれが暴れ龍の烙印を押され、一族の故郷から追われたはぐれ龍。そして、何より人間を憎んでおります。彼らが素直に頼みを聞くとは思われません。というより、会って話を聞いてくれるのかどうかも・・・。」
「それでも・・それでもあたしは行かなくちゃいけないんだよっ!」
「あなたに無事であってほしい。それがあの2人の希望でもですか?」
はっとした表情で伊織は地の精霊を見つめた。
「・・・・ダメだよ・・・・そんなのダメだ・・あたしだけ助かったって・・・助かったって嬉しいわけないじゃないか?・・・そんなの・・そんなのあたしはイヤだ!」
泣き叫ぶように言ってから、伊織はリュフォンヌを見た。
「お願いだよ、リュフォンヌ。力になってくれよ。ここまで来たんだから・・お願い・・・」
「伊織。」
差し出された伊織の両手をリュフォンヌはそっと握りしめた。
「私で力になれるのなら。」
「あ、ありがと・・・・。恩にきるよ。2人を助けることができたら、あたし、一生あんたの奴隷になってもいい。」
ふっと笑ってリュフォンヌは少し表情を固くした。
「ダメよ、伊織。そんなこと言っては!ここは精霊の園。軽く口にした言葉でも、それは絶対な誓いになってしまうわ。」
「あ・・あたし、それでもかまわないよ!」
リュフォンヌは伊織の唇に、自分の人差し指を当てる。
「ダメ!あなたは私の友達。そして、イーガとヨーガを助ける為の大切な仲間。それで十分よ。」
「リュフォンヌ・・・・」
「いいわね?」
「う、うん。」
素直に頷いた伊織にリュフォンヌはにこっと笑ってから、地の精霊を見つめた。
「よろしいでしょう。あなたたち2人の誓いはこの地に今いる全ての精霊によって聞き届けられました。炎龍にお会いなさい。炎の谷間にお行きなさい。全てはそこから始まります。炎龍が話を聞くか、それとも、その炎で焼き殺そうとするか・・それは分かりませんが・・・。」
右手で遠くの1点を指し示して言った地の精霊に会わせるようにして、園の草花は、2人の前に道を空けた。
「ありがとう。」


「幸運を、我らが友よ。」
安堵の中に、厳しい表情で、その道を歩き始めたリュフォンヌと伊織の背を、地の精霊の言葉がやさしく押し、さ〜〜っと一陣の風が花の香りを乗せて2人を見送った。

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